銀黎のファルシリア
プロローグ
どの世界にも度し難いクズというものはいるものである。
Sクラス冒険者のツバサも冒険者の『裏』の世界を知っていたし、その事は重々に承知しているつもりでいた。実際に『裏』にいたこともあるククロから当時の話を聞いて、なるほど、と実感もしていた。 だが……現状をみてみれば、それも実感した『つもり』であったと言わざるを得なかった。
「分かっているだろうが、下手な動きをしてくれるなよ……?」
「理解しているさ」
温和な男性と評されることの多いツバサの声には、隠しきれない殺気がこもっていた。一瞬でも気を抜けば、目の前の男の首をねじ切るために、前に出そうになる。相手もそれが分かっているのだろう……ビクビクと腰が引けている割には、その表情には強気な笑みが浮かんでいる。ヘドロのような粘着質な笑みだ。
場所は中央自由都市の旧市街――ダウンタウンの片隅だ。
ほとんど人目につかないところで、ツバサは黒づくめの男と話をしていた。相手は一人で来たと言い張っているが……周囲の気配を探ればそれが嘘だということがよく分かる。
――人数は恐らく、六人ってところかな。
恐らく、ツバサが何らかのアクションをした瞬間、裏切ったことを本部に告げに行くつもりなのだろう。目の前の男一人ならば始末してしまえばいいのだが……悪知恵だけは働く連中である。漏れ出る殺意を必死で堪えながら、ツバサは拳を鳴らす。
「それで、僕は何をすればいいわけ?」
「こ、コイツを殺してくれ」
そう言って出されたのは一枚の写真。 その写真には漆黒の鎧を着た、黒髪黒瞳の男が映っていた。ツバサもよくよく知っている男――ククロだった。ツバサは顔を上げると目の前の男に、怪訝そうな視線を送る。
「何でククさんを殺すんだ?」
「いいからやれって言ってるだろ!!」
唾を飛ばしながら、男が叫ぶ。
先ほどからツバサの殺気を一切容赦なく当てられているからだろう……男は目に見えて疲弊しており、ぜーぜーと肩で息をしている。男からすれば、見えない手で首を絞めつけられ続けているようなものだろう。一流の冒険者……引いては、格闘家が放つ本気の殺気というのは手を触れずして人を殺すことだって可能なのだから。
ツバサは刃物のような視線で男を観察していたが、その写真をその場で破り捨てた。
「分かった。ククさんを殺してこよう」
「そ、そうだよ! 大人しく俺達のいうことに従って――」
「ただし、一つだけ言っておく」
ツバサがそう言った瞬間、その場の空気が一気に重くなった。 まるで、重力が何倍にもなったかのようだった。その場にいる誰もが顔色を無くし、目の前にいる男が化け物なのだと改めて認識する中……ツバサは、歯を砕かんばかりに噛みしめ、絞り出すような声を出す。
「サクラに少しでも触れてみろ……思いつく限りの激痛を与えて殺してやる」
「き、貴様が大人しく俺達の言うことに従っていれば、手は出さないと言っているだろう!?」
男の言葉の最後の方はもはや懇願であった。
フッとツバサは殺気を収めると、男に背中を向けて歩き始める。背後で、男が腰を抜かして地面に座り込む音が聞こえたが、ツバサの意識は完全に切り替わっていた。
「ククさんを殺せ……ね」
なかなかに難しい注文だ。 ククロのクラスはBではあれど、その実際の実力はSクラス相当だ。風のうわさではイクスロード・ドラゴンを一人で抑え込んだほどだという。
「まぁ、でも不可能ではないか……」
ツバサはそう言って、陰鬱な溜息を吐く。 彼は『奈落』において、生死を賭した修羅場を共にした戦友だ。手を掛けるようなことはしたくないが……それでも、サクラを人質に取られている以上、倒さないわけにはいかない。
「待っていて、サクラ。僕が絶対に――」
悲壮な覚悟を決めて、ツバサは一人、闇の中に消えていくのであった……。
