その魔法は僕には効かない。

FU

何処 11

僕は、気付いてしまった。


武川さんへのこの想いは、
敬意、尊敬だけではない。

武川さんの全てを
知りたい、触れたい、
そう思っていた。


僕も知らないところで、
いつの間にか心が変わっていた。


自分でも気付かないなんて、
情けないな。


我に返った時、
それまで真剣に見つめていた
武川さんの目元から
逸らしたい気持ちで一杯になり、
僕は下を向いた。


下を向いた時、
両目から涙が零れる。

いつからこんなに泣き虫になって
しまったのだろう。


しかし、もう伝えたからには
後には戻れない。

だってこれが僕の本当の気持ちだから…



武川さんは、顔の表情を一切変えず、
静かに僕を見つめる。

しばらく沈黙が続き、
葉と葉が重なり合う音が聞こえる程、
辺りは静かだった。


「ありがとう。だけど…ごめんな。」


口を開いてから数秒経った時、
その言葉を放つ。

武川さん、ベンチから立ち上がり、
荷物を持って帰った。


僕の事を考えて、
僕を傷つけないように、
どう伝えようか悩んだ末の
言葉だったのだと思う。



武川さんが男であろうと女であろうと、
僕は武川さんを好きになっていただろう。


やはり言わなければよかったな…
心に留めておけば…


そう後悔した時には、
もう夕暮れのチャイムが鳴っていた。









それからは、
やる気がない日々が続いた。


これではまるで元通り。


ひとつの恋が終わっただけで、
こんなにも何も出来なくなってしまう。
僕の身体と脳はどう作られているのだろうか。


窓から風が少し入ってくるだけで、
部屋の中はジメジメと湿気に溢れた。


蒸し暑い。苦しい。


額から流れる汗が目に染みた。











最終入社試験日、

僕は完全に空っぽの抜け殻みたいな
そんな状態であった。

母は、何も言わず、
何かを察したかのように僕を
いつものように励ました。

そして、ここまで来たんだからと
後押しされ、
今、僕は、本社の入口前に立っている。


心の中では、
武川さんに会いたい。

そう思いながらも、
落ちてしまいたい。

そう感じていた。


矛盾ってこういう時に
生まれるのかもしれない。









入社試験は、
そこそこと言ったところだろう。

駄目なら駄目でも良いと、
ありのままの姿を出した。

それよりも
歩いているだけで、
ましてや立っているだけで、
武川さんのことを考えてしまう。


この現状を何とかしたいと思った。


こんなに考えても考えても、
武川さんに振り向いてもらえる事など、
無いのに…


僕は入社試験の度に立ち寄っていた公園に
今日は行かなかった。









夜、僕は暑いのに布団に包まる。
天井を見上げながら携帯の画面を見つめる。


プルルルルルル、プルルルルルル


1階で電話が鳴り、
母が僕を呼んだ。



「凌太、あなたに電話よー」

僕に電話?珍しいな。


僕は2階から階段を降りて、
母から受話器を受け取る。


「は、はい、お電話代わりま…」


僕の話を遮って相手が話す。


「牧くん、だよな??武川を知らないか?」


とても急いでいる様子が
電話の向こう側からでも伝わった。


電話の相手は、
武川さんの同期の平川という男だった。


「いや、え、どうしたんですか!?」


今日、連絡も無く会社に
来なかった武川さんは、
連絡をしても繋がらないという。


僕は一気に震えだした。
手から汗が止まらず、
受話器が掌から落ちてしまいそうだ。


「すみません、僕は…知らないです。」


必死に振り絞る言葉、
たどたどしくなってしまう言葉、

この言葉が本当に日本語なのか
分からなくなってしまうくらい、
僕の頭の中は混乱していた。


何を話したのかわからないが、
いつの間にか切れた電話。

受話器を置いて、
僕は、外へと飛び出した。


ただ、何も考えずに走った。
武川さんが何処にいるのかも
もちろん知らない…




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コメント

  • 水精太一

    一方の武川さんはどうだったでしょうか。凌太くんへの想いは自覚していました。しかしその想いは叶わないと諦めてもいました。少なくとも今までがそうだったからです。けれどその諦念は呆気なく覆されます。自分が望む事すら出来なかった言葉が凌太くんの口から発せられた時、彼の頭は「思考停止」に陥ったことでしょう。年若い凌太くんを傷付けないように、大人の男としてなんとかその場を取り繕ったものの、彼に背中を向けて去ってゆく武川さんの心は揺れに揺れていたのだと思います。その日を境に凌太くんのバイト先にも足を向けられず、密かに彼を待った公園に行くことすら出来なかったでしょう。頭の中の大部分を凌太くんに占領されながら、うわの空で仕事をこなし、職場や自宅、自分に関わる全てを美しく完璧に整えながら、表面上は周囲に何の異変も感じさせない。しかし心の中の自分は、もの凄まじい嵐の中にいる。それが、遂に爆発してしまったのです。

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  • 水精太一

    告白されて、自分もその相手を憎からず思っていたとしても受け入れられなかった(受け入れてはいけないと思った)武川さん。凌太くんを傷付ける事はせずに、やんわりと大人な対応を見せました。謝意はしかし、凌太くんには拒絶と受け取られてしまいます。大切な入社試験の日まで、彼の心の中には、あの日の武川さんの言葉が刺さったままでした。それでも母親に促され、試験会場へ向かいます。凌太くんは「自己完結型」の青年。起こった事を心に落とし込んだら、言葉のまま素直に受け止める事が出来ない。(こうなんだ。多分こうだろう。きっとこうに違いない)とマイナスの方向へねじ曲げて行きます。しかしそれは「防衛本能」でもある。現に試験の際は、緊張したかも知れませんがありのままの自分を出す事が出来ました。武川さんを好きな気持ちと、今しなければならない事を分けて考えられた。武川さんの拒否は、その時の凌太くんにとっては最善の答えだった。

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