銀黎のファルシリア
満月の下の銀鬼
誰もが寝静まった深夜の時間帯……高く、高く、満月が空に昇り、虫達が音色を奏でる中、下草を静かに踏みながら、ククロはユーティピリアに隣接する草原へと来ていた。
普段ここ一帯は、新米冒険者の経験を積むための格好の場になっていて、わりかし賑わっているのだが……さすがにこの時間帯には誰もいない。
ふぅ、とククロは小さく吐息をつく。
誰もいないはずの草原……にもかかわらず、そこにある空気は身を切るほどに張り詰めている。息をするだけで肺がひりつき、一歩足を前に踏み出すだけでも膝を折りそうになる。
それだけのプレッシャーをここ一帯に放っているのは、草原の中心にいる人物だった。
「よう、ファルさん。お月見とは風情があるねぇ」
「………………」
月光を浴びて煌めく髪色は蒼銀。
闇の中で鮮血のように妖しく光る瞳は真紅。
普段見慣れているはずのその姿が、今は、闇の中に潜む血に飢えた魔物のように見えてしょうがない。それほどまでに……今のファルシリアは圧倒的な威圧を放っていた。
軽口は全く必要ないと分かったククロは、肺の空気を入れ替えるように大きく深呼吸を一つ。そして――剣を抜いてファルシリアに歩み寄った。
「用事があるとあったが……俺に何の用だ?」
「三日後、スウィリスを殺すのを手伝って欲しい」
その言葉に一切の躊躇いはなく。ただただ、ありふれた事実を突きつけるかのような、冷徹さがあった。普段の温厚なファルシリアからは考えられない。まるで……初めてククロがファルシリアに出会ったころに戻ってしまったかのような。
――いや、あの時よりももっとひどいかもしれんな。
冷や汗が止まらない。
ククロの奥底にある冒険者としての本能が、生命としての警告が、目の前の存在を斬れと、先ほどからウルサイぐらいに訴えかけてくる。それを強引に押し殺して、ククロは口を開く。
「言ったはずだぞ。俺は復讐を否定しないが……そこから先にファルさんの幸福がないと分かっている以上、手伝うことは――」
「何をもって幸福とするのか、それを決めるのはククさんじゃない。それに……もう、私達は幸福に手が届かないところまで来てしまっているでしょう?」
「…………言い方を変えよう」
そう言って、ククロは眼光を鋭くすると、殺気を纏っているファルシリアを正面から見据えた。
「ファルさんよ、アンタは復讐を終えてどうするつもりだ……よもや、死ぬ気じゃないだろうな」
「………………」
ファルシリアは何も言わない。だが……それは同時に、復讐の果てに待っているものは底なしの絶望なのだと、肯定しているようなものであった。
ククロは片手に持っていた剣を大きく振ると、それをファルシリアに突きつけた。
「ならば、復讐の手伝いはできない」
「そっか……ククさんも『私』を否定するんだ」
ファルシリアから発せられる殺気がその重圧を増す。意識をして踏ん張っていないと、足が勝手に後ろに下がってしまいそうになるのを必死に堪えながら、ククロは大剣を正眼に構える。
「言葉で言っても聞かないのはこの殺気を感じればわかる。実力行使で止めさせてもらうぞ」
「止められるの、ククさんが私を?」
「止めてみせるさ、俺がファルさんを」
そう言った瞬間、ククロは地を蹴る。
フェイントや小技を完全に廃した、最短距離を一直線に突っ込む軌道。一撃のもとにファルシリアに敗北を突きつけんと疾走するククロだが……それよりも早く、ファルシリアが蛇腹剣を振り抜いた。
連鎖する鋼鉄の音と、威嚇するようなワイヤーの音が混ざり、独特の音を発しながら、一直線にククロに向けて剣先が迫る。直撃すれば目と目の間……鼻根を貫いて脳を破壊する一撃を、ククロは体を旋回して回避し――そこに飛んできたコンバットナイフに目を見張った。
――回避するのを予想して先に仕掛けていたか。
だが、これくらいのことならファルシリアは息をするようにしてくるのは分かっている。ククロはブレーキを掛けることなく、ガントレットに包まれた左腕でこれを弾いた。
金属と金属が弾き合った澄んだ音色が闇夜に響き、それを塗りつぶすように蛇腹剣の威嚇音が背後より迫る。ファルシリアが手首のスナップを利用して、蛇腹剣の軌道を変えたのだろう。さすがにこれは疾走したままでは回避できない。
ククロは全身を投げ出すようにして前方へと飛ぶ。頭上をかすめるようにして蛇腹剣が飛翔していくのを感じながら、ククロは地面を転がって立ち上がる。視線の先では、ファルシリアも蛇腹剣の畳んでいるところであった。
大きく深呼吸をして闘争の余熱を体から追い出す。
分かり切っていたことではあるが……とんでもなく強い。今の一瞬の攻防で、三度も致命傷へと至る攻撃を仕掛けてきた。一瞬でも気を抜けば、この場で殺されてしまうだろう。
ククロは漆黒の大剣を構え、ファルシリアは蛇腹剣とコンバットナイフをその手に、ジリジリと互いに距離を測る。
――ベルセルクを使うか……?
