だんます!!
第194話
コアに能力値のインフレを施されたシュガーに城と街を爆散された魔族は、先ず手始めに周辺国家へ魔物を嗾けるよう命令を下した。
眉目秀麗な浅黒い肌の人型に羊角を持つ魔族、通称黒羊角の魔族などと呼ばれていたりするが、正式名称はドルージヤである。
命の森のエルフが外界に出て、人の血を浴びてドラウとなる。
ドラウの血に寄せられる悪魔を倒し、力を求めて血肉を喰らいドルージヤとなる。
グランアースの古い言葉で、穢れたエルフのドラウと堕天や悪魔の意味を待つジヤヴォロを合わせた造語から、その名で呼ばれているのだ。
「先に手を出したのは奴らだ。磨り潰してやれ!!」
本来は普通の森、光溢れる命の森ではなく、闇夜に閉ざされる深い深い森の奥地で、人界に関与することなく集落を作り、畜産や農業を行いながら人と変わらぬ生活をする平和な魔族である。
だが、魔族とは例外なく同族に危害を加えられると怒髪天を衝き、総力を挙げて復讐を果たす。
むしろそれしか考えられなくなる。
彼らは保護名目で閻魔に夢幻の中へ閉ざされてから、長い長い時間をかけて
城を築き、街を興すまでに至った。
夢幻の融合が行われてからでも、身寄りのない魔族や、庇護者がおらずに怯えている魔族などを迎え入れ、血族の契約などを交わし、僅かな時の中でコミュニティの拡大を行なってきた。
その矢先に、築きあげた全てが爆散したのだ。
普段は家畜として飼育されている牛型の魔物全てを解き放ち、周辺国家へ攻め入る。
血には地の制裁を持って、下手人を炙り出そうとしているのだ。
つまり八つ当たり。
消防署の方から来ましたと言って詐欺師に騙されたから消防署を訴えてやると言っているような理不尽さである。
「うぇーい! なんだなんだここ! 異世界トリップしちゃったのかぁー?」
「五月蝿いぞ馬鹿鳥。少し冷静に考えろ」
「やーだねっ! 考え事したら殺戮大臣がムカついて仕方ないしな! あいつ次あったらこやしてこやしてギッタンバッコンにぃ!」
「どうやったら考え事しないでいられるんだよ」
魔族のそんな事情など知るはずもない松岡君、龍王アルガイオス、ウェイツー、ワンコの4名? 4名は森の中の獣道を進んでいる。
赤と黒のネルシャツを腰に巻き、細身のジーンズにスリッポンを合わせ、Vネックの肌着から怪しげな剣の形のネックレスが揺れている。
青っぽい色眼鏡に黒の薄地のニット帽、長い外ハネの髪の毛がアクセントとなり、彼の魅力を最大限に引き出している。
冒険者であるので顔面が整っているのは勿論、普通にしていれば文句なしイケメソであるが、彼は現在何故かウェイツーに肩車をしてもらっているので何もかもが台無しだ。
「松岡君、私はいつまで肩車をすれば?」
「スケボー乗れる道になるまでだ」
「風のルーンでふよふよ浮いたらいいじゃないですか!」
「ウィールが転がるからスケボーだろうよ」
「わんっ!!」
「ほらワンコもそうだって言ってるだろ」
丸坊主の子供が成人男性を肩車し、その傍ではやたらデカイ鳥が樹木をガシガシと蹴りながらに八つ当たり、葉っぱやら枝やらがボロボロ降り注ぐ中で、秋田犬が森に向かって牙を剥きヴォンヴォンと吠え始める。
カオスである。
語彙の少なさに嘆きたくなるほどにカオスとしか言えない、混沌とした奴らなのである。
「どしたぁワンコ、イノシシでも見つけたかぁ?」
「ヴォン!! ヴォンヴォン!!」
「うぇーい! 超威嚇してんじゃん! てか、なんか地面揺れてね?」
マイペースにも程がある。
とうの昔から地面は揺れ、森は騒がしかったのだ。
だがこいつらは、何の警戒心も持たずに、この段に来て漸く異変に気付く。
だが、気付いた時にはもう遅い。
立ち止まって目を合わせてから首を傾げた松岡君と龍王の真横から、軽トラばりの丸々と肥えた黒毛牛が飛び出して来たのだ。
「ちょ!!」
「転生してから轢かれるパターン!」
飛び出して来た牛の目を覗き込めるほどにスローモーションとなった視界の中で、避けきれないと悟った二人は豪快にはねられた。
刑事告訴レベルの人身事故である。
宙に舞った龍王アルガイオスは鳥脚で木の幹をガッシリと掴み、松岡君を嘴キャッチするが、後続の黒毛牛達は興奮して龍王が鷲掴みにした樹木に全力でヘッドバッドを敢行する。
「うぇぇぇ?! 安心も束の間ってやつー!?」
「ウェイツー! スケボーよこせ!」
「は、はい!!」
ワンコを抱き上げていち早く木の上に避難していたウェイツーは、バックパックにぶら下げたスケボーを取り出し、乱雑に松岡君へと投げつける。
「ちげーよ! それワンコのだよ!」
「あああ! すいません!じゃあ、あ!」
「別にいいけどな」
松岡君に向かって投げられたワンコのスケボーは、放物線を描きながらにとんでいたが、中間の枝葉に当たって落下を初めてしまう。
「龍王」
「んあ?」
「ぶん投げろ」
「あいあいさー!!」
Vネックの肌着が勢いで破れながらにも、龍王の首振りでぶん投げられた松岡君は空中でスケボーを右足で捕らえてシュービットで一発トリックをメイクしてから、木の幹をスライドして180°、フリップ、180°、フリップと横回転縦回転の複合した竜巻を巻き起こして行く。
完成したのは竜巻の球体だ。
自分だけに理解できる風のラインを読みながらに群れを避けて別の枝に着地すると、背後では竜巻の球体がいつぞや牛の球体になっている。
