銀黎のファルシリア
死闘
その日の夜、ククロはぼんやりとダウンタウンを歩いていた。
見に帯びるのは鎧と剣一本……道具は拡張ポーチの中に複数。完全武装とまでは言わずとも、このままダンジョンの中に突っ込んで行けるような装備である。
歩いている場所はダウンタウンの中でも、更に人目の柄ない所……暗がりがとても多い所だ。これだけ暗がりがあれば、不意打ち、闇討ち、挟み打ちと、何でもありだろう。
おまけに周りには人がいない……それはそうだ。もともと治安の悪いダウンタウンの……しかも、暗がりに好き好んで入っていくバカはいない。そこにいるとすれば、日の下を歩けないような、道を踏み外したモノだけだろう。
「さてと……さっきから、こっちの様子をうかがってるのは分かっているぞ。とっとと出てこいよ」
ククロがここを歩いている理由は単純明快……自分の背後にずっとついて来ていた気配をおびき寄せるためである。いや、おびき寄せるというと語弊があるかもしれない。
あえて、誘いに乗った……と言ったほうが正しいかも知れない。
背後から近づいてくる者は相当に自分の力に自信があるようだった。ククロの噂は聞いているだろうに……ただ、ククロとしてもこうも堂々と挑まれると、相手に興味が湧いてくる。
「出てこないなら家に帰るぞ」
ククロの声が静寂に響き渡る。 気配は依然として、そこにある。相手もククロが誘いに乗ったのだと理解しているのだろう……ククロの声に呼応して、凄まじい闘気が発せられた。
身を切らんばかりの鋭く、同時に、相手に抵抗を許さずに潰してしまえそうなほどの圧を感じる。どうやら、その気配は相当な使い手のようだった。一瞬、それだけの闘気を浴びたククロの顔に好戦的な笑みが浮かぶが……しかし、すぐにその笑みは消え去った。
なぜならば……その闘気に覚えがあったからだ。
「折角この場まで出向いてくれたんだから、戦わないと失礼にあたるね」
「……どうして、アンタがここにいる」
呻くように言ったククロの視線の先……そこにいたのは、アサルトジャケットに、鉄板入りのブーツを履いた男。数少ないSランク冒険者の称号を有し、『奈落』では生死を共にした戦友。
ツバサ――それが、ククロの前に現れた男の名だった。
予想外と言えばあまりにも予想外な男の登場に、珍しくククロが動揺した様子で口を開く。
「まてまて! ってことは、ツバサさんが俺の部屋に爆薬を投げ込んだのか!?」
「あぁ、そうだよ。ククさんをまともに相手すると死ぬかもしれないから、ちょっとね……ただ、やっぱり無理だったね。さすが、隙がないね」
「ここで褒められても嬉しくねぇよ……」
そう言いつつ、ククロは剣を構える。
本当ならば戦いたくない相手ではある……だが、先ほどからツバサから発せられる闘気は本気のそれだ。一瞬でも気を抜けば、頭を蹴り殺されてしまうだろう。 剣を構えるククロを見て、ツバサはどこか悲しそうに目を伏せ……そして、淡く微笑んだ。
「先に謝らせてもらう……ごめんね、ククさん」
次の瞬間、ツバサの姿が消えた。
反応できたのは恐らく、ククロの鍛錬の賜物だろう。
咄嗟に手甲で側頭部をかばうように身構えた瞬間、こめかみ目がけて、鋭利な蹴りが飛んできた。火薬でも爆発させたんじゃないかと思うほどの爆音とともに、ククロの体が軽がると吹っ飛び、背中からレンガの壁に突っ込んだ。
――速いどころの話じゃないぞ……!
