だんます!!

慈桜

百六十八話 レオナルドとチェーザレ?

  米国が焦土と化している最中、閻魔は自陣の迷宮騎士達の多くを世界各地へ配置するために忙しなく動き回っている。
 救出された面々は、聖女セシリアのように閻魔を崇拝している者が多くを占めている。
 彼としても扱い易い者を先行して逃がしたのである。
 米国が焦土と化し、多くの人間の命が消えようとも、迷宮騎士は奪った命の分だけ再生を繰り返す。
 それだけ多くのラディアルを保有しているからこそ、迷宮の再生と同じ原理で何度でも復活するのだ。
 殺戮大臣信長の躍動により、一気に窮地へ追いやられたかのようにも見えるが、戦いはまだまだ始まったばかりである。
「いやぁ、真っ黒な空だけどいい天気だねぇ? そう思わないかいチェーザレ」
 ブルネットの天然パーマのグリングリンの長い髪に同色の長い髭。 ブラウンサファイアの切れ長の瞳は、その長い髭が無ければ彼は女性なのではと思わせる程に美しく存在感を醸し出している。
「真っ黒な空を見ていい天気だと言うのはお前ぐらいだぞレオナルド」
 その対面で呆れている男は、古き時代の軍服にベレー帽を被ったカイゼル髭の偉丈夫である。 顔立ちからして双方イタリア独特の軽さみたいな空気を持っているが、現代の彼らよりはしっかりしている。
 オブラートに包み込めば、あんまチャラくない感じ。
 世界が多くの死の嵐に飲み込まれようとしているにも関わらず、多額のチップで操船者ごと買い取ったクルーザーのデッキでワインを傾けている。
 閻魔の保護を必要とせずに、生まれ故郷へいの一番に帰ろうと動いている者達である。 当然ラディアル砲や大陸からの攻撃に遭遇せずに海の旅を楽しんでいるのだ。
「あゝ、愛する祖国に近い! 気がする」
「気がするて。いや、まぁ、どっちにしろ俺らは密入国扱いだからフェス王国、今はモロッコと言うらしいが、其処までしか行けないみたいだからな、後は武力で陸路しかないだろう」
「はぁ。私はただ一目500年後のヴィンチ村が見たいだけなのに」
 米国の混乱によって船の大群が押し寄せている今、海上の監視もあってないような程にゆるゆるである。
 レオナルドとチェーザレと互いに呼びあった二人は、なんなくモロッコへと辿り着く事に成功する。
「これならそのまま祖国に帰れる気がするのだがね?」
「地中海に入ったら捕まるってんだから許してやれよ」
「いつの時代も世界は狭いままなのだね」
 モロッコの港へ入り、操船者が裏金を回し停船場の段取りが付くと、レオナルド、チェーザレは街の散策を始める。
「面白い。街がカラフルだ。そうだ、空から見たら人の内臓になっているように屋根をデザインしたらもっと面白いと思わないかい?」
「うん、全然面白くない」
「そうかい? 他の生物と変わらない臓物しか持たないのに知恵を言葉を芸術を知る人間の内臓! これ程に神秘の美はないように感じるのだが」
「レオナルド、俺は慣れてるからいいけど、他所でそんな事言うなよ? 異端者でしかない」
 生まれ育った時代の感覚、その認識の違いとは中々に厄介な物である。
 確かにレオナルドとチェーザレは米国の街を見て、そしてクルーザーを見て感動しては居たが、モロッコで全身鎧に身を包んだ者達が其処彼処に存在していようとも、彼らはなんら違和感を感じていないのだ。
「フェス王国も豊かになった物だな。あの船や車とやらの応用で武具を進化させようとは思わなかったのか? 未だに槍や剣で戦っているとは」
「チェーザレは本当に戦う事ばかり考えているのだね。ご覧よ、あの世界を覆う大木を。そして、あの大木から溢れ出す力の源を」
「確かに心地いいな。魔力、とやらが溢れ出している」
「あの力があれば、どんな武器でも最たる強さを発揮出来るはずだよ。そうなれば、騎士達が剣や槍で戦うのも納得出来るだろう?」
 的を得てはいるが、問題は其処では無い。 このご時世、なんの式典でも無い限り、見渡す限りに全身鎧の騎士が立ち並ぶ事などないのである。
 彼らは大臣が消え去ろうと、米国が消え去ろうと、なんら関係無く勢力を拡大し続けようと進撃を繰り返す深雪の生産者達である黒蝶の旅団の精鋭達だ。
 彼らは既に沿岸部からモロッコにまで支配域を拡大しており、大臣が不在となった報せを受けた今、阿大陸の覇を唱えんと躍進しているのだ。