興奮した牛達が次々と竜巻の中に飛び込み、争う術を失ってしまったのだ。
「おい馬鹿鳥、お前何をしてるんだ?」
「え? いつもみたいにボンしないの?」
木の上で器用にバク転をしてショタボーイの姿になった龍王アルガイオスは楽しそうに笑う。
「ここ森だぞ?」
「うぇーー! 先言ってよ! もうルーン刻んじゃったよ」
ゆらりゆらりと舞い散っていた龍王の羽毛が、まるで意思を持ったよう四方八方から牛の球体に飲み込まれて行く。
「ウェイツー! ワンコ連れて本気で逃げろってもういねぇ!!」
「うぇーーーい!!」
「待てコラ! クソ鳥!!」
「あひゃひゃひゃ! BON!!」
バク転をしながらに指をパチンと鳴らすと、ショタボーイから鳥の姿に変身するボフンと間の抜けたエフェクトに合わせ、後方から山が一つ消し飛んだような爆音が響き渡った。
空を見上げれば丸焼きの牛が流星群のように乱れ飛び、一足遅れて訪れる爆風と衝撃波にバランスを崩しそうになるが、なんとか立て直して逃げ続ける。
「山火事ってこんな速いもんなの?!」
「お前が加減しないからだろうが!」
一難去ってなんとやら、衝撃波をやり過ごして一安心と思えば、直後には津波のように炎が押し寄せてくるのだ。
ルーン複合により勢いを増した炎が火炎嵐となって、火災旋風となって周囲一帯を焼き尽くすのだ。
これは既に攻撃の領域ではない。
事故である、ただの人災である。
「松岡君! 乗っていいぞ!」
「クソ、不本意だが」
団地規模の火災旋風の波に飲み込まれる寸前に龍王アルガイオスの背に飛び乗り、即座な風のルーンを組みまくると、飛べなさそうなデブ鳥は翼に目一杯の風を受けて上空へ飛び立った。
これで一安心と言いたいが、彼らにはワンコとウェイツーと他にも仲間がいる。
あわよくば鷲掴みでゴッチャと行きたい所であるが、その心配は無用であった。
森から抜けた平原には既に、トラックばりに巨大化したワンコがウェイツーを乗せて楽しそうに駆け回っていたのである。
「竜巻BONは森でやっちゃダメだな」
「だから言っただろうが」
「だって地味じゃん! 牛ミキサーとか地味じゃん!」
「よろしい、ならば戦争だ」
ウェイツー、ワンコの元へ舞い降りると、丸坊主のウェイツーは安心したのかワンコの背から降りて、ニコッと笑みを見せてから前のめりにぶっ倒れた。
「おいおいウェイツー!」
無理もない。
「死ぬなハゲー! ちーがーうだろー!ここで死ぬのは違うだろー!」
ウェイツーは拳闘士の能力として、部分的に体の一部を拡大して殴る技を得意としているのだが、その巨大化を強引にワンコに行ったのだから魔力枯渇して当然である。
「くぅーん」
元の姿に戻ったワンコは心配そうに鼻でウェイツーの頭をグリグリとしている。
ワンコに腕を噛ませて、体の一部として認識させてスキルを使用した為、ワンコは無傷で負担もないが、ウェイツーは逃げている間にひたすら魔力が削られ続けた。
手放しで自転車に乗りながら原チャリの運転をしていたようなって、違うな、何言ってんだろ。
何にせよ、相当な負担であったのだ。
「山で肩車させてたから因果応報ってやつ?」
「こんなチビ助、背負ってようがなかろうが変わらん」
「おっ? ちょっとデレた? 誰得? なんでやさしいの?」
「五月蝿いぞ! いつもと変わらんだろ。鳩どもはよく肩車してやってたしな」
そこで松岡君は急に立ち止まり、西日射す夕焼け空を見上げて、顎に手を当てる。
「いや、いやいやいや、待て待て。なんで忘れてたんだ?」
「本当だ。忘れてた事すら忘れてたな。鳩ども元気してんのかな?」
流れるように会話に出てきた悪ガキ五人衆の話題。
他の冒険者は仕方ない、嫌な思い出こそあれ良いイメージなど悪ガキ達に関しては無いのだから仕方ない。
しかし松岡君と龍王は毎日お菓子を食べさせていた所縁の深い人物である。
「あいつらが北海道に行ったあたりから記憶から消えてた。そんな事ありえるか?」
「確かに。あいつらがいないのにあいつらの事なんて聞かずにお菓子撒いてたな」
「……あいつらもここにいる? って事にならないか?」
「死んだってこと? 」
「あああ、わからん! わからんが、つまりそういうことなんじゃないか?」
答えの出ない議論ほど不毛なものはない。
ネットでも繋がっていれば、情報を共有したりできるが、気が付けば見知らぬ世界でスマホも役に立たない。
「せめてメニューでも開ければな」
「おろ? メニュー開けるぞ?」
幸運な事にタイミングの問題である。
ヤムラ達が地球とこの世界に繋ぎを作ったので、メニューなども普通に使えるようになったのだ。
水面下で閻魔にバレないようにコアのハッキングクラッキング作業が進められている成果である。
「はは、結構みんなこっちに来てるみたいだな」
「合流した方がいいかもなぁ」
冒険者メニューから利用できる掲示板には、普段の過疎っぷりが嘘のようにログで溢れかえっていた。
ネットの掲示板の方がわかりやすいからと、メニューからでもインターネットに繋いでいるほどであったのに、直に書き込まれているのだから面白い。
━━━━
【異世界】教会復活できなくて異世界に飛ばされたやつ、ちょっとこい【限定】
ヒナタ@もふ猫連盟
うーにゃにゃにゃにゃ!
