だんます!!

慈桜

第183話

 
 世界が混乱の渦に飲み込まれている最中、冒険者発祥の地である秋葉原はいつも通りの日常が過ぎ去ろうとしていた。

 第一期、第二期冒険者は全国各地に散り散りとなっているが、その隙を逃すまいと全国からも冒険者が集い始めている。

 ダンジョンバトルが始まっていようが、手出し無用とコアから通達が出されている為に、ダンジョン密集地の秋葉原がガラ空きであるとなれば、今が絶好のチャンスと考える者も多いからだ。

 つまり名前と顔が一致しない三下、烏合の衆、その他大勢のモブ的な奴らが次々とあつまっている。

 冒険者学校の卒業生は、この機会に先輩冒険者の手伝いができないかと全国各地で忙しなくしているが、現状三千名の冒険者の皆が皆、心に灼熱の炎を滾らせて毎日を過ごしているわけではない。

 それを体現する冒険者が、駅前のバス停でギターを掻き鳴らして聞き覚えのない曲を歌っている。

 レモンイエローの胸まで伸びる長い髪に赤いメッシュがチラホラと見える細身の女性、何処にでもいるギャルのようなメイクを施しているが、その病的なまでな肌の白さと、吸い込まれそうになるエメラルドグリーンの瞳が、彼女が普通の人間ではないと語る。


『また殺してしまった。』

『日を追うごとに理想的な自分を作り上げ、醜くい大好きな自分が死んでいく。』

『理想は幻想、一人称さびしい世界が現実リアル三人称人の目なんてFake、でも、嘘の化粧で騙せたか気になる。』

『存在を改変する激情、満たされない空洞、変幻する周囲の反応、擬似的なOrgasm. 犯罪的煽情』

『空に架かる虹色の翅、君の魔法は他に何ができるの? どんな優しい嘘を吐くの? その声が狂わせる、その声が惑わせる優しい嘘の世界』

『壊し壊れ壊す、でもずるい。あなたの笑い声が全てを再構築する。過去への進路は塞いで、未来への退路を壊しているのは君なのに』


 引き裂けそうな声で奏でる戦慄は、瞬く間に多くの人を集めそうだが、不思議なほどに群衆は何事も無かったかのように過ぎ去って行く。

 そんな中でパチ、パチパチと少ない拍手が聞こえる。

 その拍手に驚き振り向く先には、何処にでもいるような、これと言った特徴のない日本人男性と、子供程の背丈の二足歩行の白ウサギ、そして明らかに危なそうな赤髪で筋肉がバキバキの女が立っていた。

「いたいた。素晴らしいな。人避けの歌か? 吟遊詩人の取得条件はかなりシビアだったはずだが」

「ん? 君は誰?」

「お? 俺か? 俺はアレだ、ただの通りすがりのダンジョン、いや、通りすがりのダンジョン探索者だ」

「冒険者ね。はいはい、んで? ソフマ行くけど混ざるの? 」

「えーと、いや、悩んでるというか」

「はいコミュ障乙。掲示板見たんでしょ? 私がダラケ。私は君がどんなヤツでも否定しないから安心して、ほら」

 グランアース側の時空の綻びを早々に修繕し、残すはメキシコとなった所で地球に転移したヤムラ、レイセン、ジャイロの3名であることは説明する迄もないが、何故彼らが秋葉原にいるのかは謎である。

 謎ではあるが、ダラケに求められた握手を断れずに、照れながら握りかえしてしまっているヤムラはダサい。

「しかし100層到達してねぇような世界で吟遊詩人のジョブ開放されてるとか終わってんなこの世界」

「イレギュラーにつぐイレギュラーってヤツか。支援術師の繁栄は冒険者の底上げに直結するから喜ばしくもあるけどな」

「いや、かわいそうだろ。なぁ? 姉ちゃんよ、お前弟子殺されたんだろ?」

 子供程の大きさの白ウサギであるレイセンが、眉尻を垂らしながらにダラケの二の腕にピトッと優しく触れる。

 一瞬ダラケは寂しげに目を伏せ、何かを思い出すように口を噤んだまま涙を浮かべるが、即座にレイセンの顔面にギターが振り抜かれる。

「へぶしっ! なんで?!」

「お触り厳禁、おわかり?」

「おかわりは?」

「おだまり」

 レイセン程の存在であれば容易く躱せるだろう。
 しかし彼は振り抜かれたギターを敢えて受け入れ、自らの脚で飛び跳ねてはその場で二回転して地に伏せた。
 なかなかの優しさと演技力である。

