銀黎のファルシリア
ミスリアとファルシリア
「あーツバサさんの淹れたコーヒー美味しかった」
「うん、本当だね。サクラさんの料理も美味しかったし、満足満足」
満足げな翡翠の声に、眞為が頷きを持って返す。
時間はちょうど夕暮れ時。自由都市ユーティピリアに建つ中央ギルド会館や、神殿などの大きな建物が長い影を落とし、山の稜線に消えていく太陽が世界を淡く茜色に染め上げる時間帯だ。その中で、翡翠、眞為、ククロ、ファルシリアでのんびりと帰っている途中であった。
今日は、ユーティピリアの二等地にツバサ&サクラの家が建ったということで、そのお祝いに出向いたのである。そこで、上等な豆を使った珈琲と、サクラ御手製の料理を御馳走になったのである。
「タダ飯ってのがたまらんよなー」
「もうちょっとマシな感想はないの……?」
半眼で振り返ってくる翡翠に対し、ククロは小うるさそうに手を振って見せる。
「いいだろ、ちゃんと引っ越し祝いも持って行ったんだ、文句を言われる筋合いはないぞ?」
「そう言えば、きちんと引っ越し祝い持って行ってたわよね。私はお揃いのマグカップをプレゼントしたけど、ククロは何を持って行ったの?」
翡翠が首を傾けて言うと、ククロは胸を張って答えた。
「実用性一点張りの避妊用――」
全てを言い終わるよりも先に、翡翠の後ろ回し蹴りがククロの側頭部にクリティカルヒットし吹っ飛んで行った。木箱の山に突っ込んだククロは、すぐさま立ち上がって目じりを釣り上げた。
「何すんだ、この暴力女!!」
「何で蹴り飛ばされたのか察しろ! セクハラ魔人!!」
「なんだよ! 必要になるだろ!」
「TPOを選べって言ってるのよ!」
ギャーギャーと言いあっているククロと翡翠を尻目に、ファルシリアが苦笑を浮かべている。
「相変わらずあの二人は仲がいいねぇ……」
「喧嘩するほど何とやら、だね」
うんうんと、眞為は一人で何か納得するように頷いている。そんな二人を眺めていたファルシリアだったが……不意に、視線を逸らすと何かに気が付いたように立ち止まった。
「あ、眞為さんゴメン。ちょっと紅茶の茶葉が切れていたから買ってくるよ、少し待っておいてほしいって、あの二人にも言っておいてくれないかな?」
「ん、分かった」
そう言ってファルシリアは、茶葉のお店の方に向かって小走りで走って行った。
それを横目で見送っていたククロは、大きくため息をついて立ち上がった。ポンポンと埃を払うと、翡翠にジロリと視線を向けた。というか、この男、側頭部に後ろ回し蹴りの直撃を喰らったにも関わらずピンピンしているあたり、ろくでもなく頑丈である。
「ったく、翡翠、お前は何でもかんでも暴力で解決しようとするなよ」
「あ、アンタにそれを言われる日が来るとは思ってもみなかったわ……」
ヒクヒクと顔を引きつらせながら翡翠が言うのを尻目に、ククロはグッと伸びをして……そして、不意に見たことのある姿が向こうからやってくることに気が付いた。
「ん……あれ、ミスリアと瑠璃じゃないか?」
向こう側からやってきたのは、大きな紙袋にリンゴやオレンジ、レモンなどの果実を満載した紙袋を持ったミスリアと、それを横で支えている瑠璃であった。結構重いのか、フラフラしており何だか危なっかしい。
「あら、本当ね。おーい、瑠璃、ミスリアさん、大丈夫ー?」
そんな二人の姿に翡翠も気が付いたようで、慌てて駆け寄って買い物袋を支えてやる。ククロと眞為は目を合わせると、二人の傍に近づいてゆく。あっちもククロ達の姿に気が付いたのだろう……ミスリアと瑠璃はぺこりと頭を下げた。
「ありがとう、お姉ちゃん! そして、皆さんこんにちは!」
「こんにちは、ククロさん、翡翠さん、眞為さん。アイアーナス以来ですね!」
「おう、こんにちはだな。というか……お前ら、あの一件で仲良くなったのな」
