だんます!!

慈桜

第191話

 
「よし、もう一回だ」

「ん、やってみる」

 夢幻の中ではメイファーがジンジャーの鎖を手に巻いて、地球に転移し、夢幻に戻るを繰り返している。

「むずかしい」

「ダメか……意識しながら意識しないってのがわからんな……」

 彼らが何をしているのか。

 それはジンジャーの鎖を夢幻と地球の間に繋げようと試みているのだ。

 世界間の境界を突き抜けて鎖を繋ぐ。

 世界間を繋ぐは橋を架けると称される行為であり、本来は葬儀屋アンダーテイカー庭師ランドスケーパーが協同しなければ成功しないのだが、『きっとできるよ』とコアに依頼されて頑張っているわけだが、これが簡単ではない。

「鎖を気にしたらジンジャーお兄ちゃんごと連れて行っちゃう」

「かと言って意識しなければ自分だけ転移してしまう……か。本当にできるのか?」

 閻魔の扉の回廊に無数に存在した一つ一つの空間程度であれば容易く繋げたであろうが、それら全てを一つにまとめた文字通りに惑星規模の巨大な世界となった夢幻は抵抗力が高く、思い通りに行かないのだ。

「あれ?」

「どしたメイファー」

「なんか変な感じ。ちょっと待ってて」

「うおい! 待てっ!!」

 ジンジャーは慌ててメイファーを止めようとするが、既に彼女の姿は無かった。
 ジンジャーとしては謎の世界で置き去りにされた形である。

「ちっちゃい子ってのはよくわからん」

『メイファーちゃんは特に不思議ちゃんだからね』

 小さく溜息を吐き出した後にリリーの返事に笑い返すと、手持ち無沙汰のままに空を見上げる。

「どうしろっつーんだよ」

 その頃、地球はメキシコに戻ったメイファー、彼女は自身が感じた違和感の正体を探らんと転移したのだが、その先には思わぬ面々がいた事に驚き固まってしまう。

「んおっ?! なんじゃこのジャリンコ!」

「うさぎさん、かわいい」

 メイファーは目の前に立っている二足歩行のうさぎにピトッと抱きついた後、何事も無かったかのように、目の前の男に視線を向ける。

「ヤムラシン様、何してるの?」

「こっちが聞きたいんだが、モルスァ「メイファー」メイファーちゃんは何してる? なんでここにきた?」

 メイファーが転移した先にはご察しの通りにヤムラとレイセンがいたのだが、メイファーは首を傾げたままに、以前ジャイロが出てきた穴の方向を見て、再び逆に首を傾げた。

「なんか変な感じがした」

「メイファーが開けた穴を修復していたからかもしれんな」

「お? んじゃあコイツが言ってた奴か?」

 レイセンはヤムラとメイファーの会話に割って入る。
 穴を開けた張本人とするならば、使えるはずのない時のルーンを使用する二人の片割れであると分かったからだ。

「ん? 違う。そんな感じじゃない」

 メイファーはレイセンが何を喋ろうが耳をモフモフしながらに何やら思考の渦に溺れているが、レイセンはやめろやめろともがいている。
 やはりうさぎは耳が弱いらしい。

「うーん。ジャイロおねぇちゃん、かな?」

「よし、落ち着けメスガキちゃん。ヤムラお兄さんに何を悩んでいるのか一から話してみろ」

 青と黒のネルシャツを着たモブ顔の日本人がメイファーのポニーテールを乱雑に掴んで持ち上げると、メイファーに耳を鷲掴みにされたレイセンも持ち上げられるが、トークはそのまま続行である。

「サポーターさんがお爺ちゃんの世界とコッチをジンジャーお兄ちゃんの鎖で繋いで欲しいって言ってた。でも難しいから、色々考えてたら変な感じがしたからここにきた」

 メイファーは要領の得ない内容を話すが、ヤムラとレイセンは互いに視線を合わせて小さく頷く。

「レイセン、どう思う? コアは擬似的なゲートを置こうとしてるのか?」

「宮司がいなけりゃ蔓橋を架けるしかないだろ。だが夢幻なんてのは閻魔の創造世界だろ? 橋なんて架けれるのか?」

「亜空間に繋げるかは試した事があるから行けるはずだ。ただ庭師ランドスケーパーが居なけりゃ不安定になるがな」

 メイファーはぶら下げられたままに二人の会話を無表情で聞いているしかできない。
 レイセンもブラブラしながらに喋っているので絵面としては締まりがないが、両名の表情は真剣そのものだ。

