俺と彼女とタイムスリップと
11話「真柴弓月
暑い……
11年前もこの夏の暑さは変わらないな。
俺、松村淳一(心は28歳)は蝉の大合唱を自室のベッドで仰向けになって聴きながら、暑くて何もやる気が起きない自分に、少し呆れているところであった。
外で真昼間から子供たちが、蝉捕りをして遊んでいる声が聞こえる。
やめてあげろよ。
蝉だって、短い外の時間を命をかけて生きてるんだからさ。
俺みたいに戻れるわけじゃないんだぜ。
なんて考えるくらいに暇である。
ガチャ。部屋のドアが開く音がした。
ドアの方を向くと母さんが鬼の形相で立っていた。
「淳一!!あんた、夏休み入ってから3日間ずっと宿題もしないでゴロゴロしてるじゃない!!」
「……母さん、俺、今何もやる気がしない」
ものすごく素直に言ってはみたが、やめておけば良かった。
更に鬼の形相が増したからだ。
案の定、俺は叩き起こされ、しぶしぶ宿題をやるため、図書館へ向かった。
なんで家でやらないのかって?
ドケチな母さんは、クーラーをつけることを許してくれないからだ。
図書館なら涼しく快適な空間だからな。
市の図書館へは家から自転車で10分かかる。
また、坂道を上っていかなくては辿り着かない。
このクソ暑い中、中々の地獄である。
今まさに坂を上っている最中だが途中で漕ぐのが億劫になり手で押していくことにした。
「おーい、淳一!」
向かい側の道から、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
声の主の方を見ると、そこには当時よく見慣れた野球坊主が立っていた。
上下野球部のユニフォームを身にまとい頭には野球帽を被っている。
「おう、浩!久しぶりだな!」
そう。唯の弟の浩だ。
顏は唯の兄弟だけあって唯に少し似ている。
確かこの時は中2だ。
「久しぶり淳一!プレゼントありがとな!ねーちゃんから話聞いた!」
「ああ、結局唯が選んだやつだけどな。その後どうよ?」
「さすがに目覚まし時計3こあるから起きれるようになったよ。それに超うるさいねーちゃん目覚ましがあるから」
浩は苦笑しながら言った。
「はは、唯の目覚ましは強力だからな。」
「そうなんだよね。それより淳一、ねーちゃんにクマのぬいぐるみあげたんだって?」
「ああ、あの腹立つ顔をクマな。それがどうした?」
俺が聞くと、浩はあからさまにニヤニヤしだした。
「あのクマのぬいぐるみねーちゃん相当嬉しがってたよ。俺にも父さんにも母さんにも自慢してきたし。一緒に寝るんだーとか言ってたし」
まじかよなんだよそれ。
唯可愛すぎかよ。
「ま、まじかよ。唯そんな喜んでくれてたのか」
「久しぶりにあんなねーちゃん見た気がするなあ。てかどうなのお二人さん。恋仲にはなってないの?」
「バーカ、からかうな中学生」
「なんだよ何もないのかよー、俺全然応援するのになー」
「てか、お前今から部活なんじゃねーの?行かなくていいのか?」
俺がそう言うと浩は携帯で時間を確認した。
「うわあ、やべえ!練習遅れる!!じゃあな淳一!」
「おう、気を付けてな」
浩は急いで坂を下り練習場所である学校へと向かっていった。
さて、俺も図書館に向かうか。
それよりなかなか良いことを聞いたな。
その日は宿題が浩の話を聞いたせいか結構捗って有意義な一日を過ごした。
*
夏休み4日目。
前日に、宿題をある程度済ませた俺は、また部屋でだらだらと過ごす生活に戻っていた。
「淳一! あんたまたダラダラして!」
