だんます!!
第203話
打ちっ放しコンクリートに青や緑のペンキをベタ塗りにしたボロい家の中、丸テーブルを囲みながらにカード遊びに勤しむ者達の姿がある。
「なぁなぁ、メアリーばあさんや」
「なんだいクソウサギさんや」
「クソって……いや、ヤムラ遅くない?」
「今頃気付いたのかい? はい2革、3革、あがりっ」
「んじゃそれ! ずっこいぞ! 」
ごねる白ウサギ、全力変顔でおちょくる赤髪の女、悔しそうに地面をビッタンビッタンと叩く鎖。
そう、鎖である。
ジンジャーは相変わらずに気を失ったまま、レイセンとジャイロが二人大富豪なる不毛の戦いを経て、暇を持て余したリリーが鎖のままに参戦して今に至る。
手持ち無沙汰になってからトランプを始めて熱中してしまってたわけだが、その熱中の理由は彼らの手元に積み上がった紫色の透明なカードにある。
「ほらほら続きリリーだよ。ロクスリー」
「もろた。ナナスリー!」
「残念ジャックスリー。バックだよ」
「なめんなジュウスリー! てかお前これカード切ってねーだろ! 揃いすぎだぞ!」
「言いがかりはよしな。ここで殺す気ヨンスリーであがりだね。じゃあ革革で四掛けだから四万ね」
「上等だボケ。四万スタートだこの野郎」
積み上がるカードは1万DM札の山である。
1DMの紙幣では無く、1枚で1万DMのぶっ壊れた価値のあるカードの山だ。
下世話な話であるが、日本円換算で一枚1億円のぶっ壊れカードである。
一度の勝負で1億、革命で倍付、この勝負だけで4億の諭吉が動いた計算になる。
馬鹿である。
しかし彼らからするならば微々たるDMでしかない。
微々たるDMでしかないが、勝負事で無駄に取られるにも馬鹿らしいぐらいには価値がある。
ゲームごとに倍々となっていけば更に熱中するのもわからないでもないが、よくよく見ればリリーの席に積まれたカードはザッと100枚は超えている。
彼らが負けて燃えているのは簡単に把握できる。
「うわー! またゴミばっかだぞ! ジョーカー二枚入れるのやめようぜ」
「ばかだねぇ。ジョーカー二枚あるからレートが上がるんじゃないさ」
「クソが! やったろうじゃねぇか! ケツの毛まで毟ってやる!」
「生えてないよそんなもん!」
レイセンの本来の目的は大臣とメイファーを調べて、何故時のルーンを使用できるのかの究明であったはずだが、本人は既にどうでも良くなっている節がある。
「階段カックン!」
「かーえーしー。パス? パスだね、からの順カク!」
「いよっしゃっ! っ?! ぬぉぉリリーも返しやがった! もうゴミしかねぇ!」
ギャンブルが思考を鈍らせる魔性の一面も持ち合わせているのだと、まざまざと納得させられる絵面である。
早々に64万DMまでレートが跳ね上がった結果、レイセンはピョコンと椅子から飛び降り、鼻をヒクヒクさせながらにジャイロと鎖を睨みつけた。
「なんだい、逃げんのかい? 」
「うるせぇ。ちょっとションベンしてくんだよ」
「逃げたら前歯圧し折るよ」
「ウサギのトレードマークだぞ?!」
プンスコと怒った様子の白ウサギはボットン便所のドアを音を立てながらに強く締めると、ニヤリと嗤いながらに姿を消した。
バックれたのである。
「やってられっかっつの」
まさかグランアースに帰るわけにもいかないが、御誂え向きの逃げ場所があるので即トンである。
「よしよし、俺はいないな」
別の時間軸の自分を殺したら戻るように頼んでいたが、レイセンとてヤムラと付き合いが長いので、戻らないパターンも十分予測できていたのである。
「問題はあのボケをどう探すか、だが」
ぶつぶつとぼやきながらにレイセンは冒険者メニューを開く。
地球の冒険者であれば、まずスマホやPC端末からネットで調べたりするのだろうが、グランアースのように魔法や世界式で何もかもが代用できる世界出身の者からするならば、メニューの掲示板を利用するのが当たり前になっている。
「ちっ、コアの奴、グランアースと同期してやがらねぇ。それぐらい基本だろ」
レイセンは文句を言いながらも、視界を埋め尽くすほどのグラフィックウィンドウを表示し、グランアース冒険者が地球の冒険者掲示板にアクセスできるように設定して行く。
忘れがちであるが、彼は曲がりなりにも宮司であり、元は【神】たる謎の存在に創造された生物であるので、これぐらいの作業はちょちょいのちょいである。
「あー、そっか。夢幻もいれて三世界繋げると重くなるから、わざと切ってんだな。じゃあ俺だけ見れるようにしたらいいんか。いや、もうなってるわ。仕事はやいなー、さすが」
ウサギの独り言タイム続行である。
「コアの居場所ならわかるんだが、ヤムラは完全に消えてやがるなぁ。隠密の変態の異名は伊達じゃない」
━━━━
松岡君@芳林LOVE
こうなってしまえば、俺Tueeを否定できない
龍王アルちゃん@芳林LOVE
チートぎもぢぃよぉぉぉ
ガシラ@元江戸寿司
うぇーい。その気持ちわかるぜぇ?