ククロはイクスロード・ドラゴンと殴り合いを演じていた為知らないが、翡翠、瑠璃、眞為、ミスリアはあの一件で仲良くなって以来、ちょこちょこ会っていたりする。まぁ、一緒に修羅場を乗り越えた仲間なのだ……仲良くもなろうというものだ。
ククロの言葉に瑠璃は、はい! と元気よく頷き返した。
「ミスリアさんとは最近は一緒にダンジョンにも潜ったりしてます!」
「ほーん、まぁ、弓使いと銃使いだ。近接職がいない分バランス悪いし、あんまり無茶なことすんなよ」
「はい、アドバイスありがとうございます!」
「素直でよろしい。姉もこれぐらい素直だったらいいんだけどなー」
「はいはいはい、私は素直じゃございませんよー」
ククロが半眼で言うと、打てば響くように皮肉が帰ってくる。何だかんだで、ククロと翡翠もお互いを認めているのだが……双方、死んでも口にすることはないだろう。バチバチと火花を散らしているククロと翡翠を置いて、眞為が一歩前に出ると、年少組二人に微笑みかけた。
「大きい荷物を持ってるようだけど、これからなにかするの?」
「はい! これからフルーツを加工して冒険に持って行くドライフルーツを作ろうって、瑠璃ちゃんと決めてたんです。なかなか、冒険中に甘いものって口にできませんし」
ミスリアの言葉に、疑問を投げかけるようにククロが首を傾げる。
「んなもん、携帯食で良いだろ?」
「よくない!」
「よくないです!」
「よくないですよー!」
「よくないね」
女性組から総スカンである。ちなみに、翡翠、瑠璃、ミスリア、眞為の順番だ。
思わぬ反撃を喰らってのけ反るククロだったが、なぜそんなに甘いものを食べたいのか理解できずに首を捻った。
「いや、甘いものなら帰って来てから喰えば良いじゃんか」
「冒険中にも口寂しくなることがあるの! それに、ドライフルーツは栄養豊富だし糖分も豊富に含んでいるから、頭を働かせる冒険にはちょうど良いのよ?」
うんうん、と一斉に頷き返す女性陣だが……一応、ククロの愛用している携帯食は、味は死んでいるものの、バランスよく栄養が配合されており文句のない一品だ。
まぁ……やはり、何だかんだで女性は甘いものが食べたいのだろう。
「あ、そう言えば、最近、美味しいケーキ屋さんができたらしいですね!」
ミスリアの言葉に、うんうんと眞為が大きく頷いた。
「うん、クリーブラッツでしょ? 美味しかったよ。二人とも、これから少し時間あるなら、ククロさんの奢りで食べにいこ」
「え、良いんですか!?」
「良かねーよ!?」
会話の剛速球を投げられたククロが、思わず叫んだ。だが、眞為はニヤッと不敵な笑みを浮かべると親指と人差し指で丸を作ってみせる。
「でも、ククロさん、ノーライフキング討伐でお金沢山もらったんでしょ?」
「いやまぁ、そりゃそうだが……」
ノースダンジョンの無断無許可侵入の罰金刑で、半分ほど持って行かれてしまったものの……それでも、大金と言えるだけの金額がククロの懐に入ってきた。それだけ、ノーライフキングがノーザミスティリアの国に脅威として認識されていたということなのだろう。
ただ……。
「もう全部使っちまった」
「アンタの浪費癖、何とかしなさいよ……」
「しょうがないだろ、幾つか冒険道具を買い戻さないといけなかったんだ」
クローキングの魔法石をたらふく買い込んだせいで、自慢の冒険道具を手放していたのだ。これを買い戻すために、ほとんどの賞金を使い切ってしまったのだ。おまけに、鎧の修繕もあったし……これで冒険というのはなかなかに金食い虫なのである。
「だからまぁ、食べるとしたら各自、自分の分はキッチリ払ってくれ……っと、ファルさんが来たようだな。おーい、こっちだ」
と、そこまでいってから気が付いた。
そういえば、ミスリアはファルシリアと会わないように行動していたはずだ。となると、今回、この場で二人が合うのはまずいのではないか……?
