だんます!!

慈桜

第百四十三話 剪定と閃き?

 「はぁ…やっと追いついた。なに落ち込んでんの?」
「モモカちゃん……」
 庭師の権能を使用してしまったハクメイは再び眠りにつこうとしていたが、一早く彼の存在を感じ取ったモモカが守護者の扉を使い早々に駆けつけていた。
「また負けたっす。自分の無力さに苛立ってとんでもない事をやってしまったっす」
「そっか」
 モモカはハクメイの隣に座り、何も言わずにただ光り輝く森を見る。 そして、その目前には七割の月を満たしたガーゴイルが物静かに佇んでいる。
「ハクメイ、命令してあげようか?」
「命令……っすか?」
「そう、『諦めちゃダメだよ』って」
 モモカが優しく話しかけると、大木に背を預けていたハクメイは胡座をかいたままに深呼吸をする。
「ズルいっすよモモカちゃん。こんな事されたら寝れないっす」
「まだ寝るのは早いよ。何があったのか知らないけど、ハクメイは無力じゃないよ、ハクメイは弱くないよ。足りないって思ったら頑張ろう。私も一緒に頑張るからさ」
「そうっすね、また考えすぎておかしくなりそうだったっすよ」
 ハクメイはゆっくりと立ち上がり、背筋を伸ばすと背中を鳴らす。
「邪魔っすね」
 体を捻ると臍に掛かるまでに伸びた長い髪を一纏めにすると、直刀を引き抜き乱雑に切り離す。 不細工なざんばら髪になるが、ハクメイは頭を振ると、軽さに納得したのか一息つきながらに納刀する。
「とりあえず命の森の拡張は保留っす。信長さんを一発でもいいから殴って、あわよくばリリリを倒す」
「あーあーもーもぉー!ちょっと待って!」
 余りにも不細工な髪型に痺れを切らしたモモカは、ハクメイの肩を抑え込み強引にしゃがませると髪の毛を捻りながらに自身の桃色の刀でザクザクと切っていく。
 無造作に切り揃えると肩をポンっと押す。
「よし、行ってこい男前! 男の子な ら負けたぐらいでメソメソするな!」
 ハクメイは小さく笑うと、行ってきますと一言残して一条の光となる。 勝てないとわかっていても、そのまま引き下がるのは納得が出来ないのだ。
「頑張れハクメイ! 弱くないよ!」
 光の残滓に聞こえるはずもない言葉を乗せると、木陰からエルフの子供がひょっこりと顔を出す。
「あのね、おなかすいたの」
「色々教えてあげるからこっちにおいで」
 モモカも守護者として命の森を深く理解し始めている。 手に取るように細部を感じ取り、エルフの保護や招かれざる客の間引きなどを行っているが、それでも日に日に自身の力不足を感じている。
「せめて満月になるまで拡がっていたら……」
 ハクメイにとっては残酷な意見に聞こえるかも知れないが、守護者ガーディアンとしての意見なら、それはあながち間違いでもない。 フルムーンガーゴイルの力を持ってするならば、守護者ガーディアンの権能が全て解放されるからだ。
「たられば言っても仕方ないね」
 モモカは仲間の元へ戻ろうと扉を開き、エルフの幼子を抱えて潜り抜けると、その腕を掴まれる。
「ハクメイはもう行ったのか?」
 腕を掴んだ手の主は疲れ果てた表情で扉から顔を出すラオだ。
「ラオちゃん。休んでなくて大丈夫?」
「森を広げすぎだと説教してやろうと思ったんだがの。おらぬのなら仕方ない」
 目の下にどす黒い隈をこさえたラオが顔を出し、すぐに甲高い声を上げながらにエルフの子供達に引っ張られてしまうが、なんとか振り払う。
「とりあえずエルフの保護と森の安定を急ごう。リュリュ達にも手伝って貰わなきゃ」
 圧倒的に人手不足の守護者陣営だが、モモカはハクメイの背中を押してやれた事に満足気な笑みを浮かべている。
「そうだの。はぁ…メイファー帰ってきてくれんかの。吐きそうじゃ」
 ブラック企業も真っ青の過酷な状況である事に変わりはないが。
「息災であったか?」
「うん、けど戦いに負けて庭師の力を使った事にショック受けてたみたい」
「ただ殺すだけの力よりはずっとマシだと思うがのう。見知った者が物言わぬ樹木に変えられたならそうも言ってられんが」