また母さんが俺の部屋にやってくるなり、説教を始めた。
「昨日宿題したんだから、大目に見てよ母さん。あんま怒るとまた小じわが増えるぞ」
「あんたがちゃんとしてたらこんなに怒ることはないわよ!」
「いや、だってやることねーんだもん」
「夏休みなんだし、バイトでもしなさい。そうすれば親のありがたみが分かるわ」
バイトか……
確か、11年前はバイトなんかしてなかったな。
バイトを初めてやったのは大学生の頃だったな。
「バイトねー、金欲しいわけでもないしな」
「お金はいくらあっても困らないのよ。それに……あんた唯ちゃんの誕生日ってもうじきじゃない。誕生日プレゼントでもあげたら?」
母さんがいきなりニヤニヤしながら、唯の話題を始めた。
そういえば、高校の時はやたらとこういうからかい方をされてたっけ。
唯の誕生日は8月9日。
今は7月28日だからあと一週間ちょっとだ。
「プレゼントか……」
「喜ぶと思うわよー。お母さん唯ちゃんならお嫁さんに来てほしいわあ。」
「……からかうなよ。でも今から働いてもすぐ金入るわけじゃないだろ?」
「バカねー、それなら日雇いのバイトにしなさい。その日にお金もらえるわよ」
「まあ、それならいいか……つっても俺前にクマのぬいぐるみ唯にあげたんだよな」
「誕生日プレゼントだとまたわけが違うじゃない。ベツモノよ。淳一そんなことも分からないと彼女出来ないわよ」
「うるせえ……」
「とりあえずバイトしなさい。夏休みをもっと有意義に過ごしなさい」
なんか母さんと話すと、由夏がもう1人いるみたいに感じるな。
由夏にしてみたら、ひいばあちゃんだからな。似てもおかしくないか。
こうして俺は、唯の誕生日プレゼントを買うために日雇いのバイトをすることにした。
求人誌を見ると、何件か日雇いのバイトがあったが、どれも力仕事ばっかりだったので、その中で一番興味のあったライブイベントスタッフのバイトに決めた。
その日のうちに電話で応募をし、さっそく翌日から働くことになった。
仕事内容主に会場の設営、客の誘導などだ。
ラッキーなことに11年前俺が行きたかったけどチケットが取れず行けなかったバンドの野外ライブスタッフとして働くことになった。
野外ライブだから音漏れとか聞けるからこれ以上ないバイトである。
しかも、このライブ後にファンの間で伝説のライブと言われるほどの熱狂的なライブになったのだ。
朝9時、会場に着くと、そこには多くの同じバイトであろう高校生から大学生がいた。
午前中は主に設営をし、午後は主に客の誘導をすることになった。
数グループに分かれ、会場内の設営をすることになり、俺のグループは大学生ぽい男がリーダーに選ばれた。
「はい、んじゃあみんなでワイワイ楽しく仕事しよう! ウェーイ!」
「ウェーイ!」
いかにも大学生らしいやつだなこいつ。
ウェイ系ってやつだな。
他の友達らしき大学生もウェーイって言っちゃってるし……
当然俺はこんな大学生じゃなかった。
陽が当たる場所にはいなかったからな。
大学入学1週間の頃はマジで友達も知り合いもいなくて、便所飯キメてたからな……
まさか自分が便所飯キメるとは思わなかったぜ。
まあその後サークルに入り無事友達が出来たんだけど。
「よし、じゃあ大学生と高校生で分かれて仕事しようか!」
「ウェーイ! 賛成!」
お前ら友達同士で仕事したいだけじゃねえか。
そう思いながらも、決して口には出せない俺だった。
「よろしくぅ!えーと……まつむらじゅんいちくんでいいかなぁ?」