防御した手甲が凹み、使い物にならなくなっている。こめかみは頭蓋骨の中で最も薄い部分だ……もしも、先ほどの防御が間に合っていなかったら、今頃ククロの頭は冗談抜きにして爆発四散していた可能性が高い。
「ククさん……立ってくれ」
「不意打ちはしないってか。そりゃ涙が出るほどありがたいね……」
ガラガラとレンガを押しのけながら、ククロは立ち上がり……そして、剣を構える。
先ほどの一撃からしてもツバサは本気だ。
本気で……ククロを殺しに来ている。
「何があった、ツバサさ――」
好青年然としたツバサがこのようなことをするには裏があるはずだ……そう考えたククロは事情を聞こうとしたが、その言葉が全て紡がれるよりも先に、ツバサが一瞬で間合いを詰めてきた。 縮地――相手の意識の間隙に滑り込み、まるで、彼我の距離を縮めてしまったかのように見せる歩法である。しかも、ツバサの場合、縮地に加えて、物理的にも超速で移動している。
つまり、意識的にも、物理的にも、瞬時に距離を詰めてくるのだ。ククロからすれば、まさに一瞬で目の前に立たれたかのようにしか見えない。
「しっ!!」
「つぅッ!!」
超加速からの半足跳び蹴り。運動エネルギーがこれでもかと乗った足刀が、ククロの引き付けた剣の腹にぶち当たり、その体が一気に後ろに持って行かれる。 更に追撃は続く。
ツバサはその場で鋭角に跳躍、剣を前方に構えて防御しているククロの前まで一気に迫ると、そのまま脳天に踵を落としてくる。
――速いし鋭い……ッ!!
何とか体を捌いてこれを回避したククロは、ドッとでてくる冷や汗に背中を濡らした。
鉄板入りのアサルトブーツから繰り出されるツバサの蹴りは、そんじょそこらの剣や槍などよりもよほど脅威だ。まともに喰らえば骨折から内臓破裂まで一直線。ククロはオニキスアフィアーと呼ばれる鉱物で作られた、衝撃を吸収する手甲があったからこそ、ツバサの蹴りを受け止められたが……もしなかったら、最悪、肘から先が千切れ飛んでいてもおかしくはなかった。
メイスやバトルハンマーで殴られた方がよっぽどマシという威力である。
――くそっ! 完全に間合いに入り込まれたか……!
ツバサの場合、縮地という歩法がある関係上、ほとんど間合いという概念がない。そのため、対抗するならばこちらも拳術で対応するのが一番なのだが……さすがに、これほどの達人相手に拳で戦おうとは思わない。
――ならば!
空気を抉り抜きながら繰り出される回し蹴りを剣で受け止め、同時に飛ぶ。 踏みしめる地面が無くなったことでククロの体が、蹴られた方向に吹っ飛ぶが……それゆえに、ツバサと間合いが開く。もちろん、それを易々と見逃すツバサではない。
瞬時に縮地で距離を詰めてくるが、ククロはツバサが消えた瞬間に大剣を振り抜くことで対応する。何にもない空間を大剣が滑り……次の瞬間、ツバサの蹴りと相克した。
互いの威力を殺しきれず、双方背後に飛んで仕切り直す。
縮地の対応……それは、『相手が縮地を使った瞬間、その方向に向かって剣を振る』という極めて曖昧なものだ。ただ、これが意外とハマる。
ツバサの縮地は意識的なものと同時に、物理的にも超速で接近してくる。だが……それ故に、そこに発生する強烈な慣性を殺しきれずに、軌道は一直線にならざるを得ない。
あとは、タイミングに合わせて剣を振るだけなのだが……このタイミングばかりは、どうしようもない。ククロの感性と直感、そして、経験から来る勘で何とかするしかない。
「さすがククさん……強いね」
「これだけ一方的にやられているんだ。嫌味にしか聞こえん」
一瞬、ククロの脳内に『ベルセルク』という選択肢が浮かぶ。
しかし、アレをやってツバサに勝った場合、次の標的を求めてダウンタウンをさまよい、片っ端から人間を切り捨てかねない。さすがに街中で使うのはなしだ。
ククロは構えを大上段に。
防御は捨てる……縮地を使う関係上、ツバサは正面からしか来ない。反撃を狙うならば、正面から来たツバサに斬撃を当て、相手の勢いを殺すしかない。ただ防御するだけでは、一方的に殴られてしまうだけだ。後は……そのタイミングと、意識の間隙にはいられないように気を張り続けるしかない。 とん、とん、とん、とツバサは爪先で地面を叩く。
「そっちが仕掛けないならこっちから行くよ?」
「こっちから仕掛ければ、強烈なカウンターが来るだけだ。縮地持ちのアンタと戦うなら、待ちの一手が正解だ」
大剣の間合いに取り込めていない以上、先手は悪手でしかない。間合いを瞬時に詰めてくる相手に、無警戒に駆け寄りでもしたら、その瞬間にカウンターを貰うのは目に見えている。
痛いほどの『動』を含んだ『静』が間に満ちる。一瞬でも何らかの刺激を受ければ、破裂してしまいそうなほどに、ピリピリとした緊張が肌を刺す。
仕掛けたのは――ツバサだ。
やはり、初動は縮地……そして、そこからの後ろ回し蹴り。 これに対し、ククロは正直に正面から剣を振り下ろす。タイミングは直感と勘……だが、それが運良く噛み合った。 蹴撃と剣撃が火花を散らして激突する。
――捉えた!
