だんます!!

慈桜

第四十五話 どうしてそうなった?

 
 御徒町の雑居ビル内にて。
「システマ様、これですよ。此処がおかしいと思いませんか?」
「それは魔素の変換式だろ。見て簡単に解……そうか、なんでこれがわからなかったんだ!そもそも魔素そのものがおかしいんだ!!亜空間も魔力云々じゃない。そうだ、根本的な問題じゃないか」
「ダンマスの存在が完全に我々を麻痺させていましたね。でもそれを解した所で、八方塞がりですが…」
「いや、魔石を調べよう。それが一番近道のような気がする」
「それは先日やったではありませんか。光学顕微鏡で観察して、無数のゼンマイが結合した粒子の集合体だと発覚したばかりです」
「そうだ、それなんだよ。ゼンマイと言え、それは歪であり、正しくもある。見る者によりシンメトリーであり、アシンメトリーでもある輻射上の粒子の集合体。その1つ1つが無限の可能性を秘めた亜空間そのものであり、この世に存在し得なかった万能粒子……そうか、そうだったのか!!わからないはずだ!!」
 システマは山積みになった資料をぶちまけて一冊のノートを取り出しペンを拾い上げ白紙のコピー用紙に乱雑に式を書き連ねていく。
 そのノートには、過去にメイズに見せた仮初めの世界式が事細かに記されている。
 そう、メイズにリンクの無いURLを見せられているようで気持ち悪いと評価されたあれだ。
 システマは寝る間も惜しみ、ただ只管にペンを走らせ続ける。
「多々羅すまないが、ヒルコとカルラだったかい?あの子達の仲間をみんな集めてDMを……そうだな、DM10万分の魔石を集めてくれないか?当然私も潜る。これは一刻も早く集めなければならない」
「かしこまりましたシステマ様。全ては御心のままに」
「やめてよ、それ。なんかむず痒い」
 この日を境に、システマ以下第四期50名の冒険者は文字通りに、寝る間も惜しみ魔石を集め続けた。
 矛盾になるが、DMでアンプルに入った気付け薬を大量に使用し、物量で押し切る作戦で来る日も来る日も魔物を狩りまくったのだ。
 一時的にソフマダンジョン上層では冒険者トレインと呼ばれる名物になる程に、狂気の沙汰とも言える狩りを連日続け、僅か6日間で10万DMもの途方も無いDMを集めきったのだ。
 システマは目の下を真っ黒にしながらもペンを走らせ続け、1つの術式が完成すると同時に意識を手放した。
 これまで共に研究をし続けて来た多々羅も、システマが意識を手放すのを見届けると、直立不動のままにぶっ倒れた。
 それより約2日後、互いに空腹と喉の渇きに限界を覚え、小さく咳き込みながらに目を覚ますと、多々羅も目を覚ましたようで、ピクッ、ピクッと指先を動かしている。
 身体が思うように動かないようである。
 いくら冒険者と言えど限界はある。 ましてや、レベルが段違いのシステマと多々羅では、根本的に身体の出来が違うのだ。
「ほら多々羅。飲めるかい?」
 システマがペットボトルの水を渡すと、多々羅はなんとかそれを受け取り、ゆっくりと飲み始める。
「さて、早速実行してみようか。多々羅、動けるようになってからでいい。今回動いてくれた四期の冒険者をもう一度集められるかい?場所は第四中学の講堂にしよう」
「かしこまりました。直ちに招集致します」
 それからの行動は早かった。 紙の束をアイテムボックスに収納し、フラつく身体を制しながら、ゼリーとバナナを食しながらに目的地へと目指す。
「システマ様、一体何がわかったのですか?」
「それをこれから実証するんだけどね。もし、これが正解だったら私は少しばかり悲しくなってしまうかもしれない」
 システマの意味深な言葉に、多々羅は小さく首を傾げながらに追従する。
 第四中学の講堂を強引にこじ開け、システマは自身が書き記した式を1つ1つ並べ、そしてその上に魔石を置いて行く。
 講堂一面に術式が記された紙で埋め尽くされ、並べられた魔石は幾何学模様を描く魔法陣のようにも見える。
 1人2人と第四期の新人冒険者達が集まり、それらをぐるりと取り囲む様に並ぶと、壇上にシステマが立つ。
「夜分遅くにすまない。私はメタニウムのシステマ、第一期の冒険者だ。君達はハクメイ…庭師ランドスケーパーを神聖視している者達の集まりだったよね?今回の実験がうまく行けば、きっと庭師ランドスケーパーも諸手を挙げて歓迎してくれる力を手に入れる事が出来ると思う。だから暫しの間協力して欲しい」
 静かにその言葉を歓迎するように、講堂に集まった冒険者達は小さな拍手を返す。
 その反応に怒号が響き渡る。
「もっと盛大に拍手をしろよ!!我らが多々羅様が崇拝するシステマ様が直々にお声を掛けてくださっているんだぞ!!」
 半ズボンが眩しいマッシュルームカットのショタ少年の言葉に、新人冒険者達は遅れを取り戻さんと拍手喝采を始める。
 そのあまりの様相にシステマは苦笑いしてしまうが、咳払いと共に茶番は終わる。
「やって欲しい事は1つ、無理の無い程度に、目の前の術式に魔力を流して欲しいんだ。魔力を感じる事が出来ない者はこの盃一杯分の血を分けて欲しい。ただそれだけなんだ」
 冒険者達は各々に理解を示し、頷いたり声を上げたりしている。
 戦士職の者達は、先ほど怒号をあげたマッシュルーム少年に良く似た少女が盃を配り血を集め、魔力はあるが純粋に放出する事がわからない者達にはマッシュルーム少年が指導にあたる。
 そして全ての準備が整った。
