Bouquet of flowers to Messiah

有賀尋

Vague anxiety

「...はぁ...」

意味の無いため息が口から無意識にこぼれる。ため息は白い吐息となって空に消えた。
卒業して1人になることが増えた。
しばらくいつきとも会えていない。ああ見えて寂しがりな部分もある。寂しい思いはしてないだろうか。疲弊していないだろうか。...狂いそうになったりしていないだろうか。

ひとつ、またひとつ任務をこなしていく。ひとつ終えて戻ればすぐに任務を言い渡されてまた異国の空の下で任務をこなす。短く終わるものもあれば長期でかかるものもある。今回は後者だ。
刺さるような零点下、焼け死にそうな炎天下、鉄の匂い、硝煙の匂いが俺の嗅覚を突く。
この匂いはもう慣れている。第三の闇にいた時から既に知っている匂いだ。
だが、それも今は俺を狂わせようとしているただの悪夢だ。

慣れていたはずなのに。
狂えたらいっそ楽だと思うこともある。このまま狂ってしまえばどれだけ楽か。死ねたらどれだけ楽になれるか。

でも俺にはそれが出来ない。
いいや、出来ないんじゃない。
俺が狂えば、死ねば誰がいつきを助ける?
鉄の掟に縛られ、メサイアの真の意味に縛られ。
俺しかいつきを助けることも殺すことも許されていない。

いつきがいるから狂うことが出来ない。
いつきがいるから俺は生きていつきに会いたいと願う。
いつきがいるから俺は狂わずにいられる。
いつきが俺の生きる意味になっている。

その日も任務をこなして、慣れているはずの暗闇と匂いの中で少し目を閉じてどこかにいるメサイアに思いを馳せる。

「...あれだけ命令される殺しが嫌だったはずなのに、今こうしてまた命令される殺しをしている。いつきがいるから俺は狂わずにいられる。...誰も苦しまなくていい、悲しまなくていい世の中を作るため、なんて理想...理想は理想に過ぎないのか…?...いつき、お前は今どこにいる…?」

思いを馳せるのは建前で、目を閉じていれば目の前の光景を見なくて済む。ただ、精神的な疲労も肉体的な疲労も取れるわけじゃない。そんなのは知っている。
その時にふと視線を感じて目を開ける。銃を持っているわけではなさそうだ。...いや、隠している可能性がある。それに、既に糸ナイフがあちこちに張り巡らされている。いつの間に。

「...隠れてないで出てきたらどうなんだ」
「...おやおやぁ、バレちゃったぁー、つまんないなぁー。でも流石有賀涼だね」

無駄に語尾を伸ばして、少し高い声で苛立たせる話し方をする。声の方向は分かっている。その方向を向かずに問いかける。

「...お前は誰だ」
「名前ぇ?そんなものないよぉ?...そうだなぁ、強いて言うならぁ、預言者ムハンマドってことにしとこうかなぁー。あのインチキと同じなのは癪だけどぉー」

カチャッと金属音が無駄に響く。

「...何が目的だ」
「目的ぃー?そんなのないよぉ?」

そっといつものようにポケットに手を入れる。そのポケットには銃が入っている。
それを握りながら更に問いかける。

「ないのになぜ狙う」
「んー、君達が邪魔なんだよねぇー。でもぉ、僕は正直どーでもいいから言っちゃうんだけどさぁー?...加々美いつきがどこにいるか、知りたい?」

どうしてこいつからその名前が出てくる。
どうして俺のメサイアの名前が出てくる。
こいつは何を知っている。

「...答えろ、どうしてお前がその名前を知っている、お前は何者だ」
「やーだなぁ、言ったでしょー?僕は預言者ムハンマドだよってぇー」
「答えろ」
「...分かった分かった、答えてあげるから死にたくないならとりあえずそこを動かないでねぇ?...動くと僕が張った糸ナイフが君の頸動脈を切っちゃうからさぁー」

俺のすぐ背後にそいつは降り立ったようだった。
糸ナイフがなくなり、後ろを振り返る。俺と同じくらいの背格好で、フードを深くかぶり口元だけが見えている。

「...で、どうして名前を知っているか、だったよねぇ?」
「そうだ。どうしてお前がその名前を知っている」
「なんでも分かるよぉ?君が第三の闇にいた事も知ってるよぉ?」
「答えろ」

俺はポケットから銃を取り出して相手の額に銃口をむける。

「物騒だねぇ、僕は預言しにきただけなのにさぁ?」
「...預言?」
「そうだよぉ?...加々美いつきはそのうちとある組織に捕まる。口を割るために拷問を受ける。そしてそのまま1人で朽ち果てかける」
「朽ち果てる...だと...?」
「そうだよぉ?助けに行けるのは君だけだもんねぇ?殺せるのも君だけだもんねぇ?...あ、でも君は1度間宮星廉を殺しているんだっけぇ?...窮屈だねぇ、メサイアって。お互いがお互いの枷になってさぁ?可哀想にねぇ?」

ま、せいぜい頑張りなよ、有賀涼。

暗闇から気配が消えた。それは急で、一方的に言われた信じられない事だった。

忘れよう。そう思っていたのに。

それからも任務を続けていたある日のこと。

「…いつき?」

どこからか何故かいつきの声がした気がして振り返る。しかしそこにはいるはずもなく、疲れ故の幻聴かと思っていた。

しかし俺は思い出してしまった。
あの預言者の言葉を。

―...加々美いつきはそのうちとある組織に捕まる。口を割るために拷問を受ける。そしてそのまま1人で朽ち果てかける。

―助けに行けるのは君だけだもんねぇ?殺せるのも君だけだもんねぇ?...あ、でも君は1度間宮星廉を殺しているんだっけぇ?...窮屈だねぇ、メサイアって。お互いがお互いの枷になってさぁ?可哀想にねぇ?

…一抹の不安が俺の頭を過ぎった。

「…何かあったのか、いつき…?」

俺の問いかけは、強く吹く風に流されていった。


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