銀黎のファルシリア

秋津呉羽

サクラ救出作戦

 こっそりとセントラル街に移動した三人は、リングハウスに入り込んだ。 ここ周辺にはいくつもリングハウスがある。ヘタに聞き耳を立てるような不審なことをすればすぐに、他の人間に見つかることだろう。少なくとも、今、ファルシリアが用意できる最も安全な場所と言えた。
 
「はい、紅茶でよかったかな?」
「ありがとう」

 三人分の紅茶を入れたファルシリアは、備え付けの質素な椅子に腰を下ろした。
 丸机を中心にして三人が座ると、ククロが紅茶にドボドボと角砂糖をぶち込みながら、ツバサの方に顔を向ける。

「んで、どうしたんだよ、ツバサさん。俺と戦いたかったわけじゃないんだろう」
「…………サクラが人質に取られた」

 絞り出すような声でツバサが呟く。その声だけで、この事柄がツバサにとってどれだけ痛恨な出来事だったか分かるというものだった。 ツバサの言葉に、ファルシリアが何かを思い出すように虚空に視線を向けた。

「サクラさんって、確か……ツバサさんの恋人だよね。綺麗なブラウンの髪をショートにした」「うん、ファルさんは一度会ったことがあったよね」

 そう、確か昔、偶然街中でツバサに会った時に、一緒にいるところを目撃したのだ。ファルシリアの印象としては、温和な笑顔が似合う女性だったような記憶がある。

「サクラさんを人質に取られて、ククさんを殺すように言われた……ってところ?」
「うん、面目ないけどその通りだ。すまない、ククさん」
「いや、別に俺は強い奴と戦うのは好きだから、問題ないんだけどね」

 沈痛な表情をしているツバサに対して、ククロはあっけらかんと答える。この男、ツバサを気遣って行っている訳ではなく、本気で言っているので始末に負えない。
 ファルシリアはその話を聞いて、何とも言えない表情を作った。

「しかし、ツバサさんを相手に脅すってまた、派手なことしたね。組織の人間か個人かは分からないけど、皆殺しにされても文句言えないよね」

 ククロとの戦いを見てもらえばわかるだろうが、ツバサが本気になったら多少大きな組織程度でも壊滅させられてしまうことだろう。ただ、逆を言えば、その組織はそれだけのリスクを犯してでも、ククロを殺したかったということだ。

「ちなみに、相手のことについてはどれぐらい分かってるんだ?」「ほとんど何も。ただ、組織名は『連理の黒翼』だったかな」
「げ」

 ツバサが組織の名前を呟いた瞬間、ククロが嫌そうに声を上げた。 ファルシリアとツバサの視線がククロに集中する。ファルシリアが視線に険を込めて見据えると、ククロが大きくため息をついて、ボソッと呟いた。

「…………昔、報酬額の諸々で揉めて、壊滅させたことが」
「そんなことだろうと思ったよ……」

 ファルシリアは頭痛を堪えるように眉間を揉む。今回の件が発覚してから、たぶん、そんなことだろうなーとは思っていたのだが……ここまで予想が当たってしまうと頭が痛くなってくる。
 ファルシリアの視線の先では、珍しく申し訳なさそうにククロが頭を下げている。

「その、すまん、ツバサさん。どうやら俺のゴタゴタにツバサさんを巻き込んでしまったようだ」「いや、悪いのはククさんじゃないし、良いよ。僕もサクラとククさんの命を天秤にかけて、サクラの命を取ったんだし」

 ククロの謝罪に、ツバサも苦笑交じりに返す。 少なくとも、二人の間にしこりの様なものができなかったことに、内心でホッとしながらファルシリアは顎に手を当てて考え込む。

「何はともあれ、対策を練ろう。少なくとも、人質が取られている以上、あまり時間は取れない。電撃作戦で行くしかないね」
「そうだなぁ……相手の居場所さえ分かればすぐにでも行って、壊滅させるんだけどな」

 ファルシリアとククロがそう言って考え込むと、ツバサが目を点にした。

「ファルさん、ククさん……もしかして、手伝ってくれるのかい……?」

 ツバサの言葉に、ファルシリアは思わず苦笑してしまった。

「いや、手伝うでしょ。ツバサさんとは浅い付き合いでもないし」
「でも、人を殺すことになってしまう。最優良冒険者の称号が失われてしまうかもしれないんだよ?」
「別に人を殺すのは初めてでもないし。最優良冒険者の称号は私がやったことに勝手についてきただけだし。無くなるならそれはそれで構わないかな」

 そう、別にファルシリアが人を殺すのが初めてという訳ではない。
 というか……古参の冒険者ならば割と全員経験があることだろう。例えば、ダンジョン内で財宝の取り合いだったり、追剥ぎや盗賊を返り討ちにしたり、村を襲おうとしている無頼漢を討伐したりと様々だ。
 まぁ、最近は冒険者にクリーンなイメージがついてきたことも考慮して、人を殺すクエストは減ったが……今でも、盗賊の討伐などのクエストは頻繁に出ている。
 今回の『連理の黒翼』も言ってしまえば盗賊の類だろう。少なくとも、このようなことをしでかす相手はすでにギルドの方でも情報を握っているはずだ。申請すればクエストにしてもらえるかもしれない。

