だんます!!

慈桜

第六十二話 唐突な理不尽?

  時は遡り、ハルビンが激戦地となり始めている最中、飽くなき探究心を糧に、システマは不眠不休で研究に取り組んでいた。 彼の関心は実にシンプルだ。
 何ができて、何ができないのか。
 新たに手に入れた力の可能性を最大まで拡張する、その一点に限る。
「素晴らしいとは思いませんか多々羅」
「えぇ、言葉に表すのですら勿体無い程に」
 システマがうっとりとした表情を浮かべて見つめる先には、黒い肉の塊がある。 その肉の塊には無数の眼球があり、キョロキョロと周りを見渡している。
「これでコア同様に、並列思考で世界の逐一を監視する事ができる」
「以前に仰られていた脳が焼き切れる危険性はクリアできたのですか?」
「もちろんですよ。と、言ってもこちらの思考をファイリング形式に変えただけですけどね」
 そう言い残し、システマは吸い込まれるように肉の塊へ歩み寄る。 肉の塊はシステマを感知し、その身体を蠢かせると、幾本もの触手を伸ばす。
「システマ様、御身に何かあればいけません。ここは私に任せては」
「大丈夫、心配いりません」
 触手に巻きつかれ肉の塊の中へ吸い込まれて行くシステマ。 暫く経つと再び肉が蠢き、中からシステマが排出される。
「システマ様っ!!」
 システマは粘液に塗れて、フラフラとよろめいた後に崩れ落ちてしまう。
 普通であれば触れようとは思わない酷い状態のシステマを構わず抱き上げる多々羅、システマは脱力しながらも薄く眼を開く。
「すごいよ、サブリミナル効果のあるフラッシュムービーを延々と見せられただけのように感じるのに、確かに僅かな時間だけ世界と同化した。確かに世界中に私が存在し、時を共に過ごした。コアさんはすごいよ、こんな情報量を処理するなんて」
「システマ様、まずお体をお拭き下さい」
 違う違うそうじゃないと、システマは渡されたバスタオルを投げ捨て、テキストに文字を書き殴って行く。
「どうすればいい。いや、彼女は絶対に必要…いや、ならば抑えた事にしておけば」
「システマ様?」
「少しだけ、少しだけ待ってくれないか」
 紙に書き綴られる文字。
 カザフスタン、マリオット、ミスリル人間、スターリ、セレブロ、濃縮デバイス、注射器、PC、次元上昇、フォトン、デザイン、時間、ハルビン、冒険者、楔、プライズ、ダリア。
「多々羅、ヒルコ達にカザフスタンに向かうように言ってくれないかい?人を迎えに行って欲しい。宿泊先もここに書いてる。1人の研究者と、全身がミスリルの女性がいるはずだ。安全で思う存分に研究が出来る環境を用意すると伝えてほしい、後、絶対に粗相がないようにとも」
「かしこまりました。システマ様の音声をそのままにお送りさせていただきます」
「また録音していたのですか」
 システマは苦笑いしながらにデバイスを取り出し、肉の塊へと吸収させて行く。
「システマ様?それは何を」
「濃縮デバイスを造る。多々羅達がチョコレートと呼んでいる、このデバイスを濃縮して液状化した物に造り変えるんだ」
 肉の塊の下へミスリルを加工した風呂桶のような器を置く。 システマが自身の胸に左手を押し当て、右手を肉の塊へ突っ込むと、血が滲み出るように赤い液体がドロドロと垂れ流しになる。
「これはまたなかなか」
「エグいだろう?でも素晴らしいよ、この方法が可能とわかったからには、無駄が省ける。次からは直接この子に命を食わせると、私がやるより遥かに効率よくデバイスを作製出来る」
 そこでシステマはPCに向かうが、自身が酷い状態である事に今更ながらに気がつく。
「シャワーを浴びてきますよ。多々羅さんにも、この後一仕事して貰いますが、よろしいですか?」
「何を仰られますか、全ては御心のままに」
「では、すぐに新たなシステムを構築しますので、それが完成したらハルビンへ行って下さい。少し演技をして貰いたいのです」
 システマは意味深な言葉を残し退室して行く。 時系列としては、連日連夜罪喰いシンイータースターリの交戦が繰り返されている真っ最中。 これより連日冒険者がハルビンへ雪崩れ込み、逃げ隠れがうまいスターリ達と、狩人と化した冒険者達との緊張状態が2週間以上も続く。