「じゃあ行くよ、せーのっ!!!」
 システマの合図と共に、血と魔力を流した冒険者達は一斉に自身の身体の中から何かが抜き取られたかのような錯覚を起こす程の脱力感を覚え、1人、また1人と気を失って行く。
 並べられた術式に光が奔り、それに反応するかのように魔石が紫色の眩い光を放つ。
 システマは自身の全魔力を注ぎ込み、更には魔力回復薬を飲みながらに魔力を流し続けていると、多々羅もそれに続くが、遂には意識を手放してしまう。
「頼む!!間に合ってくれ!!」
 システマも限界スレスレに魔力を流し込んだ所で、突如空間が圧縮されたような錯覚と共に、直視するのは憚れる閃光が迸る。
 コロン、カラン、コロンコロン。
 大仰に広げられ敷き詰められていた術式と魔石は一瞬にして消え去り、そこに残ったのはビー玉のような真紅の玉である。
「…………成功した。成功……してしまった……」
「システマ様……それは…なんなの、ですか?」
 多々羅は異変に気付き、這うようにシステマに問う。
「これは1つの真理だよ。簡単に言えばDMに換算するならば、500万ぐらいにはなるんじゃないかな?最も、そんな事に使うのは馬鹿馬鹿しくなってしまう代物だけどね」
「500万!?10万分のDMが…ですか?」
「そう。ダンジョンマネーとして換算するならばの話だよ。でもね、私はそんな錬金術の為にこの答えを見つけたワケじゃないんだ」
 システマは紅い玉石を握りしめながら、涙を浮かべる。
「何が冒険者は自由だ…。こんなの…こんなのただの奴隷じゃないか……」
「システマ様……教えを乞うてもよろしいですか?」
「そうだね。これは知っていた方がいい。何処から話そうかな……」
 そこからシステマは冒険者53名の前で、静かに話し始めた。
 まずは侵食から世界式の書き換え。
 生命を構成する元素に干渉出来るように世界式を書き換える為に侵食し、言わばダンジョンマスターを食物連鎖の頂点に据える事により完成する、完全なる下位世界への変換。
 上位存在である人間を殺し、そこから抽出される構成元素のほんの一部を使い、擬似生命の循環装置を創り、冒険者にそれを殺させ資源に変える永久機関を設ける。
 これがダンジョンの大まかな仕組みで、特に疑問は無かった。
 でもレベル上昇についてはどうだろう。
 ダンジョンで魔物を狩るとレベルが上昇する。 それは同時に、構成元素をダンジョンマスターに抽出され、人間とは程遠い気薄な存在へと徐々に書き換えられて行くと同義。
 ダンジョンマスターは富と権力を対価に与えて、リアルをデジタルに変えようとしているんだ。
 わかりやすく簡潔に説明すると、偽札の製造に似てるかもしれない。
 人間を殺すと100万円が貰える。 その100万円のうち10万円で一億円の偽札を刷る。 冒険者は偽札を得る為に迷宮で仕事をする。 そしてさらに多額の報酬を得る為に自身の100万円を切り崩し差し出し偽札を刷り続ける無限地獄に陥ってる。 結局人間は偽りの世界で奴隷の如く循環する輪の中に組み込まれ、果てはダンジョンマスターのみが儲ける仕組みになっている。
 これが金なら笑い話で済む。
 欲を満たす為の手段に対してなら、なんの文句も無い。 ダンマスには本当にいい思いをさせてもらっている。 どうぞ儲けてくれと貯金を切り崩してもいい。
 だが、それがテレビの向こう側で自分を操作するコントローラーを握られている状態と考えるとどうだろうか?
 何故冒険者は多かれ少なかれダンジョンマスターに対して敬意を持っているのか。
 何故異世界の罪喰いシンイーター達は、あれ程まで強大な力を持っているにも関わらずダンジョンマスターに膝を折るのか。
 言い出したら疑問は止め処なく溢れ出るしキリが無い。
 それに常識では考えられない程の〝力〟を与えてくれているのもダンジョンマスターその人だ。
 だが、自由を謳い、父親のように愛を持って冒険者を愛でてくれているダンジョンマスターが乱心し、世界式から読み取れるコアさんとの誓約を破り冒険者の消滅を実行したらと考えるとどうだろうか?
 データ化された我々に訪れるのは死すら生ぬるい無だ。
 テレビの電源を切るように、ゲームの電源を落とすように、我々には無が訪れ、ダンジョンマスターのPCの中のHDの肥やしになる。
 そんなの自由と言えるだろうか。
 そんなのはNPCだけで十分だと思わないか?
 冒険者として生まれ変わり、人間とは言えない存在に変換されたかも知れないが、人としての意識は失って無いはずだ。
「だから…」
 一頻り語り終わる頃には、新人冒険者達はシステマに膝を折り、祈りを捧げていた。
 だから…と言い残したシステマは紅い玉石をゆっくりと飲み込む。
 すると、ゆっくりと眼を開く。
 その瞳を僅かに紅く染めて。
「ダンジョンマスターには遠く遠く及ばない。それは分かっている。それでも私は自身を新しいカタチのダンジョンマスターとして存在を改変し、真なる自由の為に君臨しようと思う。戯言に聞こえるかも知れないが、共感してくれた者がいるならば私について来て欲しい。当てつけに聞こえるかも知れないが、皆が崇拝するハクメイも救ってあげられると思うんだ」

 考えすぎである。
 しかし、この小さなすれ違いは次第に大きな綻びとなって行く事は、未だ誰も知らない。







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