ウツロイお悩み相談室活動報告書

しらいさん

制服と性別(3/?)

 翌日。
 助手は調査対象である鳴無を尋ねるため、四限目終了のチャイムと同時にパンをハムスターさながら頬張ると足早に教室を後にした。向かう場所にも抜かりはない。
『鳴無先輩がどこにいるか、ですか? 先輩はこの時間、いつもあそこに居ますよ──』
 逆に一度知ってしまえばそこ以外ありえないだろう、むしろ聞くまでもなかったと思うくらいに単純明快な答えだった。
「二年の鳴無なおは私だけど──」
 逢沢に確認した放送委員の居場所。 それは、放送室だ。
「──今、放送中なんだけど」
 二年生を示す色のスカーフを付けたセーラー服の生徒。 鳴無はそう仏頂面で助手の来訪に答えた。 それは暗に「邪魔だから出て行って」と切り捨てているかのような厳しい一言。
「……すみません」
 思わず助手はしゅん、と身体を萎縮させた。 クールでかっこよくて面白くて後輩思いの優しい理想的な先輩はいずこへ。少なくともクールと呼ぶには冷たすぎる極寒の対応に、話が違うじゃないかと内心独り言ちる。 これがあの女教師なら分厚い面の皮でなんともないのだろうが、自分は他人と比べて不愛想なだけでふてぶてしい訳ではないのだ。
 しかしこのまま黙っていても依頼は解決しない。 助手は勇気を出して、強張った口を開いた。
「わ、私、お悩み相談室の──」「ああ、あの先生の」と合点がいった様子。「少し、聞きたいことが、あるんですけど」「今日はもうマイクは使わないから、話すくらいならいいけど」
 ただもうちょっと待ってね、と付け加えて手元の食べかけの弁当を示唆した。
「は、はいっ……」 打てば響く返事に助手はほっと胸を撫でおろした。 表情は変わらず声にも抑揚が少ない鳴無の感情は読み取り難く、助手もそんな彼女に踏み込みあぐねていたのだ。 だがそれもどうにかなりそうだと一安心する助手。
「確か……助手さん、だっけ?」「うっ……」
 助手は安心したのも束の間、がっくりと項垂れた。楽観的に考え出した直後なだけに精神的ショックは大きい。
「うん? 違った? うちの後輩がそう呼んでたと思ったけど」「いや……それで、いいです……」
 鳴無は小首を傾げて、
「もしかして『助手さん』呼ばわりは嫌い?」「ええ、まあ……」
 驚愕の浸透率に気を落とす助手を眺めつつ、卵焼きの最後の一切れをもごもごと口に詰め込んで、弁当箱を片付けて水筒からお茶を一杯。 一息つくと、真剣な雰囲気を漂わせつつ、こう返した。
「放送委員だけに。ほう・・そう・・なんですか」
 親父ギャグ。 しかもかなり寒いタイプだと助手は即座に採点。 だが唐突なボケに頭が追いつけず、どう答えるべきかと目を泳がせた。
「……………………ええ、っと」
 それを無表情でじぃっと観察する鳴無。 だが挙動不審な助手を哀れと見かねてか、やがて補足を付け加える。
「ちょっとした放送委員ジョーク……」「あ、あははは……」
 昼休み、本来なら談笑で賑わう時間。 にもかかわらず放送室では二人きりで空笑いが空しく響き渡る。 余りにもつら過ぎる状況に助手は一瞬でも気を抜けば心が折れそうになる。 こんな先輩を面白いと称した逢沢の心はなんて広いのだろうか。尊敬の念と合わせて、話せば話す程に可愛い顔して平然と自分を騙した逢沢の事が嫌いになってしまう助手だった。 そこへ鳴無はおもむろに話し始めた。
「後輩とは、最初に必ずこれを言う事にしてるんだ。少しでも打ち解けるために。わたしって昔から、後輩に怖がられるタイプで」「そ、そうなんですか」「そういえば、後輩も同じような反応してたけど……」
 なんでだろうと首をひねる無自覚さに内心でツッコミを入れつつ。
「その後輩って、逢沢君ですか?」「そうだけど。……知ってるの?」
 流石に調査対象の本人を前にして、その人から依頼を貰いましたとは言えず、
