だんます!!

慈桜

第四十八話 インテリ眼鏡の暗躍?

 
 中国ウイグル自治区。
 広く整備されてはいるが、人の気配が少ない街中に薄緑のサラサラの髪を靡かせながら、ゆっくりと歩く人影がある。
「やっとついたようだ」
 男は視線を上げて辺りを見渡す。 黒縁眼鏡から覗く髪色同様の瞳と切れ長の鋭い目を柔らかくする泣きぼくろ。
 日本では行方不明になったと一騒動になった渦中の人物であるシステマは、此処にいた。
 中国内でも多民族国家、いや多民族地域であるウイグル自治区であるが、原住民の姿形、そのどれにも当てはまらない西洋と東洋のいいとこ取りをしたような美青年に、行き交う人々は視線を集めるが、直ぐに興味を失ったように建物の中に隠れてしまう。
「お待ち下さい!!お待ち下さいシステマ様!!」
 システマの名を叫びながら遥か後方を追うは、システマを少年にしたような見た目の多々羅である。 見る者が見れば兄弟だと思ってしまうだろう。
「多々羅、どうでした?わかりましたか?」
「これより西の地域は未だに人間狩りが行われているようですね。難民も多くがチベット、ウイグルに流れこんではいますが、此処らは難民受け入れを拒否、そして全域、完全に制圧されていて、奴隷労働者と老人しかいないようです」
「そうか、じゃあそこを目指そう」
「はい!!車を回してきます」
 ウイグルは以前より、中国から侵略による武力制圧を受けており、民族性によりイスラム教徒が多い為、テロリストとの繋がりを示唆と言った不透明な理由での弾圧、虐殺が繰り返されている。
 それはウイグル自治区に油田が発見されると、さらに激化し、今では軍属では無い漢民族が鉄パイプ片手にウイグルの民を虐殺し、女は攫う男は殺す、そんな創作の世界のような極悪非道が日常的に繰り返されている。
 繰り返されてはいるが、システマはこの地で何をしようとしているのかは一切の謎だ。
 彼はそんな人類の暗黒点とも言えるべき激動の地に如何なる理由があって訪れようとしているのだろうか?
 こう言ってはなんだが、彼は虐げられている人を救う為に立ち上がろうとするような高尚な人間のようには感じない。
 飽くまでも彼は自身と、そして自身の貪欲なまでの知識欲の為にしか動かないような人物であろう。
 更に付け足して言うならば、その小さな肩に寄り添ってきた僅かな者であらば、もしくは救いの手を差し伸べるかも知れないが、基本は不干渉を貫くはずである。
 だが、彼が訪れたのは、そんな男には背景としてはとても似つかわしくない血と悲哀に塗れた地である。
「止まれ!!構えろ!!発砲!!」
 システマと多々羅を乗せた四駆のトラックは、街の出入りを監視する兵により無条件に発砲され蜂の巣にされる。
「止まれから撃てまで一瞬でしたね」
「あぁ、今ばかりはダンマス達が使う基本術式に感謝するよ。転用しておいて良かった」
「どういたしますか?弾かれるとは言え」
「迷惑ではあるな。眠っていてもらおうか」
「ではお任せ下さい」
 多々羅は自身の速度を活かして瞬く間に接敵、額に掌底を打ち込み脳を縦に揺らすと、顎へ側面から裏拳を振り抜き縦と横に脳が揺れた事により、兵士は意識を刈り取られ膝下から崩れ落ちる。
「では、行こう」
 車を失った為に徒歩で目的地へ目指すが、その先でシステマ達を待ち受けていたのは、思わず目を背けてしまうような残酷な光景だった。
 路肩に乱雑に並べられた亡骸の数々、その亡骸に共通点は無く、老若男女が、中には小さな赤ん坊までもが惨たらしく事切れている。
 目を背けても、辺り一面に広がる腐臭、そして肉の焼ける匂いと、髪の毛が焼けた独特な臭気。
 今なお炎上する石造りの建造物や、空を覆い尽くす黒煙。
 歪な正義を掲げ鳴り響く銃声と怒号、そして大地が嘆き悲しんでいるかのように断末魔と啜り泣きが木霊する。
 当然、異分子であるシステマと多々羅は、無慈悲な銃弾の豪雨に曝されるが、多々羅は黄金色の刀身を持つククリ刀を高速で振るい弾除けをする。
 まるでハチドリの羽ばたきのように残存を残して振るわれる刀身に、弾丸は礫を指で弾くかの如く、放物線を描き地に転がっていく。
