だんます!!
第199話
米国の海は瓦礫が広がり、かつての美しさを失い終末世界の様相を描いている。
「ありゃあ、鬼と関取か」
「殿下、あの者達から面妖な気配を感じます故、関わりなきよう」
ゴミと瓦礫だらけの海岸で、怪獣が暴れているような爆音が何度も響き続けている。
「ええいやかましいぞ源次郎。ただでも危ない奴らとおるんだ、相撲見物ぐらいよかろうが」
「あ゛ぁ゛? 山猿公ぉ……危ない奴って誰の事だ、えぇ?」
紫と金色の甲冑に身を包み、黒い眼球に紫色の虹彩、そして目の奥に沈む紅い瞳孔。
「なんとか言うてくれぬか山猿公ぉ……」
逆立った所々に白メッシュが入った紫色の髪の禍々しい気を纏った男は、嗤いながらに、手に握る十字槍で脅しをかける。
守長可である。
山猿公と呼ばれた小柄な鎧武者は肩を組まれたままに揺らされ続け、グロッキーなフリをしている。
「殿下! ええい森殿、殿下になんたる無礼な!」
「だぁまらっしゃい。わしらは山猿公の家臣なりの付き合い方をしておるわぁ。のう? そうでござろう?」
「そうね。武蔵守は昔からこんな感じだわ」
黒と金の甲冑、刻まれる家紋は桐紋と瓢箪。
鎧兜に身を包んでいるにも関わらず、素破者を思わせる身軽さ、太い眉毛に眠たそうな半分瞼が垂れた目、小柄であるが、その背中からは歴戦の猛者だけが持つ覇気が感じ取れるが、彼は森長可に詰め寄られると飄々と答えながらにスルスルと間合いから距離を置く。
彼が後世に名を残した天下の太閤豊臣秀吉とは思えない態度である。
「あからさまに避けずとも良いでは御座らんかぁ? それともやはり避けねばならぬ理由が……あるとでもぉ?」
十字槍を曲芸のように廻転させながらに、守長可はニヤニヤと嗤いながらに
豊臣秀吉との距離を詰めるが、秀吉はトーントーンと軽やかな足取りで距離を広げて行く。
「もぉ、やめてちょーよ! 関取の相撲でも見ながら酒でも飲もうではないか!」
「流石稀代の人誑し。何度殺しに掛かっても相手にもしてもらえぬな勝蔵」
甲冑を纏ってはいるが、それは全てが真っ黒で、よくよく見なければ甲冑を着ているかどうかすらわからない程に黒い。
顔も面頬で全て隠し、黒く長い髪を総髪に結った長身の男。
鬼武蔵こと守長可の相方である鬼兵庫こと各務元正である。
豊臣秀吉、真田幸村、森長可、各務元正、四人の完全武装の鎧武者が戯れている眼前には、運送屋のトラックのような体格の関取と、腰まで髪を伸ばした鬼が引っ切り無しに相撲を取っている。
見て明らかに2mを超える筋骨隆々とした巨体に脂肪の鎧を幾重にも重ねた大巨漢の関取が優勢に思えるが、実際は真逆の結果となっている。
「ぶわはっはっ!! 酒呑よ! 良いぞ良いぞ!! 殺気が乗っておるぞぉ! はっはぁ!!」
頭から地面に叩きつけ、張り手で腹の肉を削ぎ落とし、隙あらば首を圧し折るまでの徹底ぶりである。
しかし関取は何度も蘇り、また一番、もう一番と相撲を開始するのだ。
「雷電、力任せになってるぞ。もっと速さを意識しろ」
腰までの黒いざんばら髪を風に靡かせ、額からは二本の紅い角が天を穿たんばかりに伸びた鬼。
紅い瞳、頬の十字傷、そして右手に沈む虹色の宝玉。
彼の存在感は異様の一言に尽きる。
見て明らかに異質な存在なのだ。
酒呑童子は雷電為右衛門の足を圧し折りラリアットから腕を回して首をもぎ飛ばすと、復活した直後に再び相撲が開始される。
殺す度に雷電は己の弱点を克服するが、酒呑童子は常にその上を行く。