キイロ@もふ猫連盟
うーにゃんにゃん!
マロン@もふ猫連盟
みゃ
ヒナタ@もふ猫連盟
うーにゃん、にゃにゃん!
キイロ@もふ猫連盟
にゃにゃにゃんにゃん!
ショーキ@拳語會
頭狂ってんのかてめぇら
アイリス@趣味の集い【ロール】
うちのニンニンみてませんかー?
シュバイン@趣味の集い【ロール】
ショーキ! ヌプ蔵を知らないかい? バイオといるはずなんだが
タロウ@拳語會
こっちもバイオ探してるんだなこれが
ショーキ@拳語會
それより情報交換だ。いや、まずは合流するか?
ガシラ@元江戸寿司
現在地わかんないだろメーン
タロウ@拳語會
おおガシラ! お前らの存在完全に忘れてたぞ! 謎の果実の果汁吹いちまった
リシン@拳語會
見た目はブドウなんですけどね。
何故か実がカラフルなんです。
とてもおいしいんです。
悔しいですけどね。
バイオズラ@拳語會
もう、リシンったらマジメっ!
ショーキ@拳語會
やっぱりいやがったか! お前どこにいるんだ?
ヌプ蔵@趣味の集い【ロール】
ニンニン元気でござるよぉ
アイリス@趣味の集い【ロール】
ニンニンあいだいゔぉぉぉお
ヒナタ@もふ猫連盟
とりあえず雑談は後にゃにゃん
目印を探すにゃにゃん!
松岡君@芳林LOVE
まず何処か町に辿り着いている奴はいるか? 情報が少なすぎるぞ
龍王アルちゃん@芳林LOVE
てか、まず芳林LOVEやめない?
ださすぎるんだけど
松岡君@芳林LOVE
あ? ラブブレイブの花火が日夜鍛錬をした聖地だぞ? それにフォーリンラブとも掛けている。つまりはラブブレイブに対する愛情表現に他ならず、俺たちが日頃溜まり場にしているベストプレイスに敬意をこめて、
龍王アルちゃん@芳林LOVE
わかった! わかったから横ですごい勢いで入力するのやめてこわい!
キイロ@もふ猫連盟
マロンがすごい発見したにゃんにゃん!お前ら少し黙るにゃんにゃん!
シュガー@元江戸寿司
コアさんには会ったか?
マロン@もふ猫連盟
マロンですこんにちは、みゃ。
みんなここにいるってことは、死んでアキバに戻れなかったって事だと思うんですけど、死んだ時に近くにいた人と同じ場所に転移してるってことは、死んだ場所が関係してるんじゃないかと思うんです。みゃ
だから拳語會やロールの皆さんは近いんじゃないかと
憶測でしかありませんけど、みゃ。
松岡君@芳林LOVE
それだと俺たちはロシアオブデッドだから合流は絶望的だな
バイオズラ@拳語會
コアさんってなに?
ヌプ蔵@趣味の集い【ロール】
拙者はバイオ殿と共にいるので、マロンさんの考えは正解に近いかもしれないでござる。今は現地の幼女に連れられてマルノ王国の王都に向かっているでござる
ガシラ@元江戸寿司
ちょっとガチ話なんで、ラップ抜きで行くぜマイメン
この世界にはコアさんがいる。
死ぬほどって言うか実際何回か死ぬ荒行で経験値的な力ぶち込みチート使ってインフレ起こしてくれる。
一応コアさんからの依頼は、この世界をぶっ壊せって事だけど、冷静に考えたら今回のダンジョンバトルの敵さんも、ダンマスみたいに他の世界持ってて、それがここって可能性もありえる、震える、サブリミナル
ショーキ@拳語會
そこらへんの情報もまず合流してから交換した方がいいだろう。
訳あって敵さんの世界式に与している女性と行動を共にしていたんだが、何故か一緒にこっちに来ちまってる
そこらも色々検証できるかもしれねぇ
タロウ@拳語會
普通に彼女って言えばいいのに
龍王アルちゃん@芳林LOVE
? ガチの戦争してんのに敵が彼女なの?