脳裏をよぎった考えを、けれど、ククロはすぐに否定する。ベルセルクを使って戦った場合、ククロの勝利はファルシリアの殺害と同義になってしまう。あくまでも、ククロはファルシリアを止めるために戦っているのだ……殺しては意味がない。
――かと言って、ファルさんを無力化するこの難易度の高さよ……。
内心で、ファルシリアに突きつけた自分自身の大言に失笑してしまうが……かといって、ファルシリアをこれ以上、絶望に向かって進ませるわけにはいかない。
呼吸を絞り込みながら、まるで、細綱を渡るような慎重さでファルシリアとの間合いを詰めていく。そして、互いの間合いが被る瞬間に、再びククロは疾走する。
同時にファルシリアもまたコンバットナイフを投げ放ち、同タイミングで蛇腹剣を振り抜く。面を制圧するかのような凄まじい猛攻を、ククロは剣一本で全て弾き返しつつ前へ。
そして、ファルシリアを間合いに捉えたその瞬間、至近距離からファルシリアが、再びコンバットナイフを投擲してくる。これを弾き返し、いざ、踏み込もうとしたククロだったが……コンバットナイフに剣が当たる瞬間に、気が付いた。
ナイフに魔法石が括りつけてあるではないか。
マズイと感じた瞬間にはもう遅く、振り抜いた剣が魔法石を砕いた瞬間、目を潰さんばかりの白光が炸裂した。ごくありふれた『フラッシュ』の魔法石――だが、この暗闇で発動すればそれは、強烈な目潰しとして機能する。
「ぐ……このっ!」
視界が聞かない中、蛇腹剣の鋼が連なる音が鼓膜をひっかく。一瞬、恐慌状態に陥りそうになったククロだが、強引に心を沈めて周囲の空気の流れを読み取らんと全身を鋭敏化させた――その時、下草を鋭く踏み込む音がした。
反射的に鎧から露出した顔を護るため、腕を交差して突き出した瞬間、その防御をぶち破らんばかりの回し蹴りが飛んできた。脳が揺れ、意識が飛びかけたが、それを必死に引き寄せながらククロは草原を転がる。
そして、ようやく視界が戻ってこようとした時、足に蛇腹剣が絡まり、ロックされた。
「くッ!」
うめき声をあげたククロの体が、一本釣りのように空中に放り上げられる。
全身を包む浮遊感に背筋が凍える。すぐさま体を捻って着地体制を整えんとするが、それよりも先に、強く蛇腹剣が振り抜かれる方が先だった。
まるで、強風の中で干された洗濯物のように、空中で大きく翻ったククロは、そのまま背中から地面に強く叩きつけられた。何とか受け身こそ取ったものの、肺の空気がすべて逃げていくほどの衝撃が全身を走る。
「かはっ」
鎧を着ているから良かったものの……もしも、生身だったら今頃蛇腹剣が絡みついた脚は、見るも無残なミンチと化していただろう。
「ちぃっ!」
足に絡みついて蛇腹剣をつかんで、変幻自在なその動きを封じんとしたククロだったが、それよりも早く、蛇腹剣の剣先が跳ね上がった。反射的に頭を傾けると、先ほどまで首のあった場所を蛇腹剣の先端が熱い感触と共に薙いでいった……。
ククロはバックステップを踏んで後退しながら、首筋に触れると……そこが裂けて、ぬるりと血が滴っていた。もう少し反応が遅かったら頸動脈をザックリいかれていた所である。
