だんます!!

慈桜

第六十三話 言葉にできない気持ち?

  こんな事を人に伝えたら、馬鹿げてるって思われるかもしれない。 私は小さな頃から、なんで生まれてきたんだろって、いつも暗い気持ちでずっと過ごして来た。
 5歳の時、女手一つで私を育ててくれていたお母さんは、手紙を残していなくなった。 字が読めない私は、その手紙をずっと大事に持ち歩いていた。 もしかしたら、お母さんは何か伝えたかったんじゃないかって。 何回も周りの大人に読んで貰おうと思った。 けど、それをしてしまうと、お母さんとの繋がりが消えてしまいそうで怖くて、ずっと内に秘めたままにしてた。
 ある日、家に恐い大人が来た。 私はなんとか家にあった物を食べて暮らしていたのに、出て行かなきゃいけなくなった。 家賃を払ってないから家財全て没収だって言われても意味がわからなかった。 お気に入りだったピンクのワンピースの襟首を掴まれて、外に投げ出された。
 其処からは本当に朧げにしか覚えていない。
 生きる為ならなんでもやった。 物乞いもしたし、残飯も漁ったし、盗みもしたし、変態の相手もした。 ただ、ただ生きる事だけに貪欲にやって来た。
 笑えるよね、ただ生きる為に十年間そんな事を繰り返した。 きっと手紙に答えがあるんだって、そう思って生きたいって思い続けた。 同じ貧民窟で暮らす見知った子達も、朝は元気だったのに、夜にはリンチされて死んだりとか、とにかく命が軽すぎて、自分も気を抜いたらそうなるんじゃないかって、ずっと震えてた。
 でも、ある日を境に全てが変わった。
 神様なんていない、そんなの当たり前だって思ってた。 でも本当に神様がいると言われたなら、この日が訪れた後の現在いまなら信じてしまうかもしれない。
 白い梟が運んで来てくれた手紙と、スマートフォンのような形の金属板。 字なんて読めないけど、誰かに読んで貰おうと、その手紙の封を切ると、頭の中に声が流れ始めた。
『今までよく頑張ったね、おめでとう。貴女は冒険者になる権利が与えられます。デバイスの使用方法は……』
「デバイス…オン」
 私は文字通り生まれ変わった。 今までよくわかっていなかった事も理解できるようになった。 自分がどれだけ無力だったのかも同時に知った。
 お母さんの手紙が読めるようになった。
『リリーへ、女としての幸せを選んだ私を許して下さい』
 私は少し笑ってしまった。 こんな手紙をずっと大切に持ち歩いてたなんて。 何故か涙は止まらなかったけど、手紙は破り捨てた。 もう私は、新しい私に生まれ変わった。 でも本当に生まれ変わるには、過去を清算しなきゃならない。 そう思った。
 私が選択できた職業のうち、最も暗殺に向いているのは毒使いだった。 刃物で刺し殺したり銃で撃ち殺したりは、怖くて出来そうに無かったから迷わず毒使いを選んだ。
 私は、私を性処理として扱った大人達を1人ずつ殺した。
 お金で私を買った人は殺さなかった。 それは私が悪いから。
 何人も殺して行くうちに、何故かDMとレベルの数字が上がった。
 私は人を殺した後、必ず不安になって、ヘルプメニューからサポーターさんに連絡するようになった。
『リリーどうかしましたか?泣いているの?あなたはもう笑って暮らしていいのですよ?』
『リリー、ショップの使い方わかる?』
『リリー、そのチャイナドレスすごいかわいいね』
『リリー?プレゼントがあるの。アイテムボックスを見て』
 ある日サポーターさん、いえ、コアさんからプレゼントを貰った。 蛍光色のオレンジと藍色のコントラストの百合の花だった。
『この花は毒性の百合トキシックリリー、異世界の花です。その目が覚めるような美しさと、外敵は全て毒殺する様が、貴女に良く似てると思って』
 私は、自分の名前の欄を、トキシック・リリーに書き換えた。
 私も、この花のように強く美しくあろうと誓いを立てる為だ。
 勝手な話だけど、私は殺した人間の数だけ、失われる命を救おうと決めた。
 私のような恵まれない子供に、安心して過ごせる場所と、教育を与えたいと思った。
 そんな時に出会ったのがワーウルフのレアルだった。
 彼は凄腕のスリで、これまでに何度も盗みを働き、果ては幇の仕事まで受ける程までの名うてのスリだった。 でも彼は嵌められて両腕を斬り落とされた。 2度とスリが出来ない体になってしまったのだ。
 そんな彼にも、私同様に白い梟が訪れ、彼は冒険者のなんたるかを知るとすぐに、貧民窟に大型の救済院を開いた。
 彼は市長に直談判をし、難民への仕事の斡旋や、福祉事業の協力を煽り、一躍時の人となった。
 いつしか、冒険者は神に選ばれた救世主であるから、その恵みは恵まれない者への施しをすべきだと、この地の冒険者は皆が救済施設の代表となった。
 私はそれでも、殺した16人の代わりに16人の子供を育てるだけの、皆と比べれば小さな孤児院しかやらなかったけど、それでもレアルは自分の事のように喜んでくれた。
『すごいよリリー、本当にすごい。いつか世界中の冒険者が、この地に遊びに来てくれるようになるまで頑張ろう!それがコアさんにできる恩返しなんだよ!きっと!』
 私がレアルと話したのは、これが最後になった。
 最後に会ったレアルは、首だけになって噴水の上に飾られていた。
 私は目の前が真っ暗になる程の怒りで頭がおかしくなった。 絶対に、絶対にレアルにこんな事をした奴を殺してやろうと思った。
 来る日も来る日もレアルを殺した奴について調べた。 そして、見つけた……でも…私は負けた。
 無様に逃げ回り、脇腹を抉られて、なんとか辿り着いた河川敷で、後は死を待つだけになった。
 こんな事になるなら、回復薬分のDMぐらいは残しておけばよかったなんて、たらればを考えながら、降りしきる雨の彼方で笑っているレアルに声を掛けた。
 ごめんねレアル、仇とれなかった、ごめんね…。
「レアル」
 勢いを増した雨に、自分の声が搔き消されてしまって、レアルに届かないじゃないかと、半ば諦めながらに意識を手放した。
 悔しくて悔しくて溢れ出た涙も、雨に流されてしまって、私は最後までレアルに何も伝えられないまま死ぬんだと思った。
 でも突然胸を揉まれて、私は意識を取り戻した。
「うわぁ、ラッキースケベ。パンツ見えてるし。あっ、高畑じゃないですジンジャーです。ってうわ!!怪我してる?!」
 黒尽くめの格好に、ミルクティーのような色の長髪の変態、彼は私の命の恩人。
 そして……。
『リリー、そんな悲しい顔しないでください』
『リリー、やばい!カレーが焦げた!』
『リリー、自分足の小指ぶつけました、泣きそうです。リリーの笑顔で癒して下さい』
『よーしガキ共一緒に寝よう!リリーも一緒に寝ます?』
『リリー、自分これからリリーと共に生きていきます。冒険者とかもうどうでもいい、ずっとリリーが笑顔でいられるように、自分頑張りますよ』
 私の王子様だった。
 一緒にいられたのは、たった15日間、でも私の生きてきた時間の中で、何よりも幸せな15日間だった。
 ずるいよ。
 これが恋で、お母さんが選んだ女の幸せなら、私は私を捨てたお母さんを許さなければならなくなる。
 でも、知れて良かった。
 恋をするのは、こんなにも幸せな気持ちになれるって事を。
「リリー?」
 どうして胸に穴を開けられたのに、あなたの声が聞こえるのでしょう。
 死してなお、なぜこんなにも貴方を愛おしく感じてしまうのでしょう。
 私が冒険者で、少し頑丈だったから、貴方のその泣き顔を見て死ねるのでしょうか?
 コアさん、ありがとう。 短い間だったけど、確かに幸せになれました。
「リリィ!!リリィィ!!!うわぁぁぁぁぁああああ!!!!」

