だんます!!

慈桜

第百六話 ケットシーと吸血鬼?

  冒険者でも無ければ、なんら特殊な力を持っているわけでもない。 金髪に琥珀色の瞳、伸ばしっぱなしの無精髭、草臥れたスーツにオーバーコートを羽織り、酒瓶を片手にふらふらと歩く男。
「今宵もぉ、世捨て人がぁ、よいと」
 今の露国では彼のように外を出歩くなど言語道断である。 街の中では、マフィアが下位悪魔へと姿を変え、人を見るや襲いかかり仲間を増やしている。 そして、それに対抗する黒く巨大なリビングアーマーも、悪魔を見るや否や襲いかかり、周囲なども目もくれずに縦横無尽に暴れ回っている。
 そんな危険な街を酔っ払いが外を歩くなど自殺行為でしかないのだ。
「へっへ、お迎えがぁ、来なすった」
 無情にも彼の前に、黒い悪魔が立ちはだかる。 彼はお楽しみに残しておいたであろうスコッチウイスキーを飲み干して、空き瓶を投げつけた。
「ほらっ! 殺せよ! 俺も・・殺せよ!!」
 空き瓶は硬質な悪魔の体で割れるが、何事も無かったかのよう男へ手を伸ばす。
「あぁ、殺せ、頼むから楽に殺してくれよ」
 だが、その悪魔の手が男には届かなかった。
 悪魔が前のめりに倒れると、悪魔の背には氷柱が無数に突き刺さっていたのだ。
 その氷の上を我がステージだと言わんばかりに2匹の茶虎のケットシーがドヤ顔で立ち上がる。
「流石うちの娘にゃにゃん!」
「マロンの可愛さは世界一にゃんにゃん!マロンも上がってくるにゃんにゃん」
 ヒナタとキイロである。 その後ろでは、申し訳なさそうにヒナタとキイロと比べると一回り小さい青い毛並みのケットシーがよいしょとステージの上に立つ。
 悪魔、氷、ケットシー3匹とワケのわからない絵面になるが、死にそこねた酔っ払いはつまらなさそうにシャックリを繰り返している。
「やい貴様にゃにゃん!!」
「うん? 俺か?」
 ヒナタはズビシッと男へ爪を向けると、首を傾げながらに男は立ち上がる。
「ヒナタ達は命の恩猫にゃにゃん! 感謝してそこのホットドッグを買ってくるにゃにゃん!!」
「いや、まぁ、確かにそうかもしれなんがヒック、自分で買えばいいだろうに」
 男の返事にヒナタはブチ切れて盗技を発動し、悪魔から特大の魔石を引き抜く。
「獣禁止と言われたにゃにゃん!!」
「悔しすぎるにゃんにゃん」
 キイロが閃技で雷を落とすと、マロンの突き刺した氷も消え去り、其処には砕けた氷と3匹のケットシーだけが残る。
「ちっちゃ」
「死にたいのかにゃにゃん?」
「おっけいおっけい、猫に殺されるのは勘弁だ。ホットドッグを買いに行こう」
 男がそう言って店舗の中に入って行くと、ケットシー達は顔面を窓ガラスに押し当てながらに、その様子を観察する。
「ラブロフさん、あんたも絡まれたのかい? あの猫達ずっと此処に張り付いて困ってるんだよ。頼むから帰ってくれってホットドッグを渡したんだけど、コピーしても同じ味にならないと怒り出してね」
「よくわからんが、酔っ払ってるからあいつらが喋ってるんじゃねぇってわかって安心したよママエフ」
 熱々のパンにシャキシャキの野菜と少量の特製マヨネーズ、安物の極太ウィンナーにケチャップを山盛りかけたホットドッグ。 粒マスタードはお好みだが、ママエフスペシャルはほんの僅かにマスタードを炙って塗り込む。
 既に店の外ではケットシー達がヨダレをダラダラと流している。
「あの猫達のおかげで、店は潰されないで済んでいるんだがね、うちはペット厳禁だから」
「まぁ、どっからどう見ても猫だよな。喋るけど」
「そう、喋るけどね。はい900ルーブル」
「たけぇよ」
 ホットドッグ入りの紙袋を受け取って店の外に出ると、既に手元には紙袋は無く、ケットシー達がわちゃわちゃと袋を破り捨てていた。 どこからどう見ても猫である。
