銀黎のファルシリア

秋津呉羽

エピローグ――本日晴天

 リングハウスでの出来事から数日後。
 ククロはファルシリアと一緒に彼女の生家へとやって来ていた。ミスリアとスウィリスとの戦いで滅茶苦茶になってしまったのを、掃除するためだ。

「確かに手が空いてたのは俺だけとはいえ……まさか、掃除に動員されるとは……」
「良いじゃない、たまには人の役に立つのも」

 倒れた箪笥を持ち上げながらククロがぼやくと、ファルシリアは小さく笑う。
 そんな笑みを浮かべるファルシリアを見ながら、ククロは陰でホッと安堵の吐息をつく。リングハウスでのスウィリスとの一件で、一時期、ファルシリアは見てられない程に落ち込んでしまっていたのだから。
 ただ、今の様子を見る限りでは、何とか自力で立ち直れたようだった。

「つか、俺を生家に連れてきてよかったのか?」
「うん……いいんだ。今回、ククさん達には迷惑をかけたしね。いつか、翡翠さん達も呼んでみたいものだね」

 今回の一連の出来事で何か心境の変化があったのだろう。せっせと掃除をするファルシリアの背中を見ながら、ふむ、とククロは一つ。今なら聞けるかと、タイミングをうかがって口を開く。

「スウィリスとの件、結局どうなったんだ? 今更、殺す、なんて言わないだろ?」
「そうだね……」

 そう言って、一度言葉を切ったファルシリアはどこか遠い瞳をして、噛みしめるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「父親を殺したスウィリスは憎い。でもそれと同じぐらいスウィリスが好きだ。決して許せはしないし、元通りとは行かないけれど、それでも共に過ごしていこうと思う」
「重いな」
「うん、でも、人生はここで終わらない……歩いて行かないとね」

 復讐という地点で断絶していたファルシリアの人生だったが……少なくとも、あの戦いを経て、『その先』ができたようだ。それだけでも、傷だらけになったかいがあったというものかもしれない。無意識に笑みを浮かべて、ひっくり返った机を戻そうとして……ふと、ククロは気付いた。

「お、ロッキングチェアなんて珍しいものがあるんだな?」
「うん、お父さんが使ってたものだよ……ちょっと休憩しようか」

 そう言って、ファルシリアはロッキングチェアに腰掛ける。そして、穏やかにぎこぎこと前後に体を揺すり始めた。どこか、郷愁を感じさせる瞳をしているファルシリアを見て、一人にさせてあげようと思ったククロは、部屋の外に出た。
 蒼穹の空に太陽が眩く輝き、うららかな陽光を大地に降らせている。

「俺も、何か目的を見つけないとなぁ」

 『生きる』ために『生きる』……という、時代はもう終わりを告げた。
 ファルシリアも新しい道を歩み始めた今、ククロもまた、生きるための核となるべき何かを見つける時が来ているのかもしれない。
 それは、特に大げさなことではないのかもしれない。けれど、空虚に生きることはあまりにも悲しくて……だからこそ、生きる目的が欲しいと、そう思うのだ。

「ま、直近は、リングの新人組の面倒を見る所から始めるかな」

 最近になって、ミスリアがリング『野良猫集会場』に加入し、更に賑やかになった。
 女三人集まれば……というか、翡翠、眞為、サクラ、ミスリア、ファルシリアの五人になって更に姦しくなった。そこら辺には若干、辟易してしまう部分もあるが……それでも、若い冒険者である彼女達には、楽しく冒険をして欲しいと願うばかりだ。

「って、オッサンかよ、俺は……」

 リングメンバーの平均年齢が若いだけで、ククロもまだ二十二だ。十分若者と言える年齢ではある。ただ、今までの人生が人生だっただけに、妙に生きることに達観してしまった。
 自分が年寄り臭くなっていることに気が付き、いやだいやだと首を振って、ククロは再び部屋の中に戻ると……そこでは、ファルシリアがロッキングチェアに座って眠っているところだった。
 普段はあまり、他人に眠姿をさらさないファルシリアにしては珍しい。

「ファルさんも一応女なんだから、気を付けないと」

 本人に聞かれたら、関節を逆方向に折られそうなことを平然と呟きながら、ククロはベッドの上に畳んであったシーツを、掛けてやろうとして……ふと、気が付いた。

「お父さん……」

 ファルシリアが小さく寝言を呟いて、ぽろぽろと涙を流しているのだ。
 それに気が付いて、ピタッとククロは動きを止め……ポリポリと後頭部を掻いた。そして、無言で体にシーツを掛けてやると、再びログハウスの外に出た。
 そして、備え付けのベンチに座ると、腕を組んで目を閉じる。

 本日晴天……雨が降る予兆は欠片もなく、どこまでも空は晴れ渡っていた……。

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