ショーキ@拳語會
そうだ。名前はサラ・ブレンダン、アメリカ人なんだが、閻魔の世界式で商人って分類に入ってる。俺たちが冒険者、殺戮大臣達が貴族、その分類での商人ってのに属していて、世界式間での取引を可能にする能力がある。
だんますにも色々協力して貰って許可を得ているし、最終的に仲間になるから気にすんな
松岡君@芳林LOVE
サラ・ブレンダン? なんか聞いたことある気がするな
タロウ@拳語會
お前らが熱烈に取材のアプローチ受けてブチった小娘だよ
てかショーキが必死すぎてキモい、ワロス
シュバイン@趣味の集い【ロール】
すまん、バタバタしてて遅れた。
恐らくマロン殿の憶測は的中している。我々は気がつけばマルノ王国の王都にいた。衛兵とゴタゴタしていたんだが一件落着した。
バイオとヌプ蔵は入城の際に連絡をくれ。
我々は口利きができる状況にある。
龍王アルちゃん@芳林LOVE
なんかお前ら平和そうでいいなぁ
こっちひたすら牛に襲われるんですけど
 松岡君@芳林LOVE
マルノ王国ってとこを目指せばいいってわかっただけよしとする
よしぺろ@島津印
お疲れ様です!
博多冒険者学校一期卒業生、島津印のよしぺろです!
諸先輩方の情報交換を邪魔しまいとロムらせて頂いていたのですが、我々も五島列島防衛戦での後方支援の際に、光に包まれて此方の世界に来てしまいました。
戦力外なのは重々承知しておりますが、何か手伝える事があればなんなりとお申し付け下さい。
バイオズラ@拳語會
堅いよぉぉぉぉ
もっと気楽にいこうぜぇぇぇ
━━━━
松岡君はステータス画面を投げ捨てるように消し、苛立ちを誤魔化すように襟足をボリボリと掻き毟る。
「マロンの予想がガチならマズイな」
「第二波来ちゃってるぞぉ」
龍王アルガイオスの視線の先には、黒い波が地を揺らし砂煙をあげながらに押し寄せて来ている。
火災旋風に巻き込まれなかった黒毛牛の群れが、煙を突き破り見渡す限りを黒に染め上げて迫り来るのだ。
「ハゲが起きるまでなんとかするしかない……か」
「ヴォンヴォン!!」
秋田犬のワンコも加勢するぜと言わんばかりに犬歯を剥き出しにしており、大変心強くあるが状況は芳しくない。
個体個体では大した事がなくとも、視界を埋める程の数となれば話は変わってくる。
「これ死んだら生き返んのかな?」
「希望的観測はやめておけ」
「ぅ、ぅぇーぃ」
「ちょっと自信なさげのそれやめろ」
まさに決死の覚悟を決め、双方眉間に皺を寄せながらに牛の群れを睨みつける。
だが、その覚悟は無駄になる。
牛の群れは松岡君達の元には辿り着く以前に、忽然と姿を消したのだ。
「あるぇ? コアの気配したんだけどなぁ」
目の前に現れたのは、紅い目の日本人であった。
これと言った特徴もない。
黒髪で細身、青いネルシャツにジーンズを合わせたモブ、その他大勢の一人。
何処にでも居そうであるが、その紅に顎門を開いた鮫の牙を黒で描いた光彩を浮かべた人のそれではない悍ましい瞳だけが、彼を普通ではないと知らしめている。
「おおお! 生産し、ちゃう、冒険者か!! こんなとこで何してんだ?」
松岡君は平然を装っているが、閉じられた口の中から小刻みに独特な音を鳴らしている。
ひょうきん者の龍王アルガイオスですら羽毛を逆立てたままに目を閉じて微動だにせず震えており、ワンコに至っては耳と目を前脚で閉ざして伏せってしまっている。
それ程までに男の眼は異質であり、この世の全ての恐怖を掻き集めたかと錯覚する程に悍ましいのだ。
「あるぇ? 生産し、ちゃう冒険者か? 何してんだこんなとこで」
「だ、だんます……の、こえ?」
「あー、あは、あははは! よく似てるって言われるんだよねぇ……はは。てかなんで震えてんのって、コレか? すまんすまん」
男はギュッと目を瞑ると、周囲に充満していた絶対なる死の気配が消え失せ、松岡君と龍王は緊張から解き放たれた安堵から、息を吐き出しながらに膝から崩れ落ちた。
「あらららら、つか、どこいったんかなぁ……おーーい! コアちゃーーん! ちょっと話聞きたいだけだから出てこぉーい!!」
男の声は木々を揺らしながらに響き渡るが、返答は山彦のみである。
「あんたは、誰なんだ?」
「俺か? 俺はアレだ。ただの通りすがりの……おっ? これ、コアかな? ちょっとごめん! また電話して!」
そう言って男は視界から消えた。
まさに嵐のような変人である。
「誰かも知らんのに電話できんだろ」
松岡君の最もな呟きに、龍王はただただ頷くしかできなかった。
眉目秀麗な浅黒い肌の人型に羊角を持つ魔族、通称黒羊角の魔族などと呼ばれていたりするが、正式名称はドルージヤである。
命の森のエルフが外界に出て、人の血を浴びてドラウとなる。
ドラウの血に寄せられる悪魔を倒し、力を求めて血肉を喰らいドルージヤとなる。
グランアースの古い言葉で、穢れたエルフのドラウと堕天や悪魔の意味を待つジヤヴォロを合わせた造語から、その名で呼ばれているのだ。
「先に手を出したのは奴らだ。磨り潰してやれ!!」
