だんます!!

慈桜

第二十四話 後輩想いのパイセン?


 

 けたたましくアラームが鳴り響き、寝ぼけ眼でスヌーズを停止する大きな手。

「んがっ!うーん、朝か……」

 冒険者専用の高級宿。
 その中でも一番ランクの低い部屋を月払いで借りている大男は思いっきり伸びをするとベッドから足を下ろし、数秒の逡巡の後に思いきって立ち上がる。

 浴室に飛び込み、熱いお湯で目を覚ますと、顔を思いっきり引っ叩いて気合をいれて着替えを始める。

 黒いスラックスに白と黒のコントラストが特徴的なジャケットに袖を通し、胸に光る金色の紋章。
 剣の突き刺さったウロボロスの紋章を握り大きく息を吐くと、男は大剣を背負う。

 そのまま部屋を後にし、食堂のバイキングに訪れるが、今日はそこに見知った連中がいない事に気が付き首を傾げる。

「あれ?まだみんな寝てるのか?」

「よぉ、デカブツ。他の者はわいが先行かせた。せやからおれへんで!とりあえずお前飯食うたら今日1日付き合えや!」

 大男は独り言ちた後に聞こえた声に気付き、ふと下を向くと、そこには同様に大剣を背負った赤髪の少年がいる事に気付き、顔を引き攣らせる。

「ひっ!!グレイルさん!!!」

「ひっ!てなんや!!どいつもこいつもわいの事バケモンみたいに扱いやがって!!ほんでどないやねん!!返事わい!!」

「はい!!!喜んで同行させていただきまグホアァァッ」

「朝からやかましいんじゃ!デカイ声出さんでも聞こえとんねん!思わず腹どついてもたやんけ!まぁ、ええわ。お前名前なんやった?ガンシャやったか?」

「ガンジャですよぉぉ、ガンシャはやめてくださいよぉ」

「だっはっはっは!!!」

 腹を押さえ込んでへたり込むと、それを見て高笑いする朝から騒がしい大男と少年の正体は、言わずもがな、罪喰いシンイーターガンジャとグレイルである。
 他の面々もガンジャ同様に食堂に来てはいたのだが、どうやらグレイルにシャーと威嚇され撤退させられてしまったようだ。

「にゃー!にゃー!キイロキイロ!見るにゃんにゃん。大剣ゴリラにゃん!!」

「にゃにゃ!!霊長類最強ゴリラゴリラにゃにゃん!!」

 グレイルに殴られて泣きそうになっているガンジャの周りに、二匹のケットシー現れたと思えばぴょんぴょんと跳ね回って騒いでいる。

「うわ、なんでこんなとこにケットシーおんねん。むっちゃ怖いわって危な!!」

 遠目に見ながらグレイルが小さな声で呟くと、エプロンの胸の部分にヒナタと書いた茶虎のケットシーは、全身のバネをフル活用して一気に距離を詰め、そしてグレイルの頭を掴む……事は出来なかったが、その可愛い猫の手がグレイルの頭があった場所を振り抜く。

「ちくちょうにゃんにゃん!!もうちょっとで脳漿ぶち撒けて死ねたのにゃにゃん」

「くそが!!誰やケットシー放し飼いにしてるやつ!!」

 面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりに茶虎のケットシーは尻尾をゆらりゆらりと揺らしながら眼をギラギラと輝かせる。

「やっぱり桁違いに強いにゃにゃん!たっのしいのにゃーん!!」

 再び脚に力を溜め、急速で襲いかかるケットシー。

「ええ加減にせぇ!!!」

 さすがに堪らず叩き落とそうと腕を振り抜くと、グレイルの目前に迫っていたケットシーは粒子となって胡散する。

「なっ!?」

 刹那、静かにグレイルの背後に現れ、その腕を素早く振り抜くと爪がなんとか髪に触れるか否かの寸前で、ケットシーは首根っこを掴まれブラブラと吊るされてしまう。

「うにゃあにゃあ!!離せチビ!!うにゃああ!」

「やかましゃ!クソ猫!!」

 だが、まだ終わってはいない。
 茶虎のケットシーがグレイルの右手の中でブラブラと手足の力を抜いて脱力して落ち込んでいるのを見て、イタズラをしてやろうと左手をワキワキさせていると、突如一条の光が走る。

