だんます!!
第186話
閻魔の騎士である坂本龍馬に殺されたが、秋葉原の教会にて復活出来なかった冒険者がいる。
それが第一期冒険者であるガシラとシュガーである。
「あの爺さんなんだったんだ?」
「よく考えたら記憶にない。俺は過ち非を繰り返す。思い返す、アレは親戚じゃないWack、見つけてひっくり返す」
「とりあえずラップやめろ。ここは日本どころか地球でもない。DMショップも使えないんだから、まず水場と食料の確保だ」
「わかってる。確保する覚悟。時代錯誤なシュガーの格好。なのに真摯な姿勢に脱帽」
「黙れ射つぞ」
どんな組み合わせなのか、ダボダボの格好にキャップと極太チェーンを合わせたB-Boyのガシラと、色とりどりの羽を細工したインディアンのような姿の色黒の男は、見知らぬ荒野をただひたすらに歩き続け、遂には緑が豊かな森へと辿り着いた。
見た目からしてネタ枠の扱いであるが、冒険者としてはTOP50は勿論TOP10にも出たり入ったりの上位常連であり実力は折り紙付きで、過去にはミスリリアムの眷属であるクルイロやマースカを追い詰めたこともある程だ。
「水場か……よし、ここを拠点にしよう」
「いえあ恵の水、神のみぞ知る。開けショップ、ダメだショック飲めない味噌汁」
「シャラップ! ガシラ、お前は適当に食える物でも探しておけ。俺は食えそうなヤツを狩ってくる」
「おけ。あ、佐藤さん。火起こしするから矢一本ちょうだい」
「いきなり普通に喋りやがんな」
彼等は気付いている。
教会での復活の際に、冒険者になる直前の記憶が走馬灯のように流れるタイミングで、お互いに見知らぬ老人に邪魔をされた。
その老人を記憶の一部と認識してしまったが故に、見ず知らずの世界に迷い込んでしまったこと。
お互いに記憶の擦り合わせを行い、明らかに異物である老人が双方の記憶に残る違和感に気付いていながらも、冷静にサバイバルを開始しているのだから不思議なものだ。
「あら佐藤さん、すごい鹿ね! え、鹿?」
「いや、よくわからん。鹿のような牛のような」
早々に狩りから帰ってきたシュガーは牛の角を伸ばした鹿的な謎の獣を背負っており、よくわからんが食えそうなので食おうと解体を始める。
さすがは元板前コンビと言ったところか、その都度その都度で試行錯誤しながら丁寧に解体して行く様は見ていて感嘆の一言であるが、互いに本当に話したい部分は話せていない微妙な空気が流れている。
「佐藤さん、俺ら死んだんですかね?」
だが、ガシラはその静寂を切り裂いた。
清流の側で焚き火を囲みながら狩りをした肉を焼いている現状は、死とは程遠いはずであるが、互いに確信に近い何かを感じていたのだ。
「もしかしたら……な。これが死ぬってのは思ってたモノとは違うが……」
閻魔の夢幻を知らなければ、彼等の意見も仕方がないだろう。
見ず知らずの誰もいない世界、なるほど確かに死後の世界と言われてしまえば信じてしまうかもしれない。
そんな勘繰りも即座に否定されることなど知らずに、彼等は心底落ち込んで俯いてしまう。
「あ、いたいた。美味しそうだね」
声を失う。
突如として目の前に現れた天使の姿にガシラとシュガーはただ呆然とするしか出来なくなっていた。
しかし彼らは知っているのだ。
以前グランアースのグレイルを捕まえた際に、その神々しい姿を衆前に晒し、超常の力で天を貫く魔石の塔を創り出した天使の姿を。
「コア……さん?」
「あれ? ラップしないの?ふふふ」
目が醒める程に美しく儚い笑顔に自然と涙が溢れるガシラを見て、くすくすと笑いながらそっとキャップを奪いとってはそのままかぶるコア。
頭の大きさが違いすぎてブカブカであるが、楽しそうに銀鈴のような笑い声を響かせる。
「ここはね、閻魔が創った世界だよ」
コアがガシラの胸に手を当てると、紙風船を破ったような破裂音が響き、全身を震わせながらに膝から崩れ落ちる。
「お、おいヒロシ!」
「大丈夫だよ。シュガーもほら」
そしてシュガーの胸からも破裂音が鳴り響く。
ガシラは呼吸が出来ずに踠き苦しみながらにジタバタと暴れ回り、シュガーは地べたに這い蹲りながらにコアを睨みつける。
何故、どうして、なんで、誰より信用できるはずのコアに地獄の責め苦を与えられる理不尽な状況に、シュガーは必死に抗いながらにコアの細い足を掴んだ。
「大丈夫だよシュガー。怖がらないで、大丈夫だから」
それから彼らは何度も意識を失い、直後に激痛で目を覚ます悪夢を繰り返す。確実に何度も死んでいるのに、何度も目覚める悪夢に言葉すら失い心神喪失していると、ふと温かい光が心に灯っていることに気がつく。
「あ……あぁ……あ」
「大丈夫だよ。もう誰にも負けない」
そして彼らは理解した。
コアがその身を削って自分達に力を与えてくれたのだと。
実際はフェリアースの稼働ラディアルをぶち込んだだけなのだが、施術を受けた当人達の認識としてはコアが身を削ってまで力を分け与えたのだと錯覚してしまうほどに、全身から力が溢れ出てくるのだ。
「この世界を壊して。そうしたら閻魔が弱くなる」
