だんます!!

慈桜

第百七十七話 銀の魔女の本質?

「あぁ、猫共どこいったぁ」
「消えちゃった……捕まえたかったな。残念だよ」
 ケットシーを追っていたレジーナ達は、やっとこさ五島列島に辿り着いたのだが、既にヒナタ達が暴れた後である。
 追っていた可愛い生き物は既に何処にもいないのだ。
「ねぇ、レジーナ。あれ見て、可愛いの後はキモいの嵐だわ」
 蒼髪の魔女レジーナが指差す先には、森の樹々を薙ぎ倒す百足の姿がある。
「うわぁ、アレは酷いね。けど凄い幸運だよ。アレは私の好物だ」
「レジーナ? 貴方何を言ってるの?ってちょっと! 待ちなさいよ!!」
 海凪の制止も聞き入れる訳も無く、レジーナは百足の元に飛んで行ってしまう。
 あんな気持ち悪いモノには出来る限り関わりたくなかった海凪は顔を歪めているが、それを見てニマニマと笑いながら赤髪のボーイッシュな魔女が背中を叩く。
「オレも行くぜ? 海凪は怖いなら其処で待っとけよ」
「待って! 置いてかないでよ!!」
 海凪は慌てて緋雨を追おうとするが、ふと冷静に景色を眺める。
 見渡す限りの海の青に、海凪は深呼吸を始める。
「魔力で何処にいるかわかるし、ちょっと見に行ってもいいよね」
 自分に言い訳を言い聞かせて急直下に海に突っ込む海凪。
「うひゃあ! 冷たい!!」
 当たり前である。 秋空の下、いくら陽気とは言え海に入るなどまともな考え片ではない。 しかし彼女は水の属性に特化した魔女である。 いくら冷たいと言え、海凪がちょっと深呼吸をしただけで、全身を濡らす水は簡単に魔力に変換されてしまう。
「気持ちいいわね、凄く楽しい」
 先程のケットシー達の災害の所為で泥濁りの海であるが、彼女はなんら気にせずにプカプカと浮かび水を楽しんでいる。
 気が付けば荒れ狂う泥濁りの海は、いつもの五島列島の青く澄み渡る美しい海へと姿を変えて行く。
「あぁ、ずっとこうしていたいわ」
 まるで引潮のように僅かながらに水位が下がって行く。 海の水を魔力へと変換し、その体に吸収しているのだ。 ほんの僅かの水位であるが、それはまさに天変地異である。 引力による潮の満ち引きで無く、単純に水位に変更をきたす程の水を彼女は魔力に変換してしまったのだ。
「あ、レジーナ達のとこに行かなきゃ」
 欲に負けて海に突っ込んでしまったが、本来そんな事をしている場合では無い事に気が付き、プカプカと浮かび上がると、目の前には鎧を身に纏った大男がいる。
「やっと姿を現したか冒険者め!」
 其処に立つは坂本龍馬と口論をしていた趙雲の姿がある。 ケットシーの災害の跡地で冒険者を待っていた彼と、海水浴を楽しんでいた海凪がかち合ってしまったのだ。
 即座に槍を構える趙雲。 しかし海凪はため息がてらに、濡れたジャージを魔力に変換すると、それを無視して箒に跨る。
「あいや、待たれぇい!!」
「なによ。忙しいんだけど」
 黒地にピンクの某猫のキャラクタージャージを着た海凪は80年代のレディース的な不良も真っ青なメンチを切ると、趙雲も槍を握る手をより一層強くする。
 ついぞケットシーを追っている最中でも、それが猫であるとは気付かれていなかったがってジャージの話は関係無いな。
「ここで仕合え冒険者よ」
「魔女なんだけど?」
 面倒になった海凪はそっと手を翳すと、水の塊が趙雲を襲い腹部を消し飛ばす。
 まるでドリルで粘土を穿ったかのよう最も容易くである。
 趙雲は即座に再生するが言葉を失っている。 目の前の少女が、何か別の次元の存在である事に今更ながら気が付いたのである。
「あ、おいしいかも」