――あーまずった……。
ピンと、空気が緊張したのが分かった。
ファルシリアの顔が戦闘状態の時のように温度を失い、ミスリアの表情がガチガチに固まった。一体何が起こったのか分からず、困惑する一同を余所に、ククロは一人ため息をつくと、ファルシリアに向かって声を掛けた。
「ファルさん、用事が終わったんなら行こうぜ」
「うん」
そう言って、ファルシリアは無言でミスリアの隣を通り過ぎてゆく。その際、ミスリアはまるで痛みを堪えるような……どこか泣きそうな表情をしていた。ククロは内心で二人の複雑な関係を思ってため息をつくと、その背中を追う。
そして、ミスリアとすれ違いざまに、その頭にポンッと手を乗っけた。
「明日はファルさんがいない。リングハウスにでも遊びに来い」
「え……?」
驚くミスリアを視界の端に収めながら、ククロはおざなりに手を振って、彼女と別れたのであった……。
「うん、本当だね。サクラさんの料理も美味しかったし、満足満足」
満足げな翡翠の声に、眞為が頷きを持って返す。
時間はちょうど夕暮れ時。自由都市ユーティピリアに建つ中央ギルド会館や、神殿などの大きな建物が長い影を落とし、山の稜線に消えていく太陽が世界を淡く茜色に染め上げる時間帯だ。その中で、翡翠、眞為、ククロ、ファルシリアでのんびりと帰っている途中であった。
今日は、ユーティピリアの二等地にツバサ&サクラの家が建ったということで、そのお祝いに出向いたのである。そこで、上等な豆を使った珈琲と、サクラ御手製の料理を御馳走になったのである。
「タダ飯ってのがたまらんよなー」
「もうちょっとマシな感想はないの……?」
半眼で振り返ってくる翡翠に対し、ククロは小うるさそうに手を振って見せる。
「いいだろ、ちゃんと引っ越し祝いも持って行ったんだ、文句を言われる筋合いはないぞ?」
「そう言えば、きちんと引っ越し祝い持って行ってたわよね。私はお揃いのマグカップをプレゼントしたけど、ククロは何を持って行ったの?」
翡翠が首を傾けて言うと、ククロは胸を張って答えた。
「実用性一点張りの避妊用――」
全てを言い終わるよりも先に、翡翠の後ろ回し蹴りがククロの側頭部にクリティカルヒットし吹っ飛んで行った。木箱の山に突っ込んだククロは、すぐさま立ち上がって目じりを釣り上げた。
「何すんだ、この暴力女!!」
「何で蹴り飛ばされたのか察しろ! セクハラ魔人!!」
「なんだよ! 必要になるだろ!」
「TPOを選べって言ってるのよ!」
ギャーギャーと言いあっているククロと翡翠を尻目に、ファルシリアが苦笑を浮かべている。
「相変わらずあの二人は仲がいいねぇ……」
「喧嘩するほど何とやら、だね」
うんうんと、眞為は一人で何か納得するように頷いている。そんな二人を眺めていたファルシリアだったが……不意に、視線を逸らすと何かに気が付いたように立ち止まった。
「あ、眞為さんゴメン。ちょっと紅茶の茶葉が切れていたから買ってくるよ、少し待っておいてほしいって、あの二人にも言っておいてくれないかな?」
「ん、分かった」
そう言ってファルシリアは、茶葉のお店の方に向かって小走りで走って行った。
それを横目で見送っていたククロは、大きくため息をついて立ち上がった。ポンポンと埃を払うと、翡翠にジロリと視線を向けた。というか、この男、側頭部に後ろ回し蹴りの直撃を喰らったにも関わらずピンピンしているあたり、ろくでもなく頑丈である。
「ったく、翡翠、お前は何でもかんでも暴力で解決しようとするなよ」
「あ、アンタにそれを言われる日が来るとは思ってもみなかったわ……」
ヒクヒクと顔を引きつらせながら翡翠が言うのを尻目に、ククロはグッと伸びをして……そして、不意に見たことのある姿が向こうからやってくることに気が付いた。
「ん……あれ、ミスリアと瑠璃じゃないか?」
向こう側からやってきたのは、大きな紙袋にリンゴやオレンジ、レモンなどの果実を満載した紙袋を持ったミスリアと、それを横で支えている瑠璃であった。結構重いのか、フラフラしており何だか危なっかしい。
「あら、本当ね。おーい、瑠璃、ミスリアさん、大丈夫ー?」
そんな二人の姿に翡翠も気が付いたようで、慌てて駆け寄って買い物袋を支えてやる。ククロと眞為は目を合わせると、二人の傍に近づいてゆく。あっちもククロ達の姿に気が付いたのだろう……ミスリアと瑠璃はぺこりと頭を下げた。
「ありがとう、お姉ちゃん! そして、皆さんこんにちは!」
「こんにちは、ククロさん、翡翠さん、眞為さん。アイアーナス以来ですね!」
「おう、こんにちはだな。というか……お前ら、あの一件で仲良くなったのな」