 互いに消耗しジリ貧とも言える状況下で、闇夜の鴉のようにシステマ達は人知れず動き出した。
 場面は変わり、ハルビンの高級ホテルの一室、白衣を着た男好きする体の女がオレンジベレー非常事態省統括セルゲイ・イワノフと対面していた。
スターリのメンテナンスはこれで問題ないわ。鬼化が進むようなら聖銀を、聖銀化が酷いようなら紫結晶を。簡単でしょ?」
「すまないな。捕らえている冒険者の猫少女の移送が恙無く終われば、マカロン総長からの命令書に従い、北海道の作戦へと合流する」
「わかったわ。そう伝えておく。これは友人としての告げ口だけど、上層部はかなりイラついてるわ。冒険者相手に何処まで通用するかも大切だと思うけど、作戦を忠実に達成しておいたほうが身の為だわ」
「重々承知だ。退屈な民間護衛から実戦となって熱くなっていたのは確かだ。冒険者、彼らは強すぎる…ダリア、すまないがコーヒーを買ってきてくれないか?私は例の動画のせいで面が割れてしまっているのでね、申し訳ないが」
「高くつくわよ。モスクワに帰ったら一流のステーキハウスへ連れて行ってね」
 コーヒーでやたらと高くつくな、とイワノフは言葉を返すがダリアはセクシーな投げキッスとウィンクを残し退室する。
 高級ブランドの赤いピンヒールの音を響かせながらコーヒーショップへ訪れるが、やはり昼時である為に混雑している。
 ダリアは無表情に何度も腕や脚を組み替えて、苛立ちを紛らせるが、一向に進む様子が無く、少しムッとしながらカウンターを覗き込む。
「うわ、すげ」
 カウンターでは特に変わった様子は無く、仕方ないので諦めて待とうとため息をこぼすと、突如足元から声が聞こえる。
「なっ!?」
 鼻水を垂らした小さな男の子がダリアのタイトスカートの中身を覗き、凄い凄いと騒いでいるのだ。 何が凄いのかとても気になるが、頭をグイグイと押し込もうとする男の子を顔を真っ赤にして拒否するダリア。
「やべー、すんげーえろい」
「やめっ、こらっ!!離れなさい」
 坊主頭を押し出すと、先ほどまで垂らしていた鼻水は鼻血にビルドアップしていた。
「赤いパンツのねぇちゃん。お礼にコーヒーいれてきてやろうか?」
「え?」
「ここコーヒー自分でいれるんだぞ」
 少年が指を差した先には、チップ用の壺とコーヒーメーカーが置かれている。
 ダリアは「最悪」と一言呟き、まるでヒールの高さが合っていないかのよう尻を左右に揺らしながら、コーヒーを持って退店する。
「またな!赤いパンツのねぇちゃん!」
「そうね、あなたが大きくなったぐらいにまた会いましょう」
 モテる女の余裕よと言わんばかりに、官能的で情動的に尻を揺らしながら立ち去るダリアに、再び近寄る影がある。
 男は精巧に描かれた似顔絵を持ちながら、ダリアの顔と絵を交互に見回し、小さく頷く。
「失礼」
「ナンパはお断りよ…?!冒険者?」
 ダリアは男を一瞥して立ち去ろうとしたが、その美しく整った容姿に目を奪われ、同時に最大限の警戒をしめす。
「私は多々羅と申します。元冒険者ですが、今は違いますよ。あなたはダリアさんでよろしいのかな?」
 ダリアは名を呼ばれた事に更に警戒し、訝しげに目を細めるが、優しく微笑む多々羅を見て、小さく頷く。
「そうよ。多々羅さんは私に何か御用が?」
「よかった。探しましたよ、本当に。少しそこの広場で話しませんか?」
 ダリアは両手にコーヒーを持ったまま顎と視線で噴水を示すが、多々羅は浮浪者が寝転がる横のベンチがいいと言うので、眉間に皺を寄せつつ渋々と了解する。
「コーヒーよ。もう緩くなってるかもしれないけど」
「ありがたく」
 いいのかよ。 セルゲイのコーヒーを渡した隙に、ダリアは太ももに隠したミスリルのナイフに手をかけるが、多々羅は冷静に首を振る。
「それは抜かない方がいいです。きっと私とあなたはいい協力関係が築ける」
 ダリア自身もナイフでどうこうできるなんて思っていない。 素直に諦めて多々羅に向き直ると、俯き加減で見上げるように睨みつける。
「警戒しないで下さい…は無理な話ですね。単刀直入に言います」
 多々羅は何も無い所からアタッシュケースを取り出す。
「何処からそれを?」
