アルミと藤四郎の失敗無双

しらいさん

無職も歩けば幼女に当たる

 住宅街の道路を走りながら藤四郎は叫んでいた。
「いっけなーい! 遅刻遅刻!」
 僕、東堂藤四郎。 どこにでもいる至って普通の無職! でもある日ひょんなことから──
「あっぶなーい!」「へ?」
 突如として聞こえてきた甘ったるい少女の声。 その行方は──
「上?」「なのです!」
 見上げれば気持ちのいい青空をバックに降ってくるのは、
「幼女と、電子レンジ……? なんてこった……!」
 パラシュートも何もない。重力に引かれて真っ逆さまに垂直落下だ。 いつから天気予報に『晴れ時々幼女』が誕生したんだ。 そう考えている間にも、刻々と地面を目指して落ちてくる。
「受け止めるしかない……!」
 時間がない。 できるかできないかの話じゃない。 やるしかないんだ。 藤四郎は覚悟を決めると空を見ながら落下地点を探って前後左右に歩く。 しかしそんな事をすれば必然的に、
「のわっ!」
 躓くのだ。 舗装された道路とはいえ平らではない。凸凹や凹凸は必ず存在する。 しかしそれが功を奏した。 倒れ掛かった藤四郎の体が緩衝剤となり、無事に幼女を受け止めることに成功した。 幼女の、ドロップキックを。
「えいっ!」「げぶぅ!」
 ──ひょんなことから幼女からドロップキック受けちゃってもう悶絶! いったいこれからどうなっちゃうの~!?
 あまりの激痛に泡を吹いてアスファルトに沈む藤四郎。 いかに子供が軽いとはいえ、体が鈍った無職の男がドロップキックを受けて耐えられる訳がなかった。 むしろあんな着地をして平気な子供の方が不思議なくらいだ。 体操選手よろしく両手を上げて綺麗な着地を決めていたその当人は今更になって事態に気付いたらしく、テトテトと藤四郎に駆け寄ると、
「い、生きてますか?!」「ギリギリ……」「ファイトー!」「いっぱー……ゲホッゲホッ!」
 情けなく小さな子供に介抱される藤四郎。 というかそんなネタを知ってるなんて本当に幼女かこの子。
「君の方こそ、大丈夫……?」「元気溌剌ぅ!」「オ〇ナミン〇ぃ……。大丈夫そうだね……うん」「はいっ。元気だけが私の取り柄ですからっ!」
 元気が有り余っているようで何より。 改めてみると年は十歳くらいだろうか。くりっとした目の愛くるしい顔立ちで、この辺りでは見かけない変わった格好コスチュームをしている。 一緒に落ちてきた電子レンジの方はというと何故か風船のように空中をフヨフヨと漂っていた。 不思議な女の子だ。
「というか、なんで空から落ちてきたの?」「ふぇ? 何かおかしいですか?」「うーん。普通は空から人は落っこちてこないなぁ……パラシュートをつけてやってる人はいるけど……」
 パラシュートをつけててもこんな住宅街では見た事ないけど。
「パラシュート?」「ゆっくり降りるための道具だよ。下にいる人にぶつかったり、着地に失敗したり、空から落ちると色々危ないからね」「へ~! じゃあ次から空を落ちるときは気をつけます!」
 次があるのか。 まるで無邪気な子犬の様に一々挙動が可愛らしい。
「うん、でも一人で落ちるのは危ないから、次はお父さんかお母さんと一緒にやるんだよ?」「はいっ!」
 元気がいい返事にうんうんと満足そうに頷く藤四郎。 本当にどうやって落ちてきたのかは分からないが、危険性をちゃんと理解したようだしもう大丈夫だろう。 さて、と藤四郎は元々の目的を思い出す。
「あ。そういえば面接」「どうかしましたか?」「うん。おじ……──」「おじ?」
 二十代はまだお兄さんと呼ばれたい年頃なのだ。
「ううん。お兄さん今からバイトの面接があって──」
 気付けば両手は空っぽ、持っていた履歴書はいずこへ。 きょろきょろと周りを回すととそれは意外と簡単に見つかった。 しかし、
「おお、りれきしょ……しんでしまうとはなにごとだ……」
 知らず知らずの内に手放していたらしい。 履歴書はいつの間にか道路脇の水たまりにどっぷりと浸かっていた。