ツバサが一度足を引き、すぐさまククロの顔面目がけて足刀を繰り出すが、ククロは頭を傾けてそれを回避。髪が数本飛んでいくのを視界の端に収めながら、一歩前へ。
「えぁりゃぁぁぁ!!」
横一文字。
ドラゴンですらも吹き飛ばした豪閃が、ツバサに襲い掛かるが……ツバサはバック宙でこれを回避。そして、着地と同時に地に伏せて足払い、流れるように、顎に向けて足刀。
「くそ! 曲芸じみた動きを!」
何とかこれを必要最低限の動きで回避したククロは、大剣を寝かせてこれを防御。そして、続けてきた足激を――つかんだ。
「うおりゃぁぁあ!!」
「くっは!?」
大きく振り回されたのち、渾身の力をもってツバサを地面に叩き付ける。 轟音と共にツバサの体が地面に埋まり……そして、相打ち覚悟で、身を捻りつつ繰り出された蹴りが、ククロの側頭部を捉えた。 世界が大きく振動し、盛大に地面を転がる。
ククロもツバサも互いに攻撃力が振り切れている身だ……たった一撃でももらえば、それだけで大ダメージとなる。ククロもツバサも、ヨロヨロとその場で立ち上がる。 三半規管にダメージを負ったのか、真っ直ぐ立ち上がれない。剣を杖にして、ククロは何とかその場で踏みとどまるが、今にも胃の中身をぶちまけてしまいそうになる。 ダメージを負っているのはツバサも同じのようで、顔をしかめつつ足を引きずっている。
だが――
「これで……終わりじゃない……まだだ……まだだッ!!」
「そうだね……」
ククロが狂ったように喜悦を浮かべて剣を構える。 ツバサが瞳に闘志を燃やして、地面を軽く爪先で叩く。
生と死の間に攻防戦――苦戦すればするほどに、そこに生まれる生への喜悦は高まってゆく。ククロは捻じれ、歪んだ喜びを抱きながら、ツバサに斬り掛からんとして――
「ストップ。そこまで」
この狂戦にストップをかける者が現れた。 ツバサとククロが同時にその方角へと顔を向けると……暗がりの中から銀髪紅瞳の美女が現れる。見慣れたその姿を前にして、ククロは大きく舌打ちをする。
「邪魔をするな、ファルシリア!!」
「邪魔もするよ。これがお互いに望んだものならまだしも、ツバサさんは少なくとも、今すぐにでも止めたいでしょ」
そう言って、ファルシリアは右手につかんでいた縄を引っ張る。 どさりと転がったのは、闇にまぎれるかのような黒の装備を身に着けた三人の男達だった。よほどに恐ろしい目にあったのだろう……中には、失禁してしまっている者もいる。
ククロが疑問を浮かべていると、ファルシリアがツバサに向かって顔を向けた。
「二人の戦いを見張っていたのはこれで全員。だから、もう戦う必要はないよ」
「…………そうか……」
そう言って、ツバサは二人とふらつくと、そのままその場で尻餅をついた。大きく安堵の吐息をついているところを見るに、本当に戦いたくなかったのだろう。
戦いが収束したことを感じ取ったククロは、小さく嘆息した後でファルシリアの方へ向く。
「まぁ、また上手いこと立ち回ったな、ファルさん」
「ツバサさんが闇討ちって、明らかにおかしいでしょ。これぐらい普通普通。さて……」
そう言って、ファルシリアは蛇腹剣を引き抜くと、男のうちの一人の喉元に押し当てた。
「どうしようか。殺すのは確定として……拷問でもして情報を吐かせようか」
「そうすっか。腕でも切り落とすか」
まるで、日常会話のように会話をする二人に、黒服の男が焦ったように口を開く。
「ま、待ってくれ! 俺たちは雇われただけで、何も知らないんだ! 本当だ! ただ、勝負の結果を報告してくれと言われただけで……」
「ふむ、相手にブラフの情報を流すのに使えるか……?」
「心情的には今すぐにでも喉を掻っ切ってやりたいけどね。とりあえず……こいつらはどこかに放り込んでおくとして……ツバサさん、疲れてる所悪いけど、事情を聴かせてもらえるかな?」
ファルシリアが気遣わしげにそう言うと、ツバサは弱々しく微笑んで頷いたのであった……。
見に帯びるのは鎧と剣一本……道具は拡張ポーチの中に複数。完全武装とまでは言わずとも、このままダンジョンの中に突っ込んで行けるような装備である。
歩いている場所はダウンタウンの中でも、更に人目の柄ない所……暗がりがとても多い所だ。これだけ暗がりがあれば、不意打ち、闇討ち、挟み打ちと、何でもありだろう。