元よりの酒呑童子の能力がズバ抜けていたのもそうだが、彼は信長の臣下である為に、随時過剰なまでに力を送り続けられ、自身も制御が難しくなってしまっているのだ。
力の制御と、冷静さを保つ為だけに、目の前の都合のいい関取を相手取っているのだ。
鬼の血が滾り続けてしまってるが故に、自由を与えられたら、見るもの全てを殺してしまう。
そんな疼きがとめどなく溢れ出しているのである。
「殿下、これは既に相撲の領域にありません!」
「良いではないか。島が空を舞い、光が降り注ぎ、振り向けば死ぬような世界だ。相撲を見ながらに酒でも……酒はないのだな」
「なれば命を削り、酒を作る能力を手に入れてご覧に入れましょう」
「よい。そんな事はせずともよい。腰を降ろして休めるのならば、それでよいのだ」
秀吉と幸村が腰を降ろし、鬼武蔵、鬼兵庫の極悪コンビもそれに続く。
彼らが何をしたわけでもないが、明らかに見た目がダークサイドなのである。
「相撲観戦か? 酒なら振舞ってやってもいいぞ」
今し方雷電の首の骨を圧し折った酒呑が秀吉達の元へ歩み寄り、何処からともなく大量の酒を作り出すと、それ以上言葉を交わさずに再び相撲を始める。
実を言えば閻魔騎士五人に囲まれている危機的状況であるのだが、酒呑はなんら気にした様子もなく、酒を振る舞っては相撲に勤しんでいる。
完全に本来の目的を忘れてしまっているのは、今更言及する必要もない。
「おぉ、これは美味い酒であるな」
「ええ、このような美酒、飲んだ事がありませぬ」
秀吉と幸村はのほほんと酒宴を始めるが、それを見た森長可は不機嫌を隠そうともせずに酒壺を一つ飲み干しては
、十字槍を回しながらに立ち上がる。
「つまらん。山猿公も腑抜けてしまったようであるなぁ」
「森殿、それ以上殿下を愚弄されるのであらば」
真田幸村は腰に佩いた得物に手をかけるが、森長可は舌舐めずりをしながらに十字槍を首に押し当てる。
「なんだ小童ぁ? せめて親父殿でも連れてこい。お前じゃ貫目が足りねぇよぉ」
「貴様っ」
「源次郎、よい。よいのだ」
よもや一触即発かと思いきや、絶妙なタイミングで秀吉が止めに入ると、森長可は白目を向いて呆れ返り、そのまま酒呑の元へ歩み始めた。
「強者おらば一当てせんとするが武人であろうが」
紫と金の甲冑の男の背を見つめながらに酒を煽る秀吉は小さく漏らす。
「わし、そっち系じゃないんだがなぁ」
その言葉は長可の耳に届かない。
各務元正が黒い面頬の下で呆れたように溜息を吐き出したが、その気持ちもわからなくもない。
酒呑童子は見て明らかに敵である。
本質的に相容れない存在であると、見てすぐに理解できるのだ。
世界式の違い、己が持つ閻魔の世界式下のダミーコア、そして酒呑の手に埋まるダミーコア同士の拒否反応は顕著に出る。
武士ならば、そんな但し書きが必要なテンプレ精神を持つ連中が、敵に塩ならぬ酒を送られたならば、正々堂々と槍を馳走してやるのが礼儀だと言いたいのである。
ぶっちゃけ頭がおかしいのだ。
だが秀吉は、その精神が培われる時代に生きた男である筈にも関わらず、現代的且つ合理的な思考の境地に達していた。
「勝蔵は腹の内では山猿公を訝しんでおるが、家臣の礼儀として番手を譲ろうとしておったのでござろう。彼奴からすれば、憶病者に映ったのやもしれませぬな」
「腹の内から溢れ出して常日頃口から毒が漏れまくっておるがな!」
その点、秀吉は真面な部類である。
「だがほれ兵庫。助太刀に行かねば、またぞろ戦友を失うハメになるぞい」
視線の先には、文字通りの横槍を入れて、雷電為右衛門と酒呑童子からの攻撃を必死でいなしている森長可の姿がある。
