だんます!!

慈桜

第百八話 煩悩と本能?

 「ふふ、ふふは、ふははは! 何故初めからこうしなかったのだろうか」
 私は少し意地になっていたのかも知れない。 世界式を読み解きダンジョンマスターと同等の存在として君臨してから、いつしかコアさんに焦がされるような感情を抱くようになった。
 憧れはいつしか恋心にも似た儚い感情に変わり、そして嫉妬し憎悪した。
 今でもヒカルさんを私の理想とする世界で輝かせたい欲望は消えていない。 だがそれは、淡い期待と儚い恋心が綯い交ぜになり、いつしか偶像を崇拝するにも似た感情になっているのもまた、1つの事実としてある。
 あぁ、くだらない。
 わかっていたさ、誰よりもわかっていると自負している。 彼とコアさんに戦いを挑むなど、無謀の他に言葉が無い事なんて。
 でも彼と彼女が創り出す世界は、完璧であってもチグハグな世界だ。 少し突けば綻びが生じて私のようなイレギュラーを生み出す。 学ぶべき事しか無かった私から、何か学ぶべきモノがあったと考えてくれるのならば、私は私自身は納得できてしまうのかも知れない。
 そんな憧れにも似た感情はいつしか、同じ土俵の上で戦う事こそが、最低限の礼儀だと勘違いさせられてしまっていたのかも知れない。
 ダンジョンバトルは言わば世界を盤上に見立てた複雑な将棋のようなモノ、手札と拠点は平時にコツコツと増やし強化し、いざ戦いとなれば駒を使ってダミーコア、所謂拠点を破壊して行く。
 ダミーコアが無くなれば、後はマスターとメインコアの力で戦う事となるが、其処で馬鹿正直に挑んでも勝てるわけが無い。
 だからこそ、策を弄した。 彼の世界式に自身の世界式を組み込み、そして彼が緊急転移の事項に設定していた魔族の保護を盾にした。
 それでも私は容易く追い込まれてしまった。
 後は彼に私が滅されるだけ、頭ではわかっているが、そんな事納得してやる必要が無い。
 スライムを生み出し、命の力を分け与えずとも、自身の意識を粒子レベルで分散し、自身の世界式のモノに埋め込む。
 種を埋め込んでおけば、いつしか生き残った何かは、また私へと変わるだろう。
 リビングアーマーやヒルコやカルラの全てに私を埋め込めばいい。 研究所に保管された濃縮デバイスの全てに私を埋め込めばいい。
 そうすれば、私の種が消える事は無い。
 私は至る所に存在出来る。
「この勝負はあなたの勝ちとして納得しましょう。ですがいつかまた、貴方の良きライバルとして、そして、私の理想卿の為に、貴方の前に立ちはだかりましょう」
 自身の構成式を改変。
 粒子レベルで分解。
 我が世界式の庇護下の存在へ寄生。
 いつかまた、いつかまた…。

 ━━

 システマが姿を消した研究所に、1人の老人が現れる。
「考え方としては、いい線いっていたね。しかし何故多重存在を可能とする粘体はラディアルを多量に必要とするかの考えに至らなかったのか、世界式を改変する程の知能を持っていたのにそんな事すら考えつかないとは」
 老人が指をパチンと鳴らすと、研究所は黒い炎に包まれて瞬時に全てを燃やし尽くす。
「これで今残っているリビングアーマーと、少年少女のアバターを滅せば、君の勝ちだよヤムラ君。つまらないゲームは直ぐにクリアした方がいい」
 全てが塵になり、老人の姿は薄れ行くが、そこで何かに閃いたように頷く。
「戦闘を有利にする為に、知力を戦闘力に変換したから気付かなかった。そう考えると皮肉なものだね、結局はヤムラ君の駒が、そうせざるを得ない程に追い込んだのだから」
 そう言って老人はその場から姿を消す。
「しかし君の悲劇は私には響かない。何故なら、君のそれは喜劇でしかないからね」

