だんます!!

慈桜

第208話

 
「まず、この扉は私が最初に手中に収めた世界だよ。日本で生まれ、普通に暮らしていた私が、不慮の事故と共に目が覚めた世界。そこは私が愛してやまないネトゲの世界だった」

「あぁ、よくあるな。一昔前に流行った手法だ」

「そう、ラノベの定番とも言えるよね。しかも廃ゲーマーの私が全てを引き継いでの転生であったから、イージー過ぎて反吐が出るチュートリアルだったよ」

 閻魔はゲーマーのおじさんが子供に対して愚痴を言うように楽しげに笑うと、次は隣の扉に杖を当てた。

「あまりにも詰まらないから、私は世界を徹底的に調べる事にした。何故ゲームの世界が現実のものとなったのか、そして何故私が、ただのプレイヤーだった私が神の代理者として世界を管理せねばならないのか」

「その時はダンジョンマスターじゃなかったのか?」

「そうだね。似たシステムを取り込んだゲームプレイヤーでしかなかったよ。だけど長い時を経て、世界を構築する世界式の概念を創り・・だした頃には、それに近い存在になっていたよ」

「……今、なんて言った?」

 閻魔はまぁまぁと諭し、その扉を開く。

「まずは落ち着いて全て聞くべきだよ。私は神と同等の力を有する世界式の構築概念を完成させ、私をゲーム世界へ送り込んだ神を喰らった。それが彼女、ナミちゃんだよ」

 扉の向こうには、鶴と髑髏の白金の刺繍が入った白い着物姿に色鮮やかな前帯を巻き、美しく整った顔には白粉を塗り、その白さを引き立てるは口元に塗られた真紅の紅、伊達兵庫に簪を目一杯差した花魁姿の眼が飛び出るような美人が微笑んでいる。

「彼女は冥界を司る【神】だった。死後の世界の魂の管理者と言った方がわかりやすいかな? 私は彼女を喰らう事で死の概念を失った。そして、途方も無い程の時間を持て余す事になってしまった。そして退屈しのぎにいくつかの世界を作り上げた」

「おい……やめろ、それ以上は聞きたくない」

「いや、聞いてもらうよ。これは大切な事だからね」

 閻魔が目の前に浮かび上がらせた三つの惑星。
 それはラビリも見覚えがあった。

「これがグランアース。私は私を殺せる新たな神を自分の創り出した世界から生み出そうと、いくつかの世界を構築した。他の二つは右からフェリアースとレィゼリンだ。勿論知っているよね? 君が手中に収めた星なのだから」

 ラビリは悪い冗談だとして笑い飛ばそうとするが、頬が痙攣を起こしてうまく表情が作れなくなっている。

「そして、それらの世界を創りあげる為に参考にした星が、我々に縁が深い地球。ナミちゃんが冥界の管理をしていたのでフォーマットは起こしやすかったからね。それをベースにナミちゃんが作ったゲーム世界に良く似た世界を構築したんだ。そして私は地球で死んだ者の多くをそれらの世界に転生させ、世界式を操る特殊な存在として育てた」

 惑星のグラフィックを掻き消し、冥界の扉を杖で閉ざすと、再び閻魔はラビリへ振り返る。

「そして君が転生した。私が転生者達に特典として配した能力、つまりガチャだね。その中でもとびっきりに極上のレイセンを引いた君が誕生した」

 閻魔は言葉を失うラビリに向けて、両手を広げて高々に叫ぶ。

「興奮した! 発狂した! 何度も何度も人生をやり直し、力を手にして行く君の、ヤムラ君の姿を見て確信した。ああ、遂に私を消せる者が現れた! とね。しかし君は恋人と親友の犠牲を享受しながらに、私を封印してしまった。ハッピーエンドは目前であったのにも関わらずだ!!」

