だんます!!

慈桜

第百十七話 小さな恋の歌?

 「それでなっ!すげぇんだぜ!ラブブレイバー! 花火が鬼強いんだぜ!」
 ミュースがナージャにアニメの説明を必死にしている横では、こら、やめなさいと鶫が一生懸命止めようとしている。
「貴女が鶫さんね。ミュースがあなたと居たいから帰りたくないってずっと言うから、一度お会いしたかったの」
 全身ミスリルの魔族、ミスリリアムのナージャは、そのメタリックな表情を自在に動かして優しい笑みを見せる。
「こちらも、その、ごめんなさい。なんかミュース君といると落ち着くと言うか、何故か、その」
 その対面では、綺麗なお姉ちゃんをかなぐり捨ててしまった、丸眼鏡に寝癖が散らばっている喪女と言えばしっくりくるような鶫がぺこぺこと頭を下げている。 その切れ長の美しい瞳に、薄い桃色の唇を見れば、誰もが振り返る程の美人である鶫だとはわかるのだが、不思議と負のオーラが纏わりついていて、パッと見ただけでは思わず道を譲ってしまいそうな気もする姿になってしまっている。
「こんな所に招待しておいてなんですけど、ミュースを家に泊めるのは構いません。ですが、夜中にチキンを食べたり、朝までアニメーションを観るのはどうかと思うんです」
「も、申し訳ありません。どうしても面白いアニメは夜中にやってる事が多くて……何言ってるんだろ私、ごめんなさい」
 だが直謝りを繰り返す鶫を見て頬を膨らませているのはミュースである。 その青い海の様な円らな瞳に涙をいっぱいに浮かべてナージャを睨みつけているのだ。
「だからナージャ様に鶫を会わせたくなかったんだ!! 鶫はいつもちゃんとお姉ちゃんなんだぞ!! 早く寝なさいうがいしなさい手を洗いなさいって!! 鶫はうるさいんだぞ!!」
「ちょ、ミュース黙って! 逆に傷つくから! 五月蝿いとか傷つくから普通に!!」
「いやだ! 本当の事だもん!! お風呂に入っても10秒数えるまで出ちゃダメだって言うし! 歯磨きもしなきゃ怒るし! けど、寝れない時とかはおデコ撫でてくれるんだぞ! だから鶫をいじめるなっ!!」
 ミュースが癇癪を起こして発狂し始めると、それに我慢出来ないと飛び出したのはマースカとクルイロだ。
 魔族の大人組2名はなんとかミュースを遠ざけようと駆け寄るが、ミュースがそれを許さない。
 マースカの顔面に瞬間的に頭突きをかますと、背後から掴みにかかったクルイロの顔面を踵で蹴り上げると、両名は膝を震わせながらにバランスを取ろうとふらふらと千鳥足になる。
「こら!やめなさいミュース!!」
「鶫は黙ってて!! 喧嘩売られたのはおいらなんだよ!!」
 ミュースが大地を蹴り上げると、余りの速度に黒い靄のような姿になる。
 追撃を防ごうとクルイロは羽で防御を固めるが、ガラ空きの下半身を蹴り上げられ、真横に浮いた所に踵落としが決められる。
「あの、ナージャさん?」
「いいのよ、放っておいてあげて」
 ナージャは額を押さえながらに、呆れてモノが言えないと首を振りながらため息を吐く。
「もう知らねぇぞミュース!!」
 マースカは銀仮面を二枚剥がして投げ捨てると空中で操り人形のようにだらりと脱力する。
「いいよ。じゃあおいらも本気だす」
 ミュースは全身が蠢いた直後に、両拳を銀色に変え、次第にそれは両腕まで覆われる。
「ちょ、お前それなんなんだよ」
「おいらは全身の筋肉がミスリルになってる。だから機動力は誰よりも優れてた。でも」
 マースカは空中で自在に飛び跳ねながらミュースの攻撃を避けて行くが、遂にコントロールを失ってしまう。 ミュースがミスリルの糸の半分を握り締めて引きちぎったのだ。