ライブスタッフとして胸につけている名札を見ながら高校生であろう女の子が話しかけてきた。
黒髪ロングの美少女がそこにいた。
サラサラの髪、きめ細かい肌、整った鼻や口、目も大きく、背も高からず小さからず、そして……
唯とは大違いで(この言い方は失礼かもしれないが)胸が大きい。
「お、おうそうだけど」
思わずきょどってしまう。
「よろしくねぇ! 私、真柴弓月。 北高の2年生! 好きなタイプは好きになった人でーす!」
まるでアイドルの自己紹介のようなテンションで真柴は自己紹介した。
「俺は松村淳一。南高の2年だ。よろしく」
俺が自己紹介すると、真柴はいきなり右手を差し出した。
「よろしくね淳一くん! これも何かの縁だ!私と淳一くんの始まりの握手しよっ!」
俺は、真柴の勢いに圧倒され流れで握手をした。
「ようっし! これで契約は成立したよ! 今日から私たち友達だ!」
あっはっはと真柴は声をあげて笑った。
どうやらこいつはこういうタイプらしいな。
陽気な明るくマイペースなやつ。
とても分かりやすいやつだ。
「テンション高いなお前」
「何事も元気が1番だよー、淳一くん。さあ〜張り切ってこー!」
真柴はそう言うと、早速仕事に取り掛かった。
機材運びや、物販のテント張りなど大学生グループに負けないくらい……いや圧倒的な速さで仕事をこなしていった。
案の定、俺はそのペースに付き合わされたんだが。
*
真柴の手際の良さもあり、午前中でやらなくてはいけない会場の設営は1時間足らずで終わることができた。
まったく、こいつは何者なんだ。
パッパッパっと笑顔で仕事をこなす彼女に周囲も驚いていた。
その後ろをついていくように仕事をする俺が、仕事ができないやつのように映っていたかもしれない。
そして、今は休憩時間。
各々で昼飯を食べたり、バイト同士会話をしたりして各々の休憩時間を過ごしている。
イベント会社側から、スーパーで安売りで売っているような幕の内弁当が分けられ、それを食べながら俺は真柴と雑談していた。
「はい、淳一くんエビフライだよーあーん」
真柴がエビフライを箸で掴み、俺の口に近づけてくる。
「な、何やってんだよお前!」
「えー? 淳一くんにエビフライ食べさせてあげようと思っただけだよー」
「いや、自分で食べるから」
「恥ずかしがらなくていいのにー。ほら美味しい美味しいエビさんだよー」
そう言うと、真柴は、エビフライを俺の口へと無理やり突っ込んだ。
「んぐっ! 真柴ぁ! お前…!」
「おお!いい食べっぷりだね〜淳一くん!男の子はたくさん食べないとだよ〜。」
いきなりエビフライを突っ込まれ、苦しんでる俺のことはおかまいなしに、真柴は自分の弁当を無邪気に食べ始めた。
なんてやつだ……
過去に出会ってなくてよかったぜ。
今も良くないけど。
バイトする選択肢……ミスったか?
休憩時間が終わり、午後の仕事である客の誘導が始まる。
開場前に。チケットの整理番号順に並ばせる作業やチケットのもぎり、グッズの販売など午前中に比べて忙しさはケタ違いだった。
それでも、真柴は相変わらずの手際の良さで俺の仕事もカバーしてくれるほど働いてくれた。
「ふうー、とりあえずライブ始まったから終わるまでは暇だな」
「そうだねー、よし淳一くん! スタッフの権限でライブ見に行っちゃおう!」
「そんなことできるのかよ」
「ふっふっふっー、実はイベントのお偉いさんに許可を頂いたのだ〜。私の仕事ぶりが認められたんだよ〜」
真柴は自慢げに言う。