 ━━

 システマを取り巻く最終決戦の裏で、終局へ向かうようにテコ入れが行われているとは誰も知らず、街中では相変わらずリビングアーマーが暴れ、街の大半は廃墟の様相を醸し出している。
 それらの半壊した建物には、多くの避難民などが逃げかくれているが、激化する悪魔とリビングアーマーの戦い、そして加減が出来ずに権能を振り回す冒険者達の力のせいで、事態は更に悪化していると言えるだろう。
 そんな最中、リビングアーマーは否応無しに襲ってくるが、ある時を境にリビングアーマーの誘導の囮を担っていたヒルコやカルラの人型に魂が宿ったような変化が起きる。
 それまでは無表情で冒険者を誘うだけのデコイであった彼らが、自我を持ち始めたのである。
 見つけては逃げられ、逃げられては見つけての繰り返しだったのだが、ある日を境に突如として、冒険者達に過剰なまでの干渉をしてくるようになったのだ。
 そんな些細な始まりは、この凶暴なまでの筋肉で武装する3人組から始まった。
 裸の上に赤い革ジャンを羽織るリーゼントの男は、如何にもと言わんばかりの昼にも関わらず薄暗く、パステルカラーの蛍光灯が店内を照らす場末のショットバーで燃えるようなキツい酒を駆けつけに何杯もあおっている。
「ったく、酔えやしねぇ。摩天楼行こうぜ」
「いやバイオズラ、お前の気持ちはすんげーわかるけどここロシアだからな」
「え、どうしよ。ショーキ、それじゃ俺ら金玉にC4抱えてるような状態じゃねぇか」
「そうか、俺たちの玉はプラスチック爆弾だったのか」
 同様にキツい酒をガンガンと喉に流し込んでいるのは丸坊主で黒い革ジャンを羽織った凶悪な面構えの男である。
「おめえら本当下らねぇ事言ってんな」
 その横には無口にウィスキーを瓶ごとラッパ飲みする角の生えた歌舞伎役者のような格好の大男だ。
「いや、タロウよぉ。おめぇクールなフリしてぇのはわかるけど、痴漢プレイ好きな時点で崩壊してるからな?」
「おいおいおいバイオズラ。お前なんでいちいち聞こえるようなデカイ声でご丁寧にロシア語まで使ってくれてんだこの脳味噌海綿体野郎が」
「あっ、言っちゃならない事言っちゃったなこの大根役者!!!お前ちょっと土手っ腹に風穴を開けてやるよこの野郎!」
「大根役者だとぅ!?これでも元々下北で「「小さいながらにも劇団で座長してたんだぞ!歌舞伎で小間使いのバイトした事もあるし」」先言うなボケども!!!」
 さぁ、まさに三つ巴の殴り合いの喧嘩が始まろうとしたと同時であった。 幸いと言うには不謹慎だが、この状況下で満員御礼、昼間っから酒飲みが集まる場末のBARで、変わり果てた日常に仕事を失って退屈している客達は昼飯や酒を賭けながらに3人の周りに輪を作っていたのが不幸中の幸い、突如としてBARの入り口のガラスが吹き飛ばされたのだ。 怪我人こそは出なかったが、その割れたガラスの先には黒い全身鎧のリビングアーマー立っている。
「さて問題ですショーキさん」
「はいなんでしょうかバイオさん」
「あいつ倒したら飲み代タダでしょうか?」
「それは倒してみなければわかりません。いくぞ!!」
 突如として振り下ろされたバトルアックスは店のビリヤード台を叩き割るが、店の店主であろう男は大声で笑う。
「おいお前ら!!店のこた気にすんな!!滅多にお目にかかれねぇショーだ!楽しませろよおい!!」
「ノリいいねハゲ!!」
「一言余計だ露出狂!!」
「はっ!間違ってねぇ!ほんじゃま挨拶しときましょ!〝光拳〟」
 両断されたビリヤード台を蹴り上げ、それを弾き返した一瞬の隙に、赤い革ジャンの男の拳は黒鎧の土手っ腹に風穴を開ける。 その穴から鎧の中身が空っぽだと知るとバイオズラは爆笑しはじめる。