「同じクラス、なので」と誤魔化した。
 別に嘘はついていない。 ふうんと相槌を打ちながら鳴無は、設置されているノートパソコンのモニタに目を落としながら興味なさげに尋ねた。
「悠希くんは、クラスではどんな感じ? 誰と仲がいいとか、いつも誰と一緒に居るとか」「誰と……うーん──」
 難しい注文だ。 助手にとって逢沢は仲がいいどころか教室で挨拶をするほどの関係でもない。そもそも昨日になってようやく名前を覚えたばかりの男子のことだ。誰と普段話すのかも知る訳がないのだ。 宙に浮かぶイメージは男女様々な知らないクラスメイトに囲まれて談笑するおぼろげな光景。
「誰、というか。……いつも色んな友達と、一緒に居る感じ、です」「へえ……。なんていうか、イメージ通りだね」「そう、ですね。明るくて、色んな人と話してて──」「女子とも?」「えっと、はい」「ふーん……。小学生みたいな見かけによらず結構チャラいんだ。ふーん。まあ、わたしには関係ないけど」
 あれれ、と内心戸惑う助手。 一層平坦な声音で話す鳴無からはどこか刺々しい雰囲気が醸し出されていた。 鳴無の不貞腐れたような反応にもしかして知らないうちに地雷を踏んでしまったのでは、と慌てて頭を回転させる。はっ、と閃いたのは、
「ぃ、委員会だと、どうなんですか?」「…………委員会? 悠希くんが…………?」
 こくこくと助手は慌てて首を縦に振った。
「そうだね。なんていうか……明るくて、よく笑う、よくできた後輩、かな」
 呟く鳴無は、無意識の内にすぅっと目を細めて表情を和らげる。
「放送委員は隔週で集まってミーティングするんだけど。悠希くんは気付いたらその話題の中心によく居るんだ。一年生なのに、すごいよ。わたしなんかはいつもどうやったら相手と仲良くなれるか分からなくて、ずっと悩んでるのに」
 そう言って苦々しく笑う。 それが今日初めて助手が見た、不器用な先輩の笑顔だった。
「でも彼はね、簡単に人の心の壁の中にこう──すっと、入り込んじゃう。こんなつまらない先輩にも話しかけてくれて、仲良くしてくれる。本当によくできた後輩だよ」
 照れくさそうに顔を赤らめる鳴無。 そして、なんだろう、と。 その安らかな優しい表情に、その心地よい暖かい感情に、助手は既視感を感じていた。 まるで身体の奥深くの蝋燭に小さな火が燈るような──
「…………好きなん、ですか?」「へっ……?」「あっ、いや、そのっ──」
 我知らず助手はぽろりと口にしてしまった。 逢沢の気持ちを知っているだけにその場の雰囲気に流されて聞かずにはいられず。 慌てて両手を振って誤魔化す。
「す、すみません、ええっと──」「うん」「つい失礼な事を、って、え? えええ──もがっ」
 咄嗟に叫びかけた声を自分の両手で抑え込んだ。 聞き間違いかと疑い掛ける彼女の疑問に答えるかのように、鳴無は改めて言い直した。
「好きだよ、悠希くんのこと」
 朱色に染めた困り顔を浮かべて。 助手はまるで自分の事の様に顔を赤くして、驚愕に目をまんまると見開いた。 それはつまり、両想いという事なのだ。 だが、直後に失意の表情。
「でも、駄目なんだ」「えっ、どっ、どうしてっ……」
 理解不能と動揺と困惑を隠せない様子の助手。 そんな優しい彼女の事を思ってか。 俯いて、チェック柄のスカートから伸びた素足を捩らせ、逡巡するように視線が床の上を泳ぎ。時間をかけて迷ってから、やがて掌大の薄い冊子を差し出した。「これって……」「わたしの生徒手帳だけど。見ていいよ」
 革製の表紙を一枚捲って、見覚えのある一ページ目を意味が分からぬまま順に目で追って。 助手が真意を理解するまでに十秒と掛からなかった。
「うぇっ?!」「みんなには内緒だよ?」

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