おまけに周りには人がいない……それはそうだ。もともと治安の悪いダウンタウンの……しかも、暗がりに好き好んで入っていくバカはいない。そこにいるとすれば、日の下を歩けないような、道を踏み外したモノだけだろう。
「さてと……さっきから、こっちの様子をうかがってるのは分かっているぞ。とっとと出てこいよ」
ククロがここを歩いている理由は単純明快……自分の背後にずっとついて来ていた気配をおびき寄せるためである。いや、おびき寄せるというと語弊があるかもしれない。
あえて、誘いに乗った……と言ったほうが正しいかも知れない。
背後から近づいてくる者は相当に自分の力に自信があるようだった。ククロの噂は聞いているだろうに……ただ、ククロとしてもこうも堂々と挑まれると、相手に興味が湧いてくる。
「出てこないなら家に帰るぞ」
ククロの声が静寂に響き渡る。 気配は依然として、そこにある。相手もククロが誘いに乗ったのだと理解しているのだろう……ククロの声に呼応して、凄まじい闘気が発せられた。
身を切らんばかりの鋭く、同時に、相手に抵抗を許さずに潰してしまえそうなほどの圧を感じる。どうやら、その気配は相当な使い手のようだった。一瞬、それだけの闘気を浴びたククロの顔に好戦的な笑みが浮かぶが……しかし、すぐにその笑みは消え去った。
なぜならば……その闘気に覚えがあったからだ。
「折角この場まで出向いてくれたんだから、戦わないと失礼にあたるね」
「……どうして、アンタがここにいる」
呻くように言ったククロの視線の先……そこにいたのは、アサルトジャケットに、鉄板入りのブーツを履いた男。数少ないSランク冒険者の称号を有し、『奈落』では生死を共にした戦友。
ツバサ――それが、ククロの前に現れた男の名だった。
予想外と言えばあまりにも予想外な男の登場に、珍しくククロが動揺した様子で口を開く。
「まてまて! ってことは、ツバサさんが俺の部屋に爆薬を投げ込んだのか!?」
「あぁ、そうだよ。ククさんをまともに相手すると死ぬかもしれないから、ちょっとね……ただ、やっぱり無理だったね。さすが、隙がないね」
「ここで褒められても嬉しくねぇよ……」
そう言いつつ、ククロは剣を構える。
本当ならば戦いたくない相手ではある……だが、先ほどからツバサから発せられる闘気は本気のそれだ。一瞬でも気を抜けば、頭を蹴り殺されてしまうだろう。 剣を構えるククロを見て、ツバサはどこか悲しそうに目を伏せ……そして、淡く微笑んだ。
「先に謝らせてもらう……ごめんね、ククさん」
次の瞬間、ツバサの姿が消えた。
反応できたのは恐らく、ククロの鍛錬の賜物だろう。
咄嗟に手甲で側頭部をかばうように身構えた瞬間、こめかみ目がけて、鋭利な蹴りが飛んできた。火薬でも爆発させたんじゃないかと思うほどの爆音とともに、ククロの体が軽がると吹っ飛び、背中からレンガの壁に突っ込んだ。
――速いどころの話じゃないぞ……!
防御した手甲が凹み、使い物にならなくなっている。こめかみは頭蓋骨の中で最も薄い部分だ……もしも、先ほどの防御が間に合っていなかったら、今頃ククロの頭は冗談抜きにして爆発四散していた可能性が高い。
「ククさん……立ってくれ」
「不意打ちはしないってか。そりゃ涙が出るほどありがたいね……」
ガラガラとレンガを押しのけながら、ククロは立ち上がり……そして、剣を構える。
先ほどの一撃からしてもツバサは本気だ。
本気で……ククロを殺しに来ている。
「何があった、ツバサさ――」
好青年然としたツバサがこのようなことをするには裏があるはずだ……そう考えたククロは事情を聞こうとしたが、その言葉が全て紡がれるよりも先に、ツバサが一瞬で間合いを詰めてきた。 縮地――相手の意識の間隙に滑り込み、まるで、彼我の距離を縮めてしまったかのように見せる歩法である。しかも、ツバサの場合、縮地に加えて、物理的にも超速で移動している。
つまり、意識的にも、物理的にも、瞬時に距離を詰めてくるのだ。ククロからすれば、まさに一瞬で目の前に立たれたかのようにしか見えない。
「しっ!!」
「つぅッ!!」
超加速からの半足跳び蹴り。運動エネルギーがこれでもかと乗った足刀が、ククロの引き付けた剣の腹にぶち当たり、その体が一気に後ろに持って行かれる。 更に追撃は続く。
ツバサはその場で鋭角に跳躍、剣を前方に構えて防御しているククロの前まで一気に迫ると、そのまま脳天に踵を落としてくる。
――速いし鋭い……ッ!!
