だんます!!

慈桜

第百三十一話 メイファー轢かれる?

 「よいしょ。うーん!ううーん、よいしょ」
 荒廃した街の中で、一人の幼女が車を並べてバリケードを作っている。
 グレージュカラーの艶めく髪をポニーテールにした青いブレザーの制服姿の女の子、メイファーである。
「完璧」
 彼女は広がり続ける命の森を避けるようにキルギス、いや黠国とでも呼ぼう、黠国に訪れている。
 背の高い建物から見える命の森を近くに見つけると、家の近所で遊ぶ子供のようにご機嫌になったメイファー。
 鼻歌を歌いながらに車を並べ、お次はローファーのままにボンネットに飛び乗りポリタンクのガソリンを撒き始める。
 らんらんと言っているだけの鼻歌は、メイファーのオリジナル曲であろうと思うが、まるで清流に木霊する小鳥を思わせる澄んだ声から奏でられるその美しい音色は、ガソリンを撒き散らかす混沌とした行動とは一切噛み合っていない。
「ふぁいあー!」
 ガソリンを撒き終わると即座に着火、ピンクの持ち手の可愛らしいライターで火を灯すと、燃え盛る炎の勢いに驚いて距離を置くメイファーだが、気にした様子も無く指をパチンと鳴らす。
 指を鳴らすと同時に、複数のレアルーンが折重なり爆発を孕んだ大炎は火柱を上げたままに吹き飛んで行く。
 周囲の建物を抉り、焼き焦がしながらに吹き飛んで行くと、遂には背の高いアパートのような建物に直撃し、黒煙を上げながらにより一層と火力を増して爆発を起こす。
 カオス。
 いくら鬼の侵攻で一般人が居ないからと言っても、やっていい事と悪い事はある。 どんな理由があろうと、彼女がやってるのは街の一角を業火に包み込む破壊工作である。
「おぉ、いっぱい出てきた」
 メイファーが両手で丸を作って双眼鏡の真似をしながら見やる先には、燃やされたアパートから次々と飛び出してくる屍喰鬼グールの姿がある。
 まるで棒切れで突いた雀蜂の巣のように、アパートから大勢のグール達が現れたのだ。
「今日の晩御飯は牛丼」
 メイファーは無表情であるが、僅かに口角を上げ嬉々とした表情のままに、自身の姿を光に変えて突っ込んで行く。
 彼女のテロ行為は多少過激ではあるが 、敵を炙り出す為の作戦であったようだ。
 まるで狭い部屋で思いっきりゴム毬を投げたように変則的に飛び回る光の粒子は、視界に映るグールの生命活動を根こそぎ停止して行く。
 まるで意思を持つレーザー砲である。
 両腕一杯に純度の高い魔石を抱き抱えたメイファーは、それらをDMに替えてホクホク顔で新たにグールを探しに歩み始める。
 そんな折、空にはモモカ達が見た飛竜の編隊が高速で空を駆けて行く姿を見て、何故かメイファーはパチパチと拍手をする。
「面白そうだから追っかけよう」
 独り言を言って、それに返事する様に頷くメイファー。
 左目が渦を巻き、吸魔の魔眼を開かれると、自身を再び光の化身と変えて、連なる建築物の悉くを擦り抜けて行く。
 黒い体に腹部が真紅の飛竜の上では、部屋着のスウェットを着込み、フケ混じりのボッサくれ頭の男が手綱を腰に巻き、タブレットで地図を見ながらに進行方向を決めている。
「麦さん!! ここらで一回休みませんか!? 夜中から飛びっぱなしですよ!」
 魚鱗型に展開した二列目のスーツ姿に目出し帽をかぶり込んだ男が声を上げるが、麦さんと呼ばれた男は頭をボリボリと掻きながら暗に黙れと合図を送る。
 それを見て後方に展開している男達も諦めようと半分笑いながらに首を横に振るが、麦さんは飛竜の首に抱きつくように真下に向けると急降下を始める。
 急な進路変更であるにも関わらず、一糸乱れぬ連携で隊列は魚鱗の型を保ったままに急降下を始める。
「前方にオークの群れを発見。総員撃ち方始め」
 先頭の男が巨大な魔法陣を展開すると、後方の飛竜隊は魔法陣を貫くようにルーンを組み上げ炎球を撃ち込む。
 魔法陣を擦り抜けた炎の球体は弾丸のように形を変え周囲に展開する。
「パージする。第一攻撃隊、三頭攻撃態勢が整い次第爆撃開始」
「合点承知だぜ団長!!」
