だんます!!

慈桜

第五十七話 罪喰いと糸使い?

 「はっ、はっ、はっ、はっ…」
 覚束ない足取りで後方に気を掛けながら木造建築の路地裏を駆け抜ける少女。 お団子シニョンの2つククリで麻呂眉でありながら眉目秀麗な美少女である。 胸の膨らみと、赤いチャイナドレスから伸びる未成熟でありながらスラッと長い脚から見るに、私のスカウターで算出される歳の頃は17歳程であろうか?すまない、取り乱した。
「あっるれぇ!?何処に行ったのかな子猫ちゃぁぁあん!」
 男の声に呼応するようにら住居の屋根は崩れ落ち、外塀なども叩き潰されて行く。
「ヒィヤッハァァアアア!!」
 乱雑に切られたザンバラ髪、錆びのような汚れが布を染めてしまっている七分袖のボロシャツに、膝から下が破り捨てられたスラックス。
 見る者が見れば暴漢に襲われた浮浪者にも見えるだろう。 ただ一点、異質な点を除けばの話だが。
「逃ぃげぇるだけ無駄だってばぁ!」
 男の腕が白銀の金属である一点を除いて。
「あははひはぁぁっ!!」
 五指から裂けるように枝分かれした右腕は、各々が巨大な鎌のように形を変え、己が視界の障害物を薙ぎ倒して行く。
 崩壊する家屋の砂煙に乗じて少女は逃げようと最後の力を振り絞って駆け出すが、彼女の赤い光沢を放つチャイナドレスは、逃げるには目立ち過ぎる。
 男は歪に顔を歪めて、舌舐めずりをしながら嗤った。
 五本に分かれ周囲を蹂躙していた右腕の金属は1つに纏まり容赦なく少女の背を追う。
「いやっ!」
 自身に迫り来る凶刃を食らうまいと、ドレスのスリットから抜き取った短剣で弾こうとするが、白銀の鎌爪は再び枝分かれし、少女の脇腹を貫いた。
「かはっ…」
Он поймал авантюристов冒険者げっとぉぉあぁ、やべ。中国語じゃなきゃダメなんだ」
 足音と共に声が迫り来る間、少女は必死にドレスのスカートをナイフで切り破る。
「おーのんのんのん。連れて来いって言われてるだけで犯しに来たんじゃないんだよ。そんな準備整えられても困るんだわ」
「誰がお前なんかと」
 彼女はショーツの中に隠し持っていた小瓶を叩き割ると、切り取ったスカートの布を顔に押し当てた。
 小瓶が割れると同時に、一面が緑色の水蒸気で染まり上がる。
 少女はこの隙に、全ての力を振り絞り立ち上がり、壁伝いにしがみ付きながら、その場から立ち去った。
「くそぉ、体が動かねぇ!右手!!いけよ!!あいつを殺せよ!!」
「…麻痺毒、お前はしばらく動けない」
 聞こえるはずのない小さな声で呟きながら、重い体をなんとか動かせる。 死の恐怖をなんとか振り切ろうと必死で足を進めているのだ。
 十分に距離を稼いだ先に架かる橋桁に寄り掛かり崩れ落ちる。
 少女は傷口から全身に広がる熱さに身を委ね、僅かに瞳から光が薄れて行く。 何かに縋るように右手を翳し天を仰ぎ、声にならない声で何かを呟く。
「…………」
 その小さな声は、突如降りしきる雨に掻き消されてしまう。
 突然の豪雨は無情にも少女の血と体温を奪って行く、それまでは自身の焦りと思考が生きる執着心を保つBGMであったのに、激しく降りしきる雨音はそれらを搔き消して行く。
 そのまま意識を手放してしまおうと、翳した手が骨を失ったかのように倒れると、雨は大きな影に遮られた。
 その影は空を舞うには非常識が過ぎる巨軀であり、四肢から伸びる爪は見る者全てが生を諦めてしまいそうな程凶悪である。
 そして、その巨軀を空へと誘う翼は、まるで豪雨から守る為に天に帳を立ててくれたのだと、思わず祈ってしまう程に荘厳で美しい。
 少女は薄れ行く意識の中で、地獄から迎えが来たのだなと半ば諦めにも似た表情を浮かべ瞳を閉じる。
『はぁ…あのお方の頼みであるから送ってやったが、この雨は流石に鬱陶しい。待っていてやろうと思ったが帰らせてもらうぞ』
