銀黎のファルシリア

秋津呉羽

ノーザミスティリア、到着

 雪に閉ざされし魔法の発展した国――ノーザミスティリア。

 その通り名が表すように、四国の中で最も魔法が発達した国である。地下資源は豊富であれど、一年のほとんどを雪で閉ざされているこの国は食料自給率が他国と比較してダントツに低く……魔法の発達によって、なんとかそれを補っている状況にある。この国にとって、魔法とは自分達が食べていくための命綱と言っても過言ではないのである。

 そのため、ノーザミスティリアの首都であるアイテールには、魔法石を売っている店や、上級魔法を行使するための触媒を売っている店など、魔法に関連した店が軒を連ねている。他の国ではなかなか考えられないことだ。それだけ、『魔法』という技術が身近に存在しているということなのだろう。

 そして、そんなアイテールの一角にある酒場に、ファルシリア達はいた。

 全員が全員、顔に強い疲労を浮かべながら無言で机の上に広げた地図を見ている。手元には多種多様な料理と、強い火酒が置いてある……寒さを乗り越えるためにこの地ではよく飲まれているものだ。 熟練の冒険者である三人が疲れているのも当然と言えば当然……無謀ともいえるレベルの強行軍を今先ほど終えたばかりなのである。幸いにも、中央自由都市ユーティピリアとアイテール間は、人の行き来が多い事から道が整備されている。道にも、炎を司る魔法石が所々に埋め込まれており、雪が積もりにくい構造になっているのだ。

 そのため、ファルシリア達は馬をギリギリまで乗り倒して、宿場町で次の馬を買って、またギリギリまで乗り倒す……という荒業でここまで来たのである。
 その甲斐あって、本来は十日以上掛かる道程を、たったの三日で踏破することができたものの……この街に入った時には、全員、凍傷寸前であった。

「あー火酒が体に沁みる……」
「ククさん、オッサン臭いよ」

 グイッと酒を呷るククロに、ファルシリアは苦笑を浮かべる。 自慢の銀髪も、この寒さの中でガチガチになってしまっている。本来ならば名物のサウナにでも入って、温かい寝床でぐっすり眠りたいところではあるが……。

「…………」

 深刻そうな表情で地図を睨み付けながら、火酒を飲むツバサを見ていると、そうも言えない。 最低限の睡眠しかとっていないため、ツバサも相当疲労しているはずだが、まったく疲れは見えない。それどころか、今にもこの場所を飛び出していかんとする気迫すら感じる。

 ――それも当然か。

 なにせ、相手は人攫いの組織だ。サクラの身を案じれば一刻も早くこの場所を飛び出していきたいだろう。見目麗しい女性を前にした場合、ゲスな男達が考えることなど一つしかないのだから。 ただ……同時に彼女は人質でもある。彼女に傷の一つでもつければ、ツバサが本気で逆襲をしてくると相手も理解しているからこそ、まだ彼女は無事だといえた。ツバサのS級冒険者という肩書きが、彼女を護っているのである。
 例え、間者がツバサの動きを相手が察知していたとしても、たった三日間でここまでやってきたファルシリア達以上の速度でアジトに戻ることは不可能だろう。ならば、それまでに決着をつけてしまうべきだ。

「意外とアジトはアイテールから近いのな」

 ビッグホーンと呼ばれる巨大な鹿肉のベーコンに齧りつきながら、ククロが言う。ファルシリアも豆のスープに口を付けながら頷く。

「ここら辺は環境が厳しいからね。アイテールから離れすぎると、物資の調達や、人質が凍死しないように管理するのが難しくなる」

 そう言って、ファルシリアは指で更に北にある港を指す。

「ここから外国に向かう船が出る。ちょうど港とアイテールの間だね。奴隷達をアイテールから港まで歩かせる際に、休ませる中間地点としても機能しているのかもしれない」
「まぁ、細かい事は分からんが……一つ言えるとすると、ツバサさん、とりあえず飯は食った方が良い」
「ん……」

 熟練の冒険者であるツバサならば、今更ククロに指摘されるまでもなく、食事の重要性は承知しているはずだ。それを忘れてしまうほどに、思い詰めてしまっているのだろう。
 まるで、息をすることを思いだしたかのように、ツバサは強引に食事を胃に収めていく。
 それを見ながら、ファルシリアは別の羊皮紙を地図の上に広げる。この酒場に来る前に、アイテールにあるギルドに寄ってきて手に入れたものだ。
 ギルドの『連理の黒翼』討伐依頼――その種別はモンスターと同じ。
 つまりは生死問わず。

「アホだな。派手にやりすぎてギルドに目を付けられるとは」
「昨日、更新された討伐依頼みたいだけどね。裏で動いていたとしても、存在はばれているみたい。まぁ、彼等のやり方が気にくわない裏の人間が、情報をギルドにリークした可能性もあるけれど……とにかく、暴れる大義名分は手に入ったね」

 それはつまり、人間を殺す理由が手に入ったということなのだが……それを、改めて指摘する者もここにはいない。 ファルシリアは火酒に軽く飲んで、ククロとツバサを見渡す。

「これから三時間仮眠を取ったら、出発しよう。この距離からすると、到着時刻は早朝……相手が目を覚ますよりも前に強襲を掛けるよ」「……ッ。食事はとったから眠ってくるよ」

 一瞬、何かを言いたそうにしたツバサだったが、グッと言葉を飲むと、そのまま酒場を出ていった。本音ならば今すぐにでも出発したいだろうに……ファルシリアの判断を尊重して言葉を抑えてくれたのだろう。

「…………………………」

 そんなツバサの背中を、ククロが無言で眺めている。その瞳には、どこか羨望のようなものが見え隠れしている。そして、ファルシリアには今のククロの気持ちを痛いほどに理解できた。
 自分を犠牲にしてでも護りたい、救いたい、『大切な人』がいるということ。
 それは、ファルシリアもククロも失ってしまったものであり、もう二度と手に入らないものだ。

「羨ましい?」

 ファルシリアが苦笑交じりに聞くと、ククロはハッとした様子で我に返り……バツの悪そうな顔をした。まるで、イタズラが見つかった子供のようだ。

「別にそう言う訳じゃないが……力貸してやんねーとな、と改めて思っただけだ」

 照れ隠しなのだろうか……ククロはそう言って、不機嫌そうに、香辛料がふんだんに使われた肉にかぶりついた。この男、意外とこういったメンタル面で隙が多い。そんなところが、ファルシリアからすると結構面白いのだが、初見ではなかなか見抜けないのがもったいない。

 ――大切な人か。

 ファルシリアの脳裏に幼き日々が蘇り、懐かしい父親の顔が浮かぶ。
 ファルシリアにとって唯一無二の大切な人。
 そして、失われてしまって二度と戻らない人。
 今もって痛みは心を疼かせ、喪失と虚無をファルシリアに刻みつけている。決して癒えることのないその傷は、絶えず鮮血を流している。だからこそ、その痛みはファルシリアに訴えるのだ――復讐こそがお前の生きる理由なのだと。
 だが、それを欠片も表情に出すことなく、ファルシリアは笑う。 今はただ、友人が自分の二の舞にならぬようにと……。

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