 世界が戦乱の空気に浮き足立っている最中、争いの火種は小さな小さな火の粉から大炎へと変わる事もある。
「失礼、この先は我々が治める特区となる。すまないが迂回してくれないか」
 レオナルドとチェーザレは槍を構えながらに威嚇する騎士を見て数秒固まったのちに互い視線を合わせる。
 互いの意見は一致したと行動を開始すると、チェーザレは迂回路へ歩み出したが、レオナルドは光のキャンバスを浮かび上がらせ、目の前の騎士を描き上げて行く。
「おいレオナルド、何してるんだ?」
「戦う場面じゃなかったのかい?」
 好戦派のチェーザレですら、ここは迂回するべきだと判断していたにも関わらず、レオナルドはそれを戦うものだと勘違いしてしまったのだ。
「おい、お前何をしている」
「あ、申し訳ないね」
 レオナルドは光のキャンバスに描いた騎士の首を筆で一閃すると、目の前の騎士の首はボトっと音を立てて地面に転がる。
「うぅん……美しくないね、噴出する血は赤い百合の花の形にしようか」
 筆で首から噴き出す血液を描き、それを百合の花に見立てて描くと、その通りの死に様が現実となっていく。
「これはこれで現実味が無くて面白くないね。難しい能力だ」
「あぁ、派手にやりやがって。どうすんだこれ」
 これが大臣以下の兵隊であれば話は変わっただろう。 弱いから負ける、勝ちたければ強くならねばならないと芯に叩き込まれている大臣の兵達とは違う。
 レオナルドが殺してしまった兵は深雪達や仲間達が家族のように共に高め合ってきた者である。 その命の一つ一つを尊重され繋げ築いてきた絆がある。
 その仲間の死。
 それは黒蝶の旅団が怒髪天を衝くには十分すぎる事象である。
「こ、ろせぇぇ!!!殺しちゃるぞくそがぁぁ!!」
 槍が振り抜かれると同時に地響きのように足音が四方八方から響き渡り、レオナルドとチェーザレは瞬く間に囲まれてしまう。
「ほうら言わんこっちゃない」
「こんなに大人数描くには時間が足りないな。チェーザレ、どうにかならないかい?」
「はぁぁ……だから最初から殺すなってのに」
 致し方無いとチェーザレは腰の剣を引き抜き垂直に地面に落とす。
 それは手元が狂って落としてしまったように慌てる素振りをしながらにも、落ちる剣は真っ直ぐ落下し、そして地面を水面と錯覚させる程に緩やかな波紋を立てて沈んで行く。
 深雪の生産者達もそれなりに鍛えられている者達ばかりである、この隙を見逃してたまるかと一斉に斬りかかり、チェーザレの全身から刃が荊のように生える。
「あゝチェーザレ、死んでしまうとは情けない」
「勝手に殺してくれるなよ。こうした方が隙が生まれるだろがってお前もめっちゃ刺されてる?!」
「予想外に痛くて驚いてしまったよ」
 レオナルドとチェーザレは全身を貫いている槍や剣を引き抜きながらに再び歩み始めると、チェーザレの剣は地面から浮かび上がる。
 黒蝶の旅団はどうなったかって?
 それは聞かない方がいいだろう。 勝利を確信したと同時に、全身をバラバラにして崩れ落ちてしまったのだから。
「チェーザレの力は素晴らしいね。広範囲に及ぶのかい?」
「よくわからん。だが、人を殺すには不自由しなさそうだな」
「怖い怖い。チェーザレ、祖国は後回しにして、あの大木を見に行ってみないかい? きっといい絵が描ける気がするよ」
「いいだろう。だが、無駄に殺すなよ? 面倒は極力避けてくれ」
「わかっているよ。極力ね」
 モロッコで戦端を開いてしまったレオナルドとチェーザレ。 彼らは急遽予定を変更し、一路世界樹を目指す事にしたようだが、この惨劇を後から知り怒りに震える男に執拗な追撃を受ける事をこの時はまだ知らない。
「深雪様に御迷惑にならない程度に旅団入りできるレベルの兵を全て集めろ」
「はっ! しかしギブル様、迷宮攻略の任は王命に御座います。王の指示を仰がなくともよろしいので?」
「勿論報告はする。だが、深雪様は所用で出掛けておられる。よって今は一刻も早く、我らが同胞を無残に殺した敵を殲滅するが最優先だ。これ以上の問答は時間の無駄だ、早くしろ!!」
 慌てて腰を抜かしながらにも伝令の為に走り去る兵を尻目に、ギブルはレオナルドとチェーザレが去った方角を睨みつけている。  「何処のどいつかは知らないが、仲間の仇はとらせてもらうぞ」


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