本来は普通の森、光溢れる命の森ではなく、闇夜に閉ざされる深い深い森の奥地で、人界に関与することなく集落を作り、畜産や農業を行いながら人と変わらぬ生活をする平和な魔族である。
だが、魔族とは例外なく同族に危害を加えられると怒髪天を衝き、総力を挙げて復讐を果たす。
むしろそれしか考えられなくなる。
彼らは保護名目で閻魔に夢幻の中へ閉ざされてから、長い長い時間をかけて
城を築き、街を興すまでに至った。
夢幻の融合が行われてからでも、身寄りのない魔族や、庇護者がおらずに怯えている魔族などを迎え入れ、血族の契約などを交わし、僅かな時の中でコミュニティの拡大を行なってきた。
その矢先に、築きあげた全てが爆散したのだ。
普段は家畜として飼育されている牛型の魔物全てを解き放ち、周辺国家へ攻め入る。
血には地の制裁を持って、下手人を炙り出そうとしているのだ。
つまり八つ当たり。
消防署の方から来ましたと言って詐欺師に騙されたから消防署を訴えてやると言っているような理不尽さである。
「うぇーい! なんだなんだここ! 異世界トリップしちゃったのかぁー?」
「五月蝿いぞ馬鹿鳥。少し冷静に考えろ」
「やーだねっ! 考え事したら殺戮大臣がムカついて仕方ないしな! あいつ次あったらこやしてこやしてギッタンバッコンにぃ!」
「どうやったら考え事しないでいられるんだよ」
魔族のそんな事情など知るはずもない松岡君、龍王アルガイオス、ウェイツー、ワンコの4名? 4名は森の中の獣道を進んでいる。
赤と黒のネルシャツを腰に巻き、細身のジーンズにスリッポンを合わせ、Vネックの肌着から怪しげな剣の形のネックレスが揺れている。
青っぽい色眼鏡に黒の薄地のニット帽、長い外ハネの髪の毛がアクセントとなり、彼の魅力を最大限に引き出している。
冒険者であるので顔面が整っているのは勿論、普通にしていれば文句なしイケメソであるが、彼は現在何故かウェイツーに肩車をしてもらっているので何もかもが台無しだ。
「松岡君、私はいつまで肩車をすれば?」
「スケボー乗れる道になるまでだ」
「風のルーンでふよふよ浮いたらいいじゃないですか!」
「ウィールが転がるからスケボーだろうよ」
「わんっ!!」
「ほらワンコもそうだって言ってるだろ」
丸坊主の子供が成人男性を肩車し、その傍ではやたらデカイ鳥が樹木をガシガシと蹴りながらに八つ当たり、葉っぱやら枝やらがボロボロ降り注ぐ中で、秋田犬が森に向かって牙を剥きヴォンヴォンと吠え始める。
カオスである。
語彙の少なさに嘆きたくなるほどにカオスとしか言えない、混沌とした奴らなのである。
「どしたぁワンコ、イノシシでも見つけたかぁ?」
「ヴォン!! ヴォンヴォン!!」
「うぇーい! 超威嚇してんじゃん! てか、なんか地面揺れてね?」
マイペースにも程がある。
とうの昔から地面は揺れ、森は騒がしかったのだ。
だがこいつらは、何の警戒心も持たずに、この段に来て漸く異変に気付く。
だが、気付いた時にはもう遅い。
立ち止まって目を合わせてから首を傾げた松岡君と龍王の真横から、軽トラばりの丸々と肥えた黒毛牛が飛び出して来たのだ。
「ちょ!!」
「転生してから轢かれるパターン!」
飛び出して来た牛の目を覗き込めるほどにスローモーションとなった視界の中で、避けきれないと悟った二人は豪快にはねられた。
刑事告訴レベルの人身事故である。
宙に舞った龍王アルガイオスは鳥脚で木の幹をガッシリと掴み、松岡君を嘴キャッチするが、後続の黒毛牛達は興奮して龍王が鷲掴みにした樹木に全力でヘッドバッドを敢行する。
「うぇぇぇ?! 安心も束の間ってやつー!?」
「ウェイツー! スケボーよこせ!」
「は、はい!!」
ワンコを抱き上げていち早く木の上に避難していたウェイツーは、バックパックにぶら下げたスケボーを取り出し、乱雑に松岡君へと投げつける。
「ちげーよ! それワンコのだよ!」
「あああ! すいません!じゃあ、あ!」
「別にいいけどな」
松岡君に向かって投げられたワンコのスケボーは、放物線を描きながらにとんでいたが、中間の枝葉に当たって落下を初めてしまう。
「龍王」
「んあ?」
「ぶん投げろ」
「あいあいさー!!」
Vネックの肌着が勢いで破れながらにも、龍王の首振りでぶん投げられた松岡君は空中でスケボーを右足で捕らえてシュービットで一発トリックをメイクしてから、木の幹をスライドして180°、フリップ、180°、フリップと横回転縦回転の複合した竜巻を巻き起こして行く。
完成したのは竜巻の球体だ。
自分だけに理解できる風のラインを読みながらに群れを避けて別の枝に着地すると、背後では竜巻の球体がいつぞや牛の球体になっている。
興奮した牛達が次々と竜巻の中に飛び込み、争う術を失ってしまったのだ。
「おい馬鹿鳥、お前何をしてるんだ?」
「え? いつもみたいにボンしないの?」
木の上で器用にバク転をしてショタボーイの姿になった龍王アルガイオスは楽しそうに笑う。
「ここ森だぞ?」