 確かにそれまで存在した者が違う存在へと変換されるのは極悪にも感じるのだが、見方を変えるならハクメイの庭師の能力は決して破壊と憎悪を生み出す殺戮の能力ではない。 命を剪定し、この世界にあるべき姿にする能力である。 だがその能力を持つ当人は、やはりその力を未だ完璧に受け入れる事が出来ていない。 だからこそ権能の行使により深く傷ついてしまうのだ。
「その優しさはきっとハクメイの強さに繋がるんだとおもうんだけどな」
「あやつがダンジョンマスターのように割り切った性格をしていたなら、あの速さと能力じゃ。今頃大陸は命の森しか無いようになっていたんじゃないかの。そしたらモモカもハクメイも無敵。それこそが強さじゃろ」
「そんなのは嫌なんじゃないの? 罪喰いシンイーターになりたかったって言ってたし。私ならあんな脳筋嫌だけど」
 ハクメイが憧れる冒険者は努力を積み重ねた上に手に入れる強さを力に魔物を薙ぎ倒し仲間と共に酒を交わす、そんな冒険者だ。
 そして誰よりダンマスに憧れていたのはアバターを見ても一目瞭然、理不尽な力と使命を与えられ、これじゃないそうじゃないと葛藤を繰り返した末に今の彼がある。
 それでもなんとか受け入れようと前を向いた時に度重なる敗北、心が荒んでしまうのも仕方無かったのかもしれない。
 しかし彼は今や一人では無い。
 こうして背中を押してくれる仲間がいるのだ。
「今更仕切り直しなど出来んのじゃから割り切って全て森にしてしまえばいいものを。そうすればそうそう負ける事もないじゃろ」
「ほんとだね、ラオちゃんが庭師だったら良かったのに」
「それを言うならメイファーじゃろ。あやつならなんら気にせず好奇心のみで使命を全うするじゃろう。しかし何処に行ったのかのう。帰ってきて欲しいわい」
 そんなラオの心配を他所に自由気儘に魔物狩りをするメイファーは、今日も沢山のグールを狩ってご満悦のようで、DMで大盛りオムライスに舌鼓を打っている。
 ウズベキスタンからカザフスタン経由でカスピ海を渡り、アゼルバイジャン、アルメニアを超えてトルコに辿り着いている彼女は、衝撃的な光景を見てオムライスを皿ごと落としてしまう。
「なにあれ」
 それは空飛ぶ象である。 普通に考えてありえない。 しかも結構な速度である。 ケチなメイファーはこの一杯のオムライスの為に、過剰なまでにグールを狩りまくっていたのだが、そんな事を忘れてしまったのか、スプーンを握りしめたままに空飛ぶ象を追いかける。
 象が舞い降りる先は西洋風のアパートメントが立ち並ぶ街並みに一際人混みが集まる一帯に辿り着く。 そこには黒い翼を生やした天使のような男が壁にのめり込み、それを丁髷の男が指を差してケタケタと笑っている。
「メイズお兄ちゃんの友達だ」
 そして赤い鎧を纏った黒人も同様に高笑いをしている。
 メイファーはよく見えないので、勝手に人ん家に上がりこんで、バルコニーからぴょこんと顔を出す。
「なんだいお嬢ちゃん、人ん家勝手に上がりこんで」
 台所にははちきれんばかりの肉厚のおばちゃんが煮物を焦げないように鍋を混ぜているが、メイファーは無表情のままに振り返りゴメンねと言わんばかりにキツく目を瞑る。
 そこへ一条の光が差し込む。
「出たな妖怪フラッシュ」
 丁髷の男はその光の主へファイティングポーズを取る。
「あ、しろ兄」
 メイファーは飛び出して行きたい葛藤に襲われるが、ここで出て行っては森に連れ戻されて置き去りにされるかもしれないと尻込みする。
 するとナイス肉厚のおばちゃんが皿にトマト煮をよそってメイファーに差し出す。
「喧嘩観戦は腹が減るだろう?」
「ありがと」
 メイファーは遠慮せずにトマト煮を口へ運ぶと、無表情のままに親指をグイッと立てる。
「うんまい」
「そうかい。ほら始まったよ」
 振り向く先では、ハクメイの拳が大臣の顔面を捉え、その顔面の肉を飛び散らせるが、直後には背後から大臣が首を絞める。
 だがハクメイは即座に身を光に変えて回避して距離を置く。
 赤備えがハクメイを捕らえようとするが、その手をもスルリと透過する。
「およっ?! 速くなったじゃん! さっきの今なのに?」
「とりあえず殴れたからよしとするっすよ。リリリちゃんは何処っすか?」
「あぁ、あの子ね。途中で捨てて来ちゃった。重たかったからね、主におっぱいが」
「嘘は嫌いっすよ!」
