だんます!!

慈桜

第九十六話 帝王と善王?

 「タイマン張ろう!そうしようっ!たのもー!!」
 阿国の大自然の中、茶筅の丁髷頭に黒ジャージを着込んだ殺戮大臣は平常運転で、貴族の休憩所に訪れていた。
 相対するは貴族に立候補した猫耳娘である。
 その黄色い猫耳は中々に個性が出ているが、見た目が夜爪猫に似ているので、将来的に多くの冒険者に嫌われそうな予感もある。
「お前は頭がおかしい信長じゃないか」
「この先名前も出ないだろうし、俺ちゃんの下僕として働く事になる猫耳ちゃん。とりあえずどっちが王様か喧嘩して決めちゃわない?」
 キチガイである。 怒涛の快進撃で既に制御したダミーコアは8つになっており、堕落した冒険者達も、あっという間にDMが貯まってしまってチラホラと日本に帰り始めた段に入ってきているのだが、此処に来て大臣は他の貴族を降す作戦に出たのだ。
 しかもシンプルイズベストな喧嘩で。
 近頃は徒党を組んでいた貴族連中がチラホラとダミーコアの制御に成功しているが、此処に来て大臣は自身の知られざる癖に気付き悶えている。
「コンプリートしてぇ」
 破茶滅茶なのは当人も理解しているだろう。 しかし一早く南阿国の三分の一を支配した大臣は、自身の知られざる征服欲に苛んでいたのだ。 全てのダンジョンをゲットしたいと。
「例え喧嘩に負けたとしても、お前に降る理由が無い」
「理由は俺ちゃんが作るから大丈夫。とりあえずボコボコにしてあげるからかかってきなさい」
「いやだね、馬鹿らしい」
 カメラ搭載眼鏡を装着して、身の丈半のデカイハリセンを引き抜く大臣。 いつもはスマホ片手なのだが、どうやら本気モードのようである。
「冒険者って妊娠すんのかなぁボソ」
「い、いみゃ、なんといったぁ!」
 猫耳娘は貞操の危険を感じたのか、突如ブルブルと自身の体を抱きしめる。
「いや、俺ちゃん王様になるから優秀な血筋を残さなきゃって考えると、手当たり次第に女性は孕まさて行くチンギスハン的な方向性、てかチンギスハンって下ネタ臭きつくね?」
「何があろうとお前は此処で成敗してやる」
 猫耳が短剣を構えるが、なんらかの不可思議な力で短剣が粉砕する。 戦闘禁止プロテクトがあるので、武器を使用しての戦いは出来ないのだ。
「ぐぅ、やっと買えたやつなのに」
「くはっ!ぐぅの音が出やがりましたよ皆さん。さて、これから私は新たなスタイルの冒険者、貴族様とハリセンでタイマンを張ってみたいと思います。いや、ねぇ、本当は完全勝利と共に、ロリ猫耳が腹ボテにいたるまでのドキュメントを配信したいのですが、どうやらそれは禁止の方向のようです諦めろくれください」
「誰と喋ってるんだ?」
「視聴者の皆様方?とりあえず、ファイト!ひゃっはぁ!!」
 畜生である。 開始の合図と共にハリセンが振り抜かれ、地を抉る程に腰の入ったフルスイングは、きっちりと猫耳の顔面に撃ち抜かれる。
 シュパァァァアアアンッッと、広大な大自然の中にハリセンの炸裂音が響くと、猫耳は垂直に地に伏す。
「ちょ、おまっ!」
「んこぉおお!!」
 自重してほしい。 確かに長い間、彼はこの大自然の中で過ごし、自宅でしか自家発電をしない彼にとっては、それはそれは嘸かし脳内がピンク色に染まっている事だろう。 しかし自重して欲しいのだ。
「ひゃっはぁ!!見ろ!猫耳がゴミのようだ!!」
「やめて!やめてください!地味に痛い!」
 スッパンスッパンとハリセンを振り下ろす大臣は、突如手を止めて猫耳の正面に立つ。 確かに猫耳はプリーツのミニスカートであったが、まさかパンツが見えた程度で攻撃の手を止める程におかしくなっているとは思わなかった。
「皆さんご覧下さい。近頃の冒険者は脱ぐとセーラームー○になるようです」
「ち、ちがわい!これはブランドの下着なの!」
「ピーーチジョォおお○!!」
 起き上がりスカートを膝ごと抱えてパンツを隠すと、再びハリセンが降り抜かれる。 暫く同じ事が繰り返されると、次第に猫耳は泣きながら土下座をし始める。
「もう言う事聞くから許して下さい」
「おいおい、いじめてるみたいじゃないか、やめておくれよクレイジーキャッツ」
 大臣は眉を垂らしながら猫耳に駆け寄るが、猫耳は目の前に大臣のサンダルを確認すると飛び上がった。
「隙ありぃぃ!! あるぇ?!」
 スパァァァァアン!!! 大臣のサンダルはお馴染みのワニマークのあれだ。 彼は猫耳の前にサンダルを並べ、そっと背後に回っていたのである。
「んっ、気持ちぃぃいい!!見ましたか今の顔。まるでふっ、残像だの直後のような。言い換えるなら、ふっ、それはサンダルだ。ヴァニッシュ!!」
 空中で一回転して叩き落とされた猫耳はぐぬぬと立ち上がろうとするが、なす術無しと地に伏せてしまう。
「さぁ、猫耳ちゃん。参りました殺戮大臣様に一生連れ添います、お願いだから私の名前を発表してください、そして動画は配信しないで下さいと切実に乞うてみようじゃないか」
「いやわい」
「なんたる!!これは仕方ない、俺のトレーラーハウスで説得を試みるしかない。ふはっ、ふははは!!」
 暫くすると冷静になった大臣が土下座したとかしてないとか。