 ピコン。
葬儀屋アンダーテイカーの伴侶に選ばれるなんて、貴女はつくづく運が無いのですねリリー』
 コアさん?
『これもまた一つの愛のカタチなのかもしれません。では問います。貴女は葬儀屋アンダーテイカーと共に生きる事を願いますか?』
 ジンジャーと?生き返らせてくれるの?
『いえ、ただ、葬儀屋アンダーテイカーと共に生きるとしか』
 そんなの決まってる。
 私は彼と共にいたい。
『貴女の愛に敬意を』『待て、待て待てコア、おいリリーとやら、本当にいいのか?お前はその命と愛を対価にジンジャーの権能になるんだぞ?それでもいいのか?』
 はい、彼といられるのなら。
『ちょっと、邪魔しないで下さいマスター!では、貴女の前途に世界の祝福があらん事を』
 気付けば私は、空に浮かぶ多くの鎖が繋がれた棺になっていた。 なんだ、心も消されるわけじゃないんだ。 やっぱり間違ってなかった。 私はこの愛を持って、彼を護る事が出来るんだ。
「リリーですか?」
 そうだよ、ジンジャー。 私の中においで。 貴方は私の全て。 だから私は貴女の力になる。
「リリー……。愛してる」
『私もだよ、ジンジャー』
「リリー!?」
『…嬉しい、話せるんだね。私はあなたの権能、棺は全てを跳ね除ける鎧となり、鎖はあなたの糸よりも強く、盾となり剣となる。さぁ、祝詞を』
「リリー、共に生きよう」
 私の体はジンジャーを覆う漆黒の鎧となり、橙色と藍色の10本の鎖を伸ばす。
 少し禍々しいかな? ジンジャーの優しい性格には似合わないかも知れない。
 ジンジャー?なんで泣いてるの? こんなにも幸せな事ってないよ?
「殺し尽くしてやる」
『ダメだよジンジャー、私は幸せだよ』
「うっ、うぅ、絶対に許さない」

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