だんます!!

慈桜

第七十六話 露助と遭遇?

  ウラジオストクから出航した民間船に偽装した露国水軍の船は、一路北海道を目指していた。
 予定より出航が大幅に遅れたのは、非常事態省セルゲイ・イワノフより届けられたハルビンでの任務報告が原因である。
 猫型少女の冒険者を捕らえていたが、日本の迷宮主らしき人物に強奪された事により、日本への作戦を一時見合わせ、民間船としての偽装、そしてセルゲイ・イワノフを伴い、スターリを一行に加え、対抗戦力を用意すべきだとの連絡があったからである。
 稚内の協力者と政治家達と連絡を取り、米軍に偽装した船で軍事訓練として出航していた一団は急遽引き返す事となり、天売島、利尻島、礼文島の何れかに密に上陸し、魔物を捕らえる作戦へと切り替わった。
 しかし無駄足では無かった。
 稚内の協力者達に、ガンプライズ用の銃を仕入れて貰っていたので、海上での受け渡しは恙無く終える事が出来たのである。
「しかしボスも無茶な事を言う。調べればスノータイガーとやらはレアな魔物らしいじゃないか」
 オレンジベレーを横かぶりにしたセルゲイ・イワノフは葉巻を吹かしながらに命令書を見て怒りを露わにする。
「えぇ、しかし最悪日本でのネットオークションであらば手に入る可能性は高いようですね」
「なら最初からそうして欲しいものだな。冒険者を敵に回すのは、あまり得策とは言えん」
 ハルビンでの作戦で、多くのスターリを失ったセルゲイ・イワノフは冒険者の凄まじさを肌身に感じている。
 銃火器が通用しないだけで馬鹿げてはいるが、それを持ってしても高い戦闘力を有したスターリ達ですら歯が立たず、主力であったセレブロすら失う大打撃を受けたのだ。
「しかし少し大袈裟に感じてしまうのは間違いだろうか?イワノフの報告書が俄かに信じられん」
「バカーチン、君は馬鹿だよ」
「何故か二回むかっ腹に来たよ」
 イワノフは葉巻の火を消すと、バカーチンと呼ばれた軍服の男の肩を叩く。
「民間人に成りすますんだ。早く着替えたまえよバカーチン」
「それは君もだろう?」
「だから私は席を立ったのだよ。君の名は日本では、馬鹿でディックな意味になるらしいから、笑われても怒るんじゃないぞバカーチン」
 非常事態省統括セルゲイ・イワノフと太平洋艦隊参謀長イゴール・バカーチンの不仲は有名ではあるが、何も顔を合わせた側から険悪な空気になるような間柄ではない。
 しかしセルゲイからするならば、冒険者に関しての報告書は、国を第一に考え、手に入れた情報を余す事無く記したにも関わらず、一笑の元に投げ捨てられ小馬鹿にされたのだ、怒らないはずがない。
「何を怒っているのだセルゲイの奴め」
「色々あったのですよ。数多くのスターリが殺され、ゼレェイニ博士も失踪してしまい、聖銀の供給元を失ってしまいましたし、秘密兵器のセレブロすらも居なくなってしまいましたから」
「私からするならば、スターリセレブロすら眉唾のように感じてしまうのだよ。この眼で彼等の戦闘を見たわけではないからね」
「それもそうでしょうね。私もこう見えてスターリですが、いざ力を示せと言われたならば、どう示していいのかわかりませんから…バカーチン様、今連絡が入りました。急遽ネベリスク経由で礼文島に入るようですので、暫くお休み下さい」
「ネベリスクから?かなり遠回りだな」
「例の海竜が巡回しているようなので、一度ネベリスクで待機し、コルサコフで様子を見てから出発するようです」
 中韓からの難民の数多くを叩き潰している海竜達、海王竜以下十頭の海竜達も大きく成長し、広範囲の巡回を可能としている。 巡回の重点は西日本であるが、現在では定期的に海竜が北海道近海も回るので、その際は過ぎ去るのを待つしか打つ手は無い。
 作戦開始早々の中断もあり、悪戯に時間ばかりが過ぎて行くが、確実に成功させる為には、時には冷静さと慎重さが必要になる。
 ネベリスク経由でコルサコフに寄港し、6日の時が過ぎ一団は稚内入りを果たし、民間船に偽装した軍船は、礼文島沖に待機、魔物が確保でき次第、再び寄港し、即座に離脱の作戦である。
 しかも日程を分けて利尻島、礼文島で班を作り、各自バックパックを背負い観光パンフレットを持ち歩く手の込みようである。
 島民達も、連日訪れるロシア人に驚きはしていたが、旅の資金にレアモンスターを捕まえに来ていると聞けば納得してしまうのだから不思議なものだ。
「へぇ、沢山いるもんだねぇ。可愛いし雑草ばかり食べてくれるから放っておいたんだけど、価値があるのかい?」
「デスネ、トテモタカイ」
 それなりに日本語を勉強している軍人もいるので、カタコトながらにも会話は成立する。翻訳アプリで必要最低限の会話をする者も多くいるが、やはり言葉が通じるのは、相手にも安心感を与えるのだろう。 話のできる者はよくお婆さんやお爺さんの餌食になっていたりする。