「マジかよ! 勤務中なのに観ていいとか最高じゃねえか! 早く観に行こうぜ!」
「おお! 淳一くん急に元気になったねえ!」
「当たり前じゃねえか! 俺このライブ行かなかったことめっちゃ後悔したんだからな!」
「行かなかったって?」
「あ、いやなんでもない。と、とにかく早く行こうぜ!」
スタッフパスを使い、ライブ会場に入り会場の奥へと進むと、徐々に音が聞こえてきた。
懐かしいこの音楽。
高校時代によく聞いていたバンド「DAWN SPEECH」の曲だ。
このライブの3年後に解散してしまうんだけど。
「おお〜! 私この曲好きなんだよね!なんて曲だっけこれ!」
「ムーンライトって曲な。ってお前DAWN知ってるんだな」
「そりゃあ知ってるよ〜。だってこのバイトの目的がDAWNだからね! チケットが取れなくてさー」
「へえー、俺と同じだな。」
「私と淳一くんって運命かもね! 相性ばっちしだし!」
真柴はそう言うと、ニコッとした笑顔で俺の顏を覗き込んだ。
「はいはい、んなこと言ってないでステージへ急ぐぞ」
ステージに着き、俺たちはライブを思う存分堪能した。
11年前に行けなくて後悔したライブはそりゃあもう最高で、伝説のライブと言われたことも頷けた。
最後の曲で泣いてしまったのは秘密だ。
ふと横を見ると、真柴も泣いていて意外だった。
ライブ後、最後の仕事である会場の片付け作業も終わり解散となったので、真柴と近くまで一緒に帰ることになった。
「あー、よかったね淳一くん! ライブ!」
「おう、最高だったな。ありがとな。真柴のおかげだな」
「そんなー照れるじゃないかー。こっちこそありがとね。私すぐ調子に乗って馴れ馴れしいとこあるからさ」
少し俯き、真柴は言う。
こいつ自覚はあるのか。
「いや、別に。逆に感謝してるぜ。お前のその性格でライブ見れたんだし。それにお前の性格嫌いじゃないしな」
まるで男友達と一緒にいるような、そんな感じなんだよなこいつ。
「…………いやー、照れちゃうなー淳一くんって優しいねえ。こりゃモテますぜ兄貴!」
「だといいんだけどな」
俺と真柴はそう言うと、互いに笑いあった。
「おっと、俺の家この辺だからここで失礼するよ」
「あ、ちょっと待って淳一くん!」
真柴はそう言うと、メモ張を取り出し、何かを書いて俺に手渡した。
「はい、これ私のメアド! ぐふふ、淳一くんからのデートのお誘い待ってるよー」
真柴はそう言ったと思うと、すぐその場から走り去ってしまった。
真柴からもらった紙を見てみると、真柴のメアドらしきものが書いてあった。
不思議と悪い気はしなかった。
11年前もこの夏の暑さは変わらないな。
俺、松村淳一(心は28歳)は蝉の大合唱を自室のベッドで仰向けになって聴きながら、暑くて何もやる気が起きない自分に、少し呆れているところであった。
外で真昼間から子供たちが、蝉捕りをして遊んでいる声が聞こえる。
やめてあげろよ。
蝉だって、短い外の時間を命をかけて生きてるんだからさ。
俺みたいに戻れるわけじゃないんだぜ。
なんて考えるくらいに暇である。
ガチャ。部屋のドアが開く音がした。
ドアの方を向くと母さんが鬼の形相で立っていた。
「淳一!!あんた、夏休み入ってから3日間ずっと宿題もしないでゴロゴロしてるじゃない!!」
「……母さん、俺、今何もやる気がしない」
ものすごく素直に言ってはみたが、やめておけば良かった。
更に鬼の形相が増したからだ。
案の定、俺は叩き起こされ、しぶしぶ宿題をやるため、図書館へ向かった。
なんで家でやらないのかって?
