銀黎のファルシリア

秋津呉羽

復讐

 ファルシリアは引き抜いた蛇腹剣を水平に構えると、それを一直線に突き込み、機構を作動させた。次の瞬間、猛烈な速度でスウィリスに向かって剣先が射出される。
 眉間を貫く軌道をもって接近してくる蛇腹剣を、スウィリスは跳躍することで回避。そして、空中で身を捩じると、スローイングダガーを次々と投げ放ってくる。
 
 その数合計四本。

 だが、ファルシリアはすぐさま蛇腹剣の柄にスナップを掛け、蛇腹剣の軌道を大きく横にぶれさせると、スローイングダガーを三本弾き飛ばす。そして、残り一本を手元のコンバットナイフで弾き飛ばすと……その手にあったナイフをスウィリスに向かって投げ放った。着地の瞬間を狙った投擲は、しかし、スウィリスが大きく翻した外套によって巻き取られてしまう。
 ファルシリアは舌打ち一つ。
 地面に転がっていたスローイングダガーを蹴り上げると、的確にその柄に蹴り足を合わせ、スウィリスに向かって蹴り抜く。そして、同時に自身もスウィリスに突進してゆく。

「猪が」

 スウィリスはファルシリアが突進してくるのに合わせて後退しつつ、身に纏っていた外套からハンドガンを引き抜いた。そして、照準をファルシリアに合わせると、躊躇い無く引き金を引く。
 マズルフラッシュが瞬き、三発の銃弾がファルシリアの胴体に穴を開けんと迫りくるが……。

「それがお父さんを殺した拳銃かッ!!」

 なんと、ファルシリアは体捌きだけでこれを全て回避してしまった。さすがのスウィリスもこれには驚いたのだろう……目を見張った。
 確かに、銃口の向きと引き金を引く瞬間さえ分かれば、弾丸が飛んでくる軌道は予想することはできるだろうが……それは所詮、机上の空論に過ぎない。
 それを実践してのけるには、尋常ではない動体視力を必要とされるし……何よりも、『銃弾に向かって突っ込んで行く』という常人離れした胆力が必要となる。これが、ククロをもってしてファルシリアが対人戦最強と呼ばれた力量である。

「くっ!?」

 スウィリスは焦り気味に林の中に飛び込むと、空間に向けてダガーを振り抜く。すると、森のいたる所に設置された弩から、ファルシリアに向けて矢が飛んでくる。
 まるで、過去を焼き回ししたかのような光景だが――

「ふっ!!」

 ファルシリアはその場で高く跳躍。そして、道具袋の中から魔法石を取り出すと、それを地面に叩き付けた。

「フレイムウォールッ!」

 魔法石が割れた地点を中心にして、猛火が同心円を描くようにそそり立つ。そして、石を投げ込んだ水面に生じた波のように……周囲一帯を焼き尽くしてゆく。無論、これに突っ込んだ矢は燃え尽き、灰となって地に落ちる。
 ファルシリアは地面に着地すると、スウィリスが潜んでいる林の方へと冷たい視線を向ける。そして、道具袋の中からブリキの缶を取出し……気安い動きで林を焼き尽くす炎の中に投げ入れた。
 次の瞬間、ファルシリアがブリキの缶を投げ入れた場所の炎だけが、数倍近く勢いを強めたではないか。このブリキ缶……化石燃料を使って、ファルシリアが独自に配合した焼夷剤が入った代物だ。それが、フレイムウォールと合わさって爆発的な燃焼反応を引き起こしたのだ。
 決して消えぬ魔法の炎が、燃料を投下されて劫火と化して周囲一帯を燃やし尽くす。
 と、その時、燃え盛る林の中から、マズルフラッシュが微かに瞬き、乾いた音が二発響き渡った。一発はファルシリアの頬をかすり、直撃軌道だった二発目はファルシリアが振るった蛇腹剣によって斬り落とされた。

「そこか」

 ファルシリアは次なる魔法石を取り出して林の中に投げ入れると……タイミングを計って、コンバットナイフを続けて投げ放つ。魔法石が丁度、マズルフラッシュが瞬いた場所に差し掛かった瞬間、コンバットナイフが魔法石に突き刺さった。

「アカシック・ノヴァ!」

 魔法石が砕けた空間に小さな純白の光が灯り……瞬く間に膨張。空間そのものを揺さぶるような大爆発が引きこされた。腹の底に響くような轟音が鳴り響き、燃えかけていた林が一瞬にして更地と化す。
 大量の灰が空中に撒き散らされる中、これに紛れてスウィリスが燃え盛る林の中から飛び出してくる。

 ファルシリアの冷酷な視線と、スウィリスの無機質な視線が切り結び、見えざる火花が散る。ファルシリアが蛇腹剣を抜き放って、スウィリスに向かって振り抜くが……それに合わせて、スウィリスもまた外套の中に携帯していた筒状の物体を投げ放つ。
 その筒状の物体は蛇腹剣とぶつかるや否や、目を潰さんばかりの光を発し、そして、鼓膜を破らんばかりの轟音を鳴り響かせる。

 ――フラッシュバンッ!?

