銀黎のファルシリア

秋津呉羽

依頼人『眞為』

 ククロとファルシリアが、眞為と呼ばれる冒険者の指定された中央公園に着いたのは、それから数分後だった。中央に噴水が据えられ、輝かしい水のアーチを作っている。
 セントラル街に居を構えている者達は大抵の場合、富裕層だ。今日は学校が休みなのだろう……子供たちが公園で思い思いの遊びに興じている。他国ならば、子供といえども労働力として数えられ、畑仕事に駆り出されるのを思えば、ここがどれだけ恵まれているのか分かるというものだろう。

 ファルシリアは駆けまわる子供達を眩しそうに目を細めて眺めている。その瞳にはどこかうっすらとした郷愁が漂っているように見える。

「おい、ファルさん。あのベンチに座ってる人がそうじゃないか? 待ち合わせの場所にはあの人しかいないし」
「あの異国っぽい衣装を着てる人?」

 年の頃は恐らく十六くらいだろうか。
 蒼を基調とした足首にまで届く、ゆったりとした異国風の衣装を身に纏った女性だ。 顔立ちは整っており、全体的に彫りが深い印象がある。だが……その表情も今は悲しみに彩られ、力なく俯いている。彼女が『眞為まい』であるという確証はないが、少なくとも待ち合わせの場所には彼女しか冒険者らしき人はいない。 声を掛けるか、とアイコンタクトでククロと同意を得ると、ファルシリアは女性の元へと近づいて行った。

「こんにちは、貴女がギルドに依頼を出していた眞為さんですか?」
「……あ、はい。そうで――」

 声を掛けられて顔を上げた女性――眞為は、ファルシリアの顔を見て驚いたように目を見開いた。そして、意図せず、といった様子で言葉が口を突く。

「『奈落』攻略組のS級冒険者ファルシリアさん……?」
「あはは、良く知ってたね」

 表情に若干渋さを混ぜてファルシリアはその問いに答える。眞為は次に視線を巡らせてククロを見ると、目を細めた。

「じゃあ、そちらの方は『奈落』攻略組のB級冒険者ククロさん?」
「はいはーい、素行不良のためBランクで止められてるククロさんですよー」

 対してククロは投げやり気味に答えてから苦笑を浮かべる。
 『奈落』攻略組――現在、最難関と言われている未知のダンジョン『奈落』。その攻略最前線に立っていた者達を、畏怖と敬意をもって『奈落』攻略組と呼んでいるのである。 『奈落』とは、底知れない古代のダンジョンで、果てが未知数な上に、モンスターも極めて強力。半端な実力の冒険者が挑むと、ほんの数分で死体ができあがるという過酷さで知られている。現在までに、地位と名誉と財を手に入れるため、多くの冒険者が『奈落』に挑んだものの……その半数以上が帰って来ていない。

 現在、597層まで攻略が完了しているが……実は、今は攻略中止がギルドから公式に言い渡されていたりする。モンスターの強さがこの層を始点にしてより苛烈になり、更にいえば邪神とも囁かれている正体不明の存在が散見され出したからである。
 もはや、人の手に負える場所ではなく、イタズラに死者を増やすだけだと、ギルドも判断したのである。つまり、『奈落』攻略組とは、この597層へと到達した者達のことを言うのだ。

 閑話休題。

「あの、『奈落』攻略組の二人が私に何の用で……?」
「貴女のクエストを受けに来たんですよ。ほら、これがクエストシート」

 半信半疑と言った様子だった眞為だったが、実際に彼女が書いたクエストシートを見て納得がいったようだった。驚いたようにファルシリアとククロを眺めている。

「どうして……だって、私が発注したクエストは一番報酬額が低かったはずじゃ」
「緊急性は一番高いと思ってね。それに、とりあえず、移動しながら事情を聞かせてもらっても良いかな?」
「移動って……どこへ行くんですか?」

 疑問符を浮かべる眞為に対して、ククロはセントラル街の中央に向けて親指を指して見せた。よくよく見てみれば、何か集会のようなものが開かれているようにも見える。

「四ヵ国騎士団が、深緑の洞窟救助隊編成の募集を掛けているんだよ。初動が遅いっちゃ遅いが……まぁ、ヘッポコ騎士団が動いただけマシだろ。そいじゃ行ってきなー、ファルさん、眞為さん。俺は途中で素知らぬ顔して合流するから」
「うん、ククさんはここでいい子にしてるんだよ?」
「俺はガキか何かかっ!」

 片目を引きつらせるククロに手を振って、眞為を引きつれて四ヵ国騎士団のいる方へと向かってゆく。少し近づくと、大声で何やら喋っているのが聞こえてくる。

「ククロさんが一緒に行かないのは、素行不良だから?」
「そそ。見つかったらいろいろ面倒なことになるからね」

 首元のチョーカーの位置を調節しながら、ファルシリアは笑う。まぁ、今の四ヵ国騎士団にククロを倒せるだけの猛者は存在しないだろうが……いざこざは避けるに限る。
 ここで、この四ヵ国騎士団について軽く説明をしておこう。 この中央自由都市ユーティピリアがある大陸には、この都市を囲むように四つの国が存在している。