「また失敗、か……」
 藤四郎はがっくりと項垂れた。 必ず履歴書を持っていくと約束した以上、持っていかない訳にはいかない。 しかし肝心の履歴書がこの状態では──
「くそっ……!」
 戻って書き直している余裕はない。乾かしている余裕もない。 悔しさのあまり藤四郎は握った拳でアスファルトを叩きつけた。 痛い。 当然だ。 ただそれ以上に悔しかった。 現実という巨大な壁に負けてしまったことに。
「いや、待てよ……?」
 本当にどうしようもないのか? 何もできることはないのか?
(いや、まだだ。まだ終わってないッ──!)
 藤四郎は意を決すると水たまりに手を突っ込んだ。
「こうなったらこのまま持って行って渡すしかないッ……!」
 真っ新な純白の紙にペンを走らせ書き上げた渾身の一枚。 それが今では泥水を滴らせ、インクは滲み、見る影もない。 だが例えどんなに変わってしまったとしても、自分が作り上げた履歴書に違いはないのだ。
「よし、これで行こう!」「ちょっと待ってください!」
 藤四郎の声に被せる様に叫んだのは、先程空から降ってきた謎の女の子。
「そのリレキショ? を、私に任せてくれませんか?」「君が……? 君ならなんとかできるって言うの……?」「元通りにできればいいんですよね?」「ああ、うん、そうだけど……」
 何か秘策でもあるというのだろうか。 藤四郎は怪訝な表情で幼女を見つめた。
「っ……!」
 見つめた先、彼女の瞳は爛々と輝き、無限のやる気に満ちていた。 自分ならできる、なんとかして見せると主張していた。 藤四郎はゆっくりと頷いた。
「分かった。君に任せよう」
 信じよう、きっと何か考えがあるに違いない。
「はいっ! 超レベル錬金術師アルミちゃんに任せてくださいっ!」
 そう元気よく叫ぶと彼女──アルミは藤四郎の手から『履歴書だった何か』を受け取って、浮遊する謎の電子レンジに叩き込んだ。
「それっ、れっつ☆くっきーんぐ! ぽちっ」
 陽気な掛け声と共にボタンを「Pi♪」と押すと、電子レンジが怪しげな音楽と共にゴゥンゴゥンと動き始める。 そして三分後──
「完成ですっ! アルミ流リレキショの蒸し焼きなのですっ!」「こ、これは……!」
 何という事でしょう。 さっきまで水たまりに浸かっていたはずの履歴書は、匠の手によって持ち味を逃がさずふっくら柔らかい仕上げりに変貌していた。 ずぶ濡れに張り付いていた紙は不思議な力で平面から立体へ。 パツンパツンに内側から膨らむ謎の進化を遂げているではありませんか。
「……なんだこれは」
 何かがおかしい。 少なくともこれは自分の知っている履歴書ではない。
「あれ、もしかして……私また何か失敗しちゃいました……?」
 はっと気付くと、アルミは藤四郎の反応にすっかり落ち込んでいた。
(何をやっているんだ僕は……自分勝手にこんないたいけな子供を悲しませて、それでいいのか)
 藤四郎はホカホカで活きがいい履歴書を片手に、アルミの頭をそっと撫でた。
「大丈夫。失敗じゃないよ」「ほ、本当ですか……?」「うん。ちょっとお兄さんの知らない履歴書になっていてびっくりしただけだよ。戻してくれてありがとう。これで僕は無事に面接に行けるよ」「ふぇ……よかったです……」
 すっかり元気を取り戻したのか、アルミはぱぁっと明るい笑顔を見せた。 これでいい。 面接に落ちたら情けない。 でも女の子を泣かせる男はもっと情けないのだから。
「本当にありがとう。もう空から落ちないように気をつけてね」「分かりましたっ! ありがとうおじさん!」
 藤四郎は暴れる履歴書を両手で掴んで走り出す。
「いいんだ。これでいいんだ……」
 彼の背中にはどことなく哀愁が漂っていた。 しかし、そこにはうっすらと『漢』という一文字が浮かんでいたという。

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