 パキッと枯葉を踏みつけるような音と共にその身を稲妻へと昇華させ肉迫したのはもう片割れのケットシーである。

「盗技使うメス猫と、閃技使うオス猫か。おもろい組み合わせやの!」

 しかしエプロンにキイロと書かれた名札を付けた片割れの茶虎のケットシーはグレイルの胸に触れるか触れないかの一瞬に、視界が反転し、ヒナタ同様に首根っこを掴まれブラブラとぶら下げられている。

「あ、あぁ、グレイルさんっ、この方達はキイロさんとヒナタさんで、その、イタズラ好きではありますが、本当はいきなり人に襲いかかるような方達ではなく、えと、罪喰いシンイーターとしての処罰とかは、その、あのどうか……」

 ガンジャはその様子を見て、ゴクリと音を立てて生唾を飲み込み、何やら覚悟を決めたようで突如グレイルの前まで駆けつけ土下座をする。

「どうかお許しください!!!」

 決死の覚悟でガンジャは頭を下げるが、グレイルからの返事は無い、だがこの場に似つかわしくない声だけが響く。

「んっ、はぁ、にゃあにゃあ。やめるにゃにゃん!!参ったにゃにゃん」
「にゃんにゃん!!猫扱いするなにゃんにゃん!!」

 ガンジャは恐る恐ると顔を上げると、其処にはお腹を曝け出して喉をゴロゴロ鳴らしながら胸と喉を撫でられてフニャフニャになっている二匹の猫と、それを行いながらニヤニヤしている赤髪の少年の姿がある。

「心配せんでええぞガンジャ。ケットシーっちゅうんは、冒険者の中でも何故か医学に精通した者しかなれへん特殊な種族でな。この種族の特徴の一つと言ってええのが過剰なまでの防衛本能と、仲間を守ろうとする縄張り意識や」

 もう好きにするがいいわと尻尾をゆっくりぺたんぺたんとさせて、逃れたい一心と撫でられたい一心の狭間で揺れる二匹の猫は、眼を細めながら微睡みに落ちようとしている。

「コイツらケットシーは、遥か格上や仲間に危険が及ぶような存在を目の前にすると、さっきみたいに命の有無を厭わずに、ケットシー特有の特殊技能を用いて攻撃をする。それは、居心地の良いコミュニティ、言うたら縄張りを害する者への過剰反応なんやけどな、御する存在がおらん場合に限っては、この無謀な特攻を止めるのは不可能とすら言われてんねやけど、総じてコイツらはいっぺん負かしたら豹変する。冗談やぁん、じゃれつきたかっただけやぁんって懐きよんねん」

 そんな事ないやいと言わんばかりに二匹の猫はグレイルの手を甘噛みしながらにガガガっとキックをかますが、クスッと優しい笑みを浮かべ親指で額から耳にかけてを撫でると、そのままノックダウンしてしまう。

「ガンジャ覚えとけ。これから冒険者はまだまだ増えるけどな、新人でケットシー選んだ奴がおったら有無を言わさず降せ。ほいたら御主人様の為に死ぬわけにはイカンって死にたがりはせんようになる。これも罪喰いシンイーターの立派な仕事の一つや」

「は、はい!!御指導感謝の極みであります!」

「おう、せやけど大剣振り回して御してもあかんで?さっきみたいに首根っこ掴んで振り回して完全に力抜け切るまで撫で回したったらええだけや。まぁ、ミスったら心臓やら脳みそやら引っこ抜かれて穴ぼこにされるからな。せやからここまでおっきなった野良とかは、本来ギルド総出で降す必要がある。こんな初歩中の初歩も教えてもうてないんか?」

 ヒナタとキイロがそのまま眠ってしまったのを見て優しそうに眼を細めるグレイルを見て、ガンジャはあまりのイメージの違いに言葉を発する事も忘れて大きく頷く。

「まぁ、マスターは最終局面での判断力や行動力はズバ抜けとるけど、普段はちゃらんぽらんなクソガキやからな。本来誰とも関わらずにコアちゃんと次元の狭間でゴロゴロしときたい変人やしな」

