銀黎のファルシリア
とある昼下がり――モデルのお仕事
「どうしてこうなった……」
本日何度目かになる自問自答を繰り返しながら、ファルシリアは大きくため息をついた。 魔法石やら、反射板やら、ストロボやら……ファルシリアにはあまり身に覚えのない道具を持った人たちが、忙しそうに右に左にと走り回っている。怒声や指示が飛び交い、それに従って人々が急ピッチで作業を続けている。
今ファルシリアがいるのは、セントラル街の北東――通称、ファッションストリートと呼ばれる場所だ。東西南北、あらゆる所から衣服の専門店が出店しており、このストリートに集結している。値段と質は中~特上までと割とお金を持っている者相手の品ぞろえである。
ただ、その分ストリート全体がお洒落であり、ウィンドウショッピングをしている冒険者や旅人などで常に賑わっている。男女の比率で言えば女性が多く、ここがお洒落の最先端なのだということが知れる。
ただ……普段のファルシリアにはあまり縁のない場所だ。
お洒落をしないわけではないが、ダウンタウンで揃えられるものは大抵揃うし、服にそこまでお金も掛けてはいない。それよりも、情報屋に流すためのお金や、装備品の購入資金、もしものための貯金等々、冒険を行う方面に金は使っている。
だからこそ、なぜだか妙な居心地の悪さを感じて、ファルシリアは大きくため息をつくと、身を小さくして隅に寄った。
そして、スタッフに先ほど渡されたプリントへ目を落とした。
「『春のお洒落! ハイウェストのハンサムコーデのファルシリアと、柔らかフェミニンコーデの翡翠とで、花咲く街歩き特集!』」
何語で書かれているんだこれ、と頭を抱えてしまいたくなる。
昨今、転写系の魔法石を応用したカラープリント技術が発展したこともあり、街中には写真が溢れている。そこから転じて多く作られているのが雑誌だ。
特に、美男美女をモデルにしたお洒落なファッション雑誌が幅を利かせている。実際にその雑誌を手にしながら、この通りを歩いている人も多い。
そして、今最も熱いファッション雑誌が『ジュエル』だ。 専属のモデルを数人抱え、かつ、積極的に読者モデルも募集することで、多くの女性の支持を集めている。この雑誌に読者モデルとして載るのは、一種のステータスにもなっているぐらいだ。
そして――
「こんにちはー!」
明るい挨拶とにこやかな笑顔と共に、現場に登場した黒髪の女性――彼女こそ、今もっとも若い冒険者に支持されているモデル、翡翠だ。
年の頃はファルシリアよりも二つほど下だろうか。 トレンチ風のワンピースに、デニムのズボン、そしてスニーカーを合わせた女性らしさを残しながらもアクティブな服装をしている。
モデルをしているのも当然と頷けるような整った顔立ちに、生気に満ち溢れた翡翠色の瞳、そして、腰まで伸びた絹の如き滑らかな黒髪。彼女の印象を一文字で表すとすれば『凛』という言葉が最も適切であろう。シャンと伸びた背筋や、快活な雰囲気は、清流を思わせるような清々しさがある。
だが……彼女の驚くべきところはそれだけではない。
なんと、モデル業を務めながらも、同時に冒険者としても立派な功績を建てているのである。彼女のランクはA……十分すぎるほどに一人前であり、品格、実力ともに申し分ないとギルドに認められた証拠でもあった。売れっ子のモデルであり、同時に、凄腕の冒険者……女性の冒険者達が彼女を支持するのも分かる。
そして、そんな彼女が今日のファルシリアの仕事相手でもある。 そう……プリントにも書いてあったが、今日はファルシリアと翡翠で一緒に雑誌のモデルをすることになっているのである。 なんでファルシリアがそんな仕事を受けたのか……その原因は五日前にさかのぼる。
―――――――――――――――
「ククさん、これどういうこと?」
額に青筋を浮かべながら、ギルド会館でファルシリアはククロに迫っていた。
ファルシリアの元に今朝届けられたギルドからの依頼書……それは、モデルの仕事の依頼だった。しかも、すでにリングリーダーのククロのサインがされており受領済み。