「アイテムボックスってやつですよ。冒険者時代の遺産です、此方をご覧下さい」
 多々羅はさっさと進めようと、アタッシュケースを開く。 中には黒塗りのノートPCと、紫色の液体が充填された、本体が艶消しブラックでUSB差し込み口がついた20本の注射器が、スポンジに仕切られて綺麗に並べられている。
「これは濃縮デバイス、言わば冒険者を生み出すデバイスを液状にした物です」
「そんなもの…いや、あなた…まさか迷宮主?」
「ふふ、冗談でもやめてください」
 多々羅は無表情にPCで操作を始め、パーツを組み合わせるキャラクターエディット画面までの起動方法をダリアへ事細かに説明して行く。
 人型なども当然選択できるが、画面に浮かんでいるのは白い鱗を持つ大蛇だ。
「ここの欄にある属性選択の第一属性を隷属slaveとする事を忘れないで下さい。これで確実に実行者の命令に従うプログラムが入力されます」
「そんなゲームでも作るみたいに」
「ゲームとの違いなんてありますか?失礼、話が逸れましたね。画面左下の注射器マーク、ここに表示されるのが、存在改変に必要なメモリです。過剰摂取は危険ですからおやめください」
 一瞬多々羅は酷く冷たい目線でダリアを見つめていたが、すぐに作り笑いの笑顔を浮かべ作業を続行する。
 PCと注射器をUSBで繋ぎ、エンターをクリックすると、紫色の液体がほんの僅かにプラズマ発光をすると、注射器3メモリが緑色に変色する。 多々羅はさも当たり前とも言わんばかりに、躊躇い無く浮浪者に注射を打ち込む。
 浮浪者の身体は蟲の群れのように蠢き、徐々にその姿を変えていく。 このあまりにもエグい進化の過程をその目で見たダリアは遂に耐え切れなくなってしまい嘔吐してしまう。
「折角のコーヒーがもったいないですよ?」
「ごめんなさい、見なかった事にして」
「もちろん、レディがそうおっしゃるのであらば」
 多々羅はニヤニヤと笑いながらダリアを見つめる。
「それであなたは私にこれを見せてなにをさせようとしてるの?金銭目的ならば私に何を言っても力になれないわよ?」
 多々羅は素知らぬ顔で、先ほどまで浮浪者であった白い大蛇の頭を撫でる。
「適当に冒険者を殺しておいで」
 蛇は巨体を引き摺り、響き渡る民間人の悲鳴の中に飛び込んでいく。 それを見届けて納得したのか、アタッシュケースをダリアに手渡す。
「単純な話ですよ。これを差し上げますので、冒険者への抑止力を持つ軍隊を構成してください」
「それをしてあなたに何か得があるのかしら?」
「ただの時間稼ぎですよ。貴方方が捕らえた冒険者を取り返そうと、必ず冒険者達はやってきます。そこで貴方方のミスリル兵とデバイス兵を利用して冒険者と対立して頂きたい、ただそれだけです」
「協力するわけにはいかないのかしら?」
「いつかはそうなるかもしれませんね?お互い生きていたらの話になりますが」
 そう言い放つと、多々羅はアタッシュケースを残してその場から姿を消した。 ダリアは辺りを見渡し多々羅を探すが、すでにその姿は見当たらず、震える手でアタッシュケースを拾い上げた。
 その様子を遠目に見ていた多々羅は、仕事を一段落させたとでも言うように、安堵の息を吐いた。
「利用させてもらうよダリア博士。今は1秒でも多くの時間が欲しいとの仰せだからね」
 多々羅は踵を返し人混みに同化して行く。 何よりも目立つ白いローブを羽織っているにも関わらず、彼は街の一部と化していた。
 そして、ふと何かを思い出したかのように足を止め、街頭の時計台を見て何度か頷く。
「時間か」
 何か予定があるのだろう、多々羅は急ぎ早に歩を進め、その場から立ち去る。
 彼が何故ダリアへ濃縮デバイスを渡したのか、何故時間を必要としているのか、謎は尽きないが、多々羅は次の目的地へと向かう。
 そして流れ作業のように、屋台から飛び出して来た冒険者の心臓を穿った。
「穢らわしいデバイスだ。システマ様は喜んでくれるだろうか?」
 まるで路肩の石を蹴り上げるかのように、容易く冒険者の命を奪ったのだ。

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