「うぇーー! 先言ってよ! もうルーン刻んじゃったよ」
ゆらりゆらりと舞い散っていた龍王の羽毛が、まるで意思を持ったよう四方八方から牛の球体に飲み込まれて行く。
「ウェイツー! ワンコ連れて本気で逃げろってもういねぇ!!」
「うぇーーーい!!」
「待てコラ! クソ鳥!!」
「あひゃひゃひゃ! BON!!」
バク転をしながらに指をパチンと鳴らすと、ショタボーイから鳥の姿に変身するボフンと間の抜けたエフェクトに合わせ、後方から山が一つ消し飛んだような爆音が響き渡った。
空を見上げれば丸焼きの牛が流星群のように乱れ飛び、一足遅れて訪れる爆風と衝撃波にバランスを崩しそうになるが、なんとか立て直して逃げ続ける。
「山火事ってこんな速いもんなの?!」
「お前が加減しないからだろうが!」
一難去ってなんとやら、衝撃波をやり過ごして一安心と思えば、直後には津波のように炎が押し寄せてくるのだ。
ルーン複合により勢いを増した炎が火炎嵐となって、火災旋風となって周囲一帯を焼き尽くすのだ。
これは既に攻撃の領域ではない。
事故である、ただの人災である。
「松岡君! 乗っていいぞ!」
「クソ、不本意だが」
団地規模の火災旋風の波に飲み込まれる寸前に龍王アルガイオスの背に飛び乗り、即座な風のルーンを組みまくると、飛べなさそうなデブ鳥は翼に目一杯の風を受けて上空へ飛び立った。
これで一安心と言いたいが、彼らにはワンコとウェイツーと他にも仲間がいる。
あわよくば鷲掴みでゴッチャと行きたい所であるが、その心配は無用であった。
森から抜けた平原には既に、トラックばりに巨大化したワンコがウェイツーを乗せて楽しそうに駆け回っていたのである。
「竜巻BONは森でやっちゃダメだな」
「だから言っただろうが」
「だって地味じゃん! 牛ミキサーとか地味じゃん!」
「よろしい、ならば戦争だ」
ウェイツー、ワンコの元へ舞い降りると、丸坊主のウェイツーは安心したのかワンコの背から降りて、ニコッと笑みを見せてから前のめりにぶっ倒れた。
「おいおいウェイツー!」
無理もない。
「死ぬなハゲー! ちーがーうだろー!ここで死ぬのは違うだろー!」
ウェイツーは拳闘士の能力として、部分的に体の一部を拡大して殴る技を得意としているのだが、その巨大化を強引にワンコに行ったのだから魔力枯渇して当然である。
「くぅーん」
元の姿に戻ったワンコは心配そうに鼻でウェイツーの頭をグリグリとしている。
ワンコに腕を噛ませて、体の一部として認識させてスキルを使用した為、ワンコは無傷で負担もないが、ウェイツーは逃げている間にひたすら魔力が削られ続けた。
手放しで自転車に乗りながら原チャリの運転をしていたようなって、違うな、何言ってんだろ。
何にせよ、相当な負担であったのだ。
「山で肩車させてたから因果応報ってやつ?」
「こんなチビ助、背負ってようがなかろうが変わらん」
「おっ? ちょっとデレた? 誰得? なんでやさしいの?」
「五月蝿いぞ! いつもと変わらんだろ。鳩どもはよく肩車してやってたしな」
そこで松岡君は急に立ち止まり、西日射す夕焼け空を見上げて、顎に手を当てる。
「いや、いやいやいや、待て待て。なんで忘れてたんだ?」
「本当だ。忘れてた事すら忘れてたな。鳩ども元気してんのかな?」
流れるように会話に出てきた悪ガキ五人衆の話題。
他の冒険者は仕方ない、嫌な思い出こそあれ良いイメージなど悪ガキ達に関しては無いのだから仕方ない。
しかし松岡君と龍王は毎日お菓子を食べさせていた所縁の深い人物である。
「あいつらが北海道に行ったあたりから記憶から消えてた。そんな事ありえるか?」
「確かに。あいつらがいないのにあいつらの事なんて聞かずにお菓子撒いてたな」
「……あいつらもここにいる? って事にならないか?」
「死んだってこと? 」
「あああ、わからん! わからんが、つまりそういうことなんじゃないか?」
答えの出ない議論ほど不毛なものはない。
ネットでも繋がっていれば、情報を共有したりできるが、気が付けば見知らぬ世界でスマホも役に立たない。
「せめてメニューでも開ければな」
「おろ? メニュー開けるぞ?」
幸運な事にタイミングの問題である。
ヤムラ達が地球とこの世界に繋ぎを作ったので、メニューなども普通に使えるようになったのだ。
水面下で閻魔にバレないようにコアのハッキングクラッキング作業が進められている成果である。
「はは、結構みんなこっちに来てるみたいだな」
「合流した方がいいかもなぁ」
冒険者メニューから利用できる掲示板には、普段の過疎っぷりが嘘のようにログで溢れかえっていた。
ネットの掲示板の方がわかりやすいからと、メニューからでもインターネットに繋いでいるほどであったのに、直に書き込まれているのだから面白い。
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【異世界】教会復活できなくて異世界に飛ばされたやつ、ちょっとこい【限定】
ヒナタ@もふ猫連盟
うーにゃにゃにゃにゃ!
