部の中心的な弓道部員だった私が異世界に転生したら長耳族でした

クラヤシキ

第六十三話 「『戦殺』の降臨者、或いはそれは」

「嫌だ」

 おじ様が私たちに背を向けて、答えた。

「あの…そこをなんとか……」
「あんな所、僕はごめんだね。絶対嫌だよ」
「えぇ…」

 剣聖と私でお願いしてもつっぱねられた。一体何故こうなっているのかと言うと、龍族の棲む山脈に行きたいんだけど連れてってくれない?っておじ様に言ったらこうなってしまった。故郷とか戻りたくない系男子なのかな?

「おっ、どうした?」
「クレイ…」

 二人でどうしたら了承してくれるか考えていると、後ろからクレイさんに話しかけられた。

「なんだ剣聖。困った様な顔だな」
「あの龍帝をどうにかしてくれませんか?」
「エルドラさんか?おぉ…?なんか不機嫌だな…」
「ちょっとしたお願いをしたら不機嫌になっちゃったんです」

 私と剣聖がクレイさんに理由を話すと、クレイさんはおじ様をじっと見て、顎に手を当てた。暫くずっとその体勢でいたけど、少し時間が過ぎて口を開き出した。

「なんかエルドラさんの故郷の事とか口に出したか?」
「え?あぁ、はい」
「あー……。そりゃな……」
「何か知ってるんですか?」
「エルドラさんはあそこじゃあ、あんまり良い思いはしてこなかったってのは王様から聞いたぜ?だからあんまりエルドラさんを頼るのはよせよ?」
「えっと…はい」

 嫌われ者だったのか。あんな優しくて、比較的万能タイプのあの龍帝のおじ様が?どんだけ龍族って言うのは捻くれてるんだ?出会ったら一発ぶちかましてやりたいわ。勿論冗談だけど。

「でもおじ様が連れてってくれないと海渡れないし、ねぇ?」
「そうですよね…。泳ぐって訳にも行きませんし……」
「……………」
「おい、そんな目でエルドラさんを見てやるな。あぁなったエルドラさんは断固として動かないぞ」
「仕方ないね。取り敢えずまた明日考えますか」
「えぇ。他に良い方法があるかもしれません」

 おじ様が動く気配も話を聞く様子も無いし、もう夜遅いので、また明日考える事にして私達は部屋を出た。その時、

「おい」

 後ろからクレイさんに引き止められた。どうしたんだろうか?

「どうしましたか?」
「お前達は海を渡った所で霊峰の位置が把握出来てるのか?」
「いいえ。ただ、周囲は比較的天候が悪いって言うのなら知ってます。それと麓には八首の龍が守護獣として存在しているのも」
「ほー。剣聖は謎に知識があるなぁ。誰の入れ知恵だ?」
「恐らく、『戦殺』のお父さんです」
「あー。そういや一緒に居たもんな。……ってお父さんって何だよ」
「いつもサテラと一緒に居るので親子みたいだなぁって思いまして」
「俺だったらあんな目が死んだ親父はごめんだな」
「サテラだったら嬉しいんじゃないですか?」

 二人が話して居るが、私は話の輪に入れない。ていうか最初から話変わりすぎだろ。なんで龍族達の住処の位置の話からモチヅキとサテラの話になるんだ。

「話を戻すが、そこまで分かってるなら多分周辺まで行けばわかるだろ。あと周辺の天気はそれはもう酷いらしいからそこの対策も考えとけよ」
「はい。ありがとうございます」
「良いってことよ。昔一緒に旅した仲だろ?」
「それは…覚えてません…」
「あー…そうだったな。悪かった。まぁ、そう言うことだ。よく考えてみてくれ」

 少し空気が悪くなってその話は終わった。その後、クレイさんは少し面白くなさそうに頭を掻きながらおじ様の部屋に帰って行った。一方剣聖は少し落ち込んで居るのか、うつむいていた。

「剣聖?」
「あの、ラルダ…」
「あー、ここで話すのは止めよう。せめて歩きながら、ね。人の部屋の前で話すのは迷惑だからさ」
「そうですね。そうしましょう…」

 私は何かを話そうとした剣聖を抑えて、自分達の部屋に向かう事を提案する。それを快く了承してくれたので自分達の部屋へと向かう。
 そして、薄暗い廊下を歩いていると、剣聖が口を開いた。

「ラルダ…私の記憶はいずれ戻りますかね」
「さぁ…分からないなぁ」
「そう、ですよね」
「あぁでも。そう願っとけばいつか必ず成就すると思うよ。だからそんな事で気に病まないでね」
「…!…そうですか。そう言ってもらえて嬉しいです」

 剣聖は目を薄く目を閉じて微笑んだ。薄暗くてよく分からないが、多分微笑んだんだろう。剣聖も人間らしい感情があるんだ。って一瞬思ったけど思い返せば感情の塊だった。
 そのまま会話が終わり、歩いていると、私達の部屋がある方向から男が一人歩いて来た。

「あぁ、お前達か。驚かせたか?」
「…モチヅキがどうして私達の部屋の方から出て来んの?」
「…そうですよ。貴方の部屋はあちらでしょう?」
「いや、そんな睨むな。ラルダに関してはその電を止めろ。ただサテラが来て欲しいと言うからあそこに行っていただけだ」
「そのサテラは?」
「今寝かせた。よく寝ている」
「なら良いんですけど…。ややこしいのでやめて下さい」
「あぁ、分かった、次からは断っておく。…そうだ。ラルダ、少し付き合ってくれないか?」
「え?私だけ?」
「あぁ」