Sクラス冒険者のツバサも冒険者の『裏』の世界を知っていたし、その事は重々に承知しているつもりでいた。実際に『裏』にいたこともあるククロから当時の話を聞いて、なるほど、と実感もしていた。 だが……現状をみてみれば、それも実感した『つもり』であったと言わざるを得なかった。
「分かっているだろうが、下手な動きをしてくれるなよ……?」
「理解しているさ」
温和な男性と評されることの多いツバサの声には、隠しきれない殺気がこもっていた。一瞬でも気を抜けば、目の前の男の首をねじ切るために、前に出そうになる。相手もそれが分かっているのだろう……ビクビクと腰が引けている割には、その表情には強気な笑みが浮かんでいる。ヘドロのような粘着質な笑みだ。
場所は中央自由都市の旧市街――ダウンタウンの片隅だ。
ほとんど人目につかないところで、ツバサは黒づくめの男と話をしていた。相手は一人で来たと言い張っているが……周囲の気配を探ればそれが嘘だということがよく分かる。
――人数は恐らく、六人ってところかな。
恐らく、ツバサが何らかのアクションをした瞬間、裏切ったことを本部に告げに行くつもりなのだろう。目の前の男一人ならば始末してしまえばいいのだが……悪知恵だけは働く連中である。漏れ出る殺意を必死で堪えながら、ツバサは拳を鳴らす。
「それで、僕は何をすればいいわけ?」
「こ、コイツを殺してくれ」
そう言って出されたのは一枚の写真。 その写真には漆黒の鎧を着た、黒髪黒瞳の男が映っていた。ツバサもよくよく知っている男――ククロだった。ツバサは顔を上げると目の前の男に、怪訝そうな視線を送る。
「何でククさんを殺すんだ?」
「いいからやれって言ってるだろ!!」
唾を飛ばしながら、男が叫ぶ。
先ほどからツバサの殺気を一切容赦なく当てられているからだろう……男は目に見えて疲弊しており、ぜーぜーと肩で息をしている。男からすれば、見えない手で首を絞めつけられ続けているようなものだろう。一流の冒険者……引いては、格闘家が放つ本気の殺気というのは手を触れずして人を殺すことだって可能なのだから。
ツバサは刃物のような視線で男を観察していたが、その写真をその場で破り捨てた。
「分かった。ククさんを殺してこよう」
「そ、そうだよ! 大人しく俺達のいうことに従って――」
「ただし、一つだけ言っておく」
ツバサがそう言った瞬間、その場の空気が一気に重くなった。 まるで、重力が何倍にもなったかのようだった。その場にいる誰もが顔色を無くし、目の前にいる男が化け物なのだと改めて認識する中……ツバサは、歯を砕かんばかりに噛みしめ、絞り出すような声を出す。
「サクラに少しでも触れてみろ……思いつく限りの激痛を与えて殺してやる」
「き、貴様が大人しく俺達の言うことに従っていれば、手は出さないと言っているだろう!?」
男の言葉の最後の方はもはや懇願であった。
フッとツバサは殺気を収めると、男に背中を向けて歩き始める。背後で、男が腰を抜かして地面に座り込む音が聞こえたが、ツバサの意識は完全に切り替わっていた。
「ククさんを殺せ……ね」
なかなかに難しい注文だ。 ククロのクラスはBではあれど、その実際の実力はSクラス相当だ。風のうわさではイクスロード・ドラゴンを一人で抑え込んだほどだという。
「まぁ、でも不可能ではないか……」
ツバサはそう言って、陰鬱な溜息を吐く。 彼は『奈落』において、生死を賭した修羅場を共にした戦友だ。手を掛けるようなことはしたくないが……それでも、サクラを人質に取られている以上、倒さないわけにはいかない。
「待っていて、サクラ。僕が絶対に――」
悲壮な覚悟を決めて、ツバサは一人、闇の中に消えていくのであった……。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
4405
-
-
59
-
-
314
-
-
147
-
-
4
-
-
549
-
-
238
-
-
4
-
-
353
コメント