ウツロイお悩み相談室活動報告書

しらいさん

制服と性別(1/?) プロローグ

 ある日の夕方。 とある公立高校の一室、お悩み相談室という札が掛けられた部屋で生徒と教師が他愛のない会話を繰り広げていた。
 教師の前でも堂々と読書にふける女生徒、通称・助手。 そんな彼女にグサグサと突き刺さる熱視線。 送信元は鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌な様子で机に肘を付く女教師、自称・ウツロイ。 しかしその止むことがない視線が余程鬱陶しいのか、
「何じろじろ見てるんですか」と半目で軽蔑の眼差し。「いやなに、いつ何時見ても制服はやはり良い物だと思ってね」
 そう言って彼女は助手ごとセーラー服を指さした。 凹凸の少ない助手の細身を包む学校指定の制服。色合いは白と若草色を基調に落ち着いたもの。胸元にはアクセントとして今年の新入生を現す空色のスカーフが襟の裏から伸びている。
「なにせ学校関係者が叡智を結集して作り上げた青春の象徴だよ? シンプルで素朴なデザインながらも一度ひとたび少女が袖を通せば仄かに漂う背徳感。率直に言って、エロいね君」「はい……?」「ちょっと折角だから揉んだり舐めたり嗅いだりさせてくれたまえ」
 と、ウツロイはひゅるりと舌なめずりすると、獲物を狙う野生動物の如き眼光でゆったりと腕を伸ばした。 その動きに貞操の危機を感じたのか、
「喋るのも触るのも舐めるのも嗅ぐのも禁止ですっ」
 助手は埃が舞う勢いで相談室最奥の窓際にまで後ずさり。 思わぬ台詞のせいか、慌てた行動のせいか、息を荒げると赤ら顔で肩を上下させていた。
「大丈夫大丈夫痛くしないから」「何の話ですかっ……」「全く、別にいいじゃあないか。減るモノでもあるまいし……」
 ウツロイはやれやれと言わんばかりに大げさに肩をすくめた。
 図々しい態度に、なにこれ自分が悪いのかと助手は疑問視しながらも、
「……そんなに好きなら、自分で着ればいいのに」と皮肉を込めてもっともな言葉をボソリ。「おいおい学生服は学生が身に着けているからこそ価値があるのだよ。それに私は着る側であるよりも愛でる側にありたいのさ。第一私はもうそんな歳じゃあないだろう?」
 確かにどれだけ美女でも二十×歳にセーラー服は現実問題厳しいだろう、と一瞬未成年に入れない怪しい店のような妄想をしかけて想像を振り払う助手。
「もっとも着ろと言われれば現役女子高生JK以上に着こなす自信はあるがね」
 さらりと自分自身に惚気て自慢げに胸を張るウツロイを助手もさらりと聞き流すと、ふと思いついた疑問を投げかけた。
「そういえば。穿かないですよね、スカート」「うん?」
 それはウツロイの仕事着の事。教師である彼女が普段学校に着てきている服装と言えば、決まって清潔感のあるブラウスに濃暗色のパンツスーツ。
「かっこいいだろう?」
 言われて助手はむっと口を閉ざすが、全身で主張する彼女に根負けして嫌々呟いた。
「……普通です」「そうかい? 自分で言うのもなんだが、かなりの着こなしだと自負しているのだけれど」
 本当の所は内心「仕事ができる女性っぽい感じです」と思っていたのが、調子づかせたくない助手は口が裂けても素直に言えなかった。
「説明しよう! これはね、私の美貌を引き立てつつ可愛い生徒の気を引くためさ。スカートを穿いて可愛さポイントを上げるよりもこの方が私にはぴったりだろうし、魅力的だろう? ……というのは冗談で、本当の所は単純に自分の性に合っているというだけなのだよ」 確かに中性的な振舞いの彼女にはパンツルックがいい意味で似合っていた。その恰好は胸が無ければ『男装の麗人』のように見えなくもない。
「(まともな理由で)意外です」「それに正直に言えばスカートだろうと全裸だろうと何だろうと、どんな服装でも気に入った女の子を口説いて持ち帰る自信はあるからね」
 台無しである。
「それは、聖職者としてどうなんですか」「今時教師を聖職者だなんて──」
 と、扉の向こうからノック音。 ウツロイの気楽な返事に失礼しますと気を張って現れたのは、助手の見知った顔。
「あれ? あなたは……」「あっ、ど、どーも……。さっきぶり、だね?」
 知らない訳がない。 彼女にとって青年はクラスメイトなのだから。

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