「あざっす炎天竜さん。マジで無茶苦茶寒かったんですけど、炎天竜さんに乗れて幸せですよ、割とマジで」
 着地と同時に土地は抉れ、雨にも関わらず砂塵が巻き起こり、大地が鳴動する。
 あまりに不機嫌に着地したので、危険をいち早く察知した男達は、竜の背からゾロゾロと飛び降り距離を取る。
「やべぇ!逃げろ!!こらガンジャ早く飛べ!!」
「無理だよシシオ、苔が凄くて足元滑りそうじゃないか」
「ふざけんな!早く降りてこい!やられんぞ!!」
 びしゃびしゃに濡れた獅子頭のシシオが今にも嚙みつくぞとガンジャを脅すが、ガンジャは竜の背で無理無理と首を振り続ける。
「ジンジャーさん早くあやまって!」
「炎天竜よ、喰らうならこのジンジャーだけにしてくれ」
 ブチ猫の猫獣人ブッチーと、リザードマンホリカワは冷静に炎天竜に一言残し、感謝の意を込めて頭を垂れると、我関せずと踵を返す。
『ほう…ジンジャーと言うのか?貴様は我の風除けの魔道を持ってして寒かったと抜かすか。散々あれだけ加減は如何だと問うたにも関わらず、最高だ最高だと大声で叫び、いざ到着した途端に寒かったと……あのお方に粗相が無いよう気にかけた我を愚弄するか。ならば温めてくれようか』
 炎天竜は首を返し、その大きな双眼でギロリとジンジャーを睨みつけ、口内に火玉を乱回転させる。
「あわはわうは!!ダメですダメです!ブレスとか死んじゃいます!!てか炎天竜さんってオッドアイなんですね。青い瞳が無茶苦茶綺麗ですよ」
『ふん、海王の奴との、そのなんだ、番みたいなモノの証であるからな。むぅ、仕方ない。やはり待っていてやろう。さっさと用事を済ませて来い』
 何が落ち着きを取り戻すきっかけとなったのかは不明だが、炎天竜は突如として柔らかい表情を見せ、猫のように丸くなり動かなくなる。
 しかしジンジャーはまるで子猫を見守るように、すっかり乱れたミルクティーベージュの長い髪を一纏めに結い直しながらニマニマと慈愛の視線を送っている。
 一向に立ち去らないジンジャーに痺れを切らした炎天竜はその長い尾を器用に使い、眼前の男へと巻き付け即座に投げ飛ばした。
『不愉快な目で見るな』
「うわぁ…ヘアゴム飛んでっちゃったじゃないですかぁ!!」
 己が身も投げ飛ばされているのに、なんら焦る様子は無く、ジンジャーは視界に映る橋脚へと、十指から伸びる糸を飛ばし、振り子の法則で軌道を確保すると、踵で地面を抉りながら勢いを殺す。
「グギギギっ、痛い熱い!カカト熱い!!ぬはっ」
 あまりの速度に止まりきる事が出来ずに、再び飛び上がってしまうが、既にジンジャーは娯楽を楽しむように笑みを浮かべている。
「ジンジャー!!助けてあげようかぁ?」
「大丈夫ですブッチーさん!!」
 何処ぞの体操選手のようにくるくると回転をしながら、若干のヒネリを入れて何事も無かったかのようにスーパーヒーロー着地を決め込む。
「恐ろしい程にキマってしまった」
 心配して駆けつけて来てくれた罪喰いシンイーターの先輩達に格好つけたからには失敗は出来なかった。 着地がうまくいったのがあまりにも嬉しいのか、小さく安堵の息を吐き、決めポーズのまま微動だにしない。
 見ろ、俺をもっと見てくれと背中に書かれているような佇まいである。
「んん?」
 ふと正気に戻り、その指先に伝う妙な感覚に目を凝らすと、其処には女性特有の柔らかい部分を鷲掴みにしている事に気が付く。
「うわぁ、ラッキースケベ。パンツ見えてるし。あっ、高畑じゃないですジンジャーです。ってうわ!!怪我してる?!」
 意識を失っていた少女も、突如振り降りた暴漢の凶行に抗おうと、薄く目を開くが、その視界に「大丈夫ですか?生きてますか?!」とテンパりながら胸を揉みしだいている変態を捉えると、思考を放棄し意識を手放した。
「同業だね、やっぱり敵は近いよ」