 麦さんが魔法陣をそのまま落下させると、後方に展開していた飛竜が魔法陣に頭部から突っ込むと、まるで雷神が雷太鼓を背負うように、飛竜の背後に炎弾が展開する。
 同じ作業を三回繰り返し、三頭の炎弾を展開した飛竜が一列に展開すると、隊列から離れオークの群れの上まで急降下する。
「麦さん!! 捌、玖、拾号爆撃開始しました!!」
「おけ、陸号、漆号。後方から魔石回収お願いね。壱号から伍号、飛竜で退路を塞いで上陸戦に入る」
「待ってましたぁ!!」
 五方向別々に飛竜が散る。
 飛竜の強靭な爪でオークが叩き潰されると、麦飯小僧こと麦さんは再び巨大な魔法陣を浮かべる。
「ポチ、殲滅せよ」
「グルゥゥゥアアア!!」
 飛竜が魔法陣を抜けると、その前身に薄い光を帯び、残像を残しながら不自然な速さで駆ける。
 加速したままに強靭な後脚でオークを踏み潰して行くが、突如飛竜は脚を滑らせて転げてしまう。
「ポチっ!? え!? 幼女?!」
 自身の愛竜が転げた事に驚いた直後、目前には首を傾げながら吹っ飛ぶ幼女の姿を見て麦飯小僧は愕然としあ表情を浮かべる。
「ポチ!! 幼女を救え!!」
 仕方ないなと地を抉りながら進行方向を幼女へと変える飛竜。 あわや地面に叩きつけられてしまうかと言った寸前でなんとか翼に受け止められる。
 麦飯小僧はホッと胸を撫で下ろす。
 オークの殲滅作戦で飛竜を嗾けたら幼女を轢きました。なんて冗談でも笑えないのだ。
「だ、大丈夫かい? 怪我はない?」
 スウェット姿にボッサくれた髪、剃り残しが目立つ髭の男、麦飯小僧がメイファーに駆け寄るが、当のメイファーはぱちくりと眼を開けてコクコクと頷く。
 それは暗に大丈夫だよと優しく返事をするような頷きだ。
「おじさんの技すごい。支援系のルーンを一杯組んでるんだね」
「お、おぉ、よかった。しかしよくわかったね。速度上昇、思考速度上昇と攻撃防御の上昇のルーンを繋げる為に闇属性で魔法陣を拡大している。持続時間は短いけど、局地的な殲滅作戦なら効果はご覧の通りだよ」
 メイファーは再びコクコクと頷くと、ゆっくりと立ち上がり珍しく笑顔を浮かべて一礼をする。
「私はメイファー。おじさんに会えて良かった」
 刹那。
 一面が光に包まれメイファーは姿を消す。
「おいおい嘘だろ。これじゃリアルチーターだぞ。運営仕事しろ」
 目前には、麦飯小僧が最も得意とする支援術式の魔法陣がそっくりそのまま浮かびあがり、作用点のトリガーにはきっちりと幼女の人型が記されたままに紫電が放たれている。
 この支援術式を組み上げる為に、団員達に土下座をしてからダンマスから配られたデバイスを消費して完成させた程であるのに、見ず知らずの冒険者の幼女は一見しただけでそれを成し遂げたのだ。
「あの幼女の謎を解く必要が出てきてしまったな。先ずは豚退治が先決だけれども」
 空からの急襲、混乱の最中退路を断たれた状況下から飛竜で中央に寄せるように追い込み、オークの群れは容易く殲滅されるが、麦飯小僧は何やら楽しそうに笑みを見せる。
「どしたん団長ニヤニヤして。またモザイク消すの成功した?」
 スーツに目出し帽のふざけた組み合わせの男がリュックに詰まる魔石を麦飯小僧に差し出す。
「だからあんな労力を費やすぐらいなら摩天楼で性交した方がマシだとあれほど…じゃなくて、面白い冒険者を見つけた。これからはその子の捜索も視野に入れておくように」
「いやいや情報無さすぎだろ。どんな子なの?」
 慣れた手つきでリュックから魔石をボロボロと転がすと、麦飯小僧は団長である筈なのに膝を地面につきながらすかさず魔石を回収する。
「濃い茶金の髪をポニテにした幼女だ」
「えっと警察いく?」
「心配するな。こう見えて俺はJkからしか反応しない」
「十分事案だけどな」
 示し合わせたかのように麦飯小僧の元へ飛竜に跨る団員達が集まると再び空へと舞い上がる。
「この案件掘り下げたらだんます強請れる気がするんだよな」
「ほう、それは面白そうな案件だ」
「だろう? 飛ばすぞ。魔物がいる所に彼女がいる!! ……気がする」
「曖昧だな」

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