だんます!!

慈桜

第189話

 


 ダンジョンバトルが開始され、時を待たずして米国が荒野に成り果てた頃、殺戮大臣信長を擁する飛行大陸がそのまま樺太上空へ進路を向けている情報を受けて、一部の冒険者は避難行動に移っていた。

 待機命令が出ているので、多くの冒険者は安全な樺太は豊原のダンジョンパークにそのまま残ったが、事勿れの日和見主義の者達は、ロシア経由でモンゴルの地を目指している。

 ……目指しているのだが、その一団の中には似つかわしくない顔ぶれもチラホラと見える。

「うぇーい! 松岡君! なんかいるぞ! あっこ! あっこになんかいる!」

「五月蝿いぞデブ鳥。久々の出番なんだからちゃんとしろ」

「出番? 出番ってなに? メタいの? 死ぬの? 」

「黙れ噛み付くなデブ」

「デブって言うなぁ!! 羽毛じゃ! これは羽毛じゃあ!」

 おわかりいただけたであろうか。
 避難中の初級冒険者の中には、何故か豊原でドワーフと共に全力でスケボーパークを製作していた松岡君と龍王アルガイオスの姿もあるのだ。

 その傍には以前より体が大きくなった秋田犬のワンコと、二人の喧嘩を見て苦笑いしている坊主ウェイツーの姿もある。
 ミスリル人形の花火が見当たらないのは、今回は護衛も兼ねているので魔力を温存しているのだろう。

「うぉーい?! 松岡君、きたぞ? なんかきたぞ!?」

「五月蝿いぞ。見りゃわかる」

 前方より明らかに強者のオーラを纏った閻魔騎士の誰ぞやが迫りくる。

 いくら彼らが銀の手シルバーハンドの権能持ちであろうとも、それは対ミスリル戦で無類の強さを誇るのみであり、一般的な戦闘は地球での上位冒険者程度の実力しかなく、更には初級冒険者を守りながらだと不利にも程がある。

 松岡君は緊張を表情には出さずに、無表情のままに生唾を飲み込む。
 色付きのサングラス越しに相方龍王アルガイオスへ視線を送ると、同様にアルガイオスも松岡君へ視線を送る。

「逃げる?」

「いや、雑魚チン毛どもが逃げられねぇだろ」

「うぇーい……。じゃあ、やりますかぁ」

 松岡君と龍王アルガイオスは緊張のままに戦闘態勢に入り、ワンコとウェイツーも覚悟を決める。

 しかし、戦闘は起きなかった。

 空から象が降ってきて、閻魔騎士は姿もはっきりしないままに消え失せたのである。

 何を言っているのかよくわからないかもしれないが、大事なことであるので、もう一度言わせて貰う。

 象が空から降ってきて、閻魔騎士を踏み潰した上に、一撃で殺しきったのである。

「だっはっは! シャルルマーニュって誰だよ」

「パオンパオン」

「ねー! ザコだったねぇー。って、あるぇ?! パイセンじゃぁん」

 絶体絶命の状況を一瞬でギャグに変える存在。

 空から降ってきた全身に金銀財宝を纏ったキンキラキンの象、その背で胡座を掻きながらにケタケタと笑うジャージにチョンマゲの巫山戯た格好の男。

「どもぉー、信長ちゃんどえす! いとおかしけりぃ! だはははは!」

 謎テンションである。
 ジャージ、クロック◯、チョンマゲ、大太刀。
 大太刀? と二度見してしまいそうな程に締まりのない格好の男は、よっこいせっと愛象であるだん◯ちゃんから飛び降りて松岡君と龍王の前に立つ。

「すまんな、助かった」

「うぇ? 松岡君が素直……だと?! これは雪がふるのでは!?」

「五月蝿い、本当五月蝿いマジで」

 緊張感のない奴らが一堂に会したわけだが、殺戮大臣信長は元々冒険者稼業にはあまり精を出していなかったので、あまり双方に面識はない。
 ないのだが、信長の方は世界式の読み取りの関係で彼らを深く理解しているし、松岡君達はyo!pipeの信長の配信を見ているので、それなりに知っている。