「ダンマスに関しては、なんとも返事が」

「わぁっとるわ!尊敬してんねやろ?あんなんでも。それは皆一緒や。せやけど、罪喰いシンイーターの一員として、ただ敬うだけやったらあかんぞ?ちゃんとあいつの理解者であろうと心掛けて、友として仲間として力添えしたるんが、わいらの仕事や」

 眠りこけたケットシーを両脇に抱えて立ち上がると、グレイルはそのまま空いている席を顎で示して歩き始める。

「あっこで待っとくから、メシ食えや。こっから先、ヘタレのお前が仲間の為に戦えるように、今日はその背中のオモチャの使い方教えたるから」

「は、はい!!!」

 ガンジャは皿に取り分けた大量の食事を急ぎ早に平らげ、深く頭を下げるとグレイルはステータスウィンドウを広げ、ソフマダンジョンを選択する。

「ほないこけ」

 先行して歩くと、膝丈より少しだけ背の高い二匹のケットシーは、グレイルの裾にしがみつき離れようとしない。

「ほら、お前らもダンジョン行ってこいや」

「嫌だにゃにゃん!!」
「離れないにゃんにゃん!!」

「ワレらケットシーのプライドないんけ!!」

「いい匂いするにゃにゃん!」
「嫁が骨抜きにされてるのに納得しちゃうにゃんにゃん!!」

 異様に懐かれてしまったようである。

 グレイルは仕方ないかと同行を許しダンジョンに入る。
 そこには当たり前のようにゴブリンが徒党を組んでこちらの様子を伺っている。

「ガンジャ、お前大剣のスキルは何を持ってんねや」

「はい!大剣スキルはスラッシュだけであります!」

 何故か敬礼をするガンジャを無視して、グレイルは何やら考え事をしているのか、眉間に皺を寄せて顎を撫でる。

「よっしゃ、わかった。まず、お前に覚えてもらうんはこれや」

 グレイルが大剣を背から引き抜くと、迫り来るゴブリンに向き直る。

「やらせにゃーよ!!」
「心臓ぼっしゅーにゃにゃん!!」

 だが、その目前では二匹の猫が凄惨な地獄を産み出しており、グレイルが大剣を振る間も無くゴブリンは全滅してしまう。
 言葉を失ったグレイルは無言で立ち尽くし、気まずくなったガンジャはおろおろとし始める。

 その2人を見てやってやったぞと誇らしげなヒナタとキイロは、両手一杯に魔石を抱えてグレイルに差し出す。

「褒めるにゃにゃん!!」
「撫でてもいいにゃんにゃん!!」

 グレイルはそれを見て小さくため息を吐くと、二匹の頭を優しくなでる。

「ようやったでヒナタ!キイロ!助かったわー!魔石はお前らで好きに使い。それとな、次はなんもせんと見といてくれるか?」

「んふー、わかったにゃにゃん!」
「ごろごろごろんにゃあーご」

 そして、直後に再びゴブリンが襲いかかってくるが、再びヒナタとキイロが駆け抜け殲滅する。
 さすがに怒られそうだと感知したのか、次は申し訳無さそうに魔石を差し出すと、グレイルは首を左右に振り、二匹の頭をポンポンと撫でる。

「ちょっとガチでやるわ」

 次の瞬間、グレイルの姿が消えゴブリンに切迫する。

 そして、その一瞬にグレイルはスラッシュを連発する。

「ガンジャ、お前これ覚えろ」

「は?」

「は?ちゃうんじゃシバくぞ!!」

「はいすいません!!!」

 すっかり腑抜けにされたヒナタとキイロはすごいにゃすごいにゃと踊り回っているが、グレイルはそれを無視して続ける。

「本来、スラッシュは一発放ったらディレイで固まるやろ?」

「はい!スラッシュを放った後は、仲間の補助が無いと無防備になります!!」

「せやろな。せやけどそれは、マスターが作ったルールを無意識に守ってるだけや。何故か知らんけど、このスキルに関してはルールを破れる」

 そう言ってグレイルはヒュンヒュンとまるでラケットを振り回すかのように大剣を軽々と振り回し、斬撃を飛ばし続ける。

「まず大剣使いは、30層から50層でデカイ壁にぶち当たる。それこそ足手まといや。自分のフォローに入った仲間が傷ついて、作戦の軸にも入れんくなる。絶望する、朝から晩までコイツ振り回しても一向に強くならん。何度も仲間を死線に晒すポンコツになる」