コアの言葉に頷いたガシラとシュガーは目の前で焼けた謎肉に噛りついて腹を満たすと、その場から姿を消した。
「ごめんね、痛い思いさせて」
彼女は年相応の少女のようにはにかむと、虹色の翼で身を包んで姿を消す。
なんらかの方法でコアに力を与えられたガシラとシュガーは、ゲームキャラにでもなったかのように好き勝手に飛び回っていた。
「ちょ、やば、佐藤さん、これ、ちょ、たのしっ」
「なんか地面がトランポリンになったみたいだな」
これまでは冒険者権能を発動し、時間限定で対峙した相手と同等の能力値まで上昇させる事はできていたが、制御に関してもコアが管理していた側面があるので、無制限で超一流冒険者レベルの能力を付与されてしまった彼らは、溢れ出る万能感にどうしていいのかわからなくなっているのだ。
山を飛び越える程の高さまで飛び上がり、一面を見渡しながらに落下。
着地と共に地面を陥没させながらにも再び上空まで飛び上がるのを繰り返している。
アニメキャラのようなスーパーパワーを手に入れるとこうなってしまうお手本のような姿である。
世界を壊してとは言われたが、随分穿った捉え方をしたようにも見える。
コアがこの世界の者達を倒せと言っていないのが一番の原因だが、ノミやダニのようにピョンピョンと飛び跳ねて地面を陥没させまくったところで何になるのだと問い詰めたくもなる。
「さてここで問題、シュガーさんの存在。俺は元々デコイ、けどシュガーさんはセコい。その弓で貫ける、全力で楽しめる」
「いや、お前も戦えるだろうが。けど……」
ガシラの言葉にシュガーは口角を吊り上げながらに半身とも言える弓を手に取った。
「それも悪くない」
高価なアークスであったシュガーの弓は、彼が矢を番えるとポロポロと崩れ落ちていき、その姿を光で構成する弓へと変えて行く。
「おふ……佐藤さん、それなんかやばそうじゃない?」
「あぁ……これちょっとマズイな」
Bボーイが冷や汗を垂らしながらに後退するが、インディアンはもうどうにでもなれと矢を放つ。
直後、静寂を経て……森が揺れた。
ゴフッと醜い音と共に衝撃を撒き散らしながらに矢は一瞬で消え去り、吹き飛ばされた両者は大木にしがみつくが、頼みの綱の大木すら圧し折ってしまう衝撃に無心で吹き飛ばされるしか選択肢は残されてなかった。
荒地と化した森の中心で、互いの無事を確認して一息つくが、冷静になれば冷静になるほどに先程の衝撃が異常であると確信していく。
「ちょっとラップなしで、ガチで聞いとく。アレなんなの?」
「よくわからん。よくわからんが、凄まじく強くなってるのは確かだな」
「いやいや、あんなのブチかませるとか俺たちのコンビネーション根本的に崩れるからね? 俺なんて所詮囮の煽りタンクなんだから」
「いや……つまりお前も堅くなってるんじゃないのか?」
「あ、そっか。つまり爆心地で囮をしろと?」
「お前が目印になってくれたら必中なわけだしな」
ガシラとシュガーはしばらく無言で無表情のままに目を合わせるが、結果としてそれしかないと互いに納得する。
「まぁ、誰もいない世界で戦い方云々の話をしてもって感じだがな」
「加減覚えろ佐藤さん。じゃなきゃ肉爆散」
いかなる状況下に於いても一期冒険者は締まりがない。
冒険者への応募者の中から、コアが面白そうな社会不適合者を選んだ故に集まった者達あるので仕方のない事であるが、シュガーが遊び半分に放った矢が何を成したのか気にした様子もないのだ。
本来であれば、射手が衝撃波で吹っ飛ばされる程の矢を放ったのであれば、その着弾点はどうなったのか気になるはずであるが、何も気にした様子もなく次弾を放とうとするのだから狂っているとしか言えない。
「よし、衝撃に備える練習をしておくぞ」
「いやいや加減しろって話。これ割と真面目なヒロシの話。聞かなきゃマジ後悔すんぜ佐藤氏」
「サトシ! みたいな感じで佐藤氏って言うのやめろって言ったよな」
無意識とは恐いものである。
シュガーが放った5本の矢が、この世界に住まう魔族の城を木っ端微塵に粉砕し、更には周囲一帯をクレーターに変えてしまっている事など、知る由も無いのだ。
「誰だ!! 誰がこんな事を!! 我が眷属を!! 許さん……絶対に許さんぞ!!」
魔族はめんどい。
それは以前にミスリリアムのナージャの一件で散々語られた通りである。
シュガーとガシラがただの弓の威力調整をしていたつもりでも、眷属を城だけでなく街までも纏めて消し潰されてしまえば、怒り心頭に達するも仕方がない。
雄山羊の角を生やした魔族は、残存する同族の総力を挙げてシュガーとガシラの捜索を開始する。
「いいか、必ず見つけだせ! 見つけだして此処に連れてこい!! 惨たらしく殺し尽くしてやる!!」
世界を壊せと命ぜられたシュガー達として都合が良いのか、もしくは悲劇の始まりなのか、それは未だわからないままであるが、彼らが泥沼の戦いに巻き込まれるのは、どうやら確定事項のようである。
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