「狂ってるな」

「そりゃあ狂いもするさ。君は物語を描いたことはあるかい? 世界を創造し、ドラマチックな世代の出来事を切り抜いてエンディングまで描く。それまではいいが、エンディングの後も延々と創造世界を見せられる地獄が想像できるかい? その中で君は格別な主人公だった、希望の光だったんだ」

 閻魔は虚空に無数のビジョンを浮かべ、いくつものヤムラの人生を早送りで流して行く。
 それには流石のラビリも苦笑いである。

「君に足りないものはなんでも与えた。レイセンの能力を強化して時空を操作させてでもね。必要なキャストはフル動員したよ。そして君は後一歩の所で引いてしまった。私は愕然としたよ」

 そこから無数の映像は、ただただ悠久の書庫で本を読み続ける退屈な毎日が映し出されていた。

「書庫暮らしも悪くはなかったよ。三つの世界の書物がとめどなく溢れてくるからね。君が手中に収めた事によって、それぞれの世界が豊かになっていったことも知れた。君が更に力を得て行く過程も興奮したしね。そして日本に戻った時、私を書庫から出したあの時、ついにこの時が来たかと心が踊ったよ『やっと消してくれる』とね」

 明らかに閻魔のモノとは思えない声が響き渡ると、空間は懐かしき学び舎へと切り替わる。

 緑が広がる庭と、古びた床と机、そしてボロボロの黒板。
 一つだけ違うのは、生徒がラビリだけしかいない点である。

「さて、ヤムラ君。君に選択して貰おう」

『この夢幻を受継ぐのであらば、君はこの無限の地獄を彷徨う事になる。全てが作り物の偽物の世界。二度と同じ次元での感覚を得られなくなる孤独な地獄だ。君が失って嘆き悲しんだクロエとセイラも手に入る。だが、それらも、大切なコアすらも低次元の偽物に感じる世界となる』

『それとも、この私・・・をここで滅して、全てを知らなかった事にしてゲームクリアにするかい? いまの地球に適当な名をつけて4つ目の君の世界としてあげてもいい。君が飽きるまで新たに世界を作り続けてあげてもいい。それだといつまで経っても現実には戻れないがね』

 ラビリは衝撃を受けていた。
 衝撃を受けていたが、閻魔は勘違いもしていた。

 目の前のラビリは、彼が育てたと豪語するヤムラではないのだ。

 閻魔が実は神様でした。
 真の意味の勝利を選べばお前は神になるから恋人や親友も作り物みたいになっちゃうよ、それでもいいの? 悲しいでしょ? コアもだよ? と言われても、ヤムラであれば嘆き悲しみ膝から崩れ落ちたかもしれないが、ラビリとしてはコアの事だけが引っかかっただけである。

 負けを認めて閻魔の作る世界で楽しんで行くのもアリかもしれないとも思ったが、ラビリとしては何があろうとも閻魔は絶対殺すマンになっているので、迷う事なく前者を選ぶ。
 ダンジョンマスターとして悠久の時を高次元生命体として生きて来たラビリにとって、全ての生命に対して低次元の作り物だと感じるなど極自然のことであるので、大したダメージでもないのだ。

「よし、じゃあ夢幻の目ん玉寄越せ。滅びてくれください」

「あれ? 思っていた反応と違うね。君のこれまでの全てが嘘になってしまうような話だよ?」

「それでも……それでも制作がお前しかいない二次元より、クソの三次元でみんなを楽しませてやる方が良さそうだ」

 閻魔としてはラビリが嘆き悲しむ慟哭を見届けながらに、ENMAとしての全てを譲渡するつもりであったのに、納得がいかないご様子である。

 だが、ラビリもただ単純に受け入れた訳ではない。
 もし自分が閻魔と同じ立場になったとて、自分の同一存在であるヤムラが、セイラやクロエと楽しく過ごせたら、それはある意味ハッピーエンドであると割り切った背景もあるのだ。

「まぁ、いいとしようか。このシナリオの終着としては、少し時間がかかりすぎたのかもしれない。それでは君に私の全てを。この夢幻を持つ者はEarn Narrative Magnificent Actuality、壮大な物語と現実を齎す者となる。頭文字をとってENMAと名乗る事を許そう」