「おいおい!!おめぇすっからかんじゃねぇか!!それじゃバイオズラ飲んでも勃たねぇなおい!!」
 腹に穴を開けられようとも気にした様子も無い黒鎧に再び拳を光らせて左フックを振り抜くと、黒鎧は真横に裂かれ体を上下に分けるが、黒鎧は気にした様子も無く、その下半身でバイオズラを蹴りつけ、上半身はバトルアックスを叩きつけようとする。
「おいおい、嘘だろリビングアーマー。お前弱すぎじゃねぇか!!」
 丸坊主の男は力強く拳を握りしめると、黒い革ジャンから覗く筋肉がバキバキと唸りはじめる。
「物理最高!!!!」
 左足を踏み込み、右足に全体重を集約させる。 全ての力が脚に集中した結果、躊躇いなく振り抜かれた音速を超えるその蹴りからは衝撃波のような波動が巻き起こり黒鎧の上半身を粉々に粉砕する。
「見たか!筋肉波キンニクハ!!」
「お前技のネーミングおかしいよな」
 酔っ払いである。
 最後に立ち上がったのは歌舞伎役者風のタロウであった。 お疲れさんと言わんばかりにバイオズラ、ショーキの肩をポンポンと叩くと、後は任せろ言わんばかりに突如の金的ヤクザキックである。 黒鎧には睾丸など存在していない筈だが、何故か膝下から崩れ落ちもがき苦しんでいる。
「タロウ、さすがにキンテキン鎧にはって効いてる…だと?!」
「十六文字キンテキンだ」
「もう意図すらわからんわ」
「語呂だ」
「いや語呂悪いだろ、確かに等しく金的の痛みを与える極悪な蹴り技だが、って。どうやら回復したらしいぞ?後は俺らがやろうか?」
 丸坊主のショーキがバイオズラを顎で示すと、タロウはふんっと鼻で笑う。 そして角の生えた長い髪を振り回すと、よぉ〜っと声をあげる。
「おめぇらは何回言やわかんだよ。俺の蹴りは鳴動。一発決めたら後は自由、こんなんでも金的の激痛を与えられるようになるんだよ」
 タロウはカウンターの吸い殻を指でピンと弾くと黒鎧は再びもがき始める。
「うん、やっぱマジで極悪だわ」
「なんか玉がヒュンってなるよな。あれショーキビビってんの?」
「ビビってねーし」
「俺びびるわぁ。だって金庫ドンだぜ?あんな風にゲシゲシ踏まれたら俺天に帰るね。某世紀末の覇王でも自害する間無く昇天だわ」
「うわぁ、あの鎧下半身しかないのに呻き声を上げはじめたぞ。ホラーだホラー。あ、死んだ」
 そこへ一仕事終えたタロウが戻ると、BARがドッと沸き上がる。
「いやぁ、すげぇすげぇ!最近じゃあれがウロウロしてるって言うから気が気じゃなかったが、おめぇらがいて助かったよ!おぉいおめぇら!勝者に酒奢ってやれ!!キツいやつなぁ!」
 粋なスキンヘッドのマスターの計らいで、店がぐちゃぐちゃになっているにも関わらず酒を振舞われ、バイオズラ達は少し頬を赤らめて目を座らせていた。
「いや、まじか。俺この体になってから酔ったの初めてかもしんねぇ」
 バイオズラは乱れたリーゼントを手櫛でかきあげ、トロンとした目のままに睡魔の微睡みに船を漕ぎだす。
「最後ガチのアルコール飲まされたしな、まぁすぐ覚めるだろ」
 ショーキはそう言いながら、まったく関係の無い客達の頭をペシペシと叩いているが、その客も同様に丸坊主のショーキの頭をペシペシと叩いている。
「ヒックヒック」
 タロウはコールガールを呼んで乳を枕に寝る始末である。
 そんな好き勝手し放題の3人だが、そんな彼等を他所に、望まれない来客は突如として現れる。
「あれあれぇ?僕の予想が正しければ、こんな所に冒険者がいるねって、知ってて来てるんだけどね」
 そこにはマッシュルームのようなキノコヘッドの少年が立っていた。
 半ズボンに白いコートと、ファッション的には天変地異でも起きぬ限り認められないような少年だが、年齢にそぐわない不敵な笑みは不気味さを感じさせている。