「おっぱいにしておけばよかった」

 余計な一言が無ければと但し書きが必要ではあるが。

「元々はバンド組んでて、インディーズでそれなりに有名になったし、メジャー目指して本格的にって感じで上京したんだ」

 レイセンとヤムラの会話で、自身が蚊帳の外にあることが気に食わなかったのか、ダラケは自分のこれまでのことを語り始めた。

 ジャイロに至っては早々に飽きてしまい、近くで様子を伺っていた冒険者をヘッドロックで拉致っては戦闘訓練を始める締まりの無さである。

「けど鳴かず飛ばず。よくある話だけど、音楽だけじゃ食っていけないから、毎日バイトバイトで切り詰めて、そんな生活に将来の不安を感じてメンバーみんなビビって解散。ダサすぎて地元に帰るに帰れなくて、六畳一間のオンボロアパートに暮らしながら、バイトバイトの毎日でさ、マジで何やってんだろって思ってた」

 レイセンはこの話長くなりそうだなと、ダラケの言葉にウンウンと頷きながらに隣へ座り、ヤムラもそれに乗じて腰を落とす。

「そんな時にさ、ダンマスがネットで話題になってたんだ。ダンマスって言うか夜爪か。それがすごく気になって、ネット掲示板覗いて……結果はご覧の通りに冒険者だよ。歌が下手でギターばっかり弾いてたからか、弦奏者って職が選べてさ、まぁ、私にはこれしかないからって感じで軽く決めたんだ」

「それは大変だったろうな。弦奏者は寄生を基準に設けられた職であるから、世界改変の初っぱなに選ぶような職じゃない」

「詳しいんだね、うん、大変だったよ。でもダンマスはさ、直ぐに冒険者を集めてオフ会を開いてくれたんだ。それで支援術師の有用性をみんなに話してくれた。だから最初はみんな私を連れてダンジョンに潜ってくれた。ギルドやチームに誘ってくれたりもした
 。でも、バンドで失敗したばかりで特定の枠に収まるのも嫌で、断ってたら最弱ソロプレイヤーの出来上がり。ザコゴブリンぐらいなら狩れるけど、深く潜るのは無理だし、けど、バイトしなくてもいいぐらいの稼ぎはあるから、それでもいいかって」

「けっ。支援系育てなきゃ、結局100層越えたぐらいで焦るのにな」

 レイセンはつまらなさそうに唾を吐き捨てると、ダラケはありがとうとうさ耳を撫でる。
 慰めてくれていると思ったのだろう。

「そんな時に出会ったのがユキちゃんだった。ユキちゃんはアコギ一本でストリートをやってて冒険者になって、それで弦奏者を選んだ。弦奏者が弦奏者を支援するなんておかしな話だけど、二人でゴブリンに四苦八苦する毎日は悪くなかった。でも、死んだ。簡単に洗脳されて呆気なく死んだ」

「なんか最後思いっきり端折ったな」

「システマとか、その辺の話だよ。ダンマスに喧嘩売って死んだ。それだけの話」

「なるほど。それでユキちゃんとやらが亡くなって条件を満たしたか」

 済し崩しに聞かされた身の上話であるが、ヤムラはそこで顎に手を当てて首を傾げる。

「システマは世界式を此方寄りにしていたとしても、別の世界式でダンジョンバトルの申請をした。つまり配下の元50名は違う世界式化にあった。それなのに師弟関係の継続がされていた? なんかおかしくないかレイセン」

「コアに記憶ログ貰ったお前と同じラインで話されるのムカつくけど確かにおかしい。世界式が別なら繋がりは途切れてた筈だ」

「……自爆か?」

「いや、むしろ歪み。よくわからんが、そのシステマとか言うガキがお前の世界式をベースに世界式を作ってダンジョンバトルを可能にしたとして、自爆なら自爆でこちらの被害だけが結果として残るが、決着はついているが因果が継続している場合、それは未完全な世界式の肯定による歪み。つまりは、眷属の世界式の確定化がされている」

「ごめん、全く意味わかんない。ヒッグス粒子の話?」

「ヒグ? いや、だから簡単に言うとってお前わかってんだろゴラァ!」

 レイセンが言っているのは、未完全なシステマの世界式をコアが認めたことによって機能していた事実と、その未完全な世界式をメインの世界式に組み込んでいる結果である。

「コアが自らバグを取り込んだ?」

「いや、何かを企んでるんだろ。ダンジョンコアが人格を形成したとは言え、その人格の元となってるのはクロエとセイラだからな。お前なんかと張り合えるキチガイのクロエとお前なんかと恋仲になれるキチガイのセイラのセットだぞ? 存在事態がバグだからな、今更バグりようがない」