「いや、蔓橋で行けるなら他にも繋げる方法はある。宮司じゃなくとも、本当にコイツが時のルーンを使えるならな」

「言いたい事はわかるが、それでも足りんだろ」

「よく考えろ。相手はコアだぞ? このジャリンコが俺たちを見つけ出す事を前提で話を進めていても何もおかしくない」

「ああ、そうだな。そして、今決定的に足りてないピースは」

「「おっぱいメアリー」」

 勝手に盛り上がるヤムラとレイセンだが、メイファーは何の話かわからずに抵抗をやめる。
 いつの間にかメイファーの手からすり抜けていたレイセンは、その小さく可愛らしい手を12時と6時の位置からくるりと回し、手をポンと鳴らすと時間は逆流を始める。

 時間が逆流する世界でヤムラはふと思い出したかのように手をポンと叩く。

「ああ、そうか。これ再演二回目か」

「時間に歪みを作らないように完全再演にしてたから記憶も消えてたな。次はメアリーを引き止める。再演は5分が限界だが間に合うだろ」

「1回目はモルスァちゃんが逃げちゃったんだったな」

「どうする? 二つ残したら【再演】になる。ラディアル消し飛ぶぞ」

「うん。俺らの幼女博愛ぶりに賭けてメアリー捕まえよう」

 超速の巻き戻しの後に、ラビリが視界から消えて、コアを探しにその場から去ろうとするジャイロをヤムラとレイセンが食い止める。

「ちょっと! なんだってんだい? レイセンも何処触ってんだよ!」

「オッケーオッケー、ちょっと待て、よくわからんがお前を止めとかにゃならんらしい」

「うおほー! やわけー! メアリーすげー!」

 記憶を残して世界の時計の針を巻き戻す【再演】は負担が大きすぎるが、ヤムラとレイセンはキーワードだけを残し、最低限の負担で5分もの時を巻き戻す【完全再演】にて負担を軽減させながらに時を巻き戻し、ジャイロを捕らえる事ができたのだ。

「このクソウサギがっ! 離せっ!」

「いやだね! ここでお前留めておき必要があるっ!」

 負担が少なくショートスパンで使える【再演】は時のルーン全ての使用許可を貰っているヤムラでも数秒が限界であるが、レイセンであれば5分クラスで連発が可能。
 制限こそあれ、同じ五分間を何度でも繰り返せるぶっ壊れ性能のうさぎさんなのである。
 尚、ロングと称される【再演】はレイセンであれば……と話が逸れたな。

「うっ、うさぎさんかわいい」

 実質、本日三度目のうさぎさんかわいいである。
 突如転移してきたポニーテールの少女にレイセンが抱き締められ、五分前のやり取りにジャイロが加えられた形でリスタートする。

「ヤムラシン様、何してるの?」

「こっちが聞きたいんだが、モルスァ「メイファー」メイファーちゃんは何してる? なんでここにきた?」

 ヤムラは全く同じやり取りを始めるが、3回目ともなると流石にレイセンクラスの化物になると既視感でのフィードバックが起こる。

 眉間に皺を寄せながらに【再演】の発動ストックを確認すると、現在進行系で再演時間であると理解し、自身の左目を爪で優しく撫でる。

 すると真っ黒でかわいらしい円らな瞳がパックリと割れて、青地に無数の時計の針が廻る魔眼が開かれる。

「うわおケモノさん。今すぐその物騒な目ん玉しまいやがれ」

「うぅ……ヤムラシン様、うさぎこわい」

「おー、よしよしモルスァ「メイファー」ちゃん、大丈夫大丈夫。怖くないからね、ただのカラコンだからね。ギャル男思考なうさぎさんだねぇ」

 レイセンは全ての記憶を取り戻したと同時に目をギュッと瞑り黒眼に戻すと「ごめんよメスガキちゃん」と自身の長い耳を差し出す。

 メイファーは恐る恐ると耳をモフると、機嫌を直したのかニコニコしながらに耳を撫で始めた。

「さてメアリー。今から閻魔の夢幻と此の世界の間に擬似的な蔓橋を通す」

「は? あたいはそれどころじゃないんだけどね」

「心配すんな。そこにコアがいる」

「…………ふぅ、お見通しってわけだね。だからあんたは嫌いだよ」

 たった一言でジャイロことメアリーの協力を確立するショートカットトークは流石であるが、ヤムラとメアリーは意味がわからないままに疑問符を浮かべている。

「よしメスファー「メイファー」、うん、お前はお爺ちゃんの世界に行って、もう一人のメイファーを作ってこい。何もしなくていい」

「世界が壊れちゃうよ?」

「それは俺がなんとかできるから心配ない。ほれ」

 レイセンが右目をパチリとさせると、左目を瞑ったレイセンが横に立つ。

「すごい。メイファーとおんなじ」

「あぁ、まぁな、納得できんがおんなじだ。もう一人のメイファーが時空の穴を開けたら、向こうの葬儀屋アンダーテイカーの鎖を体に繋いで飛び込め」

「いやいやレイセン。よくわからんが、そんなことをしたら何処に穴が空くかわからんだろ」

 そこでヤムラが噛み付いてくるが、レイセンは舌打ちで答えて唾を勢いよく吐き飛ばす。

「俺がこのメスガキに紐付けして、双方の世界から同一存在を野放しにして穴を開ける。こっちからはメアリーの鎖を俺が、向こうからはコイツラが、それで相互性が確立する。説明してても始まらんからさっさと行ってこいメイファーちゃん。サポーターさんのお願いはコレでしか叶わんぞ」

