銀黎のファルシリア

秋津呉羽

まずは武器選び

 凸凹コンビが先に向かったのは……まず、ダウンタウンだった。
 古びたレンガ通りを歩いていると、ハルが首を傾げてククロに問いかけてきた。

「師匠師匠、何で最初にダウンタウンに行くんですか?」
「武器の調達だ。一つ聞かせてもらうが……お前の背中に吊ってるグラディウス、きちんと使えるのか?」
「む、無論使えます」
「ほーん、なら抜いてみ」

 グラディウスは構造自体、シンプル極まりない剣だ。扱い自体は非常に簡単なのだが……半眼でククロがハルを見下ろしていると、彼女は素早い手つきで背中に吊るしてあるグラディウスの柄に手をやり……手をやり……。

「ふっ! ぬっ! ぬぅぅぅぅぅッ!!」

 手をやって、半分ぐらい刃を出したところで止まっている。必死に格闘しているようだが……それ以上いっこうに抜ける様子もない。身長も足りなければ、腕の長さも足りないようだ。
 振るどころの話ではない。

「あっ!! 師匠、攣りました! 背中の、肩甲骨あたりが攣って……いたたたたた!?」
「何しとるんだ、馬鹿者」

 腕を伸ばしてやりながら、ククロは代わりにグラディウスを引き抜く。
 陽光に晒された白刃は意外にもきっちり手入れしてあり、刃の欠けや、錆びなどは見当たらなかった。そして同時に、柄のすり減り具合や、刃の減り具合、癖のつき方を見ると、相当に使われてきた代物だということも分かる。
 少なくとも、買ったばかりの代物に、ここまで使い手の癖が現れることはない。

「ハル、お前は最近冒険者になったんだよな?」
「はい、新品の冒険者です!」
「新品言うな。このグラディウス、一年や二年の使い込みじゃないぞ。もっと使いこまれてきた代物だ。何のいわくがある代物なんだ……?」
「え、えぇと……」

 そう言って、ハルは左右に視線を泳がせた。口の中をモゴモゴとさせており、何か言いづらい事があるというのはハッキリと分かった。
 それを見てククロは内心で嘆息する。
 何かを背負って冒険者になる者は多い。この少女も、つまりはそういうことなのだろう。
 ククロもハッキリとは覚えていないが……冒険者になれる最低年齢は12、13ぐらいだったはずだ。つまり、最低年齢で冒険者にならなければならなかった訳が、この少女にはあるのだ。

「悪い、聞かなかったことにしとけ」
「え、でも……」
「誰にでも語りたくないことはある」
「ほわー師匠ハードボイルドですー」

 グラディウスを鞘の中に戻してハルに返しながら、ククロは眉をひそめる。

「お前さん、今までクエストは何をやって来てたんだ?」
「薬草集めとか、貴重なお花の採集とか、プニュル討伐とか……」
「なるほど、プニュル討伐なら出来るな」

 プニュルとは最弱モンスターの名前である。
 アクティブに人を襲わないし、襲ってきてもほとんど脅威となりえないため放置されることが多いのだが……異様に増殖速度が速いという問題がある。そのため、農作物を食い荒らすという食害が発生することがあるのだ。おまけに、体に多量の水分を含むことから、夏場に増えると湿気も猛烈に増え、じめじめと蒸し暑くなる。

 そのため、この手の依頼は安価で、かつ、季節を通して初級冒険者の食い扶持となっている。ハルもそれに参加していたのだろう。
 と、そこでククロは気が付いた。剣すら振れない状況なのに、どうやってゴッズヘルズボアを倒すつもりだったのだろうか、この少女は。

「ハル、お前、どうやってゴッズヘルズボアを倒すつもりだったんだ?」
「気合で! ……あいたたたたたた!! アイアンクローは勘弁してください――!!」

 どうやら、見切り発車だったようだ。
 モルティナ平原のモンスターが冒険者の命までは取らないが、それでも危険なことには変わりない。もしかしなくても、ククロがいなければクエストは失敗していたことだろう。

「お前と出会ってから頭痛のし通しだ、まったく……」
「手のかかる子ほどかわいいですよね!」
「自分で言うな! ……ほら、ついたぞ、武器屋だ」

 そう言って、扉を開けて中に入るとズラリと並べられた武器がククロとハルを出迎えた。
 ククロから言わせてもらえば、ここにある武器の質は三流程度なのだが……しかし、お金がなく、自分にどのような武器が合っているのかを試すにはちょうど良い。上級者になると、カウンターで直接武器をオーダーメイドすることになる。

 更にそれよりも質の良い武器を――例えば、ククロの持っている漆黒の大剣のような特注品――手に入れようと思えば、アイアーナスまで南下する必要があるのである。
 ただ、実際にそこまでして武器を揃えられるのは本当に資金力のあるごく一部で、普通の上級冒険者は、ここで武器をオーダーメイドするのが一般的だ。
 例えばそう……今、ちょうどカウンターでメンテされた神聖剣を引き取りに来ている翡翠のように。