 器用に両手でホットドッグを食べる3匹のケットシーを見ながら、男は少し落ち着いた表情を浮かべる。
「で? お前の名前を教えるにゃにゃん。ヒナタはヒナタにゃにゃん!ケットシー様にゃにゃん!!」
「ロマン・ラブロフだ」
「浪漫!! くそわろにゃにゃん!死のうとしてたのに浪漫にゃにゃん!」
 言葉の意味は違うが虐められているのは伝わるだろう。 ヒナタはケラケラ笑いながらホットドッグを食べる。
「何をヤケになってるにゃんにゃん?はむっ。にゃにがにゃったにゃん」
「食ってから喋れよ」
 キイロも待ちきれなかったのか口一杯にホットドッグを詰め込む。
「みゃ?」
「いや、すまん。何か喋るかと思ってな」
 その横ではマロンが上品にちまちまとホットドッグを食べている。 ヒナタは胸にコーラを抱きしめて器用にジュルジュルと飲み始め、口の中がさっぱりすると、ゲコっと可愛げもなくげっぷをする。
「なんで死のうと思ったか、恋人が悪魔になった。ただそれだけのありきたりの話だよ」
「そうか。それは辛かったにゃにゃん。でも残された者は死ぬ道を選んではいけないにゃにゃん」
「わかってるつもりなんだがな」
「わかってないにゃにゃん。そうにゃにゃん。お前は毎日ヒナタ達にホットドッグを買いに来るにゃにゃん! ヒナタ達が助けたからヒナタ達がその命を使ってやるにゃん!」
 むちゃくちゃな話である。 しかしラブロフは暗にヒナタが死なないように慰めてくれていると理解して、小さく笑みを浮かべた。
「ありがとな」
 そう言ってヒナタの頭を撫でようとすると、キイロがすかさず爪を立てる。
「人の嫁に触るなにゃんにゃん」
 台無しである。 だが、引っ掻かれた手の甲の痛みは、ラブロフが生きていると実感するには十分な痛みだった。 アルコールのせいで血がドボドボと出だすが、それでも彼は少し自棄になっていたなと反省したのである。
 そんなほっこりする場面は長くは続かない。
 此処は激戦地露国首都だ。 金属音を響かせながらにリビングアーマーが駆け寄ってくる。 数は五体、ヒナタ達には荷が重いが、それでも冒険者のランカーである。 ケットシーに撤退の文字は無い。
「来たにゃにゃん!!」
「ラブロフ!隠れとくにゃんにゃん!」
「勝てますみゃ」
 まずは牽制とキイロの種族特性である閃技をお見舞いする。 迸る雷鳴は二体のリビングアーマーを穿つが、倒し切る事は叶わない。
 リビングアーマーの全身から紫色の靄のような煙が溢れ出し、一挙に戦闘モードへ移行する。
「ヒナタさん!キイロさん!さがるみゃ!」
 マロンの閃技、無数の氷柱がリビングアーマーを襲うが、キイロがダメージを与えた二体を穿つだけに留まり、残り三体は巨大な大剣を振り上げる。
「にゃにゃん!!」
 ヒナタが心の臓を盗む種族特性、盗技抜心を発動すると、その手には青と緑のプラズマが混ざり合う球体が握られている。
「お前はもう死んでいるにゃにゃん」
 リビングアーマーは活動停止、前のめりに倒れてしまうが、その倒れた個体ごと背後から大剣が振り抜かれる。
 その一閃は、ヒナタの小さな体を切り裂いていた。
「まだ…一段階変身を残していたにゃにゃん」
 ヒナタはそのまま前のめりに地に伏す。
「ヒナタぁぁあああ!!!」
「ヒナタさんっ!!!」
 その姿に目の前のリビングアーマーをなんとか倒したキイロが駆けつけるが、ベチャっと鈍い音と共に壁にマロンが叩きつけられる。
「マロン!!」
 マロンの姿に気をとられたと同時に、振り向くこと敵わずにキイロすらも背後から斬り捨てられた。
 其処には露国に訪れてから手に入れた魔石や、観光気分で買い集めたガラクタが飛び散り、最強と呼び声高いケットシーの冒険者達は息絶え姿を消した。