 北の魔術が発展したノーザミスティリア。
 東の農業、酪農が盛んなイーストルネ。
 西の古き遺跡が残るウェスタンドルグ。
 南の鍛冶と製鉄が盛んなユグドサウス。

 百年近く前、これらの国が戦争を繰り返し……そして、一時的に停戦が結ばれた際に造られたのが、非干渉地域である中央自由都市ユーティピリアなのだ。そのうえで、各国が他国を牽制するために、自国の兵士を送り込んで結成されたのが四ヵ国騎士団だ。

 結成当初こそ、東西南北で激しいにらみ合いを続けていた彼等だが、百年という月日が過ぎ去り、緊張は緩和。何度かに渡って世代交代も行われた結果、今では合同で治安維持を行うなどしている。 まぁ……平和になったのはいいものの、実戦経験がほぼない四ヵ国騎士団の練度は目を覆わんばかりのものであり……ぶっちゃけ、閑職と言っても良いレベルである。そもそも、四ヵ国騎士団が正常に機能していれば、ギルドなんてものが必要になるはずがない。
 今回の救助作戦のメンバーを冒険者から募集しているのもそんな理由からだろう。

「それで、眞為さんの仲間はどういう経緯で深緑の洞窟で行方不明になったの?」

 募集会場に向かいながら、ファルシリアがそう尋ねると、眞為は悲しげに肩を落とした。

「それが……リングの評判を上げるために、装備もまだ十分に整わないうちに……」
「深緑の洞窟の最下層モンスターを狩ろうとしたわけね……」

 ――まぁ、よくあることと言えばよくあることだけど。

 ファルシリアは内心でため息をついた。
 『リング』とは、冒険者同士で結束するチームのような物と思ってもらえると分かりやすい。リングの功績と名声が上がれば上がるほど、依頼が舞い込み、ギルドからも移譲される権限が増す。そのため、早く功績を上げようと考えて、結成して間もないギルドが、身の丈以上のダンジョンに乗り込んで全滅……というのは実は珍しくない。

 今回の深緑の洞窟であっても、上層ならまだしも深層にいるモンスターはそこそこ手ごわい。装備も、練度も、コンビネーションも取れていない冒険者が挑むには危険すぎる。
 モンスターとは、そもそもダンジョン自体が作り出す防衛機構のようなものだ。一見すると生命のように見えるが、食事をしなくても良いし、生殖もしない。ただ、ダンジョンのなにもない所から、何の前触れもなく湧いて出てくるのである。
 故に、ダンジョンに踏み入る者に対しては積極的に攻撃を仕掛けてくるし、傷ついたからといって逃げることもない。初心者はそのことをしっかりと理解しないで、ダンジョンに入っていくことがあるから余計に危ない。

 ――まぁでも、これほど大量の冒険者が行方不明になるのはおかしいけどね。

「ちなみに、行方不明になってからどれくらいの時間が経過してるのかな?」「……もう、三日目です」
「………………望み薄かなぁ」

 眞為に聞こえない程度にファルシリアは呟く。 途切れることなく沸き出すアクティブなモンスター達に囲まれて三日間……しかも、冒険者は初心者ときている。もしも、まだ無事だったら奇跡といっても良い。
 募集広場へと足を踏み入れれば、四ヵ国騎士団の者と思われる兵士が高台に乗って大声を張り上げており、広場は多くの冒険者で溢れていた。

「現在、深緑の洞窟で行方不明者が続出している! このことから、四ヵ国騎士団は正式にギルドの依頼を受けて救助隊を編成することになった! 我こそはという冒険者はぜひ参加してもらいたい! 繰り返す!」

 ファルシリアは人混みをひょいひょいと通り抜けて、募集を行っている机へと辿り着く。そして、看板に掲げられている募集要項にさっと目を通す。

「ふむー。報酬がこれぐらいってことは、大体C~Dランクの冒険者が集まるかな」

 サラサラっと志願書に『ファルシリア Sランク』と書きこむと、受付の男がギョッと目を丸くした。それも当然だろうSランクの冒険者など、早々御目に掛かれない。
 ファルシリアは志願リストを上から下まで軽く見ると、予想した通り、大体C~Dランクの冒険者が大半だった。たまにBランクが混じっており……そして、ファルシリアとは別にもう一人Sランクの人間が混ざっていた。

「へぇ……ツバサさんも参加してるんだ」

 『奈落』を攻略する際に一緒に戦ったこともある男性である。尋常ではない身体能力から繰り出される、アサルトブーツに包まれた蹴撃を武器に戦う格闘家である。彼が参加してくれるのは心強い。 ツバサも随分とお人好しな男だ……今回の異変を放っておけなかったのだろう。

「ファルシリアさん、大丈夫でしょうか……」

 眞為が背後から心配そうな声を掛けてくる。二次、三次遭難を恐れているのだろう。

「ん~まぁ、やれるだけの準備はして臨むつもりですけどね」

 冒険者に『絶対に大丈夫』などと言うことはない。常に背後には不測の事態がまとわりつき、冒険者の首を掻っ切らんと狙っているのだ。 だからこそ、熟練の冒険者はそれをしっかりと意識した上で、準備をするのだ。

「出発時刻は明日の明朝かぁ……ねぇ、眞為さん。今晩空いているかな?」
「デートのお誘いですか?」
「意外と余裕あるね、君……」

 しかも、ピクリとも笑わずに言い切るもんだから、本気で言っているのか冗談で言っているのか分からないのが怖い。おほん、とファルシリアは咳払いを一つ。

「今晩、酒場で作戦会議をするのさ。しっかりとした準備をしておかないとね」

 そう言って、ファルシリアは小さく笑ったのであった……。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品