 入り口で何とも言えない表情のまま固まっているククロの前で、翡翠がクルリとコッチを見た。翡翠もククロの姿を認めたのだろう。手を上げて挨拶をしようとして……ククロの傍らにいるハルの姿を確認して凍り付いた。

「人攫い……ロリコン……」
「待て待て待て待て待て待て待て!! お前は酷い思い違いをしている!!」

 必死になって詰め寄るククロに対して、翡翠はゴミを見るような目でククロを見据えている……完全に犯罪者を見るそれである。

「そう、紙一重で犯罪者じゃないと思ってたけど、私の思い違いだったのね」
「お前が普段俺のことをどう見ているのかよく分かるわ」

 バチバチと火花を散らすククロと翡翠だったが……先に折れたのは珍しくククロの方だった。

「まぁいい。慣れないことをしているという自覚はある……」
「というか、本気でどうしたのよ、その子……隠し子とかじゃないんでしょ?」
「誰との隠し子だっつーんだよ」

 翡翠と生産性のない会話をしていると、ハルがクイクイと裾を引いてきた。

「師匠師匠、もしかして、奥さんですか?」
「あのね、お嬢ちゃん。私、コレと結婚することになったら舌噛んで死ぬから」
「おいゴラ! 本人の前で言うかそれを!?」

 ひとしきり喚いた後、これで何度目か分からないため息をついてククロが顔を上げる。とりあえず、翡翠に現状までの簡単な経緯を説明すると、彼女は胡散臭そうな目をしたものの、一応は信じてくれた。

「ふぅぅん……それで、武器を買うためにね……」
「翡翠、お前が師匠になってやれよ」
「やってあげたいのはやまやまだけど……冒険者とモデルの二足のわらじって意外と大変なんだからね。ちょっと時間的に無理かも」
「ま、A級に成り立てなんて一番楽しい頃だしな。しゃーないか」

 まぁ、大半の冒険者は自分の事で精一杯だ。ゆとりがあるのはファルシリアやツバサなどの、金銭的にも余裕がある超上級者ぐらいなものだろう。
 ククロは手直にあったダガーを手に取ると、顎を軽くこすった。

「軽量武器となると選ぶまでもないかね」
「わー可愛い刃物です!」
「可愛い刃物ってのも凄い表現だな。これなら安いし、扱いやすく――」

 だが、そう言うククロからヒョイッと翡翠がダガーを取り上げた。彼女は手の中でダガーを弄びながら、渋い表情をしている。

「ダメよ。その子、まだ小さくて腕力がないんだから。ダガーなんて買っても、全然ダメージが与えられないわよ」
「そうか、お前は腕力ゴリラだしな。気が付かなかったわ」
「んー死にたいのかなー?」
「分かった。スマンかったから、そのマジの目止めろ」

 かなり本気の目をしている翡翠に謝りながら、ククロは今気が付いたといった様子でハルの方へと顔を向けた。

「そういえば、お前さん、職業は何だ?」
「ノービスです!」
「だったらどんな武器でも扱えるが……どんな職業につきたいとかあるか?」
「師匠と同じ剣士が良いです!!」

 あらあら、と翡翠が視線で揶揄してくるのを手で追っ払いながら、ククロはぐるりと武器屋の中を見回す。

「弓使いなら、クロスボウなんて最適だと思ったんだがな」
「まぁ、機械が引き絞って撃ってくれるから、誰がやっても威力同じだしね」

 そう言いながら、翡翠が手に取ったのは先端が鋭利に尖った特殊な剣だった。それを見ながら、ククロは、ふむと小さく頷く。

「刺突専用の短剣……スティレットか」
「マンゴーシュでも良いんだけど、シンプルイズベスト。突きは体重も乗るし、女性剣士はこれから入る人も多いのよ」

 スティレットは錐とよく似た、尖端が鋭利な短剣だ。刀身も細身で、ダガーよりも更に軽い。基本的に――例外はあるものの――斬撃よりも刺突の方が、威力が高いことを思えば、ハルでも簡単にクリティカルヒットが出せるだろう。

「ちなみに翡翠、お前は何から入ったんだ?」
「…………クレイモア」
「お前、ゴリラって言われても文句言えねーからな、それ」
「ぐ、ぐにゅにゅにゅにゅにゅッ!! あ、あの時は物を知らなかったから!!」

 ちなみに、クレイモアは両手用の大剣であり、ククロが使っている代物だ。女性剣士でぶん回せる人間など限られていることだろう。まぁ、翡翠もそれが分かったからこそ、今はブロードソードに変更したのだろう。決して、翡翠がゴリラということではない。

「ハル、とりあえずこれで経験を積め。あと、職の選択は重要だ。俺と一緒だから……じゃなくて、自分なりに色々やって考えてみろ」
「はい! 分かりました!」
「返事は良いな……ま、これぐらいは奢ってやる」
「わーい! 師匠は太っ腹ですー!」
「はいはい」

 ククロはおざなりな返事をして、スティレットをカウンターへと持って行く。
 こうして、ようやくゴッズヘルズボア討伐へと向かうことになったのであった……。

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