だんます!!

慈桜

第百十五話 閻魔の感謝?

「ヤムラ君、君はまだ純粋なままなんだね」
 黒い空間の中に無数の扉とそれに繋がる曲がりくねった白い階段がある。 閻魔はその一段一段を踏みしめながらに、遂には最果ての間に辿り着く。
 コロッセオのような円形の闘技場に良く似た場所で、最奥には重厚な扉があり、その周囲には3つの装飾が施された扉がある。
 最奥の重厚な扉にそっと手を触れると、そこには何も無かったかのように静かに開かれていく。
 門の向こうの暗闇へ閻魔がくぐり抜けると急速で落下し、次第に見た事の無い惑星へと降り立つ。
「でもそれでこそ、君は管理者に相応しいよ」
 閻魔が一歩一歩大地を踏みしめて歩くと、その目前にはいつの間にか、鶴と髑髏の白金の刺繍が入った白い着物姿に色鮮やかな前帯を巻いて、美しく整った顔には白粉を塗り、その白さを引き立てるは口元に塗られた真紅の紅、伊達兵庫に簪を目一杯差した花魁姿の眼が飛び出るような美人が立っている。
「閻魔様、此方へ来られるならばご連絡を頂ければ皆を迎えをよこしましたのに」
「やぁ、ナミちゃん。冥界の迎えなんて想像したくもないよ。まだグランアースだけかい? 地球ともリンク出来たと思うのだけれど」
「えぇ、新たな世界の扉が開かれ、来客が後を絶えませぬ。閻魔様が仰っていた英霊様方は来られてはおりませんが」
「そうかい、繋がったのならそれでいいのだよ。リスクを犯してまで彼に会いに行って良かったよ。おかげで気付かれずに繋げる事が出来た」
「いつかお話になっていたお弟子さんに御座いますね。次もまた物質界で遊ばれるのですか?」
「そうだね、けど彼は死霊術を嫌いになってしまったようなんだ。彼の世界式の墓守の権能が凍結されていた。こんなに嫌われるとは思っていなかったから心が痛いよ」
 ヨヨヨと冗談交じりに泣き真似をすると、ナミと呼ばれた美しい女性は無邪気な笑みを浮かべころころと笑う。
「似合いませんよ閻魔様。でも、やっと本気を出されるのですね」
「それはどうだろうね。でも彼の積み重ねた悲劇の全てが喜劇に変わる時、その時の彼の表情を想像するだけで、これまでの永劫にも思える時間は、案外容易く過ぎ去ってしまったよ」
「微力ながらにお手伝いさせて頂きとう御座います。なれば閻魔様のお探しになっている英霊様方の霊魂が訪れた際には、局地的に疫病を齎せて知らせるのは如何ですか?」
「ふふ、やめておくれよ。貴重なラディアルが勿体無いじゃないか。そうだな、もしそうなった時は私の体を降臨させてくれ。それを宣戦布告の鐘とするよ」
 閻魔は陽炎のように身体を歪ませて、その場から姿を消してしまう。
「なれば貴方は、戦われる世界の管理者になるお覚悟なのですね。未来永劫お仕えしたくありましたが、お決めになったのであればこれ以上は申し上げません。その日を迎えても、どうか貴方が創造した世界を忘れないで下さいませ」
 ナミの言葉が閻魔に届いているかどうかは定かではないが、これにて異質な世界での閻魔とナミの邂逅の時は過ぎ去る。
 彼の思念体が次に現れたのは米国はメリーランド州、ヴァージニア州に挟まれた米合衆国の首都ワシントンDCである。
 黒塗りの車が次々とホワイトハウスに入って行く中、彼は誰に何を咎められるでも無く、当然のように敷地内を歩いて行く。
 そして、目標の人物を見つけると、何も喋らず、気付かれるまで只々笑顔で佇んでいる。
「ワー!ビックリシタ!! んん、ごほん、失礼。どちら様かな?」
「初めましてオバナ大統領。私はただの不法侵入者のダンジョンマスターですよ」
「ダンジョンマスター? 見聞きしているかの者の容姿とは似ても似つかないのだが、世迷い事を言いに来たのかね?」
「ダンジョンマスターが一人だけの世界などゲームが成り立たない。そうは思わないかい?」
 閻魔は胸のポケットから一枚のカードを取り出す。 薄いプラスチックに似た質感の黒いカードだ。
「これは私の提供するデバイスだよ。日本の彼が生み出す生産者プロダクターは冒険者と貴族。私は騎士と商人を生み出す。本来ならば貴族システムは私の得意としていた世界式によく似ているのだがね、彼が有用性を認め、多少なりと改変されているが、名前を変えてでも使ってくれているのが嬉しくてね。だから私は代わりに商人のカードを使おうと思っているのだよ」
「よくわからないのだが、貴方はその力をどうしようと?」
「貴方はただ、このカードを国民に配るだけでいい。求めようと求めなかろうと、ただ、このカードを配ってくれればいいのだよ。さすれば自ずと答えが見えてくる」
 閻魔は何もない所から、1つ上下で開け閉めが出来る簡易金庫を取り出す。
「この金庫の中に手を入れて欲しい枚数を言えばいい。そうしたらデバイスが手に入る。君が協力的ならば、米国にはダンジョンマスターの恩恵を、敵対するならば先ずはゼロにして建国から始めよう。何方も君の選択次第だ。色よい返事をまっているよ」
 そして閻魔は姿を消してしまう。
 そこに残されたのは一枚のカードと金庫だけである。
「なんだと言うんだ」
 オバナは携帯を取り出すと、そのまま誰かに電話をかけるが、何度掛けても繋がらず、苛立ちながら机の上に携帯を投げ捨ててしまう。
「だが悪い話では無いのかもしれないな。臣道のあの上から目線の会談、考えるだけで腹立だしい。なにがこれからは我々が米国を助けますよだ。彼が本当にダンジョンマスターだと言うのならば、我々合衆国にも迷宮特需が生まれる」