 どうやら話があるらしい。よし、そう言う事なら付き合おう。私は話を聞いたりしたりするのは大好きだ。剣聖が部屋へと戻って行った事を確認したモチヅキはちらちらと辺りを見て、口を開いた。

「此処じゃなんだ。外で話そう」
「…?うん」

 皆に聞かれるとマズいことなのか。一体どんな話なんだろうか。そんな思いを胸に秘めながら私はモチヅキについて行った。

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 モチヅキは外に出て、私に背を向けて話し掛けて来た。その話題は降臨者の魔力についてだった。

「ラルダ。お前は剣聖が『過去改変』や『事象改変』を使用していたのを見てどう思った?」
「実際に見ては無いけど…。凄い魔力だと思ったよ。そして剣聖自体それを『無垢』っていう物の一部だって言ってたのを聞いた」
「あぁ。剣聖の魔力は『事象改変』『過去改変』『災厄昇華』の統括である『無垢』だ。降臨者はそれぞれの二つ名を持った複合魔力を与えられる。お前だったら『救世』、俺だったら『戦殺』だな」
「結局何が言いたいのさ。私の魔力が異常だって言いたいの?だとしたら剣聖のが圧倒的に異常なんだけど」
「いいや。お前は別に異常じゃない。寧ろ、俺の方が異常なんじゃないかと思ってる」

 モチヅキの魔力が異常?…そういえば、彼の魔力は未だ不明だった。一体どんな化け物じみた魔力を持ってるんだ…?

「ずっと気になってたんだけど貴方の魔力はなんなの?戦いでも剣と拳と脚しか使わないしさ」
「俺に魔力は無い」
「へ?」
「俺に魔力は存在しない。本来必ず与えられる筈の魔力を、俺は持っていない」
「え?それじゃあ…」
「あぁ。俺は降臨者という肩書きを持っているが、正式な降臨者ではない。よって、神からの干渉は受けない」

 正式な降臨者ではない?つまり、えっと…確か、『戦殺』、『無垢』、『覇道』そして『救世』の四体が降臨者として成り立っているって話だから……。いや、それ以前に、魔力を与えられなかったらあの契りが成り立たないんじゃないのか?

「モチヅキは一本の指を差し出したんじゃないの?なのになんで?」
「いいや…。俺は足にも手にも全ての指がくっ付いている。これの意味が分かるか?」
「モチヅキが違うとしたら、別の誰かが『戦殺』として存在しているって事?」
「いや違う。『戦殺』というのは存在しない。俺も深くは思い出せないが…俺に代役を頼み、『戦殺』の名を与えた奴が居る。なんの降臨者かは忘れたが…確かにそれは存在している」
「へぇ……」

 つまり、モチヅキは唯の一般人って事になるのか。
 …………ちょっと待て。一般人で旧英雄と対峙して、たった一人で撃退に成功したの?それに…爆発を操るクレイさんにも師匠って言われる程だし。本当に唯の人間なのか?この人。
 それも凄い気になるが、もう一つ別に気になったことがあった。何故、あの神は本来の降臨者の肩書きではなく、『戦殺』という肩書きで語ったのか。もし、代役として『戦殺』という肩書きを作ったとしても、神には本来の肩書きが分かっているので当然それで語る筈なのに。
 もしやその降臨者は神をも手玉に取る記憶操作や運命操作の使い手って事になるのかな。

「まぁ、今はあんまり気にしなくて良い。だがいずれ、奴が必要になってくる」
「…」
「これでこの話は終わりにしよう」
「この話は…?」
「あぁ、話はもう一つある。此方が本題だ」

 モチヅキは、いつもより少し真面目な顔になった。私もそれに合わせて、真面目に聞く姿勢を取る。

「俺が撃退した魔神王の皮を被った旧英雄がこう口にしていたんだが」
「うん」
「魔神王は俺が殺した。全て、総てを喰らい、奪った。と」
「……なんでその場で殺さなかったの?」
「俺が殺すべき相手ではないからだ」
「は?」
「あの旧英雄は俺という部外者よりも、あの魔神王を愛して、互いに憧れ、共に時を過ごした者が引導を渡すのが道理だと思っている」
「……」
「お前は、剣聖に仇討ちをしようとして失敗したな」
「そんな事もあったね…それがなにさ」

 私はその時の状況を思い出して少しだけ恥ずかしくなった。あんな善の塊を殺そうとしたのが恥ずかしい。なんて思って目を横に逸らしていると、肩に手を乗せられた。

「今度は剣聖の宥めも無い。世界の果てまで探し尽くし、追い詰めた上で思う存分にお前の怨讐を晴らせ」
「……!」
「話はこれで終わりだ。時間を割いてしまって悪かったな」

 そう言って、モチヅキは住処へと帰って行った。外には私だけが取り残された。

「はぁ……」

 盛大な溜息を一つ。私の中の期待していた事の一つが消えてしまった。ウェルトに会って、また喋ったり、一緒に出掛けたりしたかった。しかしもうそれが叶わない、となると。なんて、儚い恋だったんだろう。と自分に言いたくなった。

「もう、お淑やかなんてなれないね。これじゃあお父さんのお願いも、もう叶えてあげれなさそうだな…ははは」

 私は天を仰いで笑った。かつて、母とした約束も、父とした約束も全部破りそうだな、私。

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