 顔に飛び散った趙雲の血を舐めると、海凪は抜群のソースを舐めた料理人のようにテンションが上がる。 生家は貧乏だが、性格はお嬢様な海凪が、その味を更に求めるのは自然の道理。
 これは危険だと理解した趙雲が踵を返すが、既に彼の全身からは血が飛び出している。
 血液が水分である以上、海凪は自在に操る事が出来てしまう。
 大人の欲と、幼児の残虐性を併せ持つ魔女が、一度興味を持てば、その知識欲を満たすまでの間は何者にも抗う事は叶わない。
 これが普通の魔女であれば、まだ趙雲にも付け入る隙はあっただろう。
 しかし海凪は銀の魔女の眷属である。
 その果てなき欲は、何者にも度し難く、ただ只管に趙雲は己が血液を魔力へと変換し吸収され尽くすのを繰り返すしか無くなるのだ。
「すごい、何回でも生き返るのね。それに海よりも魔力が濃い。癖になりそうだわ」
「ゆる」
 会話は最後まで続かない。 海凪は時を忘れて趙雲を絞り尽くして行くのだ。
「レジーナと緋雨にも分けてあげよう」
 海凪が趙雲の首根っこを掴み空に舞い上がると、山を越えた先には天を穿つ程の大百足の姿がある。
「やっぱ気持ち悪いわね」
 海凪が海や趙雲で遊んでいる最中、レジーナと緋雨はペリクレスをこれ以上無い程におちょくり倒していたのだ。
「うわー! むかでこわいー!」
「レジーナ!! 此処はオレに任せろ!!」
「緋雨にそんな危ない思いはさせられない! えい!」
 レジーナが百足に触れると、百足は芯を失ったように地面に倒れ落ちる。
「おじさん、百足復活させてよ」
「ぐぬぬ!! 舐めるなぁ!!」
 再び百足が復活、繰り返しである。 バイオズラが拳を叩き込み、硬いと喚いた骨格、それこそまさにミスリルである。 魔導伝導体として最も優れているミスリルを骨格に大百足を形成していたのだが、誰相手にミスリルを嗾けているのかと失笑モノの結果である。
 閻魔の騎士選考で奪ったラディアルをあまり余るDMに変換し、閻魔の世界式下で多量のミスリルを手にしているペリクレスと言えど限界がある。
 ヘカトンペドスを如何に創り出そうとも、レジーナと緋雨の漫才の落ちに使われるのが関の山なのだから。
 海凪が空に舞い上がる頃、ペリクレスは自身の全てのミスリルと全てアンデッドを総動員して、天を穿つ程の大百足を生み出したが、それすらもワンタッチで骨の抜けたオブジェと化す。
「汚物は消毒だよな」
 緋雨がパチンと指を鳴らすだけで数十万のアンデッドは炎に包まれ、更にその炎は魔力に変換される。
 燃やされたアンデッド達は一瞬で灰と化したのだ。
「おじさん、もっとミスリル頂戴。持ってるよね?」
「そんな、そんな馬鹿な話があるか」
 余りの力量差に無意識の内に後退りをしてしまうが、レジーナは優しく美しい笑みを浮かべながらに、ゆっくりとペリクレスへ歩み寄る。
「あ、そっか。おじさんの真似したらいいんだね」
 レジーナはそっとペリクレスの胸に触れると、彼は自身のラディアル全てをDMに変換してミスリルを購入する。 その量は小さな山とも言える程の量である。
「素敵、おじさん大好きだよ」
 レジーナが手を離すと、ペリクレスは既に物言わぬ亡骸となっている。 そして、レジーナの手には美しい輝きを放つ宝石が握られている。
「うわぁ! 綺麗だなぁ! オレも欲しい!!」
「ねぇ!! こいつからもとれるかな?」
 一部始終を空でウロウロしながら見守っていた海凪が趙雲をぶら下げながらに降り立つと、レジーナは満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ残りは緋雨が食べちゃいなよ」
「よっしゃ! テンションブチ上がるぜ!」
「でも、一々燃やしてたら面倒だから」