「おいら達ミスリリアムの魔族は、体の八割をミスリルにできて初めて本物の魔族として認識されるんだって」
 それまでと比べ物にならない速度でマースカの懐に潜り込むミュース。 その表情は歳相応の子供が見せるキラキラとした笑顔だ。
「だから本物になったおいらは、もう負けないんだよっ!!」
 顔面に拳が叩き込まれると、糸のコントロールを失ったマースカが錐揉み回転で飛んで行く。 ミュースはどんなもんだいと手をパンパンと擦り合わせ、鼻の頭を掻きながら鶫にVサインを送る。
 鶫は気まずそうにナージャを見やると、答えてあげなさいと手の甲を煽られたので、親指をズビシッと立ててグッジョブを送る。
「貴女がミュースとすこぶる仲が良いのはわかったわ。それにあの子の事を考えてくれているのもね?」
「それはありがとうございます。なんかすいません。ご迷惑おかけしてしまって」
「いいのよ鶫さん。良かったらこれからも此処に遊びに来てくれないかしら?私達友達になれそうな気がするの」
「それは是非、光栄です。私女の人の知り合い少ないから嬉しいです」
「そう言ってくれると私も嬉しいわ。けど鶫さん、女の子ならもうちょっと身嗜みに気を使ったらどう? 折角可愛い顔してるのだから」
 違う違う、鶫はすごいオシャレなんだよっとこんな言葉は届かないが、ナージャはミスリルの櫛を作り出し、絡まってしまっている鶫の髪の毛を梳ると、編み込みのルーズアップを作り、其処へミスリルの蝶の留め金を差し込む。
 眼鏡をそっと外すと、それまでのクールビューティな鶫とは打って変わり、ゆるふわ系の美人さんバージョンの鶫が完成する。
「後は薄くアイラインを引いておくだけで簡単によそ行きスタイルにできるわよ。鶫さんは目がキツイから、少し下げ気味に引いた方がいいかしらね」
 爪で目尻を撫でながら、こんな感じよとイメージを伝えると、鶫は不覚にも感動し、気づけばナージャの手を握りブンブンと握手をしてしまい、我に帰ったのか顔を真っ赤に染め。
「ご、ごめんなさいっ!!」
 テーブルの上の丸眼鏡を慌てて手に取り、一礼をしたままに走り去ってしまう。
「あぁ!!鶫待ってよぉ!! ジャリ!行くぞ!!」
「んみゃぁん」
 ミュースとジャリもそれを追いかけてしまうが、ナージャは微笑ましくそれを見届ける。
「難しい娘ね」
「はぁ、僕にとっての君も最高に難しいよナージャ。妊娠しているのだから出歩かないでと言ったじゃないか」
 言ってる内容は良き旦那さんであるが、服装はライフジャケットにルアーケース用のショルダーと釣竿を持った、まさにアングラーの博士である。 少し息切れしているので、慌ててナージャを探していたのだろう。
「ずっと座っていたし大丈夫よ。それに絶対に会っておきたかったの。ミュースがあんなにもご執心になってる娘だからね。あなたも釣りばかりしてないで、少しは遊びに行ったらどうなの?」
「それはできないんだ。どうしても戦わなきゃならない相手がいるんだ。奴は毎朝僕の目の前に来て、ルアーに目もくれずにお尻を振りながら潜って行く。こんなに馬鹿にされたのは僕の生涯では一度もない。だからあいつだけは倒さなきゃならない」
「ふふ、遊んでるみたいなものね。あぁ、早く生まれないかしら。一日でも早く貴方と私の子に会いたいわ」
「そうだね、僕も1日も早く会いたいよ。こんな幸せな日常が訪れるなんて、研究に明け暮れていた頃は考えもしなかった」
 2人がのほほんと笑いあっていると、悔しそうな表情を見せるマースカとクルイロが歯軋りをしながらにナージャに頭を下げる。
「ダンマスの所に行ってくる」