 そっと目に手を当てた直後、その手の上には夢幻があった。

 ラビリは僅かに躊躇した後に、息を吸い込んで覚悟を決めて手を伸ばすが、『バキッ』と、この空間に相応しくない音が突如として響く。

「待ておらぁ!! それは魔眼コレクターの俺に寄越せぇ!!」

 四枚目の扉から拳が飛び出してきた直後にバリバリメリメリと、間違った扉の使い方で登場したのは他の誰でもないヤムラである。

「え、なんでここに?」

『マスターの反応を追って来ました。状況は理解しておりますのでご安心を』

「おーふ、コアちゃんやっと帰ってきた」

 口調こそはおちゃらけているが、ラビリは突然ボロボロと涙を零し始めてしまう。

『マスター?』

「ああ、すまん。なんでかわからんが……すまん」

『私を作り物と感じるのも仕方がないと割り切った愚かさを反省してくれたようで何よりです』

「いや、だが、これは俺が決めた事だ。ヤムラには」

 そう言ってる矢先に、ヤムラはポカンと口を開けて驚いている閻魔から夢幻を奪い取り、呆気なく自分の中に取り込んでしまった。

「そんな、君はヤムラ君なのかい?」

「あはははは! ざまぁ!!」

 消失する閻魔の体に手を突っ込み、糸のようなものを引き千切ると、ヤムラは両眼に夢幻を浮かべたままに心底楽しそうに笑った。

「ヤムラ、そんな……なんで」

「いやぁ、コアを通してお前らの会話聞いてたけどさ、そこでお前が閻魔になるのはカッコつけすぎだろ」

「それでもっ! それでも俺はお前が幸せであればそれが!!」

 ヤムラは知覚できない程の速度でラビリに接近し、少し大袈裟なぐらいに抱きしめる。

「いいんだよ。俺は二次元でも本気で愛せるタイプだしな」

「それは俺だって!!」

 ラビリが叫び返した先には、閻魔と出会ったベンチと、サイコロとなった缶コーヒーだけがあった。

 既にそこにはヤムラの姿は消え失せていたのだ。

「あーららぁ、だんます負け組選んじゃった?」

 そこに現れたのはドクぺを飲みながらに目を細めて笑う信長である。

「お前はこれを知っていたのか?」

「うーん、まぁ大体ね。世界の仕組みを書き換えるとか普通に考えておかしいじゃん? だから色々調べたんだけど、閻魔じーじの世界式乗っ取って色々やってみたら、まぁ大体わかったよね」

 これまで現実だと思っていた全てが閻魔の作り物で、致し方なしに管理者になろうとしたらヤムラに持っていかれてしまった。

 ラビリは言い表す事のできない喪失感に力が抜けたのか、重力に身をまかせるままにベンチへと座り込んだ。

「んあっ? なんか飛んできたぞ」

 わざとらしい紙ヒコーキが、まるで意思を持っているかのようにラビリの元へと飛んでくる。

 そっと掴み取り、中に文字が書かれているのが羽からわかったので開いてみると、そこにはヤムラからのメッセージがあった。

『よう俺、いや、ダンマスさんよ。閻魔の野郎がガチの地球を大事に保管してたみたいでな、このままじゃどっちみちぶっ壊れそうだから、その世界と切り離して構築し直すから、そこはリアースって名前で4つ目の世界って事にしたから宜しく。適当ですまんな。まぁ、整合性を取るためにリアースはお前にとって残念な世界になるかもしれんが、それでもいいなら反吐が出る勝ち組の世界にご招待するよ。その時お前はガチで俺に感謝するだろうな。By New ENMAより』

 その手紙の終わりには世界を渡る為の転移式が記されていた。

 ラビリは信長に視線を送ると、信長は片目を瞑りながらに頷き、続いてコアを見やると、コアも口を真一文字に結んで頷き、世界を渡った。

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