 レジーナが趙雲の胸に右手を置くと、左手からは虹色の炎が止めどなく溢れ出す。
「なんだこの炎、すげぇ気持ちいい」
 ペリクレスを操作し、ラディアルの変換を覚えたレジーナの裏技である。
 干からびた趙雲の心臓部からも、虹色の宝石、所謂迷宮核が引き抜かれ、魔力を充分に満たした三人の目的は既に一つであった。
「もう一人この変な奴探そう」
「そうね、お揃いにしましょ」
「何個集められるか勝負しようぜ!」
 銀の魔女の危険性、それはミスリリアムの眷属を全て喰らい尽くしてしまうだけではない。
 彼女は、彼女達は、いつ何時誰の敵にもなりうる存在なのである。
 ただ今だけは、彼女達に救われた多くの冒険者達がいる事を幸運に思うしかないが。
「おい、あれやばくねぇか?」
「よぉぉ!ポンッ!今だけはたすかったけどな」
 茂みの中から戦いの一部始終を見ていたショーキとタロウとリシン、それと晴れてめでたくショーキと恋人になったサラ・ブレンダンである。
「あんなに可愛い子達がいなくなってこんなにホッとするなんて、なんだか変な感じだわ」
「ハニーが一番可愛いよ。けど、なんとかやり過ごせてマジでよかった」
 迷宮騎士でなく、ただの騎士で見所がある奴がいれば引き抜いてしまおうとサラの言った作戦の為に、閻魔の世界式の商人であるサラも同行していたのだが、結果カオスすぎる結果となった為に、皆が一様に胸を撫で下ろす事となった。
 今、あの魔女達の興味が閻魔の迷宮騎士に向いているからいいが、もしこれが冒険者に向けられていたら、そう考えただけで歴戦の猛者達であるショーキ達を持ってしても、震えが止まらなかったのである。
「あんなの大臣じゃなきゃ無理だろうよ」
「つかさ、動画見てる感じ、あいつの部下ってみんな強ぇじゃん? この際後輩だけど気にせず配下にしてもらわね?」
「それは……ハニーはどう思う?」
 今回の戦いで迷宮騎士は大臣が動画に上げてるようにサクッと倒せる敵では無い事は重々理解した上で、普通に奴らと対峙出来ている貴族達、更にはシズクやサブロウのような新人を見るに、タロウの提案は最適解である。
 しかし、その決断は言わずと知れた拳語會の頭であるショーキが降すにはプライドや体裁が邪魔をする。
「誰が上とか下とか、私には関係ないわ。ただショーキがいてくれるだけでいい」
「割ってすいません。自分も拳語會が最強であればそれでいいと思ってます。その為に彼の力の本質に触れる必要があると判断を下されたのなら、自分は文句無くついていきます」
 口下手なリシンも、その決断はショーキの裁量に任せると言い放つと、ショーキは数度頷きながらに立ち上がる。
「まずはバイオにも相談だ。つかあいつ携帯も繋がらねぇし、木札にも応答しねぇ。まさかアキバに飛んだんじゃねぇのか?」
「シュバインから連絡は来てた。ヌプ蔵と一緒に山ん中にいるんだとよ。とりあえず探すか」
 この頃から徐々に徐々に、大臣の臣下になろうと言った意見が多くの冒険者から出始める。 身を潜めろと投槍な指示だけを残して所在不明となったラビリ、その穴を埋め自分達の世界を護ろうと動き始める冒険者達。
 戦わない最強よりも、戦い続ける最凶の方がカリスマ性に溢れてしまうのだ。 平時であればそれは逆なのであろうが、世界が大戦の戦禍に巻き込まれている最中、大臣のその圧倒的な力は多くの者を呼び寄せる結果となる。
 内容はどうあれ、本土南方の攻めを抑えた事により、閻魔の配置は厚く固めた北方西方に偏る結果となる。
 期せずしてそれは後の米露決戦の幕開けとなるのだが、それはまだ、僅かに先の話だ。



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