 その一言でメイファーは下唇を噛み締めながらにウンと頷く。

 一度目は魔眼にビビって逃げられ、二度目はジャイロが不在、三度目にしてやっと正しい道順となったのだ。

 結果としてレイセンの言った通りに時空の穴が開き、ジャイロとジンジャーの鎖を絡ませあった事により、閻魔の夢幻と、この世界の繋がりが確立した。

 即座に舞い戻ったレイセンが穴を修繕し、此方に飛び出して来た多重存在のメイファーを指パッチンで塵にすると、真剣な面持ちでヤムラに向き直った

「よし、ヤムラ。向こうに行って俺を殺してきてくれ」

「え? いや、無理無理。お前にうさぎちゃんアイとか使われたら死ぬし」

時司瞳トキツカサドルヒトミな。大丈夫、俺はどんだけお前みたいなブスが嫌いでも、お前にこの眼は使わんから」

「ブスって言うナァァア!! てか飛び込んだ時に殺しとけよ」

「ちょっとでもしくって世界融合とかしたらヤバイからな。そんな暇は無い!」

「はぁ……何で俺ってそんな嫌な役回りばっかりなんだろ」

 二人で謎に盛り上がっていると、ジンジャーの鎖を持ってきたオリジナルのメイファーは「はて?」と首を傾げる。

「じゃあ、ジャイロおねぇちゃんの世界にもメイファーがいるの?」

「あー、説明メンドイけどそれはない。本来は多重存在が時空に開ける穴は一つだけで何処にも繋がらない。けど、お前はグランアースに関わりが深い力を持ってるから二つ目の穴を開ける事が出来たが、そこで存在は消滅してる。時空の歪みが自己修復しようとして世界式が適任であるメアリーを送り込んで擬似的に穴が封じた。これが、前回お前がやらかした事の顛末だ」

「まぁ、時のルーンが無けりゃ多重存在なんて作れないんだから、結局は管理下三世界のどれかには繋がるだろうけどな」

「それを言い出したらややこしくなるから、本来の理論だけでいいんだよ」

 レイセンがヤムラの脛をゲシッと蹴ると、ヤムラは耳を掴んで容赦なく地面に叩きつける。
 また得意のポコスカ喧嘩である。

「んで、盛り上がってる所悪いんだけどね、あたいはコレをいつまでやってりゃいいわけ?」

 青筋を浮かべ、玉のような汗をダラダラと流しながらに無理矢理笑みを浮かべているジャイロが問う。

 その怒り、無理もない。

 不確定な閻魔の世界から伸びるジンジャーのリリーと、自身の恋人であるジルを時空の狭間のような不透明な場所で絡めあっているのだから、葬儀屋アンダーテイカーとしては気が気でないだろう。

 そろそろブチギレそう。
 それがジンジャー、ジャイロの素直な感想であろう。

「あー、どうすっかな?」

 レイセンはニヤニヤニヤニヤと悪い笑みを浮かべている。

「やめてやれレイセン。メアリーがかわいそうだ」

「じゃあ、葬儀屋アンダーテイカー開放が対価って事で、頼むから向こうの俺殺してきてくれ」

「わかった。じゃあメイファー「メイファー、あれ? あってる」向こうに送ってくれ」

 その時ヤムラは、いつになく真剣な面持ちで、深く息を吸い込んでは吐き出し、深く眉間に皺を寄せていた。

 宮司を殺す。

 それはレイセンが言うような簡単な仕事ではない。

 レイセン自身も、自身と戦えばどうなるか理解できているからこそ、それが可能であるヤムラに頼んだのだ。

「じゃあ、いこ。ヤムラシン様」

 メイファーがヤムラのジーンズをギュッと握って転移すると、時空の穴がぐわんぐわんと歪に揺れ、レイセンは奥歯をギリっと音を立てて噛み締めながらに修繕を続ける。

「あらクソウサギ、いつもの余裕はどしたい? 随分辛そうじゃないさ」

「あぁ、実はな、向こうの俺が死なん事にはお前らも解放されんし、穴の修繕も進まねんだよな」

 レイセンの苦笑いにジャイロはコメカミをピクピクさせながらに鋭い眼光で睨みつける。

「過大評価してくれてるみたいで嬉しいけどねぇ……こちとらラディアル垂れ流しで食いしばってんだけど」

「ヤムラが情に負けねぇ事を祈るばかりだな」









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