 冒険者特有の空気感と、太腿に装備している短剣を見て冒険者と判断すると、ブッチーは回復薬を傷口に垂らし、その場でショップから購入したブランケットを腰回りに巻く。
「ジンジャー、橋の下運んで。おっぱい揉みまくったぶん働け」
「わざとではないですよ?」
 ブランケットは下着が見えないようにとの配慮だろう。
 目配り気配り心配りが出来る元犯罪者と、焦りテンパり乳もみくりまわす元警察官。
 人の業は深いものである。
「とりあえず風除けでも作ってやるか。ガンジャ手伝え」
「うん、ベッドと石油ストーブは買っておいたよ」
 ショップをフル活用して環境を整えて行く罪喰いシンイーターの面々。
「これじゃ風邪を引くだろ」
 ホリカワが何を思ったのか、少女のチャイナドレスを切り裂き、簡単に着させられるバスローブに袖を通させる。 少女は勿論下着だけのあられもない姿にさせられてしまったので、それには待ったの声がかかる。
「おいおいホリカワ、お前それはヤバイだろ」
「だまれロリコン。歳下は範囲外だ」
「ロリコンじゃねぇわ!」
「くっ…やはり練乳で彩るべきか」
「いっぺん死んでこい」
 次々に設備は整っていき、気付けばそこはスタジオの撮影用セットのような、三面だけは一般家屋と言った様相になる。 こだわりすぎだが、それを止める者は誰もいない。
「じゃあ本題に入ろう」
 少女は眠ったまま起きそうにないので、とりあえずどう動くかと話し合いが始まる。 各々ジャケットを干してストーブで暖を取っている姿は、下町のコインランドリーで駄弁る老人達に通ずるモノがあるだろう。
「今回の敵は冒険者でない可能性が高いので、6条の適用が妥当だと思う」
 ブッチーの切り出しに罪喰いシンイーターの面々はそれぞれ頷き、ガンジャが手を挙げる。
「反対はないよ。禁則事項第6条、冒険者の活動を妨害する者、または冒険者に対し明確な殺意、それを可能とする武装を準備する行為を禁ずる、だね。でも但しからは無視するのかい?」
「無視にはならねぇだろ。ここに葬儀屋アンダーテイカーの予備軍がいるんだからよ?けど権能も祝詞もわかってないんだから葬儀屋アンダーテイカーギルドが存在するって事にはならねぇだろ」
 シシオが噛み付くが、このやり取りに半ばキョトンとしているのはジンジャーである。
「えと、まずその但しってのはなんなんです?自分に関係あるなら聞いておきたいんですけど」
「但し、敵対者が冒険者以外の種族や組織である場合、葬儀屋アンダーテイカーギルドに執行権を委譲し、罪喰いシンイーターの執行は加害者のみとする。って奴だな」
 ホリカワが葉巻の煙を吹きかけながら説明すると、ジンジャーは更にキョトンとした表情を浮かべる。
「いやいやいや、無理無理無理!罪喰いシンイーターの諸先輩方が任されるような案件に低レベルの自分なんかが何をどうしろと」
「だからそのまんまだよ。本来なら、葬儀屋に後始末を任せる案件でも、葬儀屋がまだ存在してない場合は罪喰いシンイーターがって話だ」
「ほっ。ですよね、ですよねぇ。良かったぁ。無茶振りも過ぎる的な感じになりかけましたよ」
 あー、良かったとジンジャーは寝っ転がる。
「でもお前が今回のクエストで葬儀屋アンダーテイカーの力を発言したら全指揮はお前に渡して俺たちは予定通りに護衛に回る。それだけは理解しておけよ」
「えぇぇ!?自分にまさかの指揮権ですか?くっ、自分には隠された力が…なん…だと!?左手が疼きやがる」
「ホリカワ、あまりジンジャーに詰め込み過ぎても壊れるから、僕達主体で行こう。ジンジャー、ちょっと巡回してくるから女の子の看病と護衛頼むね」
 ブッチーが散らかった会議を締める。 そして罪喰いシンイーター各々が立ち上がる。
罪喰いシンイーターは、冒険者が冒険者たらしめるべく、我を捨て己を捨て法を犯す者の罪を喰い散らす悪たる正義である事を誓う」
 ブッチーの言葉に、其々が拳を胸に当てる。
「ちゃっちゃと皆殺しにしよう。総員、抜刀!!!」