「すごいね。アメコミのヒーローみたいだ」
「冒険者の初期スキルです。奴隷を騙す為の褒美ですよ、今だけはシステマ様を煩わせる事が無いのでダンマスには感謝しておきます」
「あと少しの辛抱だね。此処から始めよう。そして本当の自由を」
「えぇ、本当の自由を」
 剣閃でライフルの銃身を斬り落としたのを皮切りに、兵士達は一時撤退を始め、繰り返されていた発砲音のノイズが消える。
 システマは、ゆっくりと歩き出し惨たらしく痛めつけられていた虫の息の男に近寄る。
「こ……て…くれ」
 弱々しく聞き取りづらいが、確かに男は『ころしてくれ』と言っているのが見てとれる。
 あまりの苦しみから、救いを求めているのがひしひしと伝わったくるのだ。
「あなたの命、これからの世界の為に大切に使わせていただきます」
 システマは男のシャツの胸の部分をナイフで切り裂き、露出させる。 自身の左手を心臓に押し当て、右手を倒れ伏す男の胸にそっと置く。
『コア起動、術式変換、言語術式』
 コア起動と共にシステマが淡く光を放ち、指先で胸に何やらの式を書き記し、術式変換と唱えた直後には、倒れた男の体は無数の蛍が舞うかのよう、美しい蛍光色の光を撒き散らし粒子へと変換されて行く。
「あぁ…美しい…ありがとう」
「気持ちいいでしょう?痛みを消しておきました」
 優しく笑顔を残すと、男は完全にその場所から光だけを残して消え去る。 その顔は何処か安らかである。
『「言語術式読み取り開始。個体別世界式A′からA′を基盤として使用、個別世界式Bの上書き。A′B=Cとする。存在改変、空欄への後書きを世界式の書き換えと同義とする。なお、因果の対価として魂魄を数値化し変換、希釈して分配とする」』
 なるほどわからん。
 理解は出来ないが、何やらの力の行使により、先程の男はスマートフォン程の銅板に良く似た金属片へと姿を変えてしまったようである。
「システマ様…」
「うん、うまくいったみたいだ。これがダンマスの使ってるデバイスに近いモノだよ。私の力が至らないばかりに、従来の物よりは一枚も二枚も落ちるけど、コアの管理からは脱せるし、多少ばかりの能力上昇、言わば存在昇華が可能。後は一枚につき、二文字までなら、能力を付与できる。と言っても、この能力ベースはダンマスの世界式を使うから、冒険者スキルを取得できるだけだけどね」
「さすがシステマ様です。ここまでの事が可能になるとは」
「ほんの僅かとは言え、ダンジョンマスターの持つ権能に触れる事が出来たからね。同市共々いち早く彼の世界から脱しよう。これは多々羅が使うといい」
「ありがたき…ありがたき幸せに御座います」
 以前にシステマが冒険者を集めてしていた何やらの集会で残した言葉がある。
 〝自身を真なるダンジョンマスターへと存在を改変し、真なる自由の為に君臨する〟
 そう言い残した彼が手に入れた力は、果たして本当に自由の為にと銘打って振り翳すのが正解と言える力なのだろうか?
「その為にも、この地で苦しむ者達を1人でも多く救済・・しようじゃないか」
「えぇ、惨たらしく殺されるぐらいならば、救いの手を差し伸べるべきです。そしてそれはきっと世界を変える」
 それはいとも容易く、他者の命を奪ってまで成さねばならぬ事であろうか?
 始まりは小さな小さな綻びであった。
 未知なる知識への濁流のような欲求が、いつしか禁断の果実となり、人格すらも塗り替えてしまったかのように感じる。
 力は慢心を生み、慢心は思慮を削る。
 彼は既に恋に盲目だった1人の冒険者では無くなってしまったのかも知れない。
「あなたにもコアさんにも敵わないのは百も承知です。ですが悪足掻きはさせて貰いますよ。本当に救いたい愛する者を、あなたの管理下から奪いとるまではね」
 これより、僅か10日の短い期間に、多々羅以下50名を越える冒険者が、世界そのものを構築している冒険者システムの管理から消えた。 それと同時に、時を経て冒険者でも人間でもないナニカと呼ばれる存在が誕生していた事など、この時はまだ誰も知る由が無い。









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