何とか体を捌いてこれを回避したククロは、ドッとでてくる冷や汗に背中を濡らした。
鉄板入りのアサルトブーツから繰り出されるツバサの蹴りは、そんじょそこらの剣や槍などよりもよほど脅威だ。まともに喰らえば骨折から内臓破裂まで一直線。ククロはオニキスアフィアーと呼ばれる鉱物で作られた、衝撃を吸収する手甲があったからこそ、ツバサの蹴りを受け止められたが……もしなかったら、最悪、肘から先が千切れ飛んでいてもおかしくはなかった。
メイスやバトルハンマーで殴られた方がよっぽどマシという威力である。
――くそっ! 完全に間合いに入り込まれたか……!
ツバサの場合、縮地という歩法がある関係上、ほとんど間合いという概念がない。そのため、対抗するならばこちらも拳術で対応するのが一番なのだが……さすがに、これほどの達人相手に拳で戦おうとは思わない。
――ならば!
空気を抉り抜きながら繰り出される回し蹴りを剣で受け止め、同時に飛ぶ。 踏みしめる地面が無くなったことでククロの体が、蹴られた方向に吹っ飛ぶが……それゆえに、ツバサと間合いが開く。もちろん、それを易々と見逃すツバサではない。
瞬時に縮地で距離を詰めてくるが、ククロはツバサが消えた瞬間に大剣を振り抜くことで対応する。何にもない空間を大剣が滑り……次の瞬間、ツバサの蹴りと相克した。
互いの威力を殺しきれず、双方背後に飛んで仕切り直す。
縮地の対応……それは、『相手が縮地を使った瞬間、その方向に向かって剣を振る』という極めて曖昧なものだ。ただ、これが意外とハマる。
ツバサの縮地は意識的なものと同時に、物理的にも超速で接近してくる。だが……それ故に、そこに発生する強烈な慣性を殺しきれずに、軌道は一直線にならざるを得ない。
あとは、タイミングに合わせて剣を振るだけなのだが……このタイミングばかりは、どうしようもない。ククロの感性と直感、そして、経験から来る勘で何とかするしかない。
「さすがククさん……強いね」
「これだけ一方的にやられているんだ。嫌味にしか聞こえん」
一瞬、ククロの脳内に『ベルセルク』という選択肢が浮かぶ。
しかし、アレをやってツバサに勝った場合、次の標的を求めてダウンタウンをさまよい、片っ端から人間を切り捨てかねない。さすがに街中で使うのはなしだ。
ククロは構えを大上段に。
防御は捨てる……縮地を使う関係上、ツバサは正面からしか来ない。反撃を狙うならば、正面から来たツバサに斬撃を当て、相手の勢いを殺すしかない。ただ防御するだけでは、一方的に殴られてしまうだけだ。後は……そのタイミングと、意識の間隙にはいられないように気を張り続けるしかない。 とん、とん、とん、とツバサは爪先で地面を叩く。
「そっちが仕掛けないならこっちから行くよ?」
「こっちから仕掛ければ、強烈なカウンターが来るだけだ。縮地持ちのアンタと戦うなら、待ちの一手が正解だ」
大剣の間合いに取り込めていない以上、先手は悪手でしかない。間合いを瞬時に詰めてくる相手に、無警戒に駆け寄りでもしたら、その瞬間にカウンターを貰うのは目に見えている。
痛いほどの『動』を含んだ『静』が間に満ちる。一瞬でも何らかの刺激を受ければ、破裂してしまいそうなほどに、ピリピリとした緊張が肌を刺す。
仕掛けたのは――ツバサだ。
やはり、初動は縮地……そして、そこからの後ろ回し蹴り。 これに対し、ククロは正直に正面から剣を振り下ろす。タイミングは直感と勘……だが、それが運良く噛み合った。 蹴撃と剣撃が火花を散らして激突する。
――捉えた!
