だんます!!

慈桜

第187話

 


 人間一人が通れるか通れないかのギリギリの穴をゆっくりとゆっくりと進んで行く人影がある。

「よっと、ほっと! うわぁ! クソ狭ぇーぞこれ!! 」

「バイオ殿、革ジャン脱いでおいた方がいいのではござらんか? 傷だらけになりそうでござる」

「いや、多分傷はつかんよ。これかなりDMブッ込んで買った奴だしな」

 裸の上から着込んだ赤い革ジャン、金髪のリーゼント、誰が見ても一目で彼だとわかるバイオズラであるが、今の彼はリーゼントも崩れており、岩の隙間に挟まっている何かでしかない。

「おいおいー。手伝ってくれとは言ったけど足を引っ張ってくれとは言ってないぞー」

「うっせキッド! コレ殴り割っていいか? もう丁度のパターン、ジャストフィットしてるぞコレ!」

「いやいや、俺も君達も死にはしないだろうけど崩落は勘弁だぞー」

「バイオ殿、やはり革ジャンを脱いだほうがいいのではござらんか? 」

「てめぇはどんだけ脱がしてぇんだよ!」

 いくつもの難所を潜り抜け、ウィリアム・キッドに案内されるがままに漸く辿り着いた先は、一面が鍾乳洞でマリンブルーの神秘的な泉に無数の金銀財宝が沈められている美しき空間であった。

「あぁ! 良かった。これで死ねる。俺は勝ったんだ」

「おい。盛り上がってるとこ悪ぃけど、お前の目的はこれか? こんなもんDMでいくらでも用意してやれるぞ」

「くく、あははは! いいねぇバイオ。まさに今を生きてる。これは君にとっては価値のないものかもしれない。だけど、俺にとっては何にも代え難い価値があるんだ」

 黒いブーツにキャラコのストライプパンツ、ボロのヘンリーネックにスカーフとターバンを巻いた、如何にも海賊的な若者であるウィリアム・キッド。

 本当に彼がウィリアムキッドであらば、彼は生前名の知れた海賊であり、最期は弁明の余地なく縛り首にて命を落としている。そんな彼が何故極東の島国である日本の、しかも五島列島なる辺境の離れ小島に財宝を隠していたのか。

 肩までの長い鳶色の髪と同色の瞳のキッドは心底楽しそうに笑みを浮かべ、バイオズラに向きなおる。

「さて、少し自分語りをしよう。まぁ、ただ、この財宝は限りなくリアルだったことを念頭に聞いてくれ」

 泉から溢れ出した金貨を物ともせずに、どかっと座りこむキッドを見て、汗だくで髪も乱れたバイオズラと忍び装束をはだけさせたヌプ蔵も座りこむ。

 何処ぞの知らん奴の長話など地獄でしかないが、キッドは命の恩人であり、自分達は訳もわからずに岩盤を貫くレベルの穴掘りを手伝わされたのだから聞かないわけにはいかない。

「俺は大昔の人間だ。俺が生きた時代は調べるところによれば今から300年以上前らしい。変な話だが、まぁ聞いてくれ。俺は当時私掠船の船長をしていたが、まぁ、国は腐っててな、命懸けで敵国の船を襲っても儲けは全部掠め取られちまうわけだ。いくら私掠免許があっても意味がない。じゃあ、海賊の方が割りがいいってんで、そのまま海賊に成り下がり」

 キッドは陽気に笑いながら、自分が海賊に身を窶したと語る。

「敵味方問わずに襲いまくっていいとなれば話が早くてな。こちとら略奪はお手の物だったから一大勢力になった。海の上じゃ無敵、手を出したら商戦が狙い撃ちされる。何処の国も下手に手出し出来ねぇってわけだ。我ながら悪辣だったと思うよ。けど、そんな栄華も長くは続かねぇ」

 首を掻っ切るジェスチャーと共に、横目に財宝を見やってため息を吐き出す。

「国が本気を出した。そうなりゃこっちは一溜まりもない。俺は世界中の島々に隠れ家を持っていたし、財宝の隠し場所もあった。だから大慌てで財宝の全てを隠した。元は国に儲けを全部奪われちまうのが気に入らなくて始めた海賊稼業だ。1万ポンドの目眩しの財宝を隠し、残りの10万ポンドのうち各地に1万ポンドずつ、いよいよ時間がないってんで、5万ポンドはここに隠した」

