だんます!!

慈桜

第百四十四話 鏡の魔眼無双?

  空飛ぶ象の魔道具のルーンと、ハクメイの光のルーンを掛け合わせながら自由自在に空を飛び回るメイファー。
 空の旅を楽しみすぎたのか、気付けば彼女はニューヨークの空を舞い、自由の女神を見て目を真ん丸にしながら驚いている。
「すごい。アメリカだ」
 物乞いをさせられていた貧民孤児であった頃の彼女は、まさか自分がこの国に訪れる日が来るなどと考えもしなかっただろう。
「もう自由になったけどね」
 自由の国アメリカ。 その響きだけでメイファーは漠然とアメリカに行ってみたいと思っていた頃を思い出し、楽しそうにふふんと笑いながら自由の女神の頭の上に座り込む。
「これはこれは魔眼の姫君。君はヤムラ君の尖兵かな?」
「せんぺい?」
 あまり難しい言葉はわからないのである。 突如現れた老人のせいで、喜びに顔を綻ばせていたメイファーは再び無表情になる。
「質問を変えよう。近頃は君達を見ていなかったんだ。君はこの国へ何しに来たのかな?」
「お散歩だよ」
「そうか、それはいいね。冒険者は自ずとこの国を避けるように細工はしていたのだが。君みたいなイレギュラーも悪くない」
「お爺ちゃんそこにいないね。何処で喋ってるの?」
 メイファーは鏡の魔眼を開くと閻魔の思念体を理解し、逆手に取って中に入り込もうとするが、彼は慌てて場所をコーヒーショップへと移す。
「驚いたね。思念体から本体を探ろうとするなんて」
「これ面白いね。おっきい地球儀みたい。転移もこうやってするんだ。メイズお兄ちゃんの見てもわからなかったのに。らっき」
「ヤムラ君はなんて子を隠していたんだ」
 閻魔は自身の思念体の術と変則的な転移術を真似られた事に気付き僅かに顳顬を震わせる。 メイファーに悪気はないのだが、閻魔は彼女に対して一段階警戒を高める結果となる。
「ヤムラ君が魔眼集めに没頭していたのは書庫で読んだので知っているが一生産者に与えるなんてどうかしている」
 閻魔は小さく愚痴を零すが、時すでに彼の目の前からはメイファーの姿が消えている。
「それは私の専売特許だよ」
 閻魔は即座にメイファーの首根っこを捕らえる。 彼女は外に出て街並みを見渡していただけのようである。 しかし閻魔は首を傾げ、何度もかぶりを振る。
「どうしたの?」
「私は夢を見ているのか? どうして君が、君の実体が彼処にも存在しているんだ」
「まだ寝てるんじゃない? 夢の中なんだよ。じゃあねお爺ちゃん。また遊ぼう」
 そう言ってメイファーは消える。 閻魔は今起きた全ての出来事を否定するように首を振る。
「あの子はなんとしても捕らえなければならないね」
 しかし閻魔が捕らえるよりも早く、もう一人のメイファーの存在までも消え去ってしまう。
「弱い。なんて微弱な魔力なんだ」
 そして唯一感じ取れたメイファーの魔力を辿り、訪れた廃墟には壁一面にクレヨンで落書きがされている。
 乱雑な階段と扉を並べた絵だ。 そしてクレヨンでは幼稚なタッチで一文が残される。
 〝Do not chase me追いかけないで.〟
 それは暗に貴方の秘密の場所を知っているのよと脅しにも似た落書きである。
「ふふふ、はははは! 面白いね、あの子は! あんなにか弱い存在で私を脅しているのだね」
 閻魔が高笑いを浮かべている最中、二人のメイファーが向かった先は無人島。 空の旅で彼処が良さそうと思っていた思考がリンクしたのだ。 そこに二人ののメイファーがむむむと腕を組んで悩んでいる。
「これ使い所が難しい」