「てめぇ俺のこと何だと思ってんだオラァ!!」

 しばらくモブ顔とウサギがポコスカ殴り合いをしていたが、その隙に冒険者を鍛え飽きたジャイロがダラケの隣へ豪快に座る。

「過程はどうでもいいじゃないさ。で、上位職になってんのにいつまでイジケてるつもりだい?」

「もう、いじけてないよ。今は生産職の子達と一緒に頑張ってる。ユキちゃんから貰った力を無駄にするわけにはいかないから」

「グッド。それでこそ女だよ。ユキちゃんの事は知らないけど、ただの無駄死にじゃなくて、あんたの力になれて良かったって少しは思ってる筈だよ。きっとね」

 ダラケは小さく笑って頷いた。

 チラホラと彼女の取り巻きの冒険者が集まってきており、ジャイロが怖くて遠巻きに様子を見るしかできなくなっている状況を鑑みて、ヤムラ達はその場を離れようと歩き出す。

 そのタイミングだった。

 空が突如として黒い雲に覆われ、そこから数えきれない程の人影が降り注いだのである。

「ありゃー。えらい雑な輸送だなぁ。ヤムラ、どうする?」

「閻魔も変わらないねぇ。死霊雲とかセンス悪いってのに」

 その雲はよくよく見ると、人の集合体である。
 数えきれない程の人間が密集し、雲の様相を見せてはいるが、黒い雲はその身を削って人間を雨のように降り注がせているのだ。

「しゃーないな。やーやー、ダラケちゃん。お前俺たちがいてラッキーだったな。てい!」

 白ウサギは軽いジャンプと共にダラケの胸をプルンプルンと揺らすと、前歯を出しながらに何とも言えない変顔を見せる。

「おさわり厳禁だって言ったでしょ!」

 ダラケは焼き回しと言わんばかりに再びギターをレイセンに振るうが、彼の姿は既に其処にはない。

「あぁ、上上、ほら」

 驚くダラケの横で腕を組みながらに目線で示す先には、上空をテコテコと可愛らしく歩くレイセンの姿がある。

「ヤムラァ!! 下落ちた奴ら頼むよぉー?」

「お任せくだされ宮司さまぁ!」

 鎧袖一触。

 いや、触れてすらいない。

 レイセンが短くかわいい手を振ると、何事も無かったかのように空一面に本来の青が広がった。

「儲けたぜヤムラぁ!」

「それはようござんした。って、それでも多いよぉ!! ゾンビいっぱい降ってきてるよぉ!!」

「がんばれよぉー! ゾンビはうざいぞぉー!」

「ほいほーい! けど、これって閻魔が俺を試してるのかなー?」

 上空のレイセンと地上のヤムラは大声で会話を始めるが、それに痺れを切らしたのはグランアースの葬儀屋アンダーテイカーである。

「あぁー!! まどろっこしいね! あんたらは!!」

 10本の光の鎖がビル街をすり抜けて無数のゾンビを串刺しにして行くと、
 突き刺した側からゾンビは身を粒子に変換させて行く。

「おおー、さすがメアリー! 助かった」

「あんたがやればもっと早く済むだろうに」

「いやいや、俺なんてたかが知れてるからねぇ。けど、今回のゾンビに関しては閻魔に感謝だな」

 そう言ってヤムラはダラケに振り返り、モブ顔を寄り目にした変顔のままに駆け寄る。恐怖である。
 ダラケもビクッと震えている。

「てなわけでダラケちゃん、さっきレイセンが回収したラディアル、洗ったら丸ごとお前に突っ込むから、今みたいな奴らが攻めてきたらサクッとやっちゃえ」

「……えぇ。なんか頑張って研鑽するのが冒険者なんじゃ……」

 ダラケは心底面倒くさそうに表情を歪めるが、空からトテトテと舞い降りたレイセンはただいまと言わんばかりにダラケの胸をプルンプルンと突く。

「んなもん当たり前だっつーの。終わったら返して貰うぜ。期間限定のチートタイムだこれ」

「いやー、吟遊詩人がいるってわかって来てみたけど、色々ラッキーだったなぁ」

「てなわけでおっぱい、じゃなくてダラケちゃん、今からラディアルぶっこむから後はよろしくっ!」

 ウサギがピトッとダラケのお腹に手を当てると、彼女は全身から光を放ち、苦しげに目を見開き涎を垂れ流しながらにビクンビクンと痙攣を繰り返して膝下から崩れ落ちる。
 それでも尚レイセンはラディアルを注ぎ込み続け、ダラケは次第に涙を垂れ流しながらに廃人のような有様となる。

「なんかすごい背徳感だわ。あ、パンツ見えちゃった」

「誰がどうみても性犯罪。おっ? ラビリも戻って来たみたいだし、他の街はあいつに任せときゃいいだろう。行くぞレイセン」

「ちょ、あんたら女の子こんな状態にして置き去りにするってーのかい? ちょい、待ちなっ! どうせあたいが居なきゃ場所わかんないだろっ! くそ、あんたら!! この子を死んでも守るんだよ!」

 ラディアルが馴染むまでダラケは無防備であったが、取り巻きの生産職冒険者達はジャイロに言われるまでもなく、彼女が目を覚ますまでの間、修羅の目つきで警護をやり遂げた。

 戦争が起ころうとも平和であり続けた秋葉原に、ちょっとだけ変化が起こり始めたが、それでもこの街は通常運転である。





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