 罪喰いシンイーターの面々が武器を抜く、その武装は全てが一線級の業物ばかりであり、罪喰いシンイーターが地球上で間違いなくトップランカーギルドであるかをまざまざと見せつける。
「じゃあ散開。手ぶらで帰ったら罰金ね」
「誰に抜かしてんだクソ猫」
「シシオとは日本に帰ってから話があるからね?」
 その会話を最後に、罪喰いシンイーターはその場から姿を消した。
「行っちゃいましたねぇ。こんなとこに放置されるとは思いもしなかった」
 ジンジャーが振り向くとベッドやストーブのみならず、誰かがネタで購入したペルシャ絨毯までもが敷かれた異様な空間で、小さく寝息を立てている少女の姿がある。
 その寝息に釣られるように、欠伸を吐き出すと、ジンジャーは何かに閃いたように掌へポンッと拳の腹を叩きつける。
「人肌で温めるのがいいんですよね?確か」
 正気の沙汰では無い。 何を思ったのか黒いコートを脱ぎ捨て、濡れたTシャツをも捨てて革パンだけの姿になる。
 事案だ。
 ジンジャーは看病のつもりかも知れないが、世間様はそれを認めてはくれないだろう。
 いくら互いに戦いの場に身を置く戦士と言えど、相手はまだ十代半ばの少女である。 いくら裏の顔がアバズレだとしても清い天使のように扱われる十代半ばの少女なのだ。
 しかし今回に至っては胸を揉まれて気絶するような生娘が相手だ。 そんな少女が目を覚ました時に、自身はバスローブ姿で、隣に裸の男が寝ていたら如何思うだろうか?
 答えは火を見るよりも明らかである。
 何故かジンジャーは胸を高鳴らせながら、そっと毛布をめくり、起こさないようにと静かに足を滑らせる。
 其処には女性特有の甘い香りと、体温で温められた熱が綯い交ぜになり、思わずジンジャーも興奮を隠せずに熱い吐息を鼻から漏らしてしまう。
「見つけたぞぉぉお!冒険者ゃぁああ!!!」
「空気読めやゴラァ!!」
 突如迫り来る凶刃、ジンジャーは蕩けた視線を一瞬で冷めた目に切り替えると、少女を抱き上げベッドの下へと隠す。
「シシオさんに怒られますよ?日曜大工楽しそうにしてたのに」
「死ね死ね死ねぇぇぇやぁぁあ!」
 5つに枝分かれした鎌爪がジンジャーを襲うが、涼しい顔で1つ1つを避けて行く。
「あのぉ、お兄さん?攻撃が単調過ぎません?シューティングゲームとかした事あります?」
「うるせぇぇええ!!」
 少女がなす術無く逃げ惑うしか無かった男の猛攻に対し、ジンジャーはまるでゲームを楽しんでいるようにニコニコと笑いながら変幻自在の五爪を避け続ける。
「お兄さん、多分両手がそれだったら強かったと思うんですよ。フェイントとかも効くし」
「強がりはいらねぇよぉ?お前はどうせ死ぬんだからぁはぁ?!」
「自分は一応十本あるんですよ。ってあれ?死んでるの気がつきませんでした?」
 ジンジャーが自身の胸元に両手を手繰り寄せると、男は全身が鋭利な刃物で斬り刻まれたかのよう、崩れ落ちる。
「自分、結構強いんですよ。ってくっさぁ。川に捨てて掃除しとかなきゃ。罪喰いシンイーターの皆さんに怒られます」
 其処に残ったのは街路樹のようなミスリルの凶刃のみ、肉片は全て川に投げ捨てられた。
 ふと気がつくと、ベッドの下から這いずり出た少女がジンジャーを見てブルブルと震えている。
「あっ、起きたんですね。さっきはおっぱい触ってごめんなさい。あっ、そうだ、自分はジンジャーって言います。日本の冒険者です。あなたの名前を聞いてもいいですか?」
「り、リリー、です。冒険者名はトキシック・リリー」
「じゃあリリーちゃん。よろしくです。諸先輩方に護衛を頼まれてるんで、どんと頼っちゃってください」
 リリーは震える手で、差し出されたその手を握った。








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