 ハクメイは忍者刀を引き抜くが、装備が破損する事はない。 恐らく力量の差で戦闘禁止プロテクトが危険だと判断しなかった為だろう。 光の速度で分身体を創り出し四方八方から斬りつけるが、大臣は至る所に現れハクメイを嘲笑う。
「いいかよく聞け妖怪フラッシュ。俺ちゃんってばある一種の理不尽枠なわけ。さっきはこっぴどくやっちゃったから怒ってるかもしれないけどさ」
「話をする事はないっすよ」
 多くの大臣の斬殺体が転がるが、当人は厄介なのに絡まれてしまったと肩を落としている。
 そして、魔眼を開眼しながら血涙をダラダラと流しトマト煮を楽しむメイファーの隣にも大臣が訪れる。
「やっほおチビちゃん久しぶり。相当ハードコアな泣き方してんな」
「すごいね、お兄さんがこんなに強かったなんて知らなかった」
「そう。俺の為に多くの人が血と汗と涙を流しちゃってるから。主に血だけど」
 大臣とメイファーは共に大臣とハクメイの戦いを観戦するが、太ったおばちゃんは笑いながらにトマト煮を差し出す。
「なんだいあんたマジシャンなのかい?」
「うっひょー。俺が血だらけになってるのになんてグロテスクなもん食わしやがる」
「いらないなら寄越しな」
「食べる! 食べるってばさ」
 大臣とおばちゃんが初対面であるにも関わらずいつもの感じでワイワイ騒いでいる横ではメイファーが体を揺らしながらに観戦を楽しんでいる。
「すごいなハクメイ。超頑張ってやがる。おばちゃん! 飲み物頂戴!」
「厚かましい子だね」
 オレンジジュースで喉を潤し、ダラダラと血の涙を流しながらにウキウキワクワク観戦しているメイファーを見て大臣は眉尻を垂らす。
「とりあえずハクメイにおねんねしてもらってお暇したいんだけど、違う技使うとこ見せると、この幼女壊れそうで怖いって感じか?」
「よくわかったねだんます。おばちゃんトマト煮追加ね」
「ここはご飯屋さんじゃないよ!まったく!」
 流石に早朝から騒がしすぎたのか、痺れを切らしたラビリまでもが訪れる。 ラビリはありがとうございますと礼儀正しく一礼をしてからトマト煮をすする。
「うまいな、てかお前ハクメイおちょくるの禁止な」
「うん、俺ちゃんとしてもあんな真っ直ぐな奴とはもう関わりたくない」
「今回だけだからな」
「てんきゅー。マジ愛してる」
「ほざけカッパ風情が」
「てめぇ!!」
 大臣がハリセンを振り抜くが、其処には既にラビリの姿は無い。
 彼は今尚大臣の屍を量産するハクメイとの戦いの仲裁に訪れたのだ。 大臣はその亡骸を見ながらそんなに恨みを買っちゃったのかな? と窓から戦々恐々と身震いをしている。
「はい双方そこまで」
 カッパと言われた大臣は機嫌が悪そうにおばちゃんの家から飛び降りると、ラビリの前に立つ。
「ダンマス……邪魔しないでくれないっすか?」
「それはお前だ。少し冷静になれ。こんな奴相手にしてても時間の無駄だぞ」
「でも信長さんは悪いグールを庇うんすよ。俺は彼女が多くの人を殺して食って来たのを知ってるんすよ」
「魔物なんだから仕方ないだろう」
 押し問答をする横で大臣はメイファーに向けてジェスチャーを送り続ける。 もう戦い終わり、目を瞑りなさいと繰り返す。 全くラビリとハクメイの話など聞こうともしないのだ。
「だそうだ大臣。どうする?」
「え、なんのはな……え?」
 結構トークが白熱していたようで、野次馬達ですら白い目で大臣を見ている。 コレには流石にどうしたものかと、小難しい顔をする。
「そうだな、本当にリリリを捨てたって言うなら大臣に同行しても大丈夫だよな」
「は? えぇ? はぁ?」
「いつかお前を叩き伏せる為に近くで強さを学ぶ旅に同行するのも一つの手じゃないかと提案してみたんだ」
 それには流石の信長も地べたの上に正座をして、ビッチリと整った美しい土下座を披露する。
「本当に申し訳ございません。此度は私が調子に乗っていたが故の失態でございます。ハクメイ様程のお方が私に同行するなどとんでもない。どうかどうか平にご容赦願います」
 これでもかこれでもかと土下座を披露する大臣。 彼としてはハクメイと共に行動するなどありえないのだ。
 眉間をハの字にしながら歯を食いしばり、まるでケツの毛を毟りに毟りとられているような悲痛な表情を浮かべている。