 お互いに面識はなくとも知っている謎の間柄なのである。

「パイセンなんだから気ぃ使わなくていんじゃね? 知らんけど」

「助かったのは間違いないからな」

「うーん、まぁ、逆に丁度良かったのかな? てなわけで、俺ちゃんこれから一瞬敵の世界式の俺ちゃん作って二人ぶっ殺しちゃうから、死んでくれくださいオケーイ?」

「は?」

 次の瞬間、信長の体から信長が抜け落ちるように現れると、突然大太刀を振り抜くが、その一閃は松岡君と龍王には届かなかった。
 冷静に状況を見ていたウェイツーが二人を庇って、その身を犠牲にしたからである。

「おいウェイツー!! こらハゲ! 起きろ!!」

 松岡君は慌ててウェイツーの物言わぬ亡骸に駆けつけるが、危険を察した龍王は嘴で松岡君の襟首を掴んで後方へ投げ捨てる。

「ふむ。これが現世の余の力か。子孫殿に喰われた時はよもやと思ったが、これ程までの力、勝てぬ訳であるな」

「おーい、おっさん。さっさとやんねぇと瞬コロして替え玉用意すんぞぉ」

「お、おお、すまぬすまぬ。なれば期待に応えてみせよう」

「はぁ……やっぱ別人格使うのめんどいなぁ」

 謎の口調で話す信長の分身が、太刀を構え直して松岡君に接敵するが、直後には火のルーンと風のルーンが混ざり合って大爆発を起こす。
 分身信長はノーダメージであるが、目眩しにはなっている。
 この隙に逃げようとするが、そうは問屋が卸さない。

「やっぱダメだ。タッチ交代、俺ちゃんがやるよって」

 おっさん口調の分身信長が細切れに刻まれた直後、既に松岡君の目の前には大太刀を振り抜く態勢に入った信長の姿があった。

 直後には首が舞った。

 龍王アルガイオスは時が止まったかのよう呆然としているが、その隙を逃すわけがない。
 信長は血を振り払う動作で大太刀を振るうと、斬撃が龍王に襲いかかり、その肉を細切れにしてしまう。

 残されたワンコはブルブルと震えながらに犬歯を剥き出しにしながら威嚇し、仲間の仇と言わんばかりに信長の足に噛み付く。

「まぁ、いいか。お前も行ってこい」

 そう言ってワンコの首を斬り落とした信長も、直後には自身の首をボトリと地面に落とした。

「謝れる日は来るんかねぇ。あーあ、コアさんは魔性の女だよまったく。損な役回りは嫌なんだっつーのに」

「ぱおん?」

「おー、だん◯ちゃん。慰めてくれるんだねカワユシ58。あ、お前らはそのまま逃げてよろしいアルよ。役に立たないアル」

 目の前で護衛をしてくれていた松岡君達が手も足も出ずに殺されてしまったので、初級冒険者達も死兵となりて信長に挑もうとしたが、シッシッと手で煽っただけで彼らは遥か彼方へと吹き飛ばされてしまう。

 信長の力を持ってすれば、松岡君や龍王アルガイオス程度であれば、指パッチンで爆散させることすら可能であるが、真っ向から対峙したのは先輩に対する最低限の礼儀であったからだ。