「ヒャッヒャッヒャッハー!! どうしたどうしたぁ! そんなもんかお前らはぁ!!」
「よく喋るガキだのぉ」
雷電為右衛門から振り下ろされる張り手は一撃一撃が隕石と見紛う衝撃波を発生する。
森長可はそれを槍の柄でうまく弾くが、その隙間を縫って酒呑童子が凶悪な拳を振り抜いて行く。
「はっはぁー! いいぞいいぞお前らぁ!!」
引っ切り無しに交通事故が連発しているような衝撃と轟音が響き続ける暴力の渦。
処理しきれずに直撃を許し、顔面を爆散させた後にも、飛び散った肉が蠢き再生を始め、笑いながら鎧武者は立ち上がる。
その隙を無駄にしまいと相撲を始める雷電と酒呑、もう何が何やらである。
「血を流すより、それを眺めて飲む酒が格別よ」
秀吉は酒呑が用意した酒壺を飲み干し、頬を赤く染めながらに次の酒壺の封を開ける。
「殿下……」
何度も死に続ける森長可に痺れを切らした各務元正が四台目の事故車両となったところで、真田幸村が耳打ちをする。
「今の内に此処から離れませぬか? 」
「源次郎、それは流石につまらんよ。ああやって好き勝手に飛び跳ねる若武者が何も為さずに散って行く、それこそ儚く美しいのだ。それを見届けずして他に何の楽しみがある」
強者が殺し合う様に、更に酒が進む秀吉は、この上ない程に上機嫌である。
そこへ何処からともなく現れ、鈍い音を鳴らしながらに胡座で座り込む男の姿がある。
「それを諭してやるのも、先達の務めなのではないか?」
そこにいたのは長い白髪を総髪に纏めた老人である。
紅白の裃に身を包んだ侍、少々傾きすぎてはいるが、それも無理はない。
彼は日本の侍ではなく、フェリアースの罪喰い本部長、つまりギルドマスターたるアスラである。
「ん? 何処ぞ名の知れた御仁かな?」
「人の上下に名は関係あるまい」
アスラは秀吉を押しのけては、その手の酒を奪い取る。
「無礼、者がっ!!」
幸村は即座にアスラの胸元に掴みかかるが、その手は宙を切る。
幸村はいつの間にやら背後を取られていたのだ。
「血気に逸る、大変結構。じゃがなぁ」
トンっと指先で背に触れる。
触れただけであるが、空間に波紋が走る。
まるでその背中が水面に映っていた仮初めの姿であったかのように波紋が広がり、次の瞬間には遥か彼方まで弾き飛ばされている。
「こりゃあいかんな。物の怪の類か」
「世はまだまだ広い。誰彼構わず噛み付くでないぞ……と、言いたいが聞こえておらんな」
空気も読まずに幸村わ吹っ飛ばしたアスラは、その足元で胡座をかきながらに自身を見つめる秀吉を見下ろした。
「さて、どうする? 死合うなら抜いても構わんぞ」
「それもまた面白いかもしれんが、んぐっ、んはぁー! 美味い酒だ」
秀吉は言葉を止めて酒を煽ると、アスラの背後から紅い何かが砲弾を思わせる速度で迫り来る。
「ほう」
アスラが振り向く先には、態勢を低いままに白刃を剥き出しにした赤備えの鎧武者が目の光だけを鮮明に残しながらに斬りかかる姿があった。
「中身を壊してやったが、自刃でもしたか?」
剣を鞘から抜ききらずに受け止めた後に前蹴りを繰り出すが、幸村は体を捻りながらに距離を詰め、アスラの懐から顎を目掛けて切っ先を突き上げるが、肉を斬るまでには至らない。
そこで背後から怪しい影がゆらりと動くと、剣閃が陽光を反射して弧を描く。
「ちっ、仕損じたか」
一瞬の隙を見計らって秀吉が背に斬りかかったのだが、アスラは軽々と躱して右腕を斬り落とす。
「殿下!!」
「あー、構わん構わん」