龍王アルちゃん@芳林LOVE
だまれ。うぇーいパクんな殺すぞ
シュガー@元江戸寿司
そんな事より、子連れの黒髪の情報は入ってないか? 世話になってる村人から討伐依頼を受けたんだが
バイオズラ@拳語會
悲報、バイオたん入国拒否されておま
ヌプ蔵@趣味の集い【ロール】
排他的でござるねぇ
━━━━
「なんだこいつら。緊張感ナッシングすぎるだろ」
「なに一人で喋ってるの?」
レイセンはピタッと動きを止め、ギギギと振り向くと、そこには羽衣をワンピースのように纏った金髪碧眼の幼女の姿がある。
「おい、やめろやぁ。てか気配なく現れるのやめて? ビクンッてなるから」
「ずっとレイセンが来るの待ってたんだっ」
「あらそう。んで? 何させたいわけ?」
レイセンは訝しげに目を細めてコアを見つめるが、当の本人は満面の笑みでレイセンの頬をムニムニと揉み始める。
「コア?」
「ごめんね。ふかふかで綺麗だから」
「ペット用シャンプー使ってるからな!」
「ペット用なの?! ごほん、あのねレイセン、この夢幻の時間だけ進めて欲しいの」
「……? 早送りか? それならお前もできるだろ」
レイセンはコアの言葉に首を傾げる。
いや、白々しくと付け足す必要がある。
「うん。でも、この世界だけの早送りだよ。それはレイセンにしかできない」
「えぇ……」
「夢幻は読み取って分離してるよ。文字通りにこの世界だけの時間を進めて欲しいの。早送りだと全ての時間軸が動いちゃうから」
「出来なくはないけど、両眼揃ってないから裏技使うぞ? して、いかほど進めればよろしくて?」
「この世界が壊れる時まで」
レイセンはコアの無茶振りを受けながらに世界の時間を停止させた。
赤い眼球に幾重にも時計が重なった魔眼を開き、色褪せた静寂の空間の中で溜息を吐き出しながらにコアへ視線を向ける。
「この世界の時間を止めて、ストック分でスキップさせる。言っとくけどめちゃくちゃ退屈だぞ?」
「そう? レイセンがいるから退屈じゃないよっ」
「あらかわいい。お持ち帰りしちゃおうかしら。で? コアの試算だとどれぐらい必要なわけ?」
「わかんない。1時間後かもしれないし30日後かもしれない」
「……俺が暴れに行ってもいい?」
コアはダメだよと、首を左右にブンブンとふると、レイセンの横でチョコンと体育座り、レイセンもやれ仕方なしと体育座りで迎えいれる。
時が止まった空間でちみっこいのが二人並んで無言である。
「家出ライフはどう?」
「たまには悪くないかな?」
「あらまぁ」
「でも、マスターの所に早く戻りたいよ」
「そか、トランプでもする?」
「ソリティアしたい!」
「まさかの一人用?!」
それからゴロゴログダグダと小一時間過ごした頃に、レイセンは時司瞳を閉じ1時間後の世界に更新すると、時の流れる空間の中で掲示板を開く。
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シュバイン@趣味の集い【ロール】
バイオの奴が衛兵を殴り倒してしまったらしい
打ち合わせと全然違うじゃないか
アイリス@趣味の集い【ロール】
ニンニーーーーン
バイオズラ@拳語會
すまんな。タロウノ王国に向かってま
ヌプ蔵@拳語會
あんな奴らとは仲良くできないでござる
ヒナタ@もふ猫連盟
ジェットランドセル最高にゃにゃん
キイロ@もふ猫連盟
キイロ達はリンリン王国に来たにゃにゃん! 
