その魔法は僕には効かない。

FU

接吻 13

そっと手を解いたのは、
武川さんだった。


「ありがとう。」


そう僕に伝える武川さんの
目が少しだけ、
赤く広がっているのが分かった。


ずっと求めていたのは、
この瞬間であったのかもしれない。


ここまで人を想って、
涙を流したり、
怒ったり、
会いたくて心が苦しくなるのは、
初めてであった。



武川さんを想う気持ちに嘘をつき、
心の中にぐっとしまい込んでいた僕は、
今までの気持ちが溢れ出てきて止まらない。



「帰りたくないです。」



そう言葉にしたのは僕だった。



武川さんは、
真剣な顔をして僕を見つめる。


そして武川さんは、
立ち上がると黙って歩き始めた。

僕が戸惑っていたら、
武川さんは途中で振り返り、
僕を無言で呼んだ。










武川さんの後ろを
トボトボと付いて行く。


一体、何処に行くのだろうか。


歩いている途中、何も話さなかった。

ただ前を向いて歩き、
時々後ろを見て僕がいるのかを確認をする。


武川さんが振り向く度に、
僕は武川さんと目をわざとらしく合わせた。


途中から見たことの無い景色が広がる。

15分くらい歩いた頃だろうか、
武川さんの足が止まった。


「ついたぞ」


僕は、見上げる。


そこは、武川さんの家。
セキュリティもしっかりしていて、
とにかく綺麗という言葉では、
まとめられない程のマンションであった。



鍵を開け、
エントランスからエレベーターに乗り、
連れられるがままの僕は、
武川さんの部屋へと向かった。

僕は、緊張して吐きそうになる。
胃までもが、ムカムカしてきた。


部屋の中に入ると、
武川さんの性格そのものが
部屋に現れたかのような、
ゴミもホコリもひとつも落ちていない
部屋が広がっていた。

びっしりと敷き詰められた本、
系統の同じ家具。


「適当に座ってくれ」


そう武川さんは僕に言うが、
何とも落ち着かず、
適当に座れるわけがなかった。


武川さんは、コップに氷を2つ入れ、
そこに麦茶を注ぎ、僕に渡した。


緊張して喉がカラカラだ。
僕は、一気にそれを飲み干すが、
緊張は収まることは、無かった。



武川さんは、荷物を部屋に置き、
リビングに戻ってくる。



何でこんなに余裕な表情なのだろう…


武川さんが一歩、いや
何十歩も先を歩いているのが分かる。


僕は、まだまだ子供のなのだと実感した。




「あの、武川さん、
僕をここに連れてきてくれてありがとうございます。嬉しかったです。」


僕の気持ちを伝えることで、
武川さんも連れてきて良かったと
思ってくれるのではないかと考えた。


「今日は、俺のベッドを使って寝てくれ。部屋着は出しておいたから、嫌でなければそれを着ていい。風呂もシャワーで良ければ勝手に使ってくれ。タオルは出しておく。」


そう説明をした。
僕の言った言葉への返信は無かった。


これでは、まるで
僕は拾われた捨て犬のようではないか。


ここに来るまでの間、
僕はある程度の覚悟と、
それなりの期待を胸に歩いた。



武川さんの側で、過ごせる
本当に幸せな夜なのに、
このまま終わらせていいのであろうか。


僕は、シャワーを浴びながら、
武川さんを抱きしめた時に香った
シャンプーと汗の混ざったあの匂いを
思い出した。

そして同じシャンプーで髪を洗うことで、
僕の気持ちを更に高めたのであった。



外に出ると、
27度の冷房の風が足元を冷やす。

身体の体温が上がっているから、
冷やすには少し時間がかかるだろう。


それよりも、
僕の高まり過ぎたこの気持ちを
冷まして欲しい。


リビングのソファーに座るのは、
ワイシャツのボタンを2個開けて、
ネクタイを外した武川さん。


「上がったかのか、じゃあ俺も入ろうかな…」

そう言って武川さんが
ソファーから立ち上がろうとした時、
武川さんの元へ、僕の足が一直線に進んだ。


武川さんが何かを言おうとする前に、
僕の両手が武川さんの頬を押さえて
キスをしていた。


「…何をするんだ」


一瞬武川さんは、静止したが、
その後 慌てる様子で、僕に言う。


「付き合ってたらこれくらい普通でしょう?」


僕は何を言っているのだろう。


お酒も入っていないのに、
身体が火照っているからか、
やけに大胆になってしまっている。


「…そうか」


何故か冷たい態度の武川さんは、
僕の行動に動揺しているのか、
もしくは、僕のことを子供だと心の中で
馬鹿にしたのかもしれない。



武川さんは、
そのままリビングから姿を消した。


しばらくすると、
シャワーの音が聞こえてきた。




コメント

  • ノベルバユーザー601499

    コメントが多く付いていたのでが気になって小説を読んだら面白かったです。
    この作品の終着点はどこなんだろうと期待を持ちました。

    0
  • 砂糖漬け

    すごく続きが気になります…!

    0
  • 水精太一

    続きはもう無いのでしょうか?前回のように指摘をしたくなかったので、コメントを控えておりましたが、これだけ更新が無いともう続きは読めないのだろうか、と不安になってきました。
    まだ何も始まっていません。どうか続きをお願い致します。

    0
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