「おぉ、危ぇ……ッ!」
「ぬるいね、ククさん」
冷めた視線でファルシリアがククロを射抜く。
ククロが油断せずに剣を構え直すが、先ほどのダメージで全身がびりびりと痺れている。対して、ファルシリアは完全に無傷……かすり傷一つ負わせることができていない。
――くそ、マズイな……。
「そんなことで、私を止めることなんてできるの?」
「ククさんだって必死なんだからそんなキツイこと言わなくてもいいんじゃない? 相手を殺さずに制圧するには倍以上の実力が必要だって言うし」
唐突に第三者の声が戦場に割り込む。
ファルシリアとククロが同時に顔を上げれば、そこには、満月を背中にツバサが草原に立っていた。彼は、気取らぬ足取りでククロの隣に並ぶと、にっこりと笑みを浮かべた。
「僕も加えてもらって良いかな? もちろん、ククさん側で」
「ツバサさん……」
驚いたように言うククロとは対照的に、ファルシリアは苦虫をかみつぶしたような表情をした。さすがに、ククロだけではなくツバサまで相手にするのは分が悪いと感じたのだろう……ファルシリアは大きくため息をつくと、あっさりと二人に背を向けた。
「残念だよ、ククさん……貴方なら、力を貸してくれると思ったのに……」
「待て、ファルさん!」
その背中に追い縋ろうとしたククロだったが、それをツバサに止められる。
「待って、ククさん、今追いかけても止められないよ。とりあえず……一度引いて傷を治そう」
「くっ……!」
ククロは歯を食いしばって、無傷のファルシリアの背中を見送ったのであった……。
普段ここ一帯は、新米冒険者の経験を積むための格好の場になっていて、わりかし賑わっているのだが……さすがにこの時間帯には誰もいない。
ふぅ、とククロは小さく吐息をつく。
誰もいないはずの草原……にもかかわらず、そこにある空気は身を切るほどに張り詰めている。息をするだけで肺がひりつき、一歩足を前に踏み出すだけでも膝を折りそうになる。
それだけのプレッシャーをここ一帯に放っているのは、草原の中心にいる人物だった。
「よう、ファルさん。お月見とは風情があるねぇ」
「………………」
月光を浴びて煌めく髪色は蒼銀。
闇の中で鮮血のように妖しく光る瞳は真紅。
普段見慣れているはずのその姿が、今は、闇の中に潜む血に飢えた魔物のように見えてしょうがない。それほどまでに……今のファルシリアは圧倒的な威圧を放っていた。
軽口は全く必要ないと分かったククロは、肺の空気を入れ替えるように大きく深呼吸を一つ。そして――剣を抜いてファルシリアに歩み寄った。
「用事があるとあったが……俺に何の用だ?」
「三日後、スウィリスを殺すのを手伝って欲しい」
その言葉に一切の躊躇いはなく。ただただ、ありふれた事実を突きつけるかのような、冷徹さがあった。普段の温厚なファルシリアからは考えられない。まるで……初めてククロがファルシリアに出会ったころに戻ってしまったかのような。
――いや、あの時よりももっとひどいかもしれんな。
冷や汗が止まらない。