 グレイルは大剣を強く握りしめ、腰を落とし溜めを作ると大剣の刀身がジワジワと赤みを帯びる。

「なんでや、なんでや、なんでわいはこんなに弱いんや。なんでカッコええからってこんなもん使おうおもたんやアホやんけってな」

 更に赤みを増した刀身が遂にはビキビキと歪な音を放ち始める。

「わいは50層オーガロードに対して腑抜けになったまま、やけっぱちにスラッシュと一閃を放った。せやけど、向こうには擦り傷しかつけへんかった。わいの何倍もあるデカさのオーガロードが、目にも止まらん速さで剣と言うにもアホらしい鉄の塊振り回しよんねん。あかんわ、これ死んだ。普通にそないおもたわ」

 刀身が完全に血の色の赤に染まると、グレイルは更に腰を深く落とす。

「嘆いた、ほんであまりに弱いわいはあろう事かマスターを憎んだ。なんでこんな弱いクラス作ったんや!なんでわいはこんなに弱いんやってな」

 刃の中で血が蠢くような鼓動が始まると、刀身は遂に黒みを帯びて変色をし始める。

「ほいで、目の前で、俺の唯一の親友であるシリウスが、俺を庇って吹っ飛ばされた。意味わからん、なんでや。お前なんで前立ってんねん。ワレは魔法屋やんけってな。オーガロードがシリウスを踏み潰そうとした瞬間、俺の頭ん中は真っ白になった」

 完全に黒に染まった大剣をグレイルはそのまま振り抜くと、不壊が付与されている壊れるはずのない迷宮の壁を抉り、黒い斬撃がゴブリンを一瞬で塵にする。

「気付いたらわいはオーガロードの肉片の上に立っとった。そん時は何が起こったんかもわからんかった。けどな、後にそれは形になって現れた。スキルのディレイ制限解除や」

 ポンポンと刀身を叩くと、その大剣は先ほどのような大技を放ったにも関わらず、黒く染まり上がったままである。

「仕掛けはむっちゃ単純や。スキルっちゅーもんは発動して直後に僅かに見える0コンマ数秒の未来の自分の動きをトレースして発動する。言わばズルや。せやけどそれを無視して、スキルを神技としてやなく、技能として物にする。レベルで表示される数字の強さや無く、存在の強さを完全に我の物とするんや、そしたら」

 先ほどの目の覚めるような斬撃を次は永遠と放ち続け、果ては斬撃が巨大な龍のような姿に変わる。

「大剣使いは最強のクラスになる」

 迷宮の壁は斬撃を受けズタズタになっているが、次第に修復を始める。
我関せずと大剣を背負い直すと、グレイルは背後で飛び回る二匹のケットシーに指を差す。

「こいつらと一緒にスキルの連続発動ができるまで潜れ。こいつらケットシーは、冒険者の中でも最も本能のままに生きてる最も物騒な存在や。せやからお前もこいつら見て学んで大剣使いとして本能のままにソイツを振れるようになれ!!これでグレイル先生の授業は終わりや!!わかったか」

 ガンジャは背から大剣を引き抜き、覚悟を決めた面構えで構える。

「はい!自分も……自分も誇りある罪喰いシンイーターであろうと覚悟を決めてこのジャケットを羽織りました。グレイルさんに言われた、背中に背負ってるもんはこの先最も仲間の為に力を振るわなければいけない得物だって言葉、片時も忘れた事はありません。でも……正直限界感じてて……強く……強くなりたいです……」

「ちょ!お前そんなデカい図体で泣くなきもい!!」

「にゃはは!!きもいにゃにゃん!!」
「ゴリラゴリラが泣いてるにゃんにゃん!!」

 大剣を握りしめてボロボロと泣くガンジャは、ヒナタとキイロに慰められるが、やはり思う所があったのだろう。
 泣きながらも、そのガンジャの眼には強い意志が宿っているのは誰の目にもわかった。

「仕方にゃいにゃにゃ!!ヒナタが特別講師になってやるにゃにゃん!!」

「キイロも手伝うにゃんにゃん!!」

「はい!!!お願いいたします!!」

 後に罪喰いシンイーターにこの人有りと、グレイルと双肩を担う程の大剣使いとなる男も今はまだその一歩を踏み出したばかりである。

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