「コアさんも世話焼きだよなぁ。こんなしょーもない戦い俺ちゃんだけで十分だっつーのに」

 信長はぼやきながらにダン◯ちゃんの背中に飛び乗り、世界地図を広げて次の目的地を目指す。

「うげぇ……次はヒナタさん達かよ。これ以上恨み買いたくないんだけどなぁ」

「ぱおん。ぱおぱお、ぱおん? ぱおーん、ぱおおん」

「おおおお、さすがダン◯ちゃん。天才じゃね? やばくね? 天才すぎね? それで行こう。それしかないや」

 象のダン◯ちゃんに何やらの入れ知恵をされた信長は、暴虐の化身たる浮遊大陸に戻り、ラディアル砲の照準をヒナタ、キイロ、マロンがいる台湾へ、そしてバイオズラやヌプ蔵など多くの冒険者が滞在している五島列島へと合わせた。

 そう、ダン◯ちゃんは、ラディアル砲でバレないようにやってみっ!と提案したのである。
 面識はなくとも、宮司としてラビリとコアの冒険者を殺す事に忌避感がある信長としては、闇討ち最高との判断を即座に下し、実行に移ったのだ。

「目標は台湾、心して砲撃せよ!」

 何故か軍服姿に着替え、マジックで太眉にした信長はキリリとした口調でデュラハンに言い放つ。

 もうデュラハンの面影など何一つ残していない真っ黒なガシャ髑髏は、ビシッと敬礼を返して照準を台湾に合わせる。

 と言っても信長がマッピングで自動照準にしているので、デュラハンは構えて引き金を引くだけであるが。

ェーーーーーッ!!」

 紫色の光が雲をトンネルのように穿つと、それに合わせてドラウの子供達もラディアル砲をガンガンと撃ち始める。

 デュラハンが撃つような、閻魔騎士の多量ラディアルを凝縮した大量破壊兵器ではなく、子供でもなんとか撃てるように調整したモノであるので、威力は天と地程に違いがあるが、それでも半径1km程度であれば灰燼に帰す能力がある。

 ドラウ、つまりはダークエルフの子供達が次から次へとぶっ放せば、被害が甚大となるのは言わずもがなである。

 台湾へ真っ直ぐ飛んで行ったラディアル砲着弾直後、微かな揺れを感じさせ数瞬の後、全てが紫色の光に包まれ、それは次第に煌々とした白い光に変わった。

 ヒナタ達は何が起きたからもわならぬままに塵となり、台湾は特大の津波の発生源となりながらに島そのものが消え失せた。

「たぁーーまやぁーー!!」

 北太平洋洋上からでもハッキリと見える火柱に、思わず声をあげてしまった信長であるが、再び軍人モードのままにユルい顔をキリッとさせる。

「次は五島列島を狙え!!」

「もうしあげます!! ごとーれっとうはわれわれドラウが斉射にてしょうめつさせました!!」

「……あらそう。んじゃ、もういっか。あとは罪喰いシンイーターとメタニウムらへんで? おろ? だんますどったの?」

 マップで次の標的を探していると、突如目の前に狐耳を生やして縦スリットの眼球で信長を睨みつけるラビリが現れる。

「なにそれイメチェン? ケモミミブーム? 俺もネズミの耳とか生やした方がいい?」

「おい……」

 しかしラビリはご察しの通りにカチキレである。
 世界式を閻魔のモノを利用したとは言っても、信長が冒険者を殺した事には変わりがない。
 ラビリからするならば、最も信頼していた者に裏切られた気分なのだ。

「……なんで殺した?」

「ほらぁ……こうなるから嫌だったのにぃ」

 一触即発。

 実は信長はコアからラビリには内緒にしてほしいと頼まれているので、真実を伝えることができない。
 そしてラビリはコアが行方不明で焦燥している中での信長の愚行にブチギレているので聞く耳を持たない。
 双方に最悪な状況になってしまっているので、此処からの選択肢は、そう多くは残されていない。

「いっぺん死んでこい」

「全力でお断りします」

 シャランと心地の良い音と共にラビリが取り出すは禍々しい怪物のような見た目の剣である。

「え、なにそれグロ注意のタグ必要なやつ?」

 所々に目玉が埋め込まれた忌避感の塊のような物体を振り上げると、信長は最悪だと呟きながらに対抗策のルーンを練り始めるが、双方が激突する直前に、突如として浮遊大陸が揺れた。