ククロの奥底にある冒険者としての本能が、生命としての警告が、目の前の存在を斬れと、先ほどからウルサイぐらいに訴えかけてくる。それを強引に押し殺して、ククロは口を開く。
「言ったはずだぞ。俺は復讐を否定しないが……そこから先にファルさんの幸福がないと分かっている以上、手伝うことは――」
「何をもって幸福とするのか、それを決めるのはククさんじゃない。それに……もう、私達は幸福に手が届かないところまで来てしまっているでしょう?」
「…………言い方を変えよう」
そう言って、ククロは眼光を鋭くすると、殺気を纏っているファルシリアを正面から見据えた。
「ファルさんよ、アンタは復讐を終えてどうするつもりだ……よもや、死ぬ気じゃないだろうな」
「………………」
ファルシリアは何も言わない。だが……それは同時に、復讐の果てに待っているものは底なしの絶望なのだと、肯定しているようなものであった。
ククロは片手に持っていた剣を大きく振ると、それをファルシリアに突きつけた。
「ならば、復讐の手伝いはできない」
「そっか……ククさんも『私』を否定するんだ」
ファルシリアから発せられる殺気がその重圧を増す。意識をして踏ん張っていないと、足が勝手に後ろに下がってしまいそうになるのを必死に堪えながら、ククロは大剣を正眼に構える。
「言葉で言っても聞かないのはこの殺気を感じればわかる。実力行使で止めさせてもらうぞ」
「止められるの、ククさんが私を?」
「止めてみせるさ、俺がファルさんを」
そう言った瞬間、ククロは地を蹴る。
フェイントや小技を完全に廃した、最短距離を一直線に突っ込む軌道。一撃のもとにファルシリアに敗北を突きつけんと疾走するククロだが……それよりも早く、ファルシリアが蛇腹剣を振り抜いた。
連鎖する鋼鉄の音と、威嚇するようなワイヤーの音が混ざり、独特の音を発しながら、一直線にククロに向けて剣先が迫る。直撃すれば目と目の間……鼻根を貫いて脳を破壊する一撃を、ククロは体を旋回して回避し――そこに飛んできたコンバットナイフに目を見張った。
――回避するのを予想して先に仕掛けていたか。
だが、これくらいのことならファルシリアは息をするようにしてくるのは分かっている。ククロはブレーキを掛けることなく、ガントレットに包まれた左腕でこれを弾いた。
金属と金属が弾き合った澄んだ音色が闇夜に響き、それを塗りつぶすように蛇腹剣の威嚇音が背後より迫る。ファルシリアが手首のスナップを利用して、蛇腹剣の軌道を変えたのだろう。さすがにこれは疾走したままでは回避できない。
ククロは全身を投げ出すようにして前方へと飛ぶ。頭上をかすめるようにして蛇腹剣が飛翔していくのを感じながら、ククロは地面を転がって立ち上がる。視線の先では、ファルシリアも蛇腹剣の畳んでいるところであった。
大きく深呼吸をして闘争の余熱を体から追い出す。
分かり切っていたことではあるが……とんでもなく強い。今の一瞬の攻防で、三度も致命傷へと至る攻撃を仕掛けてきた。一瞬でも気を抜けば、この場で殺されてしまうだろう。
ククロは漆黒の大剣を構え、ファルシリアは蛇腹剣とコンバットナイフをその手に、ジリジリと互いに距離を測る。
――ベルセルクを使うか……?
