俺と彼女とタイムスリップと

淳平

プロローグ

 世界はまるで自分のモノのような、そんな気がしていた高校生の頃。
 大人になるイメージもつかめないまま、日々を浪費してはいても、なんとかなるだろうと思っていたあの頃。
 自分には特別な才能があるのではないかと思っていたあの頃。
 全てを悟ってしまった今と比べてどっちが幸せだろうか。

 俺、松村淳一。 28歳。 普通のサラリーマン。
 高校卒業後、4流大学に入学し、特にこれといったことをせずに四年間の暇を浪費し、なんとなく就職した会社で、なんとなく働いている。

 が、今日クビになった。
「松村君には申し訳ないけど、うちも厳しくてね」
 と上司は言うが厳しいはずがなく、うちの会社の商品売上は著しく良かった。

 前々から窓際気味な扱いをされていたから、覚悟していたが、まさか本当にクビになるとはな………………
 帰りの電車の中でそんなことを考えている今、俺は、こうはっきり思い知った。

「人生詰んだ」と。

 帰り道にあるパチンコ屋で、やけになり3万円ほどパチンコに投資したが何も掛かりもせず、俺は二度目の絶望を思い知った。

 家に着くと、当たり前だがそこには誰もない。
 俺は大学入学の際に上京し、一人暮らしを始めた。 東京に行けば何か変わると思った。
 しかし、結局は何も変わらなかった。 東京に来たからといって俺は俺だった。 結局は自分が問題なのだと思い知った。

 1Kの狭い部屋に色んなものが散らかっていて人間が住んでいる気がしない。
 まるでカラスがゴミを漁ったあとみたいだ。
 冷蔵庫の中から缶ビールを取り出し、飲み干した後すぐベッドに横になった。
 空きっ腹にビールが沁みた。 酒はそこまで強くないのですぐふわふわとした感覚に陥った。

 これから……どうすればいいのだろうか……
 食っていかなきゃいけないからな……
 とりあえずは失業保険が下りるだろうからしばらくは大丈夫だが……
 その後は……
 実家に帰るってのもありだが……
 そういえばもう何年も帰ってないな……

 ……今は考えても仕方ない……というか今は考えたくない……今日はもう寝よう

 とにかく

 …………今日はもう疲れた…………


「淳一!! 早く起きなさーい! 唯ちゃん迎えにきたわよー」

 今日は土曜だから休みのはず……母さん寝かせてくれよ……ってなんで母さんの声がするんだ?
 しかも唯だって?

「早くしないと学校遅れるわよ !!」
 パァァン
 頬に痛みが走った。
 いきなりのことでびっくりして思わず声が出た。

「ん? 何?」
「やっと起きた。 淳一早くしないと学校遅れるわよ」

 眠い目をこすりながら、声の主の方を見ると、そこには生まれた時からの幼馴染の唯がいた。

「学校ってお前……って、何で高校の制服着てんだ?いい歳して、恥ずかしくないのか?」
 俺たちもう28だぞ、いい加減制服はキツイだろ。
 ……てかなんで唯がウチにいるんだ?

「? 淳一寝ぼけてないで早く起きて学校行くよ」

 唯が、俺を起こそうと布団をひっくり返す。
 ……ああ、夢か。夢だよなぁ。俺んちに唯がいるなんておかしいもんな。
 夢なら何でもしていいよな。
 ……いっちょJKの唯の胸触ってみるか

 体を起こし、唯の元へと歩み寄り、顔を近づけた

「ん? どうしたの淳一?ちょっ近いんだけど?」

 もみっ
 女子高生にしてはというか、女としては物足りない胸の大きさだが、確かに胸の感触を感じた。
 Aカップだろうな。 これは。

 そう思ったのと同時に、唯のグーパンを頬に受けた。

「な、な、何すんのよ! 変態!!」

 痛い。

 はっきりとグーパンの威力を感じるということはこれは現実なのか?
 ……これが現実だとしたらもしかして……俺……高校生に戻ってるのか?
 ……んなわけない。んなわけない。

 いくら会社がクビになって現実逃避したいからって……んなわけないだろ?
 一体何が起こってるんだ?

 そんなことを殴られた反動により、枕にうずくまりながら思う。
 思ったよりグーパンが効いてるようでまだ結構痛い。

「淳一? そんな痛かった?」
「唯、今日は何年の何月何日だ?」

 さっきまで胸を触られ、顔を赤くし、怒っていた唯だが、すぐ気を取り直したのかこう答えた。
「ほんとどうしたの? 今日は2006年の7月7日じゃない」

「ああ……だよな、悪い」

 11年前に戻ってるのか?11年前ってことは俺は17歳だから……高2か?

「寝ぼけてないで早くご飯食べて学校行くわよ」
 唯が俺の手を引いてリビングへと連れていく。
 リビングに向かう廊下にカレンダーが貼ってあった。

 そこには、2006年の7月と記してあった。
 てかここ俺の実家じゃないか。夢だとしたらよく出来た夢だな。

「今日は、私が朝ごはん作ってあげたんだからありがたく残さず食べなさいよね」

 リビングにあるダイニングテーブルの椅子に座ると、唯が朝ごはんを持ってきてくれた。
そういえば唯はたまに朝、俺を迎えに来た時についでに朝ごはんを作ってくれてたっけ。
 が、皿に盛り付けられたソレは料理とは言えないようなものだった。
 元が何なのか分からないほどに焦げて黒ずんでいる何かだ。

 そういえば、唯は昔は料理が超下手くそだったな……
「あー、唯。 今日はあれだなコーンフレークが食べたい気分……」

 最後まで言わせてたまるかのごとく、唯が無理やりソレを口に突っ込んできた。

「なんか言った?」
 唯はふふっと笑い声を上げたが顔は笑っていなかった。

「何でもありません、おえっ……」

 とてつもなく苦い……やばい吐きそうだ……
 だがこの味……懐かしい……
 殴られた時の痛み、そしてこの苦味……
 どうやら俺は本当に11年前に戻ってきたのかもしれない。

「ほら、早く食べて学校行くわよ!今日は転校生が来るんだから」
「転校生? あああいつか」
「あいつ? 知ってるの?」

 まずい。唯はまだ知らないんだもんな。
 高2の時に転向してきたあいつ。俺は、未だに忘れていない。

「いや、何でもない」
「変な淳一。 ほら行くわよ」
「はいよ」

 朝ごはんを食べ終わって、学校に行く準備をし、玄関を出ると、唯は家の外で待っていた。

「おそい!帰りにアイス奢ってもらうからね!」
「はいはい。 行きますか」

 懐かしいな、このやり取り。
 もう何年もしてない気がする。

 まあそのうち元の11年後の世界に戻れるだろう。
 戻れる……よな?

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