だんます!!

慈桜

第百三十九話

  時は赤備えが新人と共に武士選考を始めた直後へと僅かに遡る。
 豪風を巻き起こしながらに大臣の前に立つアスラ。 再び象の背中の定位置に寝そべっていた大臣は眠たそうに目を擦りながらにアスラへと視線を向ける。
「俺ちゃんとこは新聞は間に合っちゃってるよジジイ」
「ほう……噂通りの男のようだな」
 剣呑な空気のままに語りかけてくるアスラに何か感じるモノがあったのだろう。
「よっと」
 大臣は象の背中から飛び降りて首を鳴らしながらに佇む武人を睨みつける。
「んで? サンタクロースのパチもんみたいなグラパは俺ちゃんにどんな用事? ハロウィン真っ只中に参戦とか慌てん坊すぎるぞ早漏野郎」
「話の前に口の利き方だけ直しておいてやろうかの」
 アスラの拳が大臣の顔面を捉える。 目にも止まらぬ早さで降り抜かれた拳で頬を打ち抜かれ、大臣はそれに応えるように変顔で顔を歪めて肉を爆ぜさせる。
「はい、お前フルボッコ決定。撮影開始しまぁす!」
 左手でカメラ搭載眼鏡を掛けながら、背後からアスラの髪を掴み投げ飛ばす大臣。
「分裂しておったのか?」
 片膝をついてショック吸収し、スーパーヒーローさながらの着地で大臣に向き直るアスラだが、大臣は泣きそうな顔をしながら耳に手を立てて聞こえないふりをしている。 いつぞやの市議のような状態だ。
「今誰か大臣危ない逃げて!とか思ってない? でも安心して、俺ちゃんキモいぐらい強ぇから」
「たわけ小僧!!」
 冒険者同士の戦闘禁止プロテクトだが、素手での喧嘩などであれば攻撃が可能となる場合が多い。 大臣の不殺のハリセンなどは特に有効であるが、彼はハリセンを抜く気配もなければ影操術を使う気配も無い。
 彼はただアスラにいいように殴り回されているだけである。
「何を笑っておる。儂は刀だけではないぞ」
「しばらくお爺ちゃんの自慰行為をご覧下さい。なんか言ってるけど俺ちゃんアイス食べてます栗最中」
 主人の戻りを伏せながらに待っていた象の上でアイスを食べる大臣。 子供の象なのだが中々大臣に性格が似ているのか半目だけでアスラを見つめてぷすぷすと笑っている。
「ええいまだるっこしい!!これはなんなのだ!!」
 アスラにフルボッコにされていた大臣の胸ぐらを掴み持ち上げて問うが、大臣は耳をほじって指で耳糞を弾き飛ばしている。
「おじぃぃぃちゃぁあん!! 余所見はナンセンスだぜい! だって」
「俺ちゃんも俺ちゃんだからね」
 アスラにフルボッコにされていた大臣は胸ぐらを掴まれたままに前方に宙返りをし、脳天に踵落としを叩き込む。
 アスラはすかさず腕でガードを固めるが、気付けば死角から脇腹を三人目・・・の大臣が狙う。
「ぬぁっ!?」
「チェストォォオ!!」
 突き上げるような一発が腹に入ると同時に、アスラの目前の二人の大臣は細切れに切り刻まれる。
 アスラの背後には三対六枚の羽のように刀が展開され、その眼には殺意のみが色濃く映し出されている。
「マジになっちゃった感じ?」
「こんな小馬鹿にされたのは久しい。儂は罪喰いシンイーターだ、先の一撃に於いて危険因子と見做しても良いのだぞ」
「それ酔っ払いに肩組まれて公務執行妨害とか叫ぶファッキンポリスみたいじゃね?」
「減らず口を叩くなよ小僧」
 冗談が通じない相手を挑発し続ける大臣、しかし彼は如何に斬り刻まれようとも、全く予期せぬ所から姿を見せる為に終わりのないイタチごっこになってしまっている。
「むぅ、その分裂中々に厄介だな」
「これ? これ分裂じゃないよ。時のルーンと矛盾のルーンの合わせ技。俺が右を向こうとして左を向けば、存在しない時間軸の自分を創り出す事が出来る感じ。ずっとおちょくられてんのにまだ本気出さないの? バカなの? じぃじバカなの?」
