だんます!!

慈桜

第百五十九話 いくよ?

  ピザの箱が積み上がり、今も尚リッターのコーラを片手にもしゃもしゃとピザにかぶりつくメイファー。
 それを見て苦笑いするジャイロ。
 家の庭では無表情な赤髪の少女と赤髪の大剣使いが手合わせをしている。 終始グレイルが押してはいるが、赤髪の少女の大剣は鎖に繋がれた風変わりな代物であり、所々グレイルの逆手を取る。
「ほな次は目ぇ瞑って同じ動きや!勿論トップギア放りこんでいけよ」
「ん」
 無愛想である。 メイファーを更に無愛想にしたぐらいに無愛想である。
 赤髪の長い髪を動くのに邪魔だからと乱雑に切ったショートボブの少女ジャイール。 名前はふざけているが、彼女の存在理由も閻魔の足止めをする為だけの捨て駒である。 発狂してもおかしくない存在理由であるが、彼女はそれを容認し、剰え当然だとすら思っている節ですらある。
「見えてんのはわかるけど見ようとし過ぎや。別に相手の姿までくっきり映さんでええぞ、ちんまいなりにも相手の魔素と気をしっかり感じとったらええ」
「ん」
 グレイルの大剣に巻きついた鎖、その先端の大剣は意識を持っているようにグレイルに斬りかかるが、彼が大剣を軽く捻ると、知恵の輪を解くように大剣はスルリと抜ける。
「もっと鎖にも意識を集中せぇ! 巻きつけるまではええけど斬るにはいったら巻きがクソやぞ」
 特訓である。 本来なら付け焼き刃と言われても仕方がないが、彼女は、ジャイールはジャイロとグレイルの掛け合わせである。 一教えれば二も三も理解するスポンジのような吸収力を持っているのだ。
「よっしゃそれでええやろ。ほな葬儀屋アンダーテイカー奪還作戦開始しよか」
 グレイルのジャイール特訓教室も一区切り、体も心も温まり準備万端、そろそろ本番へ行こうかとメイファーを焚きつけるが、メイファーは未だ一心不乱にピザを食べている。 三カ月もの長い間寝たきりの後に、ピザを爆食いとは頭がお狂いになられてるとしか思えないが、メイファーはジャイロの献身的な介護により各種回復薬は毎日摂取していたので、お粥や白湯しか受け付けないような状態ではないのだ。
 ただただ腹が減って仕方がない。 メイファーの頭の中は今それで埋め尽くされている。 食欲の化身である。 ショップで次々とピザを纏め買いし、気付けば総量30kg以上平らげている。
 そろそろ周囲の視線に気になったのか、メイファーは最後の一切れをコーラで押し流してクフと小さなげっぷを漏らし、うんと頷く。
 するとメイファーは左目を閉じ、吸魔法の魔眼を閉じたままに、自身の魔力のみを練り上げて行く。
「間近におっても弱いな」
「けどこれぐらい漏れ出てたら探すのには苦労しなかっただろうね」
 本来のメイファーの魔力は微弱も微弱。
 辛うじて鏡の魔眼のポテンシャルでハクメイの光移動がコピーなどは出来ていたが、魔眼無しのメイファーにそんな高等な魔法は使えない。
 吸魔も天鏡眼も使わずに魔力のみを練れば、メイファー本来の魔力のみが練り上がる。
 すると、それに吸い寄せられて奴が現れるのだ。
「おやおや、高名な冒険者達に囲まれているね。知らない子もいるが……いつぞやの続きをするのかな?」
「そうだよ」
 メイファーはジャイールの肩に触れると夢幻回廊へと訪れる。
「まかせたよジャイール」
「ん」
 メイファーは思念体を飛ばし、階段中腹に転移すると、そこへ薄く思念体を残し、再び外へと戻る。
「閻魔のクソが慌てて追いかけてったで! 作戦通りや!」
「掴まって。いくよ」
 ジャイロはメイファーと手を繋ぎ、グレイルはメイファーの頭を鷲掴みにする。
 視界はメイファーが思念体を残した場所へと切り替わり、ジャイロが即座に鎖を伸ばして魔力の探知をする。
「見つけたよ! 一つは葬儀屋独特の魔力を放ってる!」
「ほなその鎖辿って行ったらええんやな!」
 グレイルはメイファーを脇腹に抱え込み、鎖の上を一気に駆けて行く。
 その背を見届けてジャイロは小さく呟く。