ドケチな母さんは、クーラーをつけることを許してくれないからだ。
図書館なら涼しく快適な空間だからな。
市の図書館へは家から自転車で10分かかる。
また、坂道を上っていかなくては辿り着かない。
このクソ暑い中、中々の地獄である。
今まさに坂を上っている最中だが途中で漕ぐのが億劫になり手で押していくことにした。
「おーい、淳一!」
向かい側の道から、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
声の主の方を見ると、そこには当時よく見慣れた野球坊主が立っていた。
上下野球部のユニフォームを身にまとい頭には野球帽を被っている。
「おう、浩!久しぶりだな!」
そう。唯の弟の浩だ。
顏は唯の兄弟だけあって唯に少し似ている。
確かこの時は中2だ。
「久しぶり淳一!プレゼントありがとな!ねーちゃんから話聞いた!」
「ああ、結局唯が選んだやつだけどな。その後どうよ?」
「さすがに目覚まし時計3こあるから起きれるようになったよ。それに超うるさいねーちゃん目覚ましがあるから」
浩は苦笑しながら言った。
「はは、唯の目覚ましは強力だからな。」
「そうなんだよね。それより淳一、ねーちゃんにクマのぬいぐるみあげたんだって?」
「ああ、あの腹立つ顔をクマな。それがどうした?」
俺が聞くと、浩はあからさまにニヤニヤしだした。
「あのクマのぬいぐるみねーちゃん相当嬉しがってたよ。俺にも父さんにも母さんにも自慢してきたし。一緒に寝るんだーとか言ってたし」
まじかよなんだよそれ。
唯可愛すぎかよ。
「ま、まじかよ。唯そんな喜んでくれてたのか」
「久しぶりにあんなねーちゃん見た気がするなあ。てかどうなのお二人さん。恋仲にはなってないの?」
「バーカ、からかうな中学生」
「なんだよ何もないのかよー、俺全然応援するのになー」
「てか、お前今から部活なんじゃねーの?行かなくていいのか?」
俺がそう言うと浩は携帯で時間を確認した。
「うわあ、やべえ!練習遅れる!!じゃあな淳一!」
「おう、気を付けてな」
浩は急いで坂を下り練習場所である学校へと向かっていった。
さて、俺も図書館に向かうか。
それよりなかなか良いことを聞いたな。
その日は宿題が浩の話を聞いたせいか結構捗って有意義な一日を過ごした。
*
夏休み4日目。
前日に、宿題をある程度済ませた俺は、また部屋でだらだらと過ごす生活に戻っていた。
「淳一! あんたまたダラダラして!」
また母さんが俺の部屋にやってくるなり、説教を始めた。
「昨日宿題したんだから、大目に見てよ母さん。あんま怒るとまた小じわが増えるぞ」
「あんたがちゃんとしてたらこんなに怒ることはないわよ!」
「いや、だってやることねーんだもん」
「夏休みなんだし、バイトでもしなさい。そうすれば親のありがたみが分かるわ」
バイトか……
確か、11年前はバイトなんかしてなかったな。
バイトを初めてやったのは大学生の頃だったな。
「バイトねー、金欲しいわけでもないしな」
「お金はいくらあっても困らないのよ。それに……あんた唯ちゃんの誕生日ってもうじきじゃない。誕生日プレゼントでもあげたら?」
母さんがいきなりニヤニヤしながら、唯の話題を始めた。
そういえば、高校の時はやたらとこういうからかい方をされてたっけ。
唯の誕生日は8月9日。
今は7月28日だからあと一週間ちょっとだ。
「プレゼントか……」
「喜ぶと思うわよー。お母さん唯ちゃんならお嫁さんに来てほしいわあ。」
「……からかうなよ。でも今から働いてもすぐ金入るわけじゃないだろ?」
「バカねー、それなら日雇いのバイトにしなさい。その日にお金もらえるわよ」
「まあ、それならいいか……つっても俺前にクマのぬいぐるみ唯にあげたんだよな」
「誕生日プレゼントだとまたわけが違うじゃない。ベツモノよ。淳一そんなことも分からないと彼女出来ないわよ」
「うるせえ……」
「とりあえずバイトしなさい。夏休みをもっと有意義に過ごしなさい」
なんか母さんと話すと、由夏がもう1人いるみたいに感じるな。
由夏にしてみたら、ひいばあちゃんだからな。似てもおかしくないか。
こうして俺は、唯の誕生日プレゼントを買うために日雇いのバイトをすることにした。
求人誌を見ると、何件か日雇いのバイトがあったが、どれも力仕事ばっかりだったので、その中で一番興味のあったライブイベントスタッフのバイトに決めた。