簡潔に集合場所、仕事内容について書かれた依頼書を机に叩き付け、ファルシリアはククロに詰め寄る。顔は笑ってこそいるものの、全身から激怒オーラが漏れている……それを敏感に感じ取った周囲の冒険者達が黙りこくる中、ククロが手に持っていたホットドックから口を離す。
「あぁ、依頼書な。うん、女性ファッション雑誌『ジュエル』の社長が俺の所に直々に頭を下げに来てな。どうしてもファルさんをモデルとして起用したいんだとさ」
「私に一言もないのはどうしてかなぁ……っ!!」
こういった仕事が来たのは実は初めてではない。
ファルシリアはスタイルも良く、顔立ちもとても整っている……各ファッション雑誌が、ぜひモデルに! と申し込んでくることは何度もあった。だが、ファルシリアとしては可能な限り露出は避けたいし、この手の仕事で変なイメージやファンがつくのは勘弁してほしいので、全て断ってきたのである。
その事を知っているにもかかわらず、この男はケロッと代理で引き受けてしまったのである。 頬をひくつかせるファルシリアに、ククロはフッと柔らかい笑みを――ぶん殴りたい――浮かべて、肩をすくめた。
「まぁまぁ、ファルさん。ファルさんはギルド内では優良冒険者として有名じゃないか。なら、折角だし一度受けてみなよ。仕事の幅が広がることは悪い事ではないはずだ」
「まぁ、それはそうだけどね」
確かに正論ではある。 冒険者は将来に確たる保証のない職業だ。この先何があってもおかしくはない。
そのため、多方面に伝手を持っておくのは決して間違った選択ではないのだ。どこからどんな仕事が転がり込んでくるのか分からないのだから。
「俺は年上の冒険者としてファルさんのことを思って、こうして依頼を受けたのだよ。本当はファルさんも嫌がるだろうなーと思ったよ? でも、ファルさんのことを思って……そう、君のためを思ってこうして依頼を受けたんだ! 心を鬼にして!」
「………………」
ファルシリアの極寒の視線を受けながら、ククロが拳を握って力説する。
だが、ファルシリアは知っている。このククロという男はお節介で人情派な所はあるものの……それ以上にテキトーでいい加減なポンコツである。
そんなファルシリアの思考が視線から透けて見えるのだが……ククロは気にする様子もなく、ホットドックにかぶりついている。
「本当本当。ならギルドの報酬受領経歴を調べてみ? 俺は欠片もお金を受け取ってないから。これは、完全無欠の善意からファルさんに仕事を受けてもらいたくてだね――」
「それはそうと、『ジュエル』の社長さんが、ククさんに賄賂を贈って、今回の仕事を引き受けてもらったと自白したんだけど?」
ピタッとククロの動きが止まった。
どうやら、ファルシリアの方が一枚上手であったようだ。
すでにギルドの報酬受領経歴は調べ済み。明らかに今回の件に裏があると考えたファルシリアは、無給で仕事を受ける代わりに事の真相を正直に話すように『ジュエル』の社長に詰め寄ったのである。高額になるファルシリアのモデル料金を無料……という言葉と、ファルシリアの全身から発せられる殺気にも似た気迫に負け、社長は命の危機を感じて割と簡単に口を割った、という訳である。 ビッシリと冷や汗を流しながら、口にホットドックを収めたククロは、ゆっくりと腰を浮かせた。
「いや、そのだね……くそっ、あの狸ジジイめ、吐きやがったな……ッ!!」
「完全無欠の善意100%のククロさん? お金はどこに行ったのかな? それを私の給料としてもらいたいんだけど?」
ニコニコと笑顔を浮かべたまま言うファルシリアに、ククロもまたニコニコと笑顔を浮かべながら頭を掻いた。
「いやぁ、すでに半年滞納していた家賃と、酒場&防具屋のツケの返済に回して、残った分は食べ歩きで使って手元にないんだよね。今、ホットドックに使ったのが最後。あははははは」
「あはははははは死刑」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!! アイアンクローは! 頭が! 頭が割れるぅぅぅぅぅッ!!」
セントラル街の平和な昼下がり――ギルド会館に、間の抜けた男の叫び声が響く。 ただ、ククロを処刑しても一度引き受けた依頼が取り消しになることなどなく……結局、ファルシリアはモデルの依頼を受けることになったのであった……。