「悪いねグレイル、メイファー。そっちはヤムラっぽい魔力を感じる扉だよ。やっぱり葬儀屋の説得には葬儀屋が行く方がいいじゃないさ。あたいならその方が嬉しいからね」
 鎖が指し示す扉を前に、グレイルがメイファーの頭をグリグリと撫でる。
「葬儀屋説得するだけや。一人で行けるやろ?」
「うん。グレイルお兄ちゃんはいかないの?」
 グレイルは更にメイファーの頭をポフポフと優しく叩くと、大剣を引き抜く。
「行くで、せやけどジャイール助けてくる。ニ対一やったら確実に足止め出来るやろ。扉の場所も覚えたしな、きっちり守っといたるわ」
「? ジャイールならまた創って・・・・・あげるよ?」
 グレイルは僅かに笑みを浮かべると、その場から姿を消す。 グレイルはいつもの調子でおちゃらけて言おうとした言葉を階段を駆け下りながらに呟く。
「せやけど俺が剣教えたったんはあいつや」
 僅かながらにも剣を教えたグレイルは、ジャイールに対して情を持ってしまったのである。 それは彼の持ち前の優しさを鑑みると極自然とも言える流れだ。
 メイファーは遊び心でグレイルとメイファーの特徴を捉えた顔にしようともしていたが、それは何か良くない気がして自分に似せたのだが、結局は急な作戦変更である。
 グレイルは視界に閻魔を捉えると剣を振り回し、黒い大剣の斬撃で構成された龍の化身となり閻魔に襲いかかる。
 その一撃は周囲二十枚以上の扉を破壊しながらに閻魔の半身を木っ端微塵にするが、それで終わる筈がない。
 無表情ながらにも驚きで身を硬直させたジャイールの耳元でグレイルがなんらかの言葉を呟くと、ジャイールは一気に階段を駆け上がって行く。
 斬撃の龍が目眩しとなり、閻魔は階段を降りた位置で好々爺とした笑みを見せている。
「グレイル君はここに来た事があったよね? なんと言ったか、忘れてしまったが君の恋人と共に過ごす為に」
「昔住んどったマンションの管理人に偉そうにされる気分や、ごっつ気ぃ悪い」
「後少しで君を完全に閉じ込められたのに、ヤムラ君が助けに来てしまったんだったかな? 君は夢幻に残りたがっていた気がするが」
「それ以上喋んなよ。それともブーツ喰わして総入れ歯にしてもたろかい」
 斬撃の龍は暴虐無人に扉を破壊しながらに閻魔を追うが、閻魔はポツリポツリと姿を現せながらに下段下段へと逃げて行く。
「そんなに扉を壊していいのかい? その中に君の世界が残っているかもしれないよ?」
 グレイルは知った事かと多くの扉を破壊して行く。
「所詮はお前が死んだら消えて無くなる夢幻ゆめまぼろしやろが」
「それはどうかな? 夢幻むげんの世のくぎりが無くなるのかも知れないよ」
 閻魔が杖を地面に叩きつけ、コンッと心地いい音が響くと、砕けた扉全てが再生する。
「どっちにしろ下層の扉は空やろが」
「よくご存知で。でも空ではないよ、それは一つ一つが迷宮だからね」
「どないでもええっちゅうんじゃ!」
 斬撃の龍は更に更に閻魔を下層へ追いやるが決定打には欠ける。 しかし、そうなる事はグレイルもわかっている。 今回の目的はジンジャーを連れ出すのが第一、そしてあわよくば閻魔の力を削ぐ事が出来れば尚良しと言った所だ。
「なるほど、君が囮になって先程の少女が最上段の間を破壊しようとしていたのだね? 目の付け所は悪くなかったよ、流石グレイル君と言った所かな」
 ジャイールが最上段にあるだろう何かを破壊してくれたなら御の字と考えていたが、何故かジャイールは下層から駆け上がってくる。
「ここは本来、私の本体と、ヤムラ君が持つ私の肉体を鍵として開かれる場所だ。上の扉が欲しければ、ダンジョンバトルで私に勝つしか方法はないよ。言わばここは私の世界そのもの。今の私を何度消そうとも終わりは無いんだよ」
「さいでっか。ほなストレス発散がてらしばけるだけしばきまわしといたるわ! ジャイール!お前そこらの扉潰しとけ! どうせこいつがすぐ直しよるから気にすんな!」
「ん」
 ダメだとわかればシフトチェンジは早々に、本来のジャイールに課せられた足止めに加勢するだけである。
「本当にいい駒だねグレイル君。君はヤムラ君の世界式そのものだ」