ウェイツー@芳林LOVE
えっとですね……もしかしてなんですけど、五大国の王様って、ランドセラーズじゃないです? チカラ王国、マルノ王国、リンリン王国って、全部あの子達の名前なんですけど
ショウキ@拳語會
気のせいだろ
━━━━
1時間では何も変化がないようで、レイセンは肩を落としながらに再び時を止める。
早送りの為の時間をストックするのだろう。
「レイセン、ラノベ読む?」
「なんこれ? 転生したらカマドウマだった件?」
「うん! 女子中学生がカマドウマに転生して、潔癖症の家主の家のトイレで、スニーキングサバイバルするんだ」
「なにその地獄」
コアに謎のラノベを勧められて、致し方なしと読み始めるレイセン。
コアはネズミが王様のロールプレイングゲームを1からやり始めている。
ラディアルの無駄遣いも甚だしい。
「ぐすっ、えぐっ」
「いいよね、転カマ」
うさぎは涙をボロボロと流しながら読了後の喪失感で前のめりに倒れこんだ。
「一巻丸々地獄の便所パートで、ラストにスリッパで叩き潰された所も涙無しでは語れないけど、轢かれる寸前に戻って地下アイドルから成り上がる超展開に引き込まれてしまった」
「カマドウマの経験が芸能界で生きて行くのに役に立つんだよね」
「『私は醜い便所コオロギだったから、この目には人間の全てが美しく映る』ってある意味チートだよな。どんなキモい奴だって本気で好きになれるんだから」
「何より本気で自分が大好きだからね。でもファンが破産した時のグッズ横流しの件は賛否両論あるんだよね」
「アレは典子の愛だろ。確かに他のファンへの裏切りかもしれないが、大野さんはどんな時でも典子を支えてきた最初のファンなんだし、スポンサーになってくれたからこそ悪徳地下アイドル事務所から抜け出せたわけだろ?典子自身は恋愛経験の無い子供で、大野さんの為に心を犠牲にするのも厭わないって言ってるそれを愛だと気付けていないんだよ。その幼児性故の無知と、自身を虫だと思ってる故の人間への羨望を重ねて、それが愛だと気がつかない、アイドルを取り扱う以上、安易な裏恋愛に走らず、心の奥底では繋がってる感じ、その絶妙なラインがたまらん」
寝たり起きたりぐうたらと全12巻を読みきって、すっかりファンになったレイセンはコアと激しい口論を繰り返し、気が付けば時を止めてから27時間ものストックができていた。
「じゃあさ、語り尽くした所で、それらを踏まえてブルーレイみる? 全48話、16時間ぐらいあるけど」
「叩き潰すぞテメェ!! さっさと見せろクソが!」
「ファンメイクなんだけど、数ある一流制作会社の奴隷達が退職後に集まって作ってるからクオリティ鬼だし、声優陣もヤバいんだよね。その人脈どうしたし! ってなる」
「御託はいい。さっさと寄越せ」
仲良くアニメ鑑賞であるが、そこで額に血管を浮かべながらに少女を肩に担いだ男が登場する。
「やっと見つけだぞうさぎコラ。なんの嫌がらせだよ」
「あらヤムラ。ちょっとアニメ見るから待ってて」
「あるぇ? ヤムラに見つからないように隔離してたんだけどなぁ」
コアがニヤニヤと笑うと、ヤムラは額を押さえながらに深呼吸を繰り返して怒りを鎮めているが、彼が怒るのも無理はない。
突如として世界の時が止まり、メイファーも動かなくなっては何もする事がなくなり、犯人であるレイセンを探し続けて丸一日以上、空間を隔離している違和感を漸く見つけて今に至る。
時が止まった空間で、企みを邪魔するわけにも行かず、停止空間を解くにも解けずに走り回っていたのだからイラついて当然だろう。
「で、なにしてんだお前ら」
「コアに頼まれて早送りする為の時間溜め込んでる途中」
「早送り……いや、夢幻の時間だけを進めてるのか」
「まぁまぁ、どうでもいいから座れ」
そこから済し崩しにアニメ鑑賞。
明くる日訪れる頃にはヤムラとレイセンはキッチリと号泣していた。
「結構バッサリいかれてた所もあったけど、控えめに言って最高だった」
「なにこれ。なんであんなグロテスクな虫がこんな可愛いアイドルになるの? ギャップ萌えって何? 新境地?! 新境地なの?!」
どハマりしてからの感想戦である。
時間を忘れて語らい、また明くる日を迎える。
翌日にはDIYでベッドを作ったり、プールを作ろうと穴を掘って途中で諦めたりと、グダグダと毎日を過ごして行くが、8日が過ぎる頃にようやっと核心部分に迫る会話となる。
「んでさコア。なんでこんなことしてんの?」
「冒険者にこの世界を壊させる為だよ?」
「いや、それなら俺とメイファーで良かったんじゃないか?」
「それだと意味がない。いや、マスターが求めてる結果にはならないって言うべきかな?」
ヤムラは意味がわからないと眉を上げるが、コアはそれを小さく笑って誤魔化す。
ふわっと頬に風が吹いた途端に視界は澄みあがり、文字通りに一瞬で10日もの時間が過ぎ去って行く。
「まだまだだね。じゃあ、もう一回止めよう」
こっそりと逃げようとするメイファーの首根っこを抑えたコアは、レイセンにパチリとウィンクをすると、再び時が止まり空間が色褪せていく。
「じゃあ、全部話すね。コレを見て」
そう言ってコアは、空中にグラフィックを浮かべた。
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