本日何度目かになる自問自答を繰り返しながら、ファルシリアは大きくため息をついた。 魔法石やら、反射板やら、ストロボやら……ファルシリアにはあまり身に覚えのない道具を持った人たちが、忙しそうに右に左にと走り回っている。怒声や指示が飛び交い、それに従って人々が急ピッチで作業を続けている。
今ファルシリアがいるのは、セントラル街の北東――通称、ファッションストリートと呼ばれる場所だ。東西南北、あらゆる所から衣服の専門店が出店しており、このストリートに集結している。値段と質は中~特上までと割とお金を持っている者相手の品ぞろえである。
ただ、その分ストリート全体がお洒落であり、ウィンドウショッピングをしている冒険者や旅人などで常に賑わっている。男女の比率で言えば女性が多く、ここがお洒落の最先端なのだということが知れる。
ただ……普段のファルシリアにはあまり縁のない場所だ。
お洒落をしないわけではないが、ダウンタウンで揃えられるものは大抵揃うし、服にそこまでお金も掛けてはいない。それよりも、情報屋に流すためのお金や、装備品の購入資金、もしものための貯金等々、冒険を行う方面に金は使っている。
だからこそ、なぜだか妙な居心地の悪さを感じて、ファルシリアは大きくため息をつくと、身を小さくして隅に寄った。
そして、スタッフに先ほど渡されたプリントへ目を落とした。
「『春のお洒落! ハイウェストのハンサムコーデのファルシリアと、柔らかフェミニンコーデの翡翠とで、花咲く街歩き特集!』」
何語で書かれているんだこれ、と頭を抱えてしまいたくなる。
昨今、転写系の魔法石を応用したカラープリント技術が発展したこともあり、街中には写真が溢れている。そこから転じて多く作られているのが雑誌だ。
特に、美男美女をモデルにしたお洒落なファッション雑誌が幅を利かせている。実際にその雑誌を手にしながら、この通りを歩いている人も多い。
そして、今最も熱いファッション雑誌が『ジュエル』だ。 専属のモデルを数人抱え、かつ、積極的に読者モデルも募集することで、多くの女性の支持を集めている。この雑誌に読者モデルとして載るのは、一種のステータスにもなっているぐらいだ。
そして――
「こんにちはー!」
明るい挨拶とにこやかな笑顔と共に、現場に登場した黒髪の女性――彼女こそ、今もっとも若い冒険者に支持されているモデル、翡翠だ。
年の頃はファルシリアよりも二つほど下だろうか。 トレンチ風のワンピースに、デニムのズボン、そしてスニーカーを合わせた女性らしさを残しながらもアクティブな服装をしている。
モデルをしているのも当然と頷けるような整った顔立ちに、生気に満ち溢れた翡翠色の瞳、そして、腰まで伸びた絹の如き滑らかな黒髪。彼女の印象を一文字で表すとすれば『凛』という言葉が最も適切であろう。シャンと伸びた背筋や、快活な雰囲気は、清流を思わせるような清々しさがある。
だが……彼女の驚くべきところはそれだけではない。
なんと、モデル業を務めながらも、同時に冒険者としても立派な功績を建てているのである。彼女のランクはA……十分すぎるほどに一人前であり、品格、実力ともに申し分ないとギルドに認められた証拠でもあった。売れっ子のモデルであり、同時に、凄腕の冒険者……女性の冒険者達が彼女を支持するのも分かる。
そして、そんな彼女が今日のファルシリアの仕事相手でもある。 そう……プリントにも書いてあったが、今日はファルシリアと翡翠で一緒に雑誌のモデルをすることになっているのである。 なんでファルシリアがそんな仕事を受けたのか……その原因は五日前にさかのぼる。
―――――――――――――――
「ククさん、これどういうこと?」
額に青筋を浮かべながら、ギルド会館でファルシリアはククロに迫っていた。
ファルシリアの元に今朝届けられたギルドからの依頼書……それは、モデルの仕事の依頼だった。しかも、すでにリングリーダーのククロのサインがされており受領済み。
簡潔に集合場所、仕事内容について書かれた依頼書を机に叩き付け、ファルシリアはククロに詰め寄る。顔は笑ってこそいるものの、全身から激怒オーラが漏れている……それを敏感に感じ取った周囲の冒険者達が黙りこくる中、ククロが手に持っていたホットドックから口を離す。