「挑発しても意味あれへんぞ。ただただしばく。それだけや」
「じゃあ、こんな挑発はどうかな?」
 閻魔が地面に杖を突き刺すと、ジャイールの背後から胸が貫かれる。
「ジャイール!!!」
 串刺しになったジャイールは親指を立てて、一度も見せなかった笑顔を見せる。
「後は頼んだよ。師匠」
 彼女は満足そうに笑顔のままに光の粒子となり消えて行く。
「ジャイール!!!くそがぁ!!」
「驚いた。彼女は創造された存在だったのだね」
 一方ジャイロに騙された扉を開き、ジンジャーと関係の無い夢幻に落ちるメイファー。
 空から自由落下する彼女は、飛行のルーンを組み立てて、空から大地を見渡す。
「ひろすぎだよ」
 グレイルからの前情報では小さなミニチュア程度の世界しか無いから簡単に見つけられる筈と聞いていたメイファーだが、その余りの広さにガックシと肩を落とす。
 だが、幸いな事に人が住んでいそうな所はすぐに見つける事が出来た。
 天を穿つかと思わせる切り立った崖の上に建つ可愛らしい家がこれでもかと存在感を放っている為だ。
「あそこなら小さな世界かもね」
 早速思念体を飛ばし、その崖の上の可愛らしい家へと転移する。 しかし其処には白いティーテーブルを囲みお茶をする少女と女性の姿があるのみ。
 先日寝る前に沢山の三つ編みを作って、それを一つ一つ解き癖付けたふわふわの黒い髪、そして純白のフリルドレスにレモン色のエナメルの靴。
「ヒタキ、ゆっくり食べなよ」
「んにゃあお」
「あんたに言ってない」
 足元には毛量が多い特大の白猫が日向ぼっこをしている。
 苺のショートケーキを食べて頬を綻ばせる少女を見守りながらに、口元についたクリームを指で拭うエロい体の女。
「もう暁、自分で拭けるよ!」
「はいはい、ここにもついてるよ」
 陽の光に照らされると紫にも見える長い黒髪と同様の深い紫色の瞳を優しく細めながらに少女の髪から耳を撫でている。
 二人と一匹だけの空間に、見ず知らずの少女が立っている事に一早く気付いた鶲は首を傾げる。
「あなたはだぁれ?」
 自分達だけの空間に、存在するはずの無い少女が立っている事に気付き、即座にそれを問うが、メイファーは無表情のままにテーブルの上のケーキを強奪してモグモグと食べ始める。
 鶲は暁を見上げながらに涙を浮かべ、今にも号泣してしまいそうになっている。
「だ、大丈夫、まだあるよ。だから泣かないで」
 メイファーはケーキを食べながらに高台からの景色を眺め天鏡眼を開く。
 それからぐるぐると崖の上を回りながらに全てを見渡すと、再び鶲と暁に向き直る。
「ねぇ、なんでこの世界には他に人形しかいないの?」
「人形? ここには沢山の人がいるよ?」
 メイファーは鶲の返答に首を傾げる。 そしてなんと説明したものかと無言で固まるが、ふと冷静に自身の立場を思い出す。
「なんとなく、ルーンでわかるんだけど、それはいいや。ここはメイファーが来ようとしてた所じゃない」
 自分がしなきゃならないのは、飽くまでも葬儀屋アンダーテイカーを連れ出す事であり、夢幻回廊からみんなを外に出すにも自身の力が必要である事から、いつもの調子で道草を食っているわけにはいかないのだ。
 しかし此処で会ったのも何かの縁だと、メイファーは再び飛び立つ前に暁に向けて指を差す。
「その人が人形を動かしてる? 核になってるのかな? 此処には、この世界には君しかいない。お爺ちゃんの扉の世界って、悲しい事を認めたくないと出られないんだって」
「何を言ってるの? 私は創造主様に創られた五天五柱の融合体、確かにここに存在してる!」
「あなたはそう思ってるだけ。あなたのルーンは多くのルーンを重ねて、この世界にこの子を留める為に都合がいい存在に仕立てあげられてる。五匹の魔物と五人の魔物と、五人の男の子があなたの中で一つになってる。みんなの記憶を使って世界を作り出して……そっか、お爺ちゃんはそうやって鍵を作るんだね。早く行かなきゃ」
 メイファーが飛び立とうとすると、光の粒子が彼女に降り注ぎ、意志とは関係無く天鏡眼が開かれる。