「お見苦しい所をお見せしました」
 魔族は執拗なまでに同種族のトライブの中での優劣に拘る。 それまでは対等であったはずのミュースに完膚なきまでにやられたのは相当に堪えたのだろう。
「いってらっしゃい。貴方達は弱くない。焦らずに強くなりなさい」
 ナージャは心の平穏を取り戻し、さらに懐妊をしてからは実にミスリリアムの王として相応しい心構えを持つようになった。
 良い食事と水と魔力に恵まれ、良質のミスリルを量産できるようになってからもなお、眷属を増やさなければならないと本能に訴えかけられても、それを耐え忍び、今は我が子の為に強くあろうとしているのだ。
 彼女はそのメタリックな表情を和らげ、母の顔を覗かせながらに、自身の腹を優しく優しく撫でている。 まるで時を忘れてしまう程に優しく。
 咄嗟に飛び出してしまった鶫は、反省の意味合いを込めて肩を落としながらに深呼吸を繰り返して、自身の行動と言動の正否を反芻する。
「ミュースのお母さんみたいな人だって聞いてたのにギンギラギンでびっくりしちゃったから何喋ったか覚えてない。でも友達になりたいって言ってたし、次に会う時はオシャレしたらいいのかな?飛び出して来ちゃった事は素直に謝った方がいいのかなぁ。恥ずかしくて逃げたとか子供すぎるよねぇ」
 その背後では気配を消しながらに、鶫の独り言をシシシと笑いながら聞いているミュースとジャリの姿がある。
 そんなミュースとジャリの様子を見て家の庭先で遊びながらにくすくす笑っていた小さな女の子は、好奇心に負けてミュース達について来てしまう。
 住宅街の何処にでもいるような女の子だが、気付けば家から離れてしまっている事に焦りを覚え振り返ると、其処にはエプロンをした小学生程の少女が頬を膨らましてい事に体を震わせて帰って行く。
「待ってよ!つぐみおねぇちゃん!」
「えっ? 鶲?」
 思わず振り向いてしまった鶫は見知らぬ少女の背中を見た途端に気を失ってしまう。
「鶫っ?!」
 咄嗟にミュースが抱き抱えたが、鶫はぐったりとしてしまっている。 どうしようかと悩んだ末にミュースは鶫の上半身をジャリの背中に置き、下半身を持ち上げて麻草家邸宅に運ぶ事にする。 風邪でフレアスカートが捲り上がり、パンツが丸見えになってしまっているがミュースは気にしない。
「まぁっ!!ミュースちゃん!!」
 それに驚いたのは太郎ちゃんの奥さんだ。 いつも家に遊びに来る小さい男の子が、大人のパンツ丸見えの女性を運んでいるのだから。 庭の手入れそっちのけにミュースに駆け寄るおばちゃん。
「おばちゃん! 鶫が倒れたの。診てくれる?」
「とりあえず、とりあえず降ろしてあげて? ゆっくりよ、ゆっくりね」
 急いでパンツを隠してくれたのはグッジョブだが、再びミュースがジャリと共同で運ばなければならなくなり、二度手間となってしまうが、庭から部屋へ運び入れる最中に鶫は瞳を開く。
「ご、ごめん、ミュース。ありがとう」
「鶫、ひたきって子の事何かわかったの?」
「うん、多分だけどね、多分私には妹がいたんだと思うの」
「たぶん?」
「うん、多分。あぁ、なんだろう。もやもやする。後少しでわかりそうなのに」
 苛立ち紛れにミュースの頭を抱き締めてクルクルの癖毛に顔を沈める鶫。 ミュースは逆によしよしと鶫の頭をポンポンと撫でるように叩く。
「鶫! おいらが探してきてあげるよっ!! おいら鶫の役に立ちたい!おいら鶫が大好きだから!」
 ミュースは瞳を輝かせながらに、決意の表情を浮かべるのであった。

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