「俺の方は言わずもがなだな。というか、やられたらやり返さないとすまない主義だしな……」

 ファルシリアと同じように、ククロもまた完全にやる気になっている。
 というか、こちらはその言葉通り『やられたらやり返す精神』だろう。瞳の輝きが闘争の前のそれになっている。
 ファルシリアとククロの反応を見て、何か思うことがあったのだろう。ツバサは大きく息を吸い込んで……けれど、何も言うことなくそれを吐き出した。

「ありがとう」

 万感のこもった一言に、ファルシリアもククロも小さく笑うだけに留める。
 少し湿っぽくなった空気を入れ替えるように、パンパンとファルシリアは手を叩いて、二人の注目を促す。

「はい、それじゃぁ、作戦を建てよう。とりあえず、サクラさんの身の安全が最優先。コラ、ククさん、相手の居場所も分からないんだから、今から剣を抜かない」
「おぉ、そうだな。今からカチコミに行くんだと思ってた」

 そう言って剣を元に戻すククロに呆れた視線を向けた後、ファルシリアはツバサの方に顔を向ける。

「改めて聞くけど、助けに行ってないってことは、サクラさんの場所は分からないんだよね?」「うん、分かってたら今すぐにも助けに行くんだけどね」
「ふーむ」

 時間をかけてじっくり探すのは論外、しかも、こちらが探していることを知られるわけにはいかない。救助対象は女性……しかも、捕えているのは無頼漢だ。もしも、サクラの身に何かあったことを考えると、目も当てられない。

「ツバサさん、腹減っているだろ。翡翠が置いていったミートパイの具があるから喰おうぜ」
「いや、今はサクラの事で頭がいっぱいで……それに、それ、明日ミートパイにする予定なんじゃないの?」
「気にしない気にしない。サクラさんのことが心配なのは分かるが、ツバサさんよ、顔が土色だ。とりあえず腹に入れておけ。それはぶっ倒れる寸前の顔だ。ファルさんも喰う?」
「私はパス。翡翠さんに怒られたくないからね。あ、ツバサさんは食べると良いよ。顔色悪いのは確かだし、ちゃんと説明すれば翡翠さんも分かってくれると思うから」
「そういえばもう三日も食べてないな……ありがたくいただくね」

 頭脳労働はファルシリアに任せたのか、ククロはせっせとツバサの世話を焼き始める。ヒエヒエ石を大量に敷き詰めた冷蔵庫からミートパイの具を持ってきて、ガツガツと食べ始める男二人を尻目にファルシリアは更に思考を深める。

 もしも今回の件、動くとしたらファルシリアだろう。何せ、今回の騒動から完全の蚊帳の外にいるのだから……割と自由に動けるはずだ。それに、ファルシリアは裏の情報屋にも通じている。ククロ、ツバサと比べて情報の集め方も早い。

 ――最悪、スウィリスに頼むという方法も……。

 脳裏に、自分に戦い方を仕込んでくれた恩人の姿浮かぶ。あの人物は完全に冒険者の『裏側』の世界に身を置いている。それこそ、相談をすればすぐに教えてくれそうだが……ファルシリアが『裏側』に踏み込むことをあまり良しとしていない。

 スウィリスに頼むのは、本当に最後の手段になるだろう……まぁ、あまり四の五の言ってられない状況ではあるのだが……。

「とりあえず、私が情報を収集する。最長でも、明日までには何とかするよ」
「その間、俺とツバサさんはどうしたらいい? ツバサさんに負けて、手傷を負った様子を演出してればいいか?」

 打てば響くような速度で、ククロが指示を求めてくる。 なにも、ククロが何も考えていないという訳ではないのだ。ただ、ファルシリアの作戦の方が上手くいくし、頭も回ると考えているため、スピードが重視される場面においてはファルシリアの意見を優先しているのである。

「うん、それでいいよ。それで、ツバサさんは、悪いけど明日一杯、本気でククさんを殺しに行ってくれないかな? そうじゃないと言い訳がつかないから」
「……大丈夫、ククさん?」
「はっ! そう簡単に殺されたりしねぇよ」

 ニヤッと笑ってククロが自分の胸を叩く。 今回、見張りをしていた者達に関しては処分をするとして……問題は、新しく監視の者達がやってくる可能性だろう。その者達の目を欺くためにも、一日は演技をしてもらう必要がある。

「じゃ、今日はここで休んで。明日からよろしく頼むよ。私は今から情報を集めてくるから」
「僕にも何かできることは――」
「ツバサさんは休んで。明日一杯本気でククさんと戦ってもらう上に、サクラさんの場所が分かったらそこまで強行軍だから。体力がないと続かない」
「…………分かった。少しだけ、この場所を借りても良いかな?」

 少しだけ続いた沈黙は、けれど、振り切るような言葉によって断ち切られた。本当ならば、今すぐにでも動きたいというのがツバサの本音だろうが、ここは休んでもらわなければならない。
 ツバサの言葉に頷いて答えたファルシリアは、次にククロに視線を向ける。

「とりあえず、明日の夜に三人で、またここで合流しよう。そして、情報をある程度共有したら、すぐに強行軍……サクラさんを助け出す」
「ありがとう、ファルさん、ククさん……」
「あいよ、了解」

 二人が頷くのを確認して、その場は解散となった。 そして、数時間後……勝負の一日が始まることになったのであった……。

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