「ジャイール死んじゃったのか……お疲れ様。また会おうね」
「待って! ちゃんと教えて欲しいの! さっきのこと!」
 メイファーの腕を掴んだのは鶲である。 此処で聞いておかなければ何らかの後悔をすると考えたのだろう。
「時間ないのに」
 メイファーは自身を光へと変え、土で五体の人形を作る。 そして、天鏡眼で実体では無く、閻魔の術式を真似てルーンで作り出した人格を埋め込む。
「あれ? あっヒタキ! なんで泣いてんだ?」
「チカラが泣かしたんだろ。最低だな」
「ヒタキ? 泣かないで」
「ヒタキ、やっぱりかわいい」
「おーい、ヒタキー? なんとか言えよ!」
 其処には悪ガキ五人組の声のままに話す土人形が出来上がるが、メイファーが指をパチンと鳴らすと、それらすべては粉々に砕け土へと還る。
「お爺ちゃんのはもっと凝ってるけど、要は同じ。この世界では生きてるのと変わらないけど、所詮外では存在しないよ」
「嘘だ! そんなの嘘だよ!」
「じゃあ嘘でいいよ。私も其処まで君を助けたいとは思ってないし」
 メイファーはほんじゃと軽く一言残して空へと飛び立つが、無残にも扉は鍵がかかっていて出られない状態になっている。
「まじか」
 ガックシと肩を落としたメイファーは、即座に方針を変える。
 再び鶲の元へ降り立ち、即座に鶲を強奪すると上空へ転移、自身を光の鎖で包み込むと一気に加速、瞬きする間も与えずに鶲と暁の家があった崖そのものを粉砕する。
「や、やめて! 暁にそんな事しないで! わたあめもいるのに!」
 光の翅が解けると鶲は狼狽えながらにメイファーのブレザーを掴む。
「どけて、あいつ殺せない」
 メイファーの視線の先には、無傷の暁が毛むくじゃらの大猫を引き連れてゆっくりと歩いている。
「確かにあなたが言うように私は鍵かもしれない。けど、殺せば開く簡単な仕組みじゃないの」
「殺してルーンを分離して組めば鍵は作れる」
「そうじゃない。私は創造主様に創られた五天五柱の融合体、その私達を檻にして、五人の少年の魂を中に閉じ込めてる、でもそれこそが鍵穴なの。世界の扉を開く為には、この世界の五人の王を鶲の意思で殺すか、もしくは王達にこの世界を否定させるかしかない」
 メイファーと暁の会話に、鶲は何度も何度も首を横に振りながらに否定を繰り返す。
「嘘だよ……そんなの嘘だよ……」
「鶲……黙っていてごめん。だけどやっぱりあの時、みんな殺されたんだ。だから私達はあんたを唯一の主人として認めてこの姿になったんだ」
「でも暁の創造主様が外から力を加えたら生き返るって言ってたよね?」
「それにはこの世界は広がり過ぎてるし、存在が希薄な人が多すぎるの。この世界をラディアルで顕現させるには、既に他の世界一つを犠牲にしなきゃならない程に膨れ上がってる。あなたに悲しい想いをさせるぐらいなら、もう言わない方がいいって思って言うのをやめた。最近は記憶が戻り辛くなっていたし」
 鶲はそのままぺたんとへたり込んでしまう。 余りにも一度に色々な事があり、処理能力が限界を迎えてしまったのだ。
 その時、ガチャンと世界の扉が外から開かれる音が響き渡る。
『メイファー!! はよ出てこい!時間あれへんぞ!!』
 そしてグレイルの声が響くと、静かに泣き噦るヒタキを見て微妙な顔をすると、肩を叩いて慰めながらに暁を天鏡眼で睨みつける。
「もしかしたら、お爺ちゃんを調べれば色々できるかも。でもそれをするには……」
 メイファーは暁に何かを耳打ちする。
「えぇ、わかっているわ。私達は鶲の選択に全てを委ねるつもりよ」
 それを聞いてコクンコクンと頷いたメイファーは鶲の顔を自分へ向ける。
「覚えてたら助けてあげる。連れ出してもいいけど、それはきっとあなたを助ける事にはならないから、それはしない」
 その一言を残して空へと消えて行く。 なんだかんだと心優しい子なのである。
 



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