キイロ@もふ猫連盟
うーにゃんにゃん!
マロン@もふ猫連盟
みゃ
ヒナタ@もふ猫連盟
うーにゃん、にゃにゃん!
キイロ@もふ猫連盟
にゃにゃにゃんにゃん!
ショーキ@拳語會
頭狂ってんのかてめぇら
アイリス@趣味の集い【ロール】
うちのニンニンみてませんかー?
シュバイン@趣味の集い【ロール】
ショーキ! ヌプ蔵を知らないかい? バイオといるはずなんだが
タロウ@拳語會
こっちもバイオ探してるんだなこれが
ショーキ@拳語會
それより情報交換だ。いや、まずは合流するか?
ガシラ@元江戸寿司
現在地わかんないだろメーン
タロウ@拳語會
おおガシラ! お前らの存在完全に忘れてたぞ! 謎の果実の果汁吹いちまった
リシン@拳語會
見た目はブドウなんですけどね。
何故か実がカラフルなんです。
とてもおいしいんです。
悔しいですけどね。
バイオズラ@拳語會
もう、リシンったらマジメっ!
ショーキ@拳語會
やっぱりいやがったか! お前どこにいるんだ?
ヌプ蔵@趣味の集い【ロール】
ニンニン元気でござるよぉ
アイリス@趣味の集い【ロール】
ニンニンあいだいゔぉぉぉお
ヒナタ@もふ猫連盟
とりあえず雑談は後にゃにゃん
目印を探すにゃにゃん!
松岡君@芳林LOVE
まず何処か町に辿り着いている奴はいるか? 情報が少なすぎるぞ
龍王アルちゃん@芳林LOVE
てか、まず芳林LOVEやめない?
ださすぎるんだけど
松岡君@芳林LOVE
あ? ラブブレイブの花火が日夜鍛錬をした聖地だぞ? それにフォーリンラブとも掛けている。つまりはラブブレイブに対する愛情表現に他ならず、俺たちが日頃溜まり場にしているベストプレイスに敬意をこめて、
龍王アルちゃん@芳林LOVE
わかった! わかったから横ですごい勢いで入力するのやめてこわい!
キイロ@もふ猫連盟
マロンがすごい発見したにゃんにゃん!お前ら少し黙るにゃんにゃん!
シュガー@元江戸寿司
コアさんには会ったか?
マロン@もふ猫連盟
マロンですこんにちは、みゃ。
みんなここにいるってことは、死んでアキバに戻れなかったって事だと思うんですけど、死んだ時に近くにいた人と同じ場所に転移してるってことは、死んだ場所が関係してるんじゃないかと思うんです。みゃ
だから拳語會やロールの皆さんは近いんじゃないかと
憶測でしかありませんけど、みゃ。
松岡君@芳林LOVE
それだと俺たちはロシアオブデッドだから合流は絶望的だな
バイオズラ@拳語會
コアさんってなに?
ヌプ蔵@趣味の集い【ロール】
拙者はバイオ殿と共にいるので、マロンさんの考えは正解に近いかもしれないでござる。今は現地の幼女に連れられてマルノ王国の王都に向かっているでござる
ガシラ@元江戸寿司
ちょっとガチ話なんで、ラップ抜きで行くぜマイメン
この世界にはコアさんがいる。
死ぬほどって言うか実際何回か死ぬ荒行で経験値的な力ぶち込みチート使ってインフレ起こしてくれる。
一応コアさんからの依頼は、この世界をぶっ壊せって事だけど、冷静に考えたら今回のダンジョンバトルの敵さんも、ダンマスみたいに他の世界持ってて、それがここって可能性もありえる、震える、サブリミナル
ショーキ@拳語會
そこらへんの情報もまず合流してから交換した方がいいだろう。
訳あって敵さんの世界式に与している女性と行動を共にしていたんだが、何故か一緒にこっちに来ちまってる
そこらも色々検証できるかもしれねぇ
タロウ@拳語會
普通に彼女って言えばいいのに
龍王アルちゃん@芳林LOVE
? ガチの戦争してんのに敵が彼女なの?