 見渡す限りの金銀財宝、当時の資産価値で1万ポンドを日本円に換算して3億円程度と考えても、ここには15億相当の財宝がある。しかしそれは貴金属としての換算であり、実際にはそれ以上の価値があるだろう。

「呆気なくぶっ殺されたはずの俺が、次に気がついた時には見知らぬ奴らと戦わされていた。地獄に落ちるのはわかりきっていたからな、これが地獄の試練ならば仕方ないとひたすら人を殺し続けた。だが、それは現実に、いや、この現実に繋がった」

 何か含みのある言い方であるが、バイオズラ達は続きを促すように小さく数回頷いた。

「そこで本題に近い話になるが、この閻魔の世界式の騎士選考システムは、手っ取り早く人間を殺して全てを奪えるようになっている。世界式下でラディアルとか呼ばれてるが、それはいいとしよう。だが、実際の所は奪えているだけで自分の力にはなっていない。それをどう自分に作用させて存在を改変するかを選ばなきゃならないんだ。自分が望んだ力を創造し獲得する。俺はそんな馬鹿げた現実に真っ先に疑いを持った」

「それが本当ならマジにふざけた存在だな。あのムカデジジイが出鱈目に強いのもわかる」

「はは、まぁ、俺からしたらお前らも十分出鱈目な存在だけどな。だからこそ、この非現実な現状に疑いを持った俺は、一つの能力を手に入れた。それが【未来視】だ。まるで俺の知っている現実とはかけ離れた作り物のような世界であれば、結末は既に決まっているだろうと、この能力に手を出したが、残念なことに視えるのは俺が死ぬ時までの未来まで。無数の選択肢の先、何を足掻いても訪れる死の足音に抗う事はできない。だからこそ、俺が生きていた証拠であり証明となる、この財宝を一目見ておきたかった。だから、それが叶う未来を選択した」

 そこでキッドは立ち上がり、湿ったズボンをパンパンと叩くと、バイオズラ達にも立つように促す。

「さて、母国のクソどもを出し抜けたと知れて本当に気分がいい。これから俺はお前達の為に死んでやるけど、悲しむ必要はない。ここにいる俺は非現実の塊だからな」

「いやいや死んでやるってなんだよ。穴掘らせて自分語りして死ぬとかギャグかお前」

「ははは、お前は一言一句未来視の通りに話すから本当に面白いよ。ただ一つ教えといてやる。もしこの摩訶不思議な夢現の世界が終わりを迎えたとする。だが、この財宝だけは間違いなくリアルだ。その時はお前達が好きにするといい。俺の事は虫の報せとでも刻んでおいてやる。それぐらいの無駄遣いはできるからな」

 キッドの言葉にバイオズラとヌプ蔵は終始疑問符を浮かべていたが、結論としては『起きたら300年後で世界がファンタジーでした。頭ぶっこわれました』って感じの変な奴との判定が下された。

 必死で掘り進めた人間一人が通るのも厳しい穴を抜けて、陽の光が見え始めた頃にキッドは再び語る。

「バイオズラ、ヌプ蔵。今から言う事をよく覚えておけ。若い女の声で『汚れるの嫌だから許してあげる』と聞こえたら外に出ろ。それまでは絶対出るな」

「おお? んー、わかった」

「お前が出たら、冒険者が大勢死ぬ。それは俺が逃げ延びた先の未来で確定してる。だからこそ、ここで俺が死んでやるんだ。俺の死が無駄になる。絶対に隠れておけ。ヌプ蔵もバイオズラを本気で捕まえておけ」

 更に念を押すように振り返ったキッドはバイオズラとヌプ蔵に優しく微笑む。

「まともに戦えば俺はお前らを簡単に殺せる。そんな俺が何をしても抗えない奴が相手だ。後先を考えろ。絶対に出てくるな。俺を命の恩人として死ぬまで崇めてくれればいい」

 そう言ってキッドが飛び出た先には、待ってましたと言わんばかりに、銀の魔女であるレジーナが箒に跨ったままにフヨフヨと浮いていた。

「みぃーつけたっ。海凪、緋雨、宝石のやついたよ」

「お手柔らかに頼む銀の姫」

「へぇ……知ってたんだ。じゃあさ」

「いや、ここで殺してくれ。協力はしたくない」

「そっか。でもお前達の気配はわかるようになってきたからいいや」

 なんの躊躇いもなく、キッドの胸にレジーナの腕が突き刺される。
 キッドは苦悶に顔を歪め、ダラダラと口から血を溢れさせるが、レジーナは無表情のままに苦しそうなキッドを眺め続けている。