「そんなルーンが存在するわけないじゃろうがぁっ!!」
 この言葉にアスラはいい加減に堪忍袋の緒が切れたようである。
 これまでに見せていなかった紅い闘気を全身に纏い、手に持つ業物の刀を構える。
無窮恢恢むきゅうかいかい
 技の発動と同時にアスラが展開していた刀の全てが塵となりて、周囲は鉛色の霧に包まれる。
「ちん○痒い痒い? ゴッホ、なにっ、ゲホッ、これ?」
 鉛色の霧を吸い込むと大臣は血涙と鼻血が滲み出て、遂には吐血までもしてしまう。
「儂のオリジナルスキルじゃ」
 グレイルの傲慢なる剣鬼やシリウスの剣鬼の子守唄のような固有技能、冒険者としてある一種の到達点と言ってもいいオリジナルスキル、この無窮恢恢で創り出された鉛色の霧はナノレベルに分散し再構成された眼に見えない刀の霧である。
 其処に存在するだけで全身を斬り刻まれ、外からも中からも確実に破壊する。
 広範囲に拡散する鉛色の霧を遠ざけようと、複数の大臣が細切れになって行く。
「無駄じゃ。逃れられんよ」
「ファーーーーーーー!! ピン側までぇぇ!!」
 あわや一貫の終わりかと思われたが、雲を貫かんばかりの丁髷の黒い巨人がハリセンをゴルフスウィングで振り抜く。
 直撃したアスラは否応無しに吹き飛ばされ、なんとか勢いを緩めようと空中で抗うが、その視界には胡座をかきながらにニヤける大臣も共に飛ばされている。
「おわかりいただけただろうか。あのお爺ちゃんは必殺技を繰り出して今世紀類を見ない程のドヤ顔を見せつけていたわけだが、ハリセン一発で吹き飛ばされてしまっているのだ」
 額に血管をこれでもかと浮かべたアスラは、鉛色の霧を再び刀へと戻し、遠隔操作で大臣を斬り捨てる。
「お爺ちゃん。正直俺ちゃんがっかりなんだわ」
 その背後からアスラの後頭部を鷲掴みにすると同時に、影操術で顕現した巨人のハリセンが振り抜かれると、その勢いを足場にして蹴り込み、垂直落下でアスラの顔面は地面にのめり込む。
「グラパ確かに無茶苦茶強いけどさ、俺Tueeeしたいなら他所当たって頂戴」
 アスラはのめり込んだ顔面を引き抜くと、泥々の顔のままに大臣を睨みつける。
「ありえぬ、ありえぬぞ! なんなのじゃ! 貴様のその力は!」
 それもその筈である。 ダンマスが訪れてから1年に満たない地球の冒険者と、悠久の時を己の研鑽のみに費やして来たアスラとでは積み重ねたモノが違う。 しかし何度斬り捨てようにも、目の前の男は消えずに存在し、遂には土を舐める結果となったのだ。
「俺ちゃんだんますのマブダチでさ、庭師とか守護者とか葬儀屋みたいな感じで文字通り〝王様〟って新しい力を貰ったんだわ」
 大臣が手を広げると、其処には色とりどりの魔法光で描かれるダンマスの世界式が浮かび上がる。
「んで、あまりに色んな事が出来るからおかしいなぁって蓋開けてみたらさ」
 其処には系譜が記された画面が浮かび上がる。 複雑な魔法陣が折り重なる世界式の美しさは見るからにダンマスの存在そのものだと理解出来るが、其処から直線状に繋がった先にある複数の大きな魔法陣の一つに織田木瓜を中心に式が展開される魔法陣がある。
「これ俺ちゃんね。なんか眷属的な感じでガッツリ陣営側じゃんってわかったんだわ」
 それを見たアスラは目を開き、そして納得するように頷きながらに立ち上がり、そしてあろう事か恭しく一礼をする。
「宮司様であったか。これは失礼した。無礼を詫びよう」