 彼らは夢を見る。

遠海先生とうみせんせい、奥様がお呼びですよ」
「ん、あぁ、急いで行こう」
 診察室のカルテと睨めっこをしている容姿の整った青年は、作業そのままに部屋を後にする。
 そのテーブルに置かれたカルテには、肺が真っ白に染まったレントゲンが挟まれている。
「日向ごめんよ、待ったかい?」
「あらあなた。違うわ、呼んでないのよ。ただ、銀杏の葉を見ていると、あなたの事を考えてしまっただけだから」
 其処には既に髪の毛も無く、ただ弱々しく横たわりながら黄色に変色した銀杏の葉を見つめる女性の姿がある。
「体に障ってはいけない、窓を閉めるよ」
「ねぇ、あなた。私、長い夢を見ていた気がするの」
「日向、僕もそんな気がする。確かこんな日にテレビを点けて」
 そう言って彼はテレビの電源を入れると、其処には秋葉原のラーメン屋にダンジョンが現れたとニュースが流れる。
「そうそう、それで私がネットで調べてみたらって」
「そうそう、そしたら白いフクロウがやってきたんだよね」
 そこからは走馬灯のように2人の間に流れた時間がフラッシュバックする。 ケットシーとして生まれ変わり、毎日をただひたすらに楽しんで生きる2人の思い出が実体験で早送りされていく。
 ふと気付いた時には、2人は駅前の祭壇の上にいた。 茶虎のケットシー姿の2匹は互いに手を握り合い、互いが生きている喜びを分かち合う。
「愛してるにゃにゃんキイロ」
「愛してるにゃんにゃんヒナタ」
「うぅ、重いみゃ」
 2人が愛を分かち合っていると、その尻に下敷きにされているマロンが暴れ出す。 ヒナタとキイロは慌ててマロンを起こし、よしよしと頭を撫でる。
「冒険者の権能使う前にやられたにゃにゃん」
「あのクソ鎧ども次はギッタンバッコンにしてやるにゃんにゃん!」
 怒らせてはいけない者達が怒り狂ってしまっているが、そんな剽軽なケットシー達の事を知らずに、露国では街角で嘆き悲しんでいる者がいた。
 3匹のケットシーからドロップした魔石やガラクタを泣きながらに拾い集め、膝をついて天を仰いでいるのはラブロフだ。
「明日も……ホットドッグ買ってくれって……言ったじゃねぇかよぉ」
 彼は草臥れたオーバーコートにケットシー達の荷物を纏めて、フラフラと歩き出した。
「ゔっ、ゔぅ……なんで、なんでお前らが死ぬんだよ……」
 涙をボロボロと流すラブロフは直後、呆気なくリビングアーマーに心臓を貫かれる。 人間は襲わないリビングアーマーだが、彼が大量の魔石と、リビングアーマーの心臓を持ち歩いていた為に、誤作動を起こしたのだろう。
 彼は倒れ落ち、自身の血溜まりの中、何かを言おうとしたが、言葉の代わりに血が溢れ出し、そこ生を閉じる。
 その亡骸を見つけ首を傾げているは下位悪魔だ。
 下位悪魔はモノは試しと自身の血を垂らして見せるが、反応が無いのを見るに興味を失い去って行く。
 だが、その悪魔の血は1つの反応を起こす。 イリーガルジャムとラブロフの血が混ざり合い、大量の魔石がそれに反応して溶け始めると、次第に液体は人型をした血液の生命体のようになる。
 その人型はリビングアーマーの心臓を叩き割り、自身の体に取り込むと、次はラブロフの体の中に潜りこむ。
「ッハァァァ」
 突如目を覚ますラブロフ、周囲は既に深夜、真っ暗になっている。 慌てて穿たれた胸を確認するが、その傷は既に塞がっている。
「どうなってやがる。夢か?」
 混乱しつつも、生々しい感覚に現実味を感じつつ、ラブロフは立ち上がる。 そして視界には無数のリビングアーマーの破片がある事に気がつく。
「ひ、ヒナタ見るにゃんにゃん!ラブロフ殺されてなかったにゃんにゃん!」
「危なかったにゃにゃん。失ったものばかり数えそうになったにゃにゃん」
「でも、よかったです。みゃ」
 ラブロフは何度も何度も目を擦り、意味がわからないと頬を抓る。
「ここあの世か?」
「おいラブロフ、もう一回ほっぺた抓るにゃにゃん。いや、むしろいーってするにゃにゃん、いーって」
「いー、こうか?」
 ラブロフには何故か鋭い犬歯が生えている。 それを見てヒナタとキイロは何故かハイタッチをする。
「お前珍しいにゃにゃん!変な奴になってるにゃにゃん!!」
「キイロ達が飼育してやるにゃにゃん!!」
 珍しいモノ好きのケットシー達に捕らえられたラブロフ、偶然に偶然が折り重なり、彼がこの世界で初の吸血鬼であると知るのは、まだまだ先の話である。



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