 口答えをする悪い子にはお仕置きが必要だと考えているのか、レジーナはラディアルの強制回収を行わずに何度も何度も心臓を握りつぶしてキッドを苦しめるのだ。

「レジーナ? 宝石にしないの?」

「するよ。するけど、この人の力はどうやって作ってるのか調べてる。アーカイブにも載ってないから気になるよね」

 キッドは蛙が轢き殺されるような声にならない声で何度も何度も死をせがむが、レジーナは何度も何度も心臓を握りつぶす。

「ダメだ。わかんないや」

 幼児の残虐性と言うのだろうか。
 見た目は少女と大人の境界線の間で揺れ動いている神秘的な16歳の姿であるが、知恵があろうとも彼女達はまだまだ精神は赤子と変わらない。

 子供とは虫を殺すのが楽しいと思えば、体力の続く限りに虫を殺し続ける生き物なのだ。
 その対象となってしまったキッドは、自身が予測した未来よりも、ずっと惨たらしく殺されてしまった。

「うわー、やっぱり綺麗ー」

 海凪が青い髪を揺らしながらにキッドが宝石化した虹色の石を覗きこむ。
 彼女達は私も私もと取り合いを始めるが、その奪い合いが石ころにさらなる付加価値を与え、蒐集心に火をつける。

「あ、穴の中にもなんかいるかも」

「けど服が汚れそうだよ」

「おーい。出てこいよぉ!」

 3人の少女が穴の奥で息を潜めるバイオズラとヌプ蔵を呼ぶが、勿論返事はない。

「まぁ、いいや。石の人達より弱そうだし、汚れるの嫌だから許してあげる」

 そう言い残してレジーナは眷属と共に次の石を探して飛び立った。


 バイオズラとヌプ蔵は悔しさに拳を握りしめて震えていた。

 バイオズラの手のひらからは強く握りしめすぎたが故に血がボトボトと流れだし、ヌプ蔵は涙を隠す為に手で隠したついでに掻きむしった額から血が流れ出していた。

 ウィリアム・キッドは敵であった。

 だが、彼らにとっては命の恩人であり、つい先程まで共に穴掘りをして汗を流し語らいあった友であったのだ。

 彼の最期の言葉に従い耐えに耐え抜いたが、友人が無残にも殺されて行く姿を、息を殺しながらに隠れてやり過ごすしかできなかった屈辱に、彼らは奥歯を噛み締めながらに小さく涙を流した。

「ん…….だよ……なんなんだよっ!」

 バイオズラは光のルーンを握り潰し、光拳を内側から放つと、人間一人がやっと通れそうな穴は吹き飛んで大穴を開ける。

 舞い上がった土煙から二つの人影が立ち上がると、ゆらりゆらりと次第に影は色味を増し、バイオズラとヌプ蔵が姿を見せると、同時に空を睨みつけた。

「レジーナとか呼ばれてやがったな」

「どうするでござるか?」

「わかんねぇよ。わかんねぇけど、気に入らねぇ」

 勝てない。

 得体が知れない存在であるレジーナ達には、手も足も出ないだろう。
 あのキッドが何もできずに子供が蜻蛉の羽を千切って遊ぶように殺された。

「俺が……俺がただ震えて隠れるしかできなかった……だせぇ……ダサすぎる……」

 勝てないとわかっていても、バイオズラ達はキッドの未来視の通りになった現状が歯痒くて仕方がなかった。

 上位冒険者として積み上げた自信が脆く崩れ落ちた。

 漢の中の漢と言ったキャラで売ってきたバイオズラが、何も出来ずに震えているしか出来なかったのだ。

「強く……強くなりましょうバイオ殿。そしてレジーナとやらを泣かせてやりましょう」

「お前……真面目な時ござるって言わないんだな」

「それは言いっこなしでござる」

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