銀黎のファルシリア

秋津呉羽

リングハウス

「ということで……セントラル街の二等地にリングハウスを借りられましたー!!」
「わーぱちぱちぱちぱちぱち!」
「おめでたいね!」

 ファルシリアの宣言に、眞為と翡翠が両手を叩いて祝福する。
 場所はセントラル街の二等地……中央から少し離れてはいるが、十分に利便性のある場所に、いくつかのリングハウスが建てられており、その内の一つを『野良猫集会場』が使えることになったのである。 リングハウスとはその名の通り、リングの拠点として自由に使ってよい施設である。基本的に中はガランとしており、自由に家具を設置したりすることができる。どのような用途に使うも自由であり、このリングハウスで寝泊りをしている者もいるんだとか。

 なんにせよ、リングハウスを手に入れるためには、十分な功績が必要とされており、このリングハウスを手に入れることが、リングの目標の一つと言っても良い。
 それを考えれば、結成して間もない上に、構成人数も少ない『野良猫集会場』が二等地とはいえ、こうもすぐにリングハウスを手に入れられたのは大躍進だといっても良いだろう。
 新進気鋭のAランク冒険者翡翠の加入と、錬成都市アイアーナスの活躍を評価されての事だろうが……ともかく、認められたという事実は素直に喜ばしい。

「はい、ファルシリアさん、質問です!」
「なんでしょうか、翡翠さん」

 ニコニコと笑いながら、翡翠は部屋の隅を指差す。

「勝手にリングハウスにベッドを運び込んで、あそこでグースカ寝ているのは何でしょうか?」「ククさんです」
「グーでお腹にパンチしてきていいですか?」
「まあまあ」

 よくよく見れば、翡翠の笑顔は引きつっている。GOサインがあれば、すぐにでもククロの腹に踵を落としそうな勢いである。眞為がククロの傍に近寄って、ゆさゆさと揺らすと、ようやくククロが目を覚ましてググッと大きく伸びをした。

「あー良く寝た……ありがとう、眞為さん」
「いえいえ」
「良く寝た……じゃないわよ! なんで勝手にベッド持ち込んでるのよ!」

 ギャーギャーと翡翠がいうと、ククロが心底うるさそうに顔をしかめながら、ガチャガチャと鎧を着こんでゆく。手慣れた様子で留め金を留めながら、ククロがあくび交じりに応える。

「昨日、部屋に爆薬が投げ込まれてな。部屋が吹っ飛んだんだわ」
「へ?」
「えぇ!?」
「ほぅ?」

 眞為、翡翠、ファルシリアと三者三様の反応が返ってくる。
 流石に予想外過ぎる答えだったのだろう……モゴモゴと口ごもってしまっている翡翠の隣で、ファルシリアが率先して口を開く。

「相手は?」
「逃げられた。心当たりのある相手が多すぎて犯人もだれか分からんわ」

 爆薬が仕掛けられた……と言うか、一歩間違えれば死んでいたような状況であるにもかかわらず、ククロはケロッとしている。命を狙われた経験が多すぎて、この異様な状況に慣れてしまっているのだろう。

「ということで、今日からここが俺の仮住まいです」
「えー! いやよ、ダメダメダメダメ!!」

 ククロが勝手に決めつけると、翡翠が猛反対をしだし始めた。そんな彼女に、ククロは胡乱気な視線を向けて、肩をすくめる。

「なーにが嫌なんだよ。それじゃ、お前は俺に野ざらしで生活しろって言うのか?」
「そ、そうは言ってないけど……でも、皆の集まるリングハウスに、アンタの洗濯物干してあったり、裏返った靴下が転がっていたりするの、なんか超嫌」
「我が儘だな、お前」
「アンタが言うなぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 どうどう、と眞為が間に止めに入っているのを見ながら、ファルシリアは大きく嘆息一つ。

「というかククさん。こんなこともあろうかとって、セーフルームいくつか持っているでしょ」「あ、ファルさんそれ言っちゃダメだろ!」

 肉親でも殺せそうな翡翠の視線から逃れながら、ククロがブーたれる。

「ククロさん、そんなにセーフルームが嫌なら、私の家来る? ちょっとスペースに余裕あるよ」「眞為さん、そうやってホイホイ男を家に上げちゃダメだ」

 と思えば、こうやって相手を思いやったりと……たぶんだが、翡翠をからかいたかっただけなのだろう。わざわざベッドまで持ってきて回りくどい男である。
 だが、問題はそこではない。

「ふむ、でも、誰だろうね……部屋を破壊する勢いの爆薬ってことは、完全にククさんを殺すつもりの火薬量があるってことだし」
「ていうか、アンタよく生きてたわね」

 ファルシリアと翡翠の言葉を受けて、ククロが腕を組んで考え込む。

「まぁ、常に浅く寝ているからな、微かな殺気でもすぐ起きれる。問題はファルさんの言っているように犯人の方で……すげぇ逃げ足が速かったんだよな。アレは尋常じゃないぞ」

 ククロの言葉に、眞為が首を傾げる。

「強いってこと?」
「たぶんだけどなぁ。あれだけ鍛えててひょろいってこたぁないだろうな」

 他人に対して厳しいククロがそう言うのだ……相手は直接戦っても十分に戦える相手だということなのだろう。

「ククロさん、難儀な人生を送ってるね」
「眞為さん、そんなしみじみと言われるとスゲーへこむから止めて」

 まぁ、ククロの送っている人生が平穏かと問われればまったくそんなことはなく。むしろ、波乱万丈だと言って良いだろう。

「なんにせよだ、ククさん」

 そう言って、ファルシリアは腕を組んで小さく吐息を漏らす。

「気を付けるに越したことはないよ。セーフハウスでも危ない場合はリングハウスで休んでればいい。完全に私物化するのは流石にマズイと思うけど……セントラル街で事を起こそうとする相手はいないだろうから。翡翠さんも、それで我慢して欲しい。ね?」
「まぁ、ファルシリアさんがそう言うなら……」

 翡翠が渋々といった感じで頷く。ファルシリアの言うことなら素直に聞くようだ。
 これに対し、ククロは……逆に素直には頷かない。無言で、ファルシリアにだけ分かるような視線を向けてくる。こっちに気を使うな……ということなのだろう。
 他人には厳しいが、身内には甘いククロの事だ……今回の件も、警告だけはしておいて、問題自体は自分一人で片づけるつもりだったのだろう。

「ま……最終手段には使わせてもらうよ」

 ククロはそう言って、軽く肩をすくめたのであった。

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