 別名、スタングレネードとも呼ばれる、対象の目を眩ませ、難聴を引き起こす非殺傷用の武装である。だが……例え非殺傷用の武装であったとしても、相手を無力化する効果を持っていることは確かだ。
 視界が白く染まり、見当識の失調を起こしかけたファルシリアだったが……それよりも早く、道具袋の中にあった状態異常回復用の魔法石『ディスペル』を起動させる。

 と……同時に、聞こえてくる足音と、肌で強い危機感を覚えた。
 反射的にその場でしゃがみこむと、先ほどまでファルシリアの心臓があった部分に、猛烈な速度でダガーが突き込まれた。

「ふっ!」

 ファルシリアはその腕を切り落とさんと蛇腹剣を振り抜くが、それよりも早く、スウィリスが手が引っ込め、側頭部に向けて蹴りを放ってくる。ファルシリアはバック転の要領で後方に飛び、着地と同時に腰に蛇腹剣を収め、再度スウィリスの間合いに踏み込む。

 そこからは、至近距離での乱打戦だ。

 ダガーの斬閃が高速で急所を狙い、打撃と蹴撃が相手を無力化せんと次々と繰り出される。
 当然と言えば当然のことなのだが、ファルシリアはスウィリスに師事していたこともあって、その戦い方は非常に酷似している。だが……それでも、その体捌きや打撃のキレには違いが生まれる。

「つ……う、く……っ!」

 スウィリスの口から苦しげな吐息がこぼれる。
 彼女も、まさか本気になったファルシリアがここまで強いとは思っていなかったのかもしれない。そう、動作が酷似していたとしても、ファルシリアの方がその手数や、格闘のセンスがスウィリスよりも圧倒的に上なのである。

 徐々に、徐々に、ファルシリアは燃え盛る林に向けてスウィリスを押し切ろうとする。今や轟々と燃え盛る林の中は真紅一色。押し込まれれば、瞬く間に火達磨になってしまうだろう。

「ちっ! はぁ!」

 スウィリスはファルシリアを押し返さんと、その利き手に向けて蹴りを放つが……ファルシリアはそれよりも早く反応。スウィリスの蹴り足を、縦に構えたコンバットナイフでガードすると同時に、相手の軸足を蹴り上げた。
 空中に浮きあがって無防備になったスウィリスの足を極め、ファルシリアはその体を地面に叩き付けた。そして、反撃できないように、すぐさま首筋にコンバットナイフを押し当てる。

「勝負あったね」

 感情の浮かんでいない瞳でスウィリスを地面に固定しながら、ファルシリアが言う。
 一瞬、スウィリスが反撃を試みんと体に力を入れたが、ファルシリアの極めが完全に決まっていることを理解し、完全に脱力した。

「…………」
「…………」

 周囲の林が轟々と燃え盛る音だけが聞こえてくる中、二人は至近距離で睨み合う。

「最後に確認させてもらう……何でお父さんを殺したの」

 ファルシリアはスウィリスの喉元にコンバットナイフを押し付けながら問う。
 だが……ファルシリアの問いに対し、スウィリスは無言。ただ、ガラスのような瞳がファルシリアを映すだけである。
 その瞳を見て、この女性はこれ以上語ることはないと理解し、ファルシリアは首筋に添えたコンバットナイフに力を込めて、そして――



「今だ、ツバサさん!」



 聞き慣れた声が聞こえて、ハッと身を起こしたファルシリアの視界に、縮地にて一瞬で距離を踏破してきたツバサの蹴りが迫る。

「つっ!」

 直撃すれば骨折必至。ファルシリアはコンバットナイフから手を離すと、すぐさま後方に跳躍してこれを回避……思わず舌打ちが漏れた。そして、声が聞こえてきた方向へと顔を向ければ……そこには、燃え盛る林のから歩み出るククロの姿があったのであった。

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