異世界闇金道~グレーゾーン?なにそれおいしいの?~(仮題

慈桜

第十二話

 俺の理想を話していくと早い段階でシクラ女子は卓上での議論を諦めた。
「おそらくサカエ様は目で見て決めないと決まらないのです」
 そりゃあそうだろう。 だが先にこんな家がいいって言うのは普通だろ?
 俺は出来るだけ裏路地伝いにあるような雑居ビルの屋上がいいって言っただけだぞ? 入り口がわかりづらければなお良しと。
 こんな低ランクな条件だとすぐに見つかるとおもわないか?
 こちとら衛兵から逃げ回った段階でどんな家や建物があるかなんか散々見てきてるんだ。 ちょっとさびれたレンガ調の5階6階立ての建物の密集地、あそこ以外に俺の住処はないね。 なんでかって? 雰囲気の問題だよ、いきふん。 一帯に闇市があってさ、路地と路地の間に娼婦がいたりして、アンダーな感じであるくせに妙に活気があってさ、都会のDEEPな感じがたまらんかったわけよ。 まぁ、日本での俺の事務所があった場所で俺の好きな雰囲気を感じ取ってくれればいいよ。 金の匂いのするはりぼての繁華街、いいじゃない。
 なんて思ってたらシクラちゃんは高級住宅街の方に歩みを進め始めた。
「ちょいちょいちょい。おれはこっちじゃなくて、あっちの方がすきだなぁ」
「えぇ?あっちはネオスラムですよ?今でこそ治安はましにはなりましたけど…あまりお勧めしませんが…時の鐘も聞こえ辛いですし」
「朝8時から2時間ずつで夕方6時に最後の鐘だろ?ゴーウェンさんに聞いたけど俺は更に細かく時間がわかるのでまったく問題ナシだ!!」
 ステータスに現在時刻出るからな。
 しかし時間の話しをしてまでして遠ざけようとするとはな。 両手で持つ革のビジネスバッグを握る手が強まるのを感じるが知ったこっちゃない。 この先シクラちゃんが俺の嫁になるってんなら考えてやらんでもないが、今探してるのは俺のヤサだ。 どうせ同じ金を払うなら気に入った所にしたいのは間違いじゃないだろう?
「それでもあそこがいいんだよな、雰囲気が好きでさ」
「そう…ですか…。それなら建物によって仕切ってる非公認ギルド、所謂闇ギルドに交渉しなければなりません、仲介としてあまり力になれないかもしれませんが…」
 次第にシクラちゃんの肩が小刻みに震え始めた。 うん、これは申し訳ない事をしてしまったな。 簡単に言えばヤクザが仕切ってるからって感じだろ。 こんな普通の女の子からしたら怖いわな、そりゃ。
「うん、じゃあこうしよう。高級住宅街に住みたくなったらシクラちゃんに頼むよ、けど今回は俺が交渉してくる。それでいい?」
 でも、シクラちゃんは異常に食い下がる。
「いやっ!いやです、折角の仕事ですから最後までやり遂げたいです…それに、そんな簡単に闇ギルドの面々には会えませんから…」
「そっか…ならご同行お願いするよ」
「っ!はい!!!」
 とは言ってみたものの、ネオスラムに入ってからシクラちゃんはただでも小さい身体を更に丸めて歩いている。
 これ…大丈夫か?
 そのうち路肩のシミになるんじゃないかってぐらいの丸まりようだ。
「シクラちゃん、あそこなんてどうかな?日当たりもいいし建物自体も大きいし、住居用のトタン小屋もある」
「ちょっと待ってくださいね…」
 丁度条件に合う建物を見つけたので聞いてみるとシクラちゃんはビルのポストの真下を覗きこんだ。
「闇ギルド・チェスの駒ですね、ここならボクでもなんとかなるかも知れません、行きましょう」
 そう言ってシクラちゃんはビルの階段を登り始めた。
 そして俺はこの直後、目の前で起こる光景をただ呆然と見守る事しか出来なかった。
 シクラちゃんは屋上に辿り着くと、木製の扉を単純に蹴破った。 こんな小さな身体の女の子がなんて考える間も無く、いとも容易くシンプルに蹴破ったのである。
 屋上にあるしっかりとした造りのトタン小屋から強面の男たちが現れると、シクラちゃんは優しく俺の胸を押して後方へと押し下げる。
「すぐ終わりますから」
 可愛らしい声色の示す内容が内容だけに俺は返事すら出来ずにポカンと見つめる事しか出来ない。 そこに男たちはいきり立ちながら拳を鳴らす。
「なんだおまえら?」
「チェスの駒になんか用でもあんのかこら?」
「オトコ女の娼婦かこら?」
 事態は既に話し合いなんてしませんよ、やっつけちゃいますよモードなお兄ちゃん達。
 刹那。
 シクラちゃんは後生大事に持ち歩いていた鞄の金具を外すと、鞄は蛇腹式に広がっていく。
 数枚の書類が舞い散った後、そこには小型の投げナイフが所狭しと並んでいる。
 仕込み鞄だ。
「ふふ」
 シクラちゃんは小さく笑うと眼鏡を放り投げた。
 髪色同様に茶色の綺麗な大きな瞳と目尻に浮かぶ涙のタトゥー。
「おい、あいつティアードロップの!?」
「え!?」
「そんな!ラクシールは死んだんじゃ」
 うろたえ始める強面の男達はジリジリと後ずさりを始める。
 いつの間にかシクラちゃんの両手一杯に握られていた無数の投げナイフはそっと置いてくるような美しい動きと共に人型となり皮一枚を切り裂き男を掠めていく。
 あまりの恐怖に言葉を失い膝下から崩れ落ちる男。
 俺はその技を知っている。
 大道芸師ジャグラーの型抜きと言うスキルだ。
「今日からこの建物はこちらのサカエ様の物だ!!文句があるならティアードロップのラクシールが地獄からいつでも舞い戻ってきてやるよ?」
「かかかかかかかか勝手にしろ!!!逃げるぞ!!!」「お、おやぶん!!待ってください!!!」
 この直後、シクラちゃんはへたっと地面に座り込んでしまった。
「し、シクラちゃん?大丈夫?」
 シクラちゃんは力なく笑うと小さく頷く。
「ボク頑張れてましたか?」
「あ、あぁそらもう凄かったさ」
「えへへ、そっかぁ…でもやっぱりお姉ちゃんは凄いや…ボク凄く怖かった」
「でも話し合いとかお金の解決もできたんじゃないのか…な?」
「ふふ、本気で言ってます?ネオスラムのビルの屋上に住むって事はそこの守りをするって事ですよ?喧嘩以外に住む方法はありません」
 まじか…。 俺ってばずっと無茶振りし続けてたって事?
「でもこの先はサカエさんがなんとかしてくださいね?ボクは怖いの苦手ですから」
 さっきまでのシクラちゃんとはとても思えないセリフである。 こうなってしまえば色々知りたくなってしまうのが人間の業であって。
「あのさ、シクラちゃん、嫌じゃなければ、その、さっきの話しの流れででてたさ、ティアードロップとかラクシールさん?とかの事聞かせてくれないかな?」
「あ、あはは、そうなっちゃいますよね…」
「いや、嫌だったら大丈夫だよ?」
 少し儚げに笑う様を見て無理強いは出来ないとブレーキがかかる。 そんな中シクラちゃんは自分が投げたナイフを数秒見つめてこちらに向き直った。
「ナイフ…ナイフ拾うの手伝ってくれたら話します」
「お安い御用です」
 それからファルトムントネオスラムのサーカス団の話しが始まった。


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