ショーキ@拳語會
そうだ。名前はサラ・ブレンダン、アメリカ人なんだが、閻魔の世界式で商人って分類に入ってる。俺たちが冒険者、殺戮大臣達が貴族、その分類での商人ってのに属していて、世界式間での取引を可能にする能力がある。
だんますにも色々協力して貰って許可を得ているし、最終的に仲間になるから気にすんな
松岡君@芳林LOVE
サラ・ブレンダン? なんか聞いたことある気がするな
タロウ@拳語會
お前らが熱烈に取材のアプローチ受けてブチった小娘だよ
てかショーキが必死すぎてキモい、ワロス
シュバイン@趣味の集い【ロール】
すまん、バタバタしてて遅れた。
恐らくマロン殿の憶測は的中している。我々は気がつけばマルノ王国の王都にいた。衛兵とゴタゴタしていたんだが一件落着した。
バイオとヌプ蔵は入城の際に連絡をくれ。
我々は口利きができる状況にある。
龍王アルちゃん@芳林LOVE
なんかお前ら平和そうでいいなぁ
こっちひたすら牛に襲われるんですけど
 松岡君@芳林LOVE
マルノ王国ってとこを目指せばいいってわかっただけよしとする
よしぺろ@島津印
お疲れ様です!
博多冒険者学校一期卒業生、島津印のよしぺろです!
諸先輩方の情報交換を邪魔しまいとロムらせて頂いていたのですが、我々も五島列島防衛戦での後方支援の際に、光に包まれて此方の世界に来てしまいました。
戦力外なのは重々承知しておりますが、何か手伝える事があればなんなりとお申し付け下さい。
バイオズラ@拳語會
堅いよぉぉぉぉ
もっと気楽にいこうぜぇぇぇ
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松岡君はステータス画面を投げ捨てるように消し、苛立ちを誤魔化すように襟足をボリボリと掻き毟る。
「マロンの予想がガチならマズイな」
「第二波来ちゃってるぞぉ」
龍王アルガイオスの視線の先には、黒い波が地を揺らし砂煙をあげながらに押し寄せて来ている。
火災旋風に巻き込まれなかった黒毛牛の群れが、煙を突き破り見渡す限りを黒に染め上げて迫り来るのだ。
「ハゲが起きるまでなんとかするしかない……か」
「ヴォンヴォン!!」
秋田犬のワンコも加勢するぜと言わんばかりに犬歯を剥き出しにしており、大変心強くあるが状況は芳しくない。
個体個体では大した事がなくとも、視界を埋める程の数となれば話は変わってくる。
「これ死んだら生き返んのかな?」
「希望的観測はやめておけ」
「ぅ、ぅぇーぃ」
「ちょっと自信なさげのそれやめろ」
まさに決死の覚悟を決め、双方眉間に皺を寄せながらに牛の群れを睨みつける。
だが、その覚悟は無駄になる。
牛の群れは松岡君達の元には辿り着く以前に、忽然と姿を消したのだ。
「あるぇ? コアの気配したんだけどなぁ」
目の前に現れたのは、紅い目の日本人であった。
これと言った特徴もない。
黒髪で細身、青いネルシャツにジーンズを合わせたモブ、その他大勢の一人。
何処にでも居そうであるが、その紅に顎門を開いた鮫の牙を黒で描いた光彩を浮かべた人のそれではない悍ましい瞳だけが、彼を普通ではないと知らしめている。
「おおお! 生産し、ちゃう、冒険者か!! こんなとこで何してんだ?」
松岡君は平然を装っているが、閉じられた口の中から小刻みに独特な音を鳴らしている。
ひょうきん者の龍王アルガイオスですら羽毛を逆立てたままに目を閉じて微動だにせず震えており、ワンコに至っては耳と目を前脚で閉ざして伏せってしまっている。
それ程までに男の眼は異質であり、この世の全ての恐怖を掻き集めたかと錯覚する程に悍ましいのだ。
「あるぇ? 生産し、ちゃう冒険者か? 何してんだこんなとこで」
「だ、だんます……の、こえ?」
「あー、あは、あははは! よく似てるって言われるんだよねぇ……はは。てかなんで震えてんのって、コレか? すまんすまん」
男はギュッと目を瞑ると、周囲に充満していた絶対なる死の気配が消え失せ、松岡君と龍王は緊張から解き放たれた安堵から、息を吐き出しながらに膝から崩れ落ちた。
「あらららら、つか、どこいったんかなぁ……おーーい! コアちゃーーん! ちょっと話聞きたいだけだから出てこぉーい!!」
男の声は木々を揺らしながらに響き渡るが、返答は山彦のみである。
「あんたは、誰なんだ?」
「俺か? 俺はアレだ。ただの通りすがりの……おっ? これ、コアかな? ちょっとごめん! また電話して!」
そう言って男は視界から消えた。
まさに嵐のような変人である。
「誰かも知らんのに電話できんだろ」
松岡君の最もな呟きに、龍王はただただ頷くしかできなかった。
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