ツバサが一度足を引き、すぐさまククロの顔面目がけて足刀を繰り出すが、ククロは頭を傾けてそれを回避。髪が数本飛んでいくのを視界の端に収めながら、一歩前へ。
「えぁりゃぁぁぁ!!」
横一文字。
ドラゴンですらも吹き飛ばした豪閃が、ツバサに襲い掛かるが……ツバサはバック宙でこれを回避。そして、着地と同時に地に伏せて足払い、流れるように、顎に向けて足刀。
「くそ! 曲芸じみた動きを!」
何とかこれを必要最低限の動きで回避したククロは、大剣を寝かせてこれを防御。そして、続けてきた足激を――つかんだ。
「うおりゃぁぁあ!!」
「くっは!?」
大きく振り回されたのち、渾身の力をもってツバサを地面に叩き付ける。 轟音と共にツバサの体が地面に埋まり……そして、相打ち覚悟で、身を捻りつつ繰り出された蹴りが、ククロの側頭部を捉えた。 世界が大きく振動し、盛大に地面を転がる。
ククロもツバサも互いに攻撃力が振り切れている身だ……たった一撃でももらえば、それだけで大ダメージとなる。ククロもツバサも、ヨロヨロとその場で立ち上がる。 三半規管にダメージを負ったのか、真っ直ぐ立ち上がれない。剣を杖にして、ククロは何とかその場で踏みとどまるが、今にも胃の中身をぶちまけてしまいそうになる。 ダメージを負っているのはツバサも同じのようで、顔をしかめつつ足を引きずっている。
だが――
「これで……終わりじゃない……まだだ……まだだッ!!」
「そうだね……」
ククロが狂ったように喜悦を浮かべて剣を構える。 ツバサが瞳に闘志を燃やして、地面を軽く爪先で叩く。
生と死の間に攻防戦――苦戦すればするほどに、そこに生まれる生への喜悦は高まってゆく。ククロは捻じれ、歪んだ喜びを抱きながら、ツバサに斬り掛からんとして――
「ストップ。そこまで」
この狂戦にストップをかける者が現れた。 ツバサとククロが同時にその方角へと顔を向けると……暗がりの中から銀髪紅瞳の美女が現れる。見慣れたその姿を前にして、ククロは大きく舌打ちをする。
「邪魔をするな、ファルシリア!!」
「邪魔もするよ。これがお互いに望んだものならまだしも、ツバサさんは少なくとも、今すぐにでも止めたいでしょ」
そう言って、ファルシリアは右手につかんでいた縄を引っ張る。 どさりと転がったのは、闇にまぎれるかのような黒の装備を身に着けた三人の男達だった。よほどに恐ろしい目にあったのだろう……中には、失禁してしまっている者もいる。
ククロが疑問を浮かべていると、ファルシリアがツバサに向かって顔を向けた。
「二人の戦いを見張っていたのはこれで全員。だから、もう戦う必要はないよ」
「…………そうか……」
そう言って、ツバサは二人とふらつくと、そのままその場で尻餅をついた。大きく安堵の吐息をついているところを見るに、本当に戦いたくなかったのだろう。
戦いが収束したことを感じ取ったククロは、小さく嘆息した後でファルシリアの方へ向く。
「まぁ、また上手いこと立ち回ったな、ファルさん」
「ツバサさんが闇討ちって、明らかにおかしいでしょ。これぐらい普通普通。さて……」
そう言って、ファルシリアは蛇腹剣を引き抜くと、男のうちの一人の喉元に押し当てた。
「どうしようか。殺すのは確定として……拷問でもして情報を吐かせようか」
「そうすっか。腕でも切り落とすか」
まるで、日常会話のように会話をする二人に、黒服の男が焦ったように口を開く。
「ま、待ってくれ! 俺たちは雇われただけで、何も知らないんだ! 本当だ! ただ、勝負の結果を報告してくれと言われただけで……」
「ふむ、相手にブラフの情報を流すのに使えるか……?」
「心情的には今すぐにでも喉を掻っ切ってやりたいけどね。とりあえず……こいつらはどこかに放り込んでおくとして……ツバサさん、疲れてる所悪いけど、事情を聴かせてもらえるかな?」
ファルシリアが気遣わしげにそう言うと、ツバサは弱々しく微笑んで頷いたのであった……。
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