秀吉は斬り落とされた腕を拾い上げると、血液が意思を持っているかのように網状に変化したまま結合する
「痛いのは好かんからな。こんな隠し玉もあるのだ」
屈託無く笑う秀吉だが、その姿を見て幸村は体から蒸気を発生させ始める。
「出し惜しみするでないぞ若武者よ」
鹿角の赤備えに立物は六文銭、黒塗りの面頬でその顔を隠す若武者、日ノ本一の兵と称される真田左衛門左信繁は、その手に持つ太刀を煌々と輝くマグマの如く、黄とも橙も言えぬ色に染めあげる。
間髪入れずに振り抜く一閃。
その斬撃は触れるもの全てに真紅の業火を纏わせて行く。
それは本来の炎の色とはかけ離れてある。
まるで血の赤で描いた絵画のような炎である。
「この火に触れるのはまずそうであるなぁ」
「逃れられんよ」
幸村は、次から次へと刀を振り抜き、周囲一帯を燃やし尽くす勢いで火を放つが、アスラは軽快な身のこなしで軽々と躱して行く。
とても見た目通りのお爺ちゃんとは思えない軽快さである。
「もっと視野を広げよ若武者よ。主君を庇う一方でそこが隙になっておるぞ」
「黙れ老害がぁ!!」
幸村が放つ真紅の炎、それはつまり殺戮大臣信長達が好むラディアル砲と同じ原理のモノである。
命を燃やし、命を奪いきるまでに消えない炎。
恐らくは森長可や各務元正が秀吉に牙を剥いた際の切り札として隠し持っていたのだろう。
「確かに、当たればタダでは済みそうにもないが……調子に乗るにはちと弱すぎる」
仮にもアスラはフェリアースなる一つの世界で三本の指に入る実力者である。
単独1500層踏破可能たる事実は神ならぬ神、亜神の領域に辿り着いている事に他ならない。
「まず、勝てるか勝てぬかの秤を持て」
殺戮大臣にはいいようにされていたが、それは意味のない戦いだ。
まず立っている土台が違う。
簡単にゲームで例えるならば、ユーザーと運営の差だ。
ワールドトッププレイヤーとGMが戦えば、前者は決められたルールの中で戦う事を強いられるが、後者は好きなように数値を弄れる。
冒険者はプレイヤー、宮司はGM、まともな勝負になるわけがない。
「そして勝てぬとわかれば策をもて」
六本の日本刀が三対六枚の翼のようにアスラの背後に展開される。
この戦闘態勢に入ると、単純にアスラは通常時の六倍の戦闘力を有する事となる。
先程まで散々遊ばれていた彼らからするならば絶望でしかないだろう。
「それでも勝てねば腹を切れ」
この世界においては、ダンマスも閻魔も互いに時間が足りなかった。
しかしグランアース、フェリアース、レィゼリンの三世界には腐るほどの時間があった。
それこそアスラ達のように極上の戦士が生まれるまでの時間があったのだ。
閻魔にもそれらに対応する為の隠し球があるだろう。
そうでなければダンジョンバトルを仕掛けるのは自殺行為でしかない。
「ここで儂に出くわしたが、運の尽きと諦めろ」
役者が違う。
この場面においては、その一言に尽きるだろう。
アスラの背後に展開した六本の刀が真田幸村を貫こうと襲いかかる。
「ぱおーーーーーん!!」
だが、その切っ先は赤備えの若武者を貫くことは無かった。
「あーれま、アスラじーじ。何遊んでんの? 」
「い、いや、儂は酒呑を探しておってだな」
「あれまぁ、酒呑は目の前よお爺ちゃん。つか、なにこの戦国レイヤー」
そこには子象に跨りながらに、大太刀で肩の凝りをほぐす謎のチョンマゲ男が降臨したのだ。
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