「では交代だ。バトルの宣言を」
 捕らえた魔物は、後続とのバトルで引き渡しを行い1匹、2匹だけはフェリーに乗せて稚内への帰還を繰り返して行く。
 そんな中、作戦中の軍人達は信じられないものを目にする。
 それは鳥と呼ぶには馬鹿馬鹿しい程の大きさ、旅客機を思わせるような巨大な鳥が空を舞い、それを追うように海の上に氷の橋を架け、その上を走る何処までも純白の虎と、美しい魔物の群れ。
「なっ!?なんだ、なんなんだ」
「あっ、プライザーみっけ!」
 交代交代で捕獲した40匹を越える魔物を預かっていた軍人は、不幸な事に寝ぼけ眼の少年にロックオンされてしまった。
 見るからに戦力の差は歴然としているのだが、彼には優しさの欠片も無いようである。
「でぃさいしぶばとる!」
「待ってくれ」
「ほにょほにょ言ってんなよ」
 拒絶をしても意味が無い。 返事をした時点で既にバトルは開始されるのだ。
 無情にも長身の露国軍人ですら見上げる程の黒い馬は、魔物達を瞬時に蹴散らし、バトルは息をする間も無く終了してしまう。
 一撃で魔物を奪われてしまった軍人は、落ち込みすぎて膝下から崩れ落ちてしまうが、少年は笑顔でその肩を叩く。
「こんなの何処でもいるって!もっとレアなの捕まえろよ。そしたらまた没収してあげるから!」
 言葉は通じないが、それが慰められているのでは無いと軍人は理解している。
「よう、そこの露助よ。見た所観光客には見えんが、おぬし日本に何をしにきたのかのう?」
 そこで前に出たのは、白髪頭のセバスチャン的な身なりの良い老人である。 服装が日帝時代の軍服である事を除けばと但し書きが必要だが。
 彼は話す言葉は不思議と露国語へと変換される。
ヤポンスキー腐れジャップめ」
「餌を取り上げられた北極熊はよう吠えるわい。どれ、腕一本貰うか」
 老人は腰から日本刀を引き抜くが、後方より訪れた魔物の背に跨っていた自衛官達が状況把握をするより先に飛びついて必死に止める。
「駄目ですって時田さん!国際問題になりますって!!」
「ええい離せ!離さんか小野田!この白人の面をした朝鮮小僧を叩っ斬るんじゃ!!」
 ご察しの通りの御一行である。 突如時田さんが日本刀を振りかざしたので、露国軍人は安全な間合いまで後退りをして立ち上がる。
「口の悪い爺さんだな」
「手癖の悪い生ゴミめが」
「なんだとこら」
 一触即発とはこの事か、軍人も腰に隠した銃を抜こうか抜かまいかと悩んでいるが、目の前には日本の軍人自衛官がいる、分が悪いなんてもんじゃない。
「わかった。悪かった、俺の負けだよ」
 ここは潔く撤退し、自衛官の訪れを報告する方が上だろうと、軍人は両手を挙げながら引き返す。
「なんじゃ、ただの腰抜けか。骨までマヨネーズで出来ておるんかの、これだから雪だるまと話をするのは嫌なんじゃい」
 時田は小野田達へ冷静に目配せをしながら大丈夫だと諭し、踵を返した軍人の背後をとことこ歩きながら、ひたすらに挑発を繰り返す。 すると軍人は背に隠した銃を引き抜き、そのまま時田さんに向けた。
「お前だけは殺してやるよ」
 躊躇いなく引き金が絞られ、銃声が響き渡るが、時田さんは、それが当たり前だと言わんばかりに弾丸を一刀の元に斬り伏せる。
「残念じゃのう。わし冒険者なんじゃ」
 刃を返して上段へと構える。 後は振り下ろすだけで軍人の首は飛ぶだろう。 小野田達も必死に駆け寄るが、もう間に合いそうもない。 しかし、そこで空気を読まずに時田さんの裾をクイクイと引っ張る者がいる。
「ん?チカラか。どうしたんじゃ」
「そいつ銃持ってたんなら捕まえて色々聞いた方がよくない?悪い人なんでしょ?」
 もっともである。 大人より子供の方が冷静とはなんたることか。 時田は軍人の構える銃を真っ二つに切り裂くと、何事も無かったかのように刀を鞘に収める。
 それに冷静さを取り戻した自衛官達が駆け寄り男を羽交い締めにすると、即座に拘束する。
「なんぞキナ臭いのう」
「一先ず調べてからですが、鶫さんのお父さんに会ったら即離れた方がいいでしょう」
 銃とは無縁な長閑な島で、露国の軍人がいる事態は、彼らの警戒心を大幅に引き上げたのである。
「俺を捕らえた事を絶対に後悔させてやる」
 露国軍人は縛り付けられながらに時田さんを睨みつけるが、彼はそんな様子を見て、鼻で笑い飛ばす。
「既にわしに会った事を後悔しとる奴に言われてものう」
 露国人を逆撫でさせる大会があれば、上位入賞は狙えそうである。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品