その日のうちに電話で応募をし、さっそく翌日から働くことになった。
仕事内容主に会場の設営、客の誘導などだ。
ラッキーなことに11年前俺が行きたかったけどチケットが取れず行けなかったバンドの野外ライブスタッフとして働くことになった。
野外ライブだから音漏れとか聞けるからこれ以上ないバイトである。
しかも、このライブ後にファンの間で伝説のライブと言われるほどの熱狂的なライブになったのだ。
朝9時、会場に着くと、そこには多くの同じバイトであろう高校生から大学生がいた。
午前中は主に設営をし、午後は主に客の誘導をすることになった。
数グループに分かれ、会場内の設営をすることになり、俺のグループは大学生ぽい男がリーダーに選ばれた。
「はい、んじゃあみんなでワイワイ楽しく仕事しよう! ウェーイ!」
「ウェーイ!」
いかにも大学生らしいやつだなこいつ。
ウェイ系ってやつだな。
他の友達らしき大学生もウェーイって言っちゃってるし……
当然俺はこんな大学生じゃなかった。
陽が当たる場所にはいなかったからな。
大学入学1週間の頃はマジで友達も知り合いもいなくて、便所飯キメてたからな……
まさか自分が便所飯キメるとは思わなかったぜ。
まあその後サークルに入り無事友達が出来たんだけど。
「よし、じゃあ大学生と高校生で分かれて仕事しようか!」
「ウェーイ! 賛成!」
お前ら友達同士で仕事したいだけじゃねえか。
そう思いながらも、決して口には出せない俺だった。
「よろしくぅ!えーと……まつむらじゅんいちくんでいいかなぁ?」
ライブスタッフとして胸につけている名札を見ながら高校生であろう女の子が話しかけてきた。
黒髪ロングの美少女がそこにいた。
サラサラの髪、きめ細かい肌、整った鼻や口、目も大きく、背も高からず小さからず、そして……
唯とは大違いで(この言い方は失礼かもしれないが)胸が大きい。
「お、おうそうだけど」
思わずきょどってしまう。
「よろしくねぇ! 私、真柴弓月。 北高の2年生! 好きなタイプは好きになった人でーす!」
まるでアイドルの自己紹介のようなテンションで真柴は自己紹介した。
「俺は松村淳一。南高の2年だ。よろしく」
俺が自己紹介すると、真柴はいきなり右手を差し出した。
「よろしくね淳一くん! これも何かの縁だ!私と淳一くんの始まりの握手しよっ!」
俺は、真柴の勢いに圧倒され流れで握手をした。
「ようっし! これで契約は成立したよ! 今日から私たち友達だ!」
あっはっはと真柴は声をあげて笑った。
どうやらこいつはこういうタイプらしいな。
陽気な明るくマイペースなやつ。
とても分かりやすいやつだ。
「テンション高いなお前」
「何事も元気が1番だよー、淳一くん。さあ〜張り切ってこー!」
真柴はそう言うと、早速仕事に取り掛かった。
機材運びや、物販のテント張りなど大学生グループに負けないくらい……いや圧倒的な速さで仕事をこなしていった。
案の定、俺はそのペースに付き合わされたんだが。
*
真柴の手際の良さもあり、午前中でやらなくてはいけない会場の設営は1時間足らずで終わることができた。
まったく、こいつは何者なんだ。
パッパッパっと笑顔で仕事をこなす彼女に周囲も驚いていた。
その後ろをついていくように仕事をする俺が、仕事ができないやつのように映っていたかもしれない。
そして、今は休憩時間。
各々で昼飯を食べたり、バイト同士会話をしたりして各々の休憩時間を過ごしている。
イベント会社側から、スーパーで安売りで売っているような幕の内弁当が分けられ、それを食べながら俺は真柴と雑談していた。
「はい、淳一くんエビフライだよーあーん」
真柴がエビフライを箸で掴み、俺の口に近づけてくる。
「な、何やってんだよお前!」
「えー? 淳一くんにエビフライ食べさせてあげようと思っただけだよー」
「いや、自分で食べるから」
「恥ずかしがらなくていいのにー。ほら美味しい美味しいエビさんだよー」
そう言うと、真柴は、エビフライを俺の口へと無理やり突っ込んだ。
「んぐっ! 真柴ぁ! お前…!」
「おお!いい食べっぷりだね〜淳一くん!男の子はたくさん食べないとだよ〜。」
いきなりエビフライを突っ込まれ、苦しんでる俺のことはおかまいなしに、真柴は自分の弁当を無邪気に食べ始めた。
なんてやつだ……
過去に出会ってなくてよかったぜ。
今も良くないけど。
バイトする選択肢……ミスったか?