「そそそ、けどこれってさ、もしだんますが地球を制覇しちゃうと、俺ちゃんが世界の裏方に回って迷宮管理しなきゃならないじゃんってわかってさ、そんなの願い下げだし俺ちゃん的に次の世界にもついて行くって決めてるからさ」
 大臣は目の前で存在しない時間軸の自身を顕現させ、裏拳一発で爆ぜさせる。
「同一存在を創り出すルーンをオリジナルで作ったってわけ」
「確かに宮司様であらばダンジョンマスターと同等の能力が扱える。ラディアルを自在に使用できるならば、そのデタラメな強さも納得であるな」
「そそ、あのツンデレちゃんこんな力与えときながらなんも言わないんだよ? 武士選考だの玉璽臣下とか、だんますが直接くれた能力を考えると後は自分で気付けって言ってるようにも感じるけどさ……さて」
 そう言って世界式を消し去ると、大臣は不敵な笑みを浮かべてアスラへ歩み寄る。
「じぃじは俺ちゃんに喧嘩で負けたわけだけど、これからどうする? 普通喧嘩に負けたら舎弟になったり、それが嫌なら罰ゲームが相場なんだけど?」
 どうやら彼はお弁当などで好物を最後に食べるタイプのようである。 実に楽しそうに、実に快活に笑いながら詰め寄ると、アスラは致し方ないと溜息を吐く。
「ならば罰とやらを甘んじて受けよう。これでも別世界を取り仕切る罪喰いシンイーターの長、降るわけにはいかん」
「そか、じゃあM字開脚で股間を逆さVで広げる感じでポージングして、負けちゃった、オティンポス取られちゃってオマンティスになっちゃったって恥ずかしそうに言って。なおこれは全世界に配信されます」
「ぬぁっ?! 出来るわけがなかろう!! そんな要求をするならば殺せ! いっそ殺してくれ!」
 アスラは眉間に皺を寄せながら怒りを露わに懇願するが、大臣はNO!NO!NG!NG!と金髪鼻デカの仮装をしながら日本語ワカラナイと繰り返す。
「わかった。ならば暫定的ではあるが、同一世界に存在する場合のみ宮司様に降ろう。しかし宮司は癖のある奴しかなれんのか。何故こんなクソみたいな奴が」
「最後まで聞こえてるからね?」
 こうして前代未聞の珍事が起きる。
 1500層クラスをソロで踏破できるグレイルや、冒険者としてだけの力を換算したラビリと同等の力を持つ絶対的強者であるアスラが、新参者の変質者である殺戮大臣信長に降ったのである。
「んで、そもそもじぃじはなんでこんなとこに来たわけ?」
「いやなに実はな……」
 そしてアスラは惜しげも無く、浮遊石の有用性を語り、そして深雪の浮遊石が必要で交渉に訪れた所、大臣の生産者の扱いの改善がなされれば割安で取引をしてもらえる事になった経緯を説明する。
「またあの姉ちゃんか。一遍孕ましてやらにゃわからんかも知らんな」
「何故孕ます結論に至ったのか一から説明してくれんかの?」
「貴族として絶頂の時に他所の王様に孕まされたら屈辱的じゃね?」
 そして女性を無碍にしたような謎の報復を企んだりするのだが、手をポンと叩いてアスラに向き直る。
「よし、じゃあ改善しよう! んで浮遊石を馬鹿ほど買い込んじゃお!」
「それで良いのか? 宮司様であらば一戦交えるも辞さないとでも言いそうであったが」
「いやぶっちゃけ眼中にないし、下手に死なれたりしてもめんどいからね。けど面白そうだからそれで行こう。でも改善って何したら良いんだ? 全員武士にしちゃえばいいのかな」
 何を企んでいるのかはわからないが、罰ゲームを拒否してしまったアスラは渋々と言った形に肩を落として深雪の元へと向かう。
 その背中を楽しそうに見つめる大臣は寄り添って来た子象の腹をパシパシと叩いて再び背に寝そべる。
「いいね、よし。北海道に行こう」

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