 それもその筈である。 大臣はこの技を使用する際には、わざと殺されてやろうと諦めにも似た感覚とそれを否定する矛盾を利用する。 そして存在しない時間軸の自分が長く同じ世界に存在する危険性も理解しているので自ら存在の消滅の為に死のうとするが、メイファーのようにお爺ちゃんに会わなかったら今頃あのビルに登ってたのかな? あのお店に入りたいなとどうでもいい事を考えながら思念体に別の自分をリンクさせる荒技で発動している。 そうなれば限りなくオリジナルと同じ思考の自分を創り出してしまうのだ。
「しかも一人が限界」
「でも二人いれば無敵」
 単純である。 確かにメイファー程の馬鹿げた存在が二人もいるのは凄まじいが、それが許される程世界は簡単に出来ていない。
 世界式による矛盾の修復が起きるのだ。 米国が閻魔の土地であろうとも、未だ外に閻魔の世界式は発現していない。 なので矛盾の修復はダンマスの世界式によって行われる。
 目の前のメイファーが光を放ち、あっと言う間に粒子となり散ってしまったのだ。
 そこに確かに存在した筈のメイファーが消えると、突如として黒い渦が発生する。
「なにこれ」
 メイファーは渦に触れてみようとそぉっと人差し指を伸ばすが、その渦からは人の手が伸び、そのメイファーの手をがっしりと掴む。
「ひやっ!」
「時空の裂け目に手を入れようとするなんて危ないお嬢さんだね」
 そこから現れたのは、首から小さな棺をぶら下げたムキムキの女である。 赤い髪のリーゼント、黒の縁取りが色濃い金色の瞳、そして笑うと目立つギザギザの歯。 迷彩パンツに黒いブーツ、首からジャラジャラとチェーンの太さがバラバラのネックレスを垂らし、大きな胸を黒のチューブトップで申し訳程度に隠し、その詫びと言わんばかりに惜しげもなく晒した凶悪な腹筋を見せつける女。
 メイファーは目の前の腹筋バキバキの女が人かなんなのかすらわからずに尻餅をついてしまう。
「そんなに怖がらないでくれないかい?」
 女は後頭部から髪留めを外すと、リーゼントははらりと解け、チェーンに繋げてぶら下げていた眼鏡をかけると、先程とは打って変わり柔らかい印象になる。 笑うと怖いが。
「で、ここは何処なんだい? おチビちゃんは冒険者だろ?」
「ここは無人島」
「そうじゃなくて世界だよ。ここはグランアースじゃないんだろ?」
「地球だよ?」
「チキュウ? 大地の球体って事かい?」
「わかんない」
 質問攻めは嫌いなのである。 いきなり現れた女から逃げようと踵を返すが、メイファーは簡単に鎖に巻かれて捕らえられてしまう。
「んっ! はなして!」
 メイファーも負けじと光の鎖を放つが、胸の棺が瞬間的に黒い軽鎧となり、その軽鎧を纏った赤髪の女はいとも容易くメイファーの鎖を粉砕する。
「十鎖、けどおチビちゃんは葬儀屋アンダーテイカーじゃないね。でも冒険者がいるって事はあいつと繋がりがある世界だ」
 鎖で巻かれたメイファーはまるで蓑虫だ。 ハクメイのように光となって逃れようとするがピクリともしない。
「自己紹介が遅れたねおチビちゃん。あたいはジャイロ。グランアースって世界の葬儀屋さ。変な事聞くけどその鎖を使う奴を他に知ってるかい?」
「わからない。けど見た事があるとは思う。さっきお爺ちゃんのドアがいっぱいある部屋にいった時は思い出したのに」
「わけのわからない事を言うんだね。でも見た事があるってんならヤムラは約束守ってないんだね」
 ジャイロは右頬をつりあげながらに瞳孔を開くと九本の鎖を四方八方へ果てなく伸ばす。
「こっちの方角に見知った魔力があるね。最近見かけないと思ったら兎で飛んでたんだね」
 メイファーは鎖に巻かれ、顔だけ出した状態で死んだ魚のような目をしながらにブラブラと成されるがままに揺れている。
「折角の異世界だ。ヤムラのクソのケツの穴に鎖でもぶっ込んでから帰るとしようか。ダーリン、飛ぶよ」
 ジャイロの一言で鎖はジャラジャラ蠢き、遂には黒く巨大な蝶の羽に良く似た形となる。