休憩時間が終わり、午後の仕事である客の誘導が始まる。
開場前に。チケットの整理番号順に並ばせる作業やチケットのもぎり、グッズの販売など午前中に比べて忙しさはケタ違いだった。
それでも、真柴は相変わらずの手際の良さで俺の仕事もカバーしてくれるほど働いてくれた。
「ふうー、とりあえずライブ始まったから終わるまでは暇だな」
「そうだねー、よし淳一くん! スタッフの権限でライブ見に行っちゃおう!」
「そんなことできるのかよ」
「ふっふっふっー、実はイベントのお偉いさんに許可を頂いたのだ〜。私の仕事ぶりが認められたんだよ〜」
真柴は自慢げに言う。
「マジかよ! 勤務中なのに観ていいとか最高じゃねえか! 早く観に行こうぜ!」
「おお! 淳一くん急に元気になったねえ!」
「当たり前じゃねえか! 俺このライブ行かなかったことめっちゃ後悔したんだからな!」
「行かなかったって?」
「あ、いやなんでもない。と、とにかく早く行こうぜ!」
スタッフパスを使い、ライブ会場に入り会場の奥へと進むと、徐々に音が聞こえてきた。
懐かしいこの音楽。
高校時代によく聞いていたバンド「DAWN SPEECH」の曲だ。
このライブの3年後に解散してしまうんだけど。
「おお〜! 私この曲好きなんだよね!なんて曲だっけこれ!」
「ムーンライトって曲な。ってお前DAWN知ってるんだな」
「そりゃあ知ってるよ〜。だってこのバイトの目的がDAWNだからね! チケットが取れなくてさー」
「へえー、俺と同じだな。」
「私と淳一くんって運命かもね! 相性ばっちしだし!」
真柴はそう言うと、ニコッとした笑顔で俺の顏を覗き込んだ。
「はいはい、んなこと言ってないでステージへ急ぐぞ」
ステージに着き、俺たちはライブを思う存分堪能した。
11年前に行けなくて後悔したライブはそりゃあもう最高で、伝説のライブと言われたことも頷けた。
最後の曲で泣いてしまったのは秘密だ。
ふと横を見ると、真柴も泣いていて意外だった。
ライブ後、最後の仕事である会場の片付け作業も終わり解散となったので、真柴と近くまで一緒に帰ることになった。
「あー、よかったね淳一くん! ライブ!」
「おう、最高だったな。ありがとな。真柴のおかげだな」
「そんなー照れるじゃないかー。こっちこそありがとね。私すぐ調子に乗って馴れ馴れしいとこあるからさ」
少し俯き、真柴は言う。
こいつ自覚はあるのか。
「いや、別に。逆に感謝してるぜ。お前のその性格でライブ見れたんだし。それにお前の性格嫌いじゃないしな」
まるで男友達と一緒にいるような、そんな感じなんだよなこいつ。
「…………いやー、照れちゃうなー淳一くんって優しいねえ。こりゃモテますぜ兄貴!」
「だといいんだけどな」
俺と真柴はそう言うと、互いに笑いあった。
「おっと、俺の家この辺だからここで失礼するよ」
「あ、ちょっと待って淳一くん!」
真柴はそう言うと、メモ張を取り出し、何かを書いて俺に手渡した。
「はい、これ私のメアド! ぐふふ、淳一くんからのデートのお誘い待ってるよー」
真柴はそう言ったと思うと、すぐその場から走り去ってしまった。
真柴からもらった紙を見てみると、真柴のメアドらしきものが書いてあった。
不思議と悪い気はしなかった。
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なんか、外れていきそうな予感...