『くそガァァァァァァアアア!! よくも私の枝を焼いてくれたな宮司ぃ!! 許さないからな! 私は絶対許さないからなぁぁぁあああ!』

 そして信長とラビリの頭の中で爆ぜるような金切り声が響き、双方は頭を抑えてしゃがみこんでしまう。

「だんます、姫がブチギレちゃったけど?」

「バカが! お前のせいだろうが!」

「いやー、どうすっぺ。まさかこんな事になるとは」

「魔女と世界樹敵に回してどうすんだよ。ダンジョンバトルしてんだぞ?」

「いや、うん、まぁ、それはだんます次第でどうにかなるけど、はぁ……とりあえず一旦休戦にしない?」

「わかった……いや、わかりたくないが、これだけ教えろ。お前はコアの居場所を知ってるんだな?」

 ラビリの質問に信長は下唇を突き出して渋った表情を浮かべるが、ため息を吐き出しながらに数度頷いた。

 本来であれば隠しておかなければならないが、信長がコアに頼まれたのは、『システマの世界式を使ってマスターから隠れたまま閻魔の夢幻に忍び込んで中から崩してみる。閻魔の夢幻ならみんなを死なせずにラディアルで強化できるのがわかったから、閻魔の世界式をコピーしてみんなを倒して。殺すわけじゃない、こっちに送り込むだけだから。でもこれはマスターには内緒だよ』である。

 コアが何処にいるか知ってるんだな? の問いに頷くぐらいであればギリギリセーフとも言える。

「そうか、それならいい。コアが何をしようとしてるかも大体わかった」

「え、嘘ぉ? だんますの癖に?」

「黙れ。俺はコアに関してだけは有能でありたいんだよ」

 その一言を言い残してラビリはその場から消える。
 信長は鼻から溜息を吐き出して、呆れたように小さく笑う。

『マスターは沢山の世界を征服して、閻魔の夢幻を現実化させようとしているのかもしれません。どれだけ足掻いても私の人格形成のベースとなってしまったクロエやセイラにはもう会えないのに、メイジヤムラの深層意識に引っ張られているのかもしれません。』

『マスターが私を顕現化させたくないのは、私が私としての個を確立させるのが怖いからです。なんらかの方法でクロエとセイラを抽出できないか試行錯誤している時代もありましたから、それは間違いないかと。』

『でも私は既に私の人格を形成してしまっています。マスターを傷つけないようにダンジョンコアとして徹底していますが、マスターは理解した上で目を背けてしまいます。』

『マスターがマスターであり、メイジヤムラとは違う存在であると理解させる為にも、私のマスターはメイジヤムラではなく、ダンジョンマスターである貴方であると理解させる為にも、夢幻の破壊は必要です。』

『近い将来、フェリアース、もしくはレィゼリンの巫女を連れてきます。そのタイミングで私は眷属であり宮司である貴方を中継地点としてマスターから抜け出します。その後メイファーに移りますが、そのままではバレてしまうので、何らかの細工をしておいてください』

 コアとの会話の数々を思い出し、信長はあくびをしながらに起き上がり、ケツについた埃をパンパンと払う。

「有能だよ、ほんと怖いぐらいに。あんたの為に、あんなか弱い人が強くなるんだから」

「宮司殿……その、間が悪く申し訳ないが、世界樹からの攻撃が厳しいのだが、いかがされますかな?」

「もぉーん星虎ぉぉ、せっかくカッコつけてたのにさぁ……」

 世界樹がブチギレてレーザー光線をバンバンぶっかまして来ており、デュラハンやドラウ達がラディアル砲でなんとか迎撃しているが、何発も浮遊大陸に被弾し続けている様を見て、信長は決断を下す。

「よし、ロシアにおとしちゃおうか」

 その偽装墜落より戦線は激化するが、それは未だ先の話でおる。


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