「坊ちゃん、うちの店来るにゃあちと早えよ。おっきくなったらまたおいで」
「聞いてないよ、ゴミ屑。このヒルコ様にそんな口聞いたら…殺しちゃうよ?」
 少年は一瞬で術式を組み、何やらの魔法でマスターに攻撃を仕掛けようとするが、それは阻止される。
 右頬をバイオズラが、背後から脇腹へショーキが、そして金的をタロウが3点同時多発テロである。
「またお前かぁい!!俺らの事好きすぎかよ偽物が!」
 少年はそれを受けて尚、ニヤリと口元を歪める。
 バイオズラの光拳も、ショーキの脳筋物理の蹴りも何やらの障壁に妨げられていたのだ。
 しかし……。
「ふぐはぁぁぁあぁあぁ!!!!」
「学ばないぜボーイ」
 少年は突如として股間を抑えてもがき苦しみ始めたのだ。 タロウの金的はダメージ判定では無く、痛覚へ作用する鳴動たる振動。 金的を受けた時の衝撃を再現し続ける呪いのようなものである。 いくら防御力が高かろうが、物理無効だろうが、発動条件の股間を蹴り上げると言った条件さえ整ってしまえば、後はご覧の通りの結果である。
「俺らはよぉ、おチビちゃん。ただその日暮らしでオーガキング狩って抜き屋でタマキンすっからかんにしたら寝るって暮らしが好きで好きでたまらねぇんだわ。それをこんな寒いとこに送り出されて、腹に一物抱えてんだわ、マジで。てなワケで、お前死刑な」
 バイオズラが横に一歩ズレると、そこには電動のマシンガンを構えているタロウが立っている。
「たかが電動ガン、されど電動ガン。デンマとテンガの合わせ技、それがデンガたる電動ガン!」
 タロウが引鉄を引くと、その重厚からはレーザービームのようにBB弾が止め処なく吐き出されて行く。
 そしてその一発一発に少年は涙を流しヨダレを垂れ流しにしながら声にならない声をあげながら悶え足掻きもがき苦しんでいる。
「あぎゃばや!!べきょぼ!!ぐぺばまぁ!」
 既にバイオズラとショーキは飲み直しを初めているのだが、落とし所を失ったタロウは、更に両手に電動ガンを構えてヒルコを打ち続けている。 地獄すら生ぬるいとはこの事か。
 だが、突如として視界が黒い霧で覆われる。
 視界が奪われた中、唯一わかるのは電動ガンの射出音ともがき苦しむヒルコの声だけであったが、その呻き声は突如として消える。
「今日の所は引き上げてあげるわ。覚えてなさい。ヒルコをこんな目に合わせた事、絶対後悔ささてあげるんだから」
「いやだぁぁぁ!!!もうコイツラには絶対会いたくない!!!かるらぁぁ!!!はやぐにげてぇ!!!!!」
 痛烈な子供の泣き声と叫びと共に双子の姿は消える。
「ちょっとやりすぎたか?てかあいつらレアなんじゃね?多々羅を探せとは言われてるけどよ」
「いや、タロウがやり過ぎたんだろう。俺の筋肉波も効かなかったな」
 2人はマスターがサービスで出してくれたショットグラスをあおると、BB弾の掃き掃除をしていたタロウも一足遅れて、ショットグラスを空にする。
「酔いが覚めたな。飲み直そう。しかし爽快だったな」
「おめぇ本当悪魔だよな」
 拳で語らう男達、拳語會の3人がヒルコを完膚なきまでに叩き伏せたが、彼らが日本で叩き伏せたはずのヒルコのコピーが、彼ら3名と同等の力を持って対峙した事に関して危機を感じる者はこの場にはいない。
 それは酒と性格のせいだと言えば、それまでかも知れないが、ここで情報伝達を疎かにした事は、冒険者達の露国戦線の最終局面に多少なりとも影響を与える。
 異世界のコアが起動停止になるまで18時間と46分間、システマの種を埋め込まれた過剰攻撃のみが有効の半不死身の軍勢相手に熾烈な戦いを余儀なくされる事となるのだ。

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