「あぁ、依頼書な。うん、女性ファッション雑誌『ジュエル』の社長が俺の所に直々に頭を下げに来てな。どうしてもファルさんをモデルとして起用したいんだとさ」
「私に一言もないのはどうしてかなぁ……っ!!」
こういった仕事が来たのは実は初めてではない。
ファルシリアはスタイルも良く、顔立ちもとても整っている……各ファッション雑誌が、ぜひモデルに! と申し込んでくることは何度もあった。だが、ファルシリアとしては可能な限り露出は避けたいし、この手の仕事で変なイメージやファンがつくのは勘弁してほしいので、全て断ってきたのである。
その事を知っているにもかかわらず、この男はケロッと代理で引き受けてしまったのである。 頬をひくつかせるファルシリアに、ククロはフッと柔らかい笑みを――ぶん殴りたい――浮かべて、肩をすくめた。
「まぁまぁ、ファルさん。ファルさんはギルド内では優良冒険者として有名じゃないか。なら、折角だし一度受けてみなよ。仕事の幅が広がることは悪い事ではないはずだ」
「まぁ、それはそうだけどね」
確かに正論ではある。 冒険者は将来に確たる保証のない職業だ。この先何があってもおかしくはない。
そのため、多方面に伝手を持っておくのは決して間違った選択ではないのだ。どこからどんな仕事が転がり込んでくるのか分からないのだから。
「俺は年上の冒険者としてファルさんのことを思って、こうして依頼を受けたのだよ。本当はファルさんも嫌がるだろうなーと思ったよ? でも、ファルさんのことを思って……そう、君のためを思ってこうして依頼を受けたんだ! 心を鬼にして!」
「………………」
ファルシリアの極寒の視線を受けながら、ククロが拳を握って力説する。
だが、ファルシリアは知っている。このククロという男はお節介で人情派な所はあるものの……それ以上にテキトーでいい加減なポンコツである。
そんなファルシリアの思考が視線から透けて見えるのだが……ククロは気にする様子もなく、ホットドックにかぶりついている。
「本当本当。ならギルドの報酬受領経歴を調べてみ? 俺は欠片もお金を受け取ってないから。これは、完全無欠の善意からファルさんに仕事を受けてもらいたくてだね――」
「それはそうと、『ジュエル』の社長さんが、ククさんに賄賂を贈って、今回の仕事を引き受けてもらったと自白したんだけど?」
ピタッとククロの動きが止まった。
どうやら、ファルシリアの方が一枚上手であったようだ。
すでにギルドの報酬受領経歴は調べ済み。明らかに今回の件に裏があると考えたファルシリアは、無給で仕事を受ける代わりに事の真相を正直に話すように『ジュエル』の社長に詰め寄ったのである。高額になるファルシリアのモデル料金を無料……という言葉と、ファルシリアの全身から発せられる殺気にも似た気迫に負け、社長は命の危機を感じて割と簡単に口を割った、という訳である。 ビッシリと冷や汗を流しながら、口にホットドックを収めたククロは、ゆっくりと腰を浮かせた。
「いや、そのだね……くそっ、あの狸ジジイめ、吐きやがったな……ッ!!」
「完全無欠の善意100%のククロさん? お金はどこに行ったのかな? それを私の給料としてもらいたいんだけど?」
ニコニコと笑顔を浮かべたまま言うファルシリアに、ククロもまたニコニコと笑顔を浮かべながら頭を掻いた。
「いやぁ、すでに半年滞納していた家賃と、酒場&防具屋のツケの返済に回して、残った分は食べ歩きで使って手元にないんだよね。今、ホットドックに使ったのが最後。あははははは」
「あはははははは死刑」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!! アイアンクローは! 頭が! 頭が割れるぅぅぅぅぅッ!!」
セントラル街の平和な昼下がり――ギルド会館に、間の抜けた男の叫び声が響く。 ただ、ククロを処刑しても一度引き受けた依頼が取り消しになることなどなく……結局、ファルシリアはモデルの依頼を受けることになったのであった……。
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