 こうして着実に仲間を集め始めた大臣だが、彼が支配するは南阿国でもマダガスカルのある方位、所謂スワジランドやレソトを含む、地図で言うならば東側であるが、正反対に位置する、ケープタウン近郊で活動している貴族もメキメキと頭角を現し始めている。
 その筆頭と言ってもいい存在が、とある有名な冒険者の祖母である深雪だ。 始まりは街中にポツンとある一つのダンジョンだった。 他の冒険者もおらず、黒い着物姿の艶やかな女性である深雪は、この地に住まう者達には奇異な目で見られるので、彼女はそれを嫌がり、ただひたすらに鈍刀を振り回しゴブリンを狩り続けていた。
 そして遂にダミーコアの制御を獲得すると、特産からは、腸が黄金の鼠であるダンジョンが手に入る。
 そこから彼女の貴族としての活動が始まった。
 時は僅かに遡り。
「はぁ、寒いね。迷宮の中の方が快適だよ」
 彼女がいる街の気温は10度に満たない、肩掛けを羽織るのも納得の気温である。
 彼女が一度街を歩くと、着物を物珍しそうに見る者もいれば、何か奪い取ってやろうかと獰猛な視線を送る者もちらほらと現れる。
 元の年齢からは似つかわしくない、桃色の蝶の絵が描かれた黒大艶の小町下駄を鳴らしながらに歩けば、その心地よい音色に皆々が振り返る。
 それも全ては深雪のデモンストレーションである。 その美しさに見惚れ、口と胸を自身の手で塞いで呆然としてしまった青年を見るや否や、深雪は優しく笑顔を見せる。
「もし、困った童はおらんかえ?」
 元の深雪からは想像が出来ない艶やかさである。 その銀鈴のような澄んだ声に、青年は心臓が止まってしまったかのように息を飲んでしまう。
「わっち、手前の資産で孤児を預かりとうありんす。もしや兄ぃ、恵まれず困っておる童達を集めてくりんせんかぇ?」
「孤児集めてきたらいいんですね喜んでぇ!!」
 青年は風になる。 文字通り一瞬でその姿を消したのだ。
 深雪はため息混じりに腰を伸ばすと、そっと段差に式布をそっと置き腰を掛ける。
「ちょろいもんだよ全く」
 余りに度がキツい廓言葉であったが、差し詰め深雪の好きであった時代劇などで覚えたのであろう。 姿は若返ったと言えど、男を手玉に取るなら花魁だろと考える所を見るに、この地での貴族スタートは本当に正解だったように思える。
 初心で無知な青少年達は、喋り方云々では無く、ただただ深雪の美しさに吸い込まれて行くのだから。
 暫くすると、多くの孤児達が青年に連れてこられ、何故か青年も胸を張って自分も孤児だと言い張るので、そのまま全員の胸に触れ、桃色の蝶の紋章を刻んでいく。
 彼女は否応無しに孤児を預かる体で人を集め、有無を言わさずに生産者を量産したのだ。 迷宮内を改造し、リスポーンポイントが無い一画を占領し、小さな子供達には子供用の弓を訓練させて黄金鼠を狩らせ、少し大きな子供達には槍でゴブリンを狩らせる訓練をした。
 まさに三食昼寝付きで高収入の夢の職場を孤児達はゲットしたのだ。 瞬く間に孤児達は増え、それ以外にも街の悪ガキ達も集まり始め、果てはスラムから労働力を奪われてお怒りのギャングまでも、深雪の配下になってしまう。
 深雪は他の迷宮のダミーコアは狙わずに、徹底的に生産者、所謂貴族子飼いの冒険者の数を増やし続けたのだ。 しかし流石に増え過ぎると、生活スペースが無くなってくる。 青年達は通いでも大丈夫だが、小さな子供達は住む場所が無いのだ。
「ギブル、近くで借りれる大きな家とかないかい?」
「姐さん、あるにはあるんですけど、みんなが住むのは…それにダンジョンの生活に慣れてしまって、今更外は嫌がりますよ」
「全く困ったねぇ」
 深雪の本性を知った後にも、出会った瞬間に心奪われた青年ギブルは相変わらず深雪の忠実な僕であるが、深雪が困っている様子に胸を痛めたのか、唐突に立ち上がる。
「姐さん、パールと半島にもダンジョンがあるんですよね?」
「あるにはあるんだけどねぇ」
「ならそこを目指しましょう。パール、ケープタウン、半島を繋いで一大事業を興すんですよ!」
「嫌だよ、移動が勿体無いじゃないさ。その間にもゴブリン狩ればわたしゃ強くなるんだよ」
「組織も力です!!さぁ頑張りますよ姐さん!!」
 生産者と言えど、魔物を倒せば僅かな位階上昇が望める。 殺戮大臣などは、分配される経験値までも没収する魔王の所業で支配を広げているが、深雪は正反対に生産者達に力と富を与え、群にして個の大きな力を蓄えていく。
 ギブルを筆頭に2つのダンジョンを制覇し、目玉がダイヤモンドの狂犬と、プラチナの短剣を持つコボルトの特産ダンジョンを手に入れるのを皮切りに、深雪達もまた大陸制覇に乗り出す。
「姐さん、もっといい武器使って下さいよ。自分泣きそうになります」
「そろそろだとは思ってるんだけどねぇ。ゴブリン程度で買い替えるのもねぇ」
 後に黒蝶の旅団に知将ギブルありと大陸に名を轟かせる青年との出会いは、彼女が大陸の覇を目論むきっかけとなる。




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