「ジャイロお姉さん。私も飛べるからこれ外して」
「あたいのは飛ぶってのとは、ちと違うんだ」
 鎖の翅が地面を突き刺すと、ジャイロは天昇るが如く空高く押し上げられる。
 地球の輪郭が見える程に登ると、遥か彼方の目的地へ鎖を突き刺し、翅で自身を抱き込むと一気に加速する。
 確かに飛ぶとはかけ離れている。 どう見ても隕石である。
 河川敷に突き刺さると鎖の翅の守護が解ける。
 そこには大剣を振り抜き、剣閃で川筋を割る赤髪の戦士がいる。
「おっ、メアリーやんけ。なんでお前がいてんねん」
「あたいをその名で呼んでいいのはダーリンだけだよグレイル。ヤムラは何処にいるんだい」
「ワレこそ気安く呼んでんちゃうぞボケ。それにダンマスをその名で呼ばんといてくれ」
 まさに一触即発、ジャイロとグレイルが今にも鎖と大剣を交えようとしている最中、メイファーは匍匐前進をしながらに二人から逃げようとしている。
「剣は重たいから使えない。でも」
 メイファーは思念体の術式を応用した転移ではるか上空に転移すると、白い光の鎖を蝶の翅のように広げる。
「あの怖いお姉ちゃんのは使える」
 メイファーは翅で自身を包み込むと一気に加速する。 しかしその軌道は垂直落下だ。
「鎖が伸びない」
 自身を引き摺り込む軌道を確保する鎖がメイファーの力では真下にしか伸ばせなかったのだ。 このままだと再び河川敷に舞い戻ってしまうだろう。
「やっぱしろ兄のピュンが一番いい」
 重ね掛け。 光の速度で落下するメイファー、刹那の時を経て河川敷に突き刺さると、ジャイロとグレイルを吹き飛ばして特大のクレーターを作り出す。
「へへ、やったった」
「待ちなおチビ!!」
 ジャイロが即座に鎖で捕らえようとするが、そのメイファーは靄のように姿を歪めて消える。
 本体は既に光の化身となり姿を消していたのだ。 そこに残されたのは思念体のみ。
「じゃあね、筋肉おばけのお姉ちゃん」
 メイファーの思念体が消え去ると、そこには唖然としたジャイロとグレイルがクレーターを挟んで残るだけだ。
「なぁ、メアリー。ええ事教えといたろか」
「なにさ、どうせあんたの事だ。しょうもない事だろうよ」
「ダンマスはこの世界で閻魔と決着つける気やぞ」
「は?」
 ジャイロが目の色を変えると、グレイルは小さく口角を吊り上げる。
「な、何を言ってるんだい。閻魔は悠久の書庫に閉じ込めたじゃないさ」
「せやからまんまの話や。適当に理由つけて外に出しよってん。今世界を二分して喧嘩の準備中や」
「……どんだけ死ぬと思ってんだい。ヤムラはクロエやセイラさんの事忘れたんじゃないだろね」
「知らんわ。せやけど今回でわかった。今のあいつは長い時間かけてほんまもんのダンマスが焼きついただけのアバターって事やろ。せやないと簡単に閻魔を出すなんて思われへん。あれはダンマスの理想の自分や。あの泥臭くてかっこええダンマスはもうおらんねん。せやからダンマスのほんまの名前で呼ぶんはやめてくれ」
 ジャイロは怒りに奥歯を噛み締め、歯をギシギシと鳴らすと髪の毛をかきあげてリーゼントを作る。
「グレイル休戦だよ。閻魔を探す。目星はついてるんだろ?」
「普通そうなるわな。それは流石にメアリーちゃんの提案に賛成や。せやけど今回のあいつはちょっと厄介でな」
 グレイルはメイファーが消え去った先に視線を移す。
「さっきの小娘と同じでな今の閻魔は実体をもっとらへんねん」
「そういやあの子お爺ちゃんのドアがいっぱいある部屋がどうのって言ってたね……」
「とりあえずあのガキ捕まえるんが先やな。閻魔どないかすんのにも夢幻をどうにかせなあかんからな」

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