脳裏をよぎった考えを、けれど、ククロはすぐに否定する。ベルセルクを使って戦った場合、ククロの勝利はファルシリアの殺害と同義になってしまう。あくまでも、ククロはファルシリアを止めるために戦っているのだ……殺しては意味がない。
――かと言って、ファルさんを無力化するこの難易度の高さよ……。
内心で、ファルシリアに突きつけた自分自身の大言に失笑してしまうが……かといって、ファルシリアをこれ以上、絶望に向かって進ませるわけにはいかない。
呼吸を絞り込みながら、まるで、細綱を渡るような慎重さでファルシリアとの間合いを詰めていく。そして、互いの間合いが被る瞬間に、再びククロは疾走する。
同時にファルシリアもまたコンバットナイフを投げ放ち、同タイミングで蛇腹剣を振り抜く。面を制圧するかのような凄まじい猛攻を、ククロは剣一本で全て弾き返しつつ前へ。
そして、ファルシリアを間合いに捉えたその瞬間、至近距離からファルシリアが、再びコンバットナイフを投擲してくる。これを弾き返し、いざ、踏み込もうとしたククロだったが……コンバットナイフに剣が当たる瞬間に、気が付いた。
ナイフに魔法石が括りつけてあるではないか。
マズイと感じた瞬間にはもう遅く、振り抜いた剣が魔法石を砕いた瞬間、目を潰さんばかりの白光が炸裂した。ごくありふれた『フラッシュ』の魔法石――だが、この暗闇で発動すればそれは、強烈な目潰しとして機能する。
「ぐ……このっ!」
視界が聞かない中、蛇腹剣の鋼が連なる音が鼓膜をひっかく。一瞬、恐慌状態に陥りそうになったククロだが、強引に心を沈めて周囲の空気の流れを読み取らんと全身を鋭敏化させた――その時、下草を鋭く踏み込む音がした。
反射的に鎧から露出した顔を護るため、腕を交差して突き出した瞬間、その防御をぶち破らんばかりの回し蹴りが飛んできた。脳が揺れ、意識が飛びかけたが、それを必死に引き寄せながらククロは草原を転がる。
そして、ようやく視界が戻ってこようとした時、足に蛇腹剣が絡まり、ロックされた。
「くッ!」
うめき声をあげたククロの体が、一本釣りのように空中に放り上げられる。
全身を包む浮遊感に背筋が凍える。すぐさま体を捻って着地体制を整えんとするが、それよりも先に、強く蛇腹剣が振り抜かれる方が先だった。
まるで、強風の中で干された洗濯物のように、空中で大きく翻ったククロは、そのまま背中から地面に強く叩きつけられた。何とか受け身こそ取ったものの、肺の空気がすべて逃げていくほどの衝撃が全身を走る。
「かはっ」
鎧を着ているから良かったものの……もしも、生身だったら今頃蛇腹剣が絡みついた脚は、見るも無残なミンチと化していただろう。
「ちぃっ!」
足に絡みついて蛇腹剣をつかんで、変幻自在なその動きを封じんとしたククロだったが、それよりも早く、蛇腹剣の剣先が跳ね上がった。反射的に頭を傾けると、先ほどまで首のあった場所を蛇腹剣の先端が熱い感触と共に薙いでいった……。
ククロはバックステップを踏んで後退しながら、首筋に触れると……そこが裂けて、ぬるりと血が滴っていた。もう少し反応が遅かったら頸動脈をザックリいかれていた所である。
「おぉ、危ぇ……ッ!」
「ぬるいね、ククさん」
冷めた視線でファルシリアがククロを射抜く。
ククロが油断せずに剣を構え直すが、先ほどのダメージで全身がびりびりと痺れている。対して、ファルシリアは完全に無傷……かすり傷一つ負わせることができていない。
――くそ、マズイな……。
「そんなことで、私を止めることなんてできるの?」
「ククさんだって必死なんだからそんなキツイこと言わなくてもいいんじゃない? 相手を殺さずに制圧するには倍以上の実力が必要だって言うし」
唐突に第三者の声が戦場に割り込む。
ファルシリアとククロが同時に顔を上げれば、そこには、満月を背中にツバサが草原に立っていた。彼は、気取らぬ足取りでククロの隣に並ぶと、にっこりと笑みを浮かべた。
「僕も加えてもらって良いかな? もちろん、ククさん側で」
「ツバサさん……」
驚いたように言うククロとは対照的に、ファルシリアは苦虫をかみつぶしたような表情をした。さすがに、ククロだけではなくツバサまで相手にするのは分が悪いと感じたのだろう……ファルシリアは大きくため息をつくと、あっさりと二人に背を向けた。
「残念だよ、ククさん……貴方なら、力を貸してくれると思ったのに……」
「待て、ファルさん!」
その背中に追い縋ろうとしたククロだったが、それをツバサに止められる。
「待って、ククさん、今追いかけても止められないよ。とりあえず……一度引いて傷を治そう」
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