 その背には赤備えが朱槍を構えて今にもハクメイに斬りかかりそうになっているが、フラフラの酒呑がまぁまぁと宥めている。
「とりあえずここはダンマスの顔を立てて引くっすよ。でも信長さん、近いうちに絶対に叩きのめしてやるっす。覚えておくっすよ」
 本当に悪いと思っているならリリリを差し出せと言わないのは、ラビリの力を借りてリリリを倒すのは違うと考えたのか、ハクメイは案外簡単に引き下がり、その身を光と変えて消えて行く。
「ちょっと荒技だが帰ってくれただろう?」
「やっぱ殴ってきていいかな?」
 満面の笑みで負け惜しみを言う大臣。 奥歯に詰まった物がキレイに取れたかのようなすっきりとした表情だ。
「もうリリリは大臣の臣下だから諦めろって言ってこようか?」
「やっぱもう一回土下座した方がいいかな? あの子って俺ちゃん的に正義の核兵器って感じなんだけど」
「二度ある事は三度あるからな。庭師の権能の発動にまた巻き込まれそうになったらなんとしてでも逃げろよ」
 なんとかラビリに助けられたが大臣は厄介な相手を敵に回したのだなと苦笑いをする。
「強いだけが強さじゃないってか」
「お前はもう普通の冒険者とは違うんだから下手に他の奴の自尊心を傷つけるな」
「うっさいだまれ命令すんな。てかだんますメイファーちゃん回復してあげたら?ってあら?」
 既におばちゃんの部屋からはメイファーの姿は消えている。
「メイファーならあれだ。てかお前やっぱり完膚なきまでに叩き潰してやろうか?」
「ねぇ、だんます。幼女が空飛んでるよ? あれ? 幻聴かな? 弱い奴が吠えてる気がする」
「メイファーに関してはちょっと猫可愛がりしすぎたかもしれんな。流石にレアな魔眼ダブルで与えるのはやりすぎだったかもしれん。とりあえず丁髷切り落とす所から始めてみようか」
 空に流れる一筋の流星。 彼女は血塗れの瞳をゴシゴシと擦りながらに楽しそうに笑みを浮かべてトルコの空から消えて行く。
「てかだんます北海道連れてってくんない?」
「別にかまわんが何しに行くんだ?」
「ドワーフと交渉ってやつかな」
「それなら鉾部だな。ハバフロスクにもダンジョンパークを造りに行かなきゃならん。ついでだ、連れてってやる」
「よっしゃラッキィ! おーいリリリ!出てこーい!」
 コーヒーを買いに行かされたままギャラリーの中で腰を落とし息を潜めていたリリリは申し訳なさそうにラビリと大臣の前に立つ。
「そういや掲示板で見たけどお前冒険者を食おうとしてたんだって?」
「いえ、その節は、その、創造主様にはご迷惑がかからないかと、その」
 リリリはまさかのラビリの登場にいつもの調子が出るはずも無くモジモジしている。
「ダンジョンの中ならお前が上だったと認めてやらんでもないが外で冒険者にちょっかい出すな。まぁ、いい。これからはこいつの言う事に従っていろ」
「そそそ、俺ちゃんってばお前ら魔物に超見せ場作っちゃうからそれまで大人しくしてちょうだい 。てか血で転移・・・・出来るんだからどっか隠れてりゃ良かったのに」
「遠くへ飛ぶ為に力を使いすぎるのも負担になるのよ」
 理不尽な存在に板挾みにされたリリリは居た堪れなく苦い顔をするが、何より居た堪れないのは壁に突き刺さる星虎である。
「転移するぞ」
「すげぇラッキー。新幹線代浮いた気分だ」
「あの象も連れてくのか?」
「ろんもち、愛しのだん○ちゃん」
「エリーじゃだめなのか?」
「知名度的にだん○ちゃん一択でしょ。エリーってなんだよ」
「そらお前ドンキ「やめろ」」
 広場からラビリ達が消え去った後に、ハクメイは再び姿を現す。
「そうっす、そうっすよ。血のある場所なら何処にでも転移できるなら、逆に血が無くなれば転移できなくなるっす。なら」
 ハクメイは姿を消すが、これよりリリリが訪れた全ての土地にて、災害と呼ばれる庭師の剪定が行われた。
 その多くは既に命の森と化していたが、それよりも密度が高い本当の命の森へと多くの国が変えられたのだ。
「魔物はダンジョンがお似合いっすよ」

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