 オバナは金庫の中に手を突っ込み、二十枚のデバイスを取り出し、そしてSPや通りすがりの政治家などにカードを配り歩く。 ものは試しにと、身近な人間に配り始めたのだ。
「このカードを持っていてくれ」
「なんですか? これ」
「いいから持っておくんだ。きっと驚くよ」
 そしてカードを全て配り終えると同時に、オバナは胸のカードが熱くなっている事に気付く。
 初めに閻魔が置いていった一枚のカードを配り忘れていたのだが、あまりに熱いので上着を脱ぎ捨て、内ポケットからなんとか取り出すが、彼は火傷を負ってしまう。
 しかしそれが閻魔のデバイスの認証方法のようだ。
 突如として視界は何処までも黒い、無の空間に切り替わり、ガラスが割れるように砕け散ると、そこには無数の武器が並べられた闘技場のような場所に切り替わる。
『こんにちはバラクウ・ユフイン・オバナさん。貴方の適性は騎士と判断されました。頑張って階級を上げましょう』
 機械的なアナウンスが流れると、闘技場のゲートが開き、可愛らしいスライムが3匹現れる。
「これはなんだ? まるでゲームのようじゃないか。痛い!!」
 スライムが体当たりをすると、オバナのスーツの裾は一部分が酸で溶け落ちる。 この痛覚に慌てて距離を置くと、壁に立てかけてある手頃な剣を拾い上げた。
「なるほど、この異空間でレベルを上げるのか」
 オバナはブサイクながらにも両手剣を構え、即座にスライムへと斬りかかる。
 真っ二つに切り裂かれたスライムは光を放ちながら消えて行くが、再び扉が開かれて6匹のスライムが現れる。
 オバナは意外とゲーム脳のようで、それからも只管にスライムを狩り続け、次は緑色の皮だけの二足歩行する犬、コボルトと対戦する事となる。
 スライムとは打って変わってすばしっこく、オバナは何度もコボルトの爪を喰らうが、仮想世界なのだからと勝手に思い込み、それでもコボルトを倒し続けた。
 彼の幸いは、混乱してここから出してくれと言わなかった事だろう。 そのお陰で、彼は多少なりとも位階上昇を行えていたのだから。
「ふぅ……随分長い事いたな。しかしいつになったら終わるんだ? ここから出られるのか?」
『帰還希望了解しました。検索中、帰還希望者を発見しました。修行の成果をお見せ下さい』
 再び機械的なアナウンスが流れると、またもや扉が開かれるが、そこから現れたのは棒切れを持った小太りでハゲ散らかした政治家だ。
「モリス君?」
「あぁ、大統領。これはなんなのですか?」
『モリスに良く似たモンスターが現れた。彼を倒す事により、セーブポイントとして使用し、帰還する事ができます』
 互いの脳内に似たようなアナウンスが流れたようで、焦燥しきっていたハゲデブ、もといモリス君は目を座らせながらにオバナ大統領を睨みつけた。
「あぁ、大統領。これは悪夢だと信じています。貴方を殺す事をお許し下さい」
 モリスはバットを振りかぶりオバナに襲いかかる。 しかしオバナにはそれは酷くゆっくりで、とてもとても真剣に戦おうとしている姿には見えなかった。 位階上昇により、根本から能力そのものが変わってしまっているのだ。
 オバナは半身で避けてモリスの心臓を貫くと、両手剣を突き刺したままに自分がやってしまった事の酷さに手を離してしまう。
 糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちるモリスを見届けると、再び機械的なアナウンスがながれる。
『おめでとうございます。それではモリスの能力をオバナ様に加算した状態で記録しておきます。モリスの遺体は拾得物として保存しておきますのでご安心下さい。現実世界にダンジョンが完成するまでの間、あなたの能力は此方で保存されますので、投影はできませんので悪しからず。それでは、またのログインお待ちしております』
 ふと気がつくと、オバナの視界は先程の廊下の場面へと戻っていた。
 1つだけ異変があるならば、目の前で突如モリスが心臓を押さえながらにオバナを睨みつけ、その姿をスライムやコボルト同様に光の粒子に変え消えていった事である。
 オバナはあまりに驚愕して両膝を床に落としてしまう。
「彼はこんなモノを配れと言うのか? 私はどうすればいいのだ……」
 決断を迫られた愚かな大統領は、悩みに悩み抜いた末に決断する。
 国を介さずにダイレクトメールやポスティング業者を秘密裏に雇い、全米にカードをばら撒く選択をしてしまったのだ。
 その結果に北叟笑む閻魔は、街中でリアカーを引き摺りながら、裏社会の顔役と対面していた。
「いやぁ悪いねENMAさん。あんた本当に凄腕だね」
「いえいえ、カード一枚500ドルまでクレジットカードとして使えるようにしているよ、見た目もそれっぽくしてある。プレゼントにしたら喜ばれるだろうね。貴方には限度額が無いカードをプレゼントするのだから、1人でも多くの方に富を得る喜びを分け与えて下さい」
 表と裏から、瞬く間にカードデバイスは広がりを見せた。
 不透明な戦力を隠し持ちながらに、戦いの時を待ち侘びる老人は街角のフリーペーパーのコーナーにすら大量のカードデバイスを乱雑に置く。
「ヤムラ君、君の好敵手としてもう一度戦える機会を与えてくれた事に、心よりの感謝を送るよ」
 風に飛ばされた新聞のゴミが直撃したと思われた矢先、彼の姿は何処にも無かった。

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