ククロはイクスロード・ドラゴンと殴り合いを演じていた為知らないが、翡翠、瑠璃、眞為、ミスリアはあの一件で仲良くなって以来、ちょこちょこ会っていたりする。まぁ、一緒に修羅場を乗り越えた仲間なのだ……仲良くもなろうというものだ。
ククロの言葉に瑠璃は、はい! と元気よく頷き返した。
「ミスリアさんとは最近は一緒にダンジョンにも潜ったりしてます!」
「ほーん、まぁ、弓使いと銃使いだ。近接職がいない分バランス悪いし、あんまり無茶なことすんなよ」
「はい、アドバイスありがとうございます!」
「素直でよろしい。姉もこれぐらい素直だったらいいんだけどなー」
「はいはいはい、私は素直じゃございませんよー」
ククロが半眼で言うと、打てば響くように皮肉が帰ってくる。何だかんだで、ククロと翡翠もお互いを認めているのだが……双方、死んでも口にすることはないだろう。バチバチと火花を散らしているククロと翡翠を置いて、眞為が一歩前に出ると、年少組二人に微笑みかけた。
「大きい荷物を持ってるようだけど、これからなにかするの?」
「はい! これからフルーツを加工して冒険に持って行くドライフルーツを作ろうって、瑠璃ちゃんと決めてたんです。なかなか、冒険中に甘いものって口にできませんし」
ミスリアの言葉に、疑問を投げかけるようにククロが首を傾げる。
「んなもん、携帯食で良いだろ?」
「よくない!」
「よくないです!」
「よくないですよー!」
「よくないね」
女性組から総スカンである。ちなみに、翡翠、瑠璃、ミスリア、眞為の順番だ。
思わぬ反撃を喰らってのけ反るククロだったが、なぜそんなに甘いものを食べたいのか理解できずに首を捻った。
「いや、甘いものなら帰って来てから喰えば良いじゃんか」
「冒険中にも口寂しくなることがあるの! それに、ドライフルーツは栄養豊富だし糖分も豊富に含んでいるから、頭を働かせる冒険にはちょうど良いのよ?」
うんうん、と一斉に頷き返す女性陣だが……一応、ククロの愛用している携帯食は、味は死んでいるものの、バランスよく栄養が配合されており文句のない一品だ。
まぁ……やはり、何だかんだで女性は甘いものが食べたいのだろう。
「あ、そう言えば、最近、美味しいケーキ屋さんができたらしいですね!」
ミスリアの言葉に、うんうんと眞為が大きく頷いた。
「うん、クリーブラッツでしょ? 美味しかったよ。二人とも、これから少し時間あるなら、ククロさんの奢りで食べにいこ」
「え、良いんですか!?」
「良かねーよ!?」
会話の剛速球を投げられたククロが、思わず叫んだ。だが、眞為はニヤッと不敵な笑みを浮かべると親指と人差し指で丸を作ってみせる。
「でも、ククロさん、ノーライフキング討伐でお金沢山もらったんでしょ?」
「いやまぁ、そりゃそうだが……」
ノースダンジョンの無断無許可侵入の罰金刑で、半分ほど持って行かれてしまったものの……それでも、大金と言えるだけの金額がククロの懐に入ってきた。それだけ、ノーライフキングがノーザミスティリアの国に脅威として認識されていたということなのだろう。
ただ……。
「もう全部使っちまった」
「アンタの浪費癖、何とかしなさいよ……」
「しょうがないだろ、幾つか冒険道具を買い戻さないといけなかったんだ」
クローキングの魔法石をたらふく買い込んだせいで、自慢の冒険道具を手放していたのだ。これを買い戻すために、ほとんどの賞金を使い切ってしまったのだ。おまけに、鎧の修繕もあったし……これで冒険というのはなかなかに金食い虫なのである。
「だからまぁ、食べるとしたら各自、自分の分はキッチリ払ってくれ……っと、ファルさんが来たようだな。おーい、こっちだ」
と、そこまでいってから気が付いた。
そういえば、ミスリアはファルシリアと会わないように行動していたはずだ。となると、今回、この場で二人が合うのはまずいのではないか……?
――あーまずった……。
ピンと、空気が緊張したのが分かった。
ファルシリアの顔が戦闘状態の時のように温度を失い、ミスリアの表情がガチガチに固まった。一体何が起こったのか分からず、困惑する一同を余所に、ククロは一人ため息をつくと、ファルシリアに向かって声を掛けた。
「ファルさん、用事が終わったんなら行こうぜ」
「うん」
そう言って、ファルシリアは無言でミスリアの隣を通り過ぎてゆく。その際、ミスリアはまるで痛みを堪えるような……どこか泣きそうな表情をしていた。ククロは内心で二人の複雑な関係を思ってため息をつくと、その背中を追